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聖女と魔王、その真実
罪深き歴史
それはまさに突然だった。
テントの外で夕食を終え、それぞれが思い思いにくつろいでいた時に、突然目の前に老人が現れたのだ。
それが『転移魔法』によるものだとわかったのは、私が老人の顔に見覚えがあったからだ。
あまりのことに、私達は瞬時に警戒体勢をとる。
「賢者……」
「おや、わしをご存知かな?お嬢さんとどこかで会った憶えはないんじゃがの」
「……賢者は転移魔法が使えると、町の噂で耳にしただけです」
私はどうにか取り繕う。驚きのあまり、『賢者』という単語が無意識に口から出てしまった。
私が賢者のことを知っているのは前世のゲーム知識があるからだ。それを説明することはできないので、ここは誤魔化すしかない。
【賢者イシュトザール】
勇者アンセルが王から認められ、魔王討伐を命じられた際に、聖女ミラと共にパーティに加入するはずだった仲間である。
『賢者』という称号が示すとおり非常に博識で、旅の道中ではパーティの相談役として仲間達からよく頼られていた。
戦闘では主に攻撃魔法を得意としており、魔力消費の多い強力な範囲魔法で敵をなぎ払うのは、ゲームをプレイしていてとても爽快だった。
賢者は『転移魔法』が使える。これは一度行ったことがある場所に瞬間移動する魔法で、この魔法のおかげで町の移動が非常にスムーズに行えていた。プレイヤーにとっても必須というべき重要な魔法だった。
賢者の弱点としては、体力が低く非常に打たれ弱いことが挙げられる。その他には、魔法というのは魔力を使いきると使用できなくなるので、魔力切れにしてしまえば無力化できてしまうことだろうか。魔法職にはありがちな弱点ではあるが。
「ふむ、有名になるのも考えものじゃな。お嬢さんの言う通り、わしは賢者イシュトザールと呼ばれておる者じゃ」
「賢者様が俺達に何の用だよ」
「用なんて決まってる。王に命じられてユーニスを殺しに来たんだろう」
アンセルが吐き捨てるようにそう言った。
騎士達の行動を見る限り、王は信用ならない相手だ。そして、聖女ミラが聖女ではなかったことから、賢者もまた無条件に信用していい相手とは言えなくなった。もうゲーム知識は信用できない。
「まあ、当たらずとも遠からず、と言ったところかの……ああ、待て待て。戦うかどうかは話を聞いてからにせい」
賢者がアンセルの言葉を微妙に肯定する発言をしたことで、アンセルが剣を振り上げる。デリックもまた、いつでも攻撃行動をとれる体勢を維持している。
それに対し、賢者は余裕のある態度を崩さない。彼の口振りから、どうやら賢者は私達に話があって来たのだろうということがわかった。
「賢者様が私達に話があるのはわかりました。しかし、私達はあなたを簡単に信用することはできません」
いろいろな人達から騙されたり裏切られたりしたことで、私はすっかり人を信じられなくなってしまった。いや、私自身の人を見る目を信じられなくなったと言ったほうが正しいか。
「そう言われてもなあ。とりあえず話だけでも聞いてくれんか」
「それならお前を拘束させろ。不審な動きを見せたらすぐに殺してやる」
「なんとも物騒な若者じゃな。まあそれで話を聞く気になるというならそれでもよいが」
「言ったな。よし、デリック手伝え」
「へいへい。こんな爺さんを拘束すんのは気が引けるが、こいつは賢者様だもんなあ」
アンセルとデリックは【空間収納】から縄を取り出し、賢者を拘束した。正直、魔法を使えば簡単に逃げられそうではあるが、行動の選択肢を狭めることはできるだろう。
重要なのは私達3人が1ヵ所に固まらないことだ。1ヵ所に固まってしまうと賢者の範囲魔法でまとめて倒される可能性が高い。それだけは避けなければ。
私はさりげなく賢者の背後に回り、アンセル達と距離を取った。これで2人が攻撃されても私が魔法で治せるし、私が攻撃されたとしてもどちらかが賢者を倒してくれるだろう。
「それで?話とは何だ」
「……まったく、せっかちな奴じゃな。まあいい。わしがここへ来たのは確かに王に命じられたからじゃが、わし個人としてはお前さん達を殺すつもりはない」
「そんなの、なんとでも言えるじゃねぇか」
「まあ聞け。この国の王はな、国のために長年に渡って歴代の聖女を殺し続けてきたんじゃ。わしは賢者ゆえにその真実を知っておる」
賢者の特性として、彼らは歴代の賢者の記憶を受け継いで生まれてくるという。賢者が博識なのはそのためだ。
賢者の記憶には、王族がひた隠しにしている秘密も含まれており、聖女のこともそのひとつなのだという。
「お前さん達、最後に魔王が勇者に倒されたのは何年前のことだと思う?」
顔を見合わせる私達。
私は知らなくて当然としても、アンセルとデリックも知らないようだ。
「知らないのも無理はない。魔王が勇者に倒されたのは350年も前の話じゃからの」
350年前……遠い昔の話だ。
魔王が倒されればしばらくは平和が続くが、いずれは新しい魔王が生まれてくる。その魔王が力をつけ、人間を襲い始めると、国王が勇者に魔王討伐を命じることになる。その繰り返しのはずだ。
「その50年後、今から300年ほど前、新しい魔王が生まれた。国王は勇者を探したが、どこを探しても勇者は見つからなかったのじゃ」
勇者は見つからなかったが、魔王はお構いなしに侵略を続けていた。
国王はやむなく勇者抜きの討伐パーティを編成した。騎士、弓使い、聖女、賢者の4人パーティだったそうだ。
ここで賢者イシュトザールは私の方を振り返った。
「お嬢さん、あなたは《魔封陣》を使えるかね?」
突然の質問に、意味を理解するのに時間がかかってしまった。
「……いいえ、そんな名前の魔法は習得していません」
「ふむ、やはり記憶を封印されているようじゃな。魔王を前にすれば記憶は甦るはずじゃが」
「おい、魔封陣とは何なんだ。答えろ」
「……聖女が習得する魔法のひとつじゃよ。陣を展開している間、魔王を弱体化させることができる魔法じゃ。この魔法があるから聖女は毎回魔王討伐パーティに組み込まれていたと言っても過言ではない」
魔王を倒せるのは聖剣を持つ勇者だけ。ゆえに勇者と聖女は魔王討伐には欠かせない存在だった。
聖女が《魔封陣》で魔王を弱体化させ、勇者が聖剣でトドメを刺す。350年前の魔王討伐もそのようにして成し遂げられた。
しかし、300年前の魔王討伐では勇者が見つからなかった。
勇者不在のまま魔王と戦うことになった彼らは、それでもなんとか善戦した。しかし、勇者がいないので魔王にトドメを刺すことができない。
次第に劣勢になるパーティメンバー。
このままでは全滅すると悟った聖女は、一か八かの博打に打って出た。《魔封陣》を全力で展開し、自分の命を代償に魔王の力を封印したのだ。
《魔封陣》はうまく発動し、聖女はその場で息絶えた。力のほとんどを封じられた魔王は、パーティメンバーが聖女の死に気をとられている隙に逃走した。
こうして、魔王は討伐できなかったものの、世界には平和が戻った。魔王は死んでいないため、新しい魔王が生まれることもない。
それから時が経ち、新しい聖女が生まれた。
聖女の体には見たこともない黒い痣が浮かんでいた。すぐに賢者が呼ばれ、その痣について調べられた。
賢者が調べるうちに、どうやらこの痣は魔王の力を封じるためのものであるということがわかった。力自体は今も魔王の身体に封じられている。その封印を解く鍵がこの痣であるというのが賢者の結論だった。
新しい聖女は《魔封陣》を継承していなかった。
先代の聖女が命を代償にして《魔封陣》を使った事がその原因だと思われる。
おそらく魔王を前にすれば《魔封陣》に関する記憶が甦るだろうと予想された。
これをよく思わなかったのがこの国の王だ。
魔王は死んでいないが今は平和そのものだ。
魔王を殺せば、また新しい魔王が生まれてしまう。そうなれば、この国はまた甚大な被害を被ることになるだろう。
そうなるくらいなら、今の状態が続いたほうがずっといい。
魔王には死なずに今の状態でいてもらいたい。その方が国にとって都合がいいから。
そのためには聖女の封印が解かれてはならない。
聖女が魔王に会えば《魔封陣》を思い出し、魔王の封印が解けてしまうかもしれない。
そうならずに封印を継続させるためにはどうすればいいかと考えた結果、国王は恐ろしい決断をすることになる。
「聖女を殺せば魔王の封印は今まで通り継続される。これは魔王を殺すよりも容易く平和に至る方法じゃった」
「……だから、聖女は見つけ次第始末しろってか?クズどもめ」
「国のためとか言ってはいるが、結局は自分達の都合だろう。そんなことのためにユーニスを殺そうとしていたのか。許せない」
「………」
賢者の話を聞き、どうして私が魔王に狙われていたのかの理由がはっきりした。
理由は単純。
魔王の力を封印したのが聖女だから。そして、その封印を解けるのも聖女である私だけだったからだ。
魔王を封印する鍵であるこの痣は魔王と何らかの繋がりがあっても不思議ではない。おそらく魔王はこの痣から漏れ出る力を辿って私を見つけたんだと思う。
そして、時がくるまで私を隠した。今度こそ人間に聖女を殺されないように。
何故最初から私に接触してこなかったのかはわからないが、おそらく聖女として目覚めてからでないと魔王の封印が解けなかったのではないかと思う。
「それで、賢者様は私をどうするつもりなんですか?」
「お嬢さんはあまり取り乱してはいないようじゃな」
「理不尽な目に遭うのは慣れていますから」
「………」
「ユーニス……」
「……わしは歴代の賢者の記憶から、命がけで魔王を封印した聖女のことをよく知っておる。それゆえに、聖女の想いを踏みにじるこの国のやり方にはほとほと愛想が尽きてしまった」
「国と敵対するつもりか?」
「それもひとつの道じゃがな。どちらにせよわしはもう長くない。わしにできることはそう多くないと思っておる。だからこそお嬢さんに真実を伝えるためにここに来たのじゃ」
「真実を知ったからって、俺達に何ができるって言うんだよ」
「……勇者を見つければ、この不幸の連鎖を止められるかもしれん。勇者が魔王を倒せば、次に生まれる魔王は今の魔王とはまったくの別物じゃ。当然聖女の封印は受け継がれん。そうなれば国王が聖女を殺す理由はなくなる」
「勇者……」
勇者なら目の前にいる。彼はまだ聖剣を手に入れてはいないが、ロンちゃんの姿は問題なく視えるようになっている。アンセルに魔王を倒してもらうの?
「爺さん、俺達はもうすぐこの大陸から出ていくつもりだ。この大陸から出れば国王もそう簡単には追ってこられないだろ」
「それで国王が諦めてくれるかはわからんのう。もし諦めなければ他の大陸にまで軍を差し向けることになるじゃろう」
「僕達に残された時間は少ない。あと数日で勇者を見つけ出し、さらには魔王の居場所を突き止め、討伐するのは不可能だ」
「そうか……わしは…遅すぎたようじゃな」
賢者様はすっかり気落ちしてしまったようだ。アンセルが賢者様の縄をほどくと、「騒がせてすまんかった。わしはこれで失礼する」と言って転移魔法で去っていった。
3人の間に何とも言えない後味の悪い空気が漂う。
アンセルはああ言ったが、魔王討伐は不可能ではない。でも、どうやって打ち明ければいいのだろう。仮に打ち明けたとして、アンセルに責任を押しつけるような真似をしてもいいのだろうか。
私がアンセルに打ち明けるのを躊躇していると、ロンちゃんがアンセルの前に飛び出した。
『アンセル。君、魔王を討伐しろ』
ロンちゃん!?
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