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序章
断罪された悪役令嬢
ひと目見たその時から、アルフレッド第一王子殿下に恋をした。
すぐにお父様にお願いして、わたくしを殿下の婚約者候補にしてもらった。
『候補』という言葉がついているのは気に入らないが、わたくし以外に候補者が現れなければわたくしが婚約者。
わたくしは幸せの絶頂だった。
わたくしとアルフレッド殿下、どちらもまだ10歳の頃の出来事だった。
以前からわたくしの横暴な振る舞いについて家庭教師からさんざん注意されてきたが、アルフレッド殿下の婚約者候補になってからはそれらの叱責を完全に無視するようになった。
それでも小言をやめない家庭教師に苛立ったわたくしは、適当な理由をつけて家庭教師を辞めさせた。
小うるさい家庭教師がいなくなったことが引き金となったのか、気に入らない侍女への暴言、物を投げるなどの暴力にも躊躇がなくなった。
わたくしを見る使用人達の瞳には怯えと蔑みの色が混じるようになり、それが気に入らないわたくしはどんどん行動をエスカレートさせていった。
わたくしの専属侍女だった者達はひとり、またひとりと辞めていき、他の侍女達はわたくしの専属になることを泣いて嫌がった。
お父様とお母様はわたくしの侍女になりたがる者がいないことに困り果て、仕方なく公爵家の使用人だったダリルという少年をわたくしの従者にすることに決めた。
ダリルはわたくしが教会から馬車でお屋敷へ帰る途中、道端で行き倒れていたのをわたくしが気まぐれに拾って連れて帰ってきた孤児の少年だ。
身寄りがなく、自分の名もわからないと言うので、パッと思いついた名を適当に与えた。
助けたことは本当に気まぐれでしかなく、強いて言えば、意識を取り戻した彼の瞳が力強く、生きることを諦めていない瞳に見えたからだろうか。
ダリルはこうしてわたくしの従者になった。
当たり前のことだが、普通、女性の身の回りの世話を担当するのは女性の使用人の役目だ。
男性の使用人、それもたったひとりしか側に付いていないとなると、貴族の間では様々な悪い噂を流されかねない。
それほどの醜聞なのだ。
そのため、ダリルには侍女の格好をさせ、男とバレないように言葉を話すことを禁じた。
その命令は生涯破られることはなく、それ以降、わたくしがダリルの声を聞くことは二度となかった。
わたくしの侍女になったダリルはよく働き、わたくしの気まぐれに振り回されながらも決して侍女を辞めようとはしなかった。
そうしていつしか月日は流れ、わたくしは15歳になり、王立学園へ入学することになった。
王立学園への入学は強制ではないものの、この学園を卒業していることが一流貴族の証であると言われており、15歳になった貴族は王立学園への入学を望むものが多い。
一応、貴族の令嬢には女学院へ通う道もあるし、令息にも騎士養成学院へ通う選択肢もある。
しかしそれらは将来の道がかなり狭まってしまうもので、女学院の場合は既に婚約者が決まっていて、卒業と同時に婚姻を結ぶ予定の令嬢が花嫁修行をするための場所である。
騎士養成学院は読んで字の如く、だ。
つまり、将来騎士団への入団を希望する者が通うことになる。
主に貴族の次男、三男などが通うことになり、嫡男は王立学園へ入学させる家が多い。
わたくしは既に殿下の婚約者も同然なので女学院へ通うものと思っていたが、両親は王立学園への入学を強く勧めてきた。
家庭教師を追い出してからというもの、勉強は自主学習のみであったため、本当はあまり勉強の進み具合がよろしくない。
そのため、試験結果がどうなるか不安で王立学園へ行く気になれなかったのだが、お父様に『王立学園へは殿下もご入学されるそうだよ』と言われ、一転して王立学園への入学を決めた。
後で知ったことだが、学園に多額の寄付をすれば試験の結果にかかわらず入学が認められるそうだ。
何も知らなかったわたくしは入学試験に合格したのを自分の実力だと思い込んで浮かれていたけれど、結局は公爵家がお金の力で入学をごり押ししたに過ぎなかった。
そしてそれはわたくしの在学中ずっと続き、わたくしの成績は常に上位をキープし続けた。
さすがにこれはおかしいと思ったわたくしがお父様に問い質したことで、自分の実力だと思っていたものは公爵家のお金の力であったことを思い知った。
真実を知ったわたくしは荒れに荒れ、タウンハウスを出てダリルとふたりで学園寮で暮らすことに決めた。
学園での振る舞いにも横暴さがにじみ出るようになり、それまで付き合いのあった令嬢達は離れていき、代わりにご機嫌取りのうまい腰巾着のような令嬢達が集まるようになった。
わたくしは取り巻きの令嬢達を連れ、気に入らない令嬢をいじめるようになった。
今回のターゲットはリリー・セネットだ。
ただの男爵令嬢でありながら、わたくしの婚約者であるアルフレッド殿下から少しばかりお声をかけていただいたくらいでつけあがり、それからも親しくしているのだ。
婚約者であるわたくしは殿下からろくに相手をしてもらえないというのに、ただの小娘が殿下と親しくするなど、到底許せることではない。
わたくしは思い付く限りの制裁をあの女に加えていった。
最初は口頭での注意にとどめておいてやったというのに、わたくしの言葉を無視して殿下との逢瀬をやめようとしなかったあの女が悪いのだ。
わたくしは婚約者として当然の権利を行使しているだけ。
その時は本当にそう思い、自分の行いは正義だと信じて疑わなかった。
本当に、愚か者だったと思う。
わたくしのやったことのつけは、当然わたくし自身が払うこととなった。
「公爵令嬢ジゼット・バーガンディ。貴様の悪行はすべて調べがついている。よって貴様を婚約者候補から外し、癒しの聖女であるリリー・セネットを私の婚約者とする」
卒業パーティーに集まった生徒達が見守るなか、リリーの肩を抱いたアルフレッド殿下によってわたくしは断罪されたのだ。
「殿下!?わたくしは殿下の婚約者として当然の」
「黙れ!私が貴様と婚約した事実などない。ただの婚約者候補でありながら貴様は私の交友関係に口を出し、醜い嫉妬からリリー孃を攻撃した」
「殿下、どうかわたくしの話を」
わたくしの言葉は誰かの手に遮られ、わたくしは殿下の側近達に身柄を拘束されてしまう。
わずかな弁解の機会すら与えられず、屈辱に視界が滲む。
「癒しの聖女であるリリー孃の命を狙ったことは到底許されることではない。この罪は貴様の死を持って償うがいい。20日後に公開処刑を執り行うこととする!」
処刑……?わたくしが?
あの女が聖女?聖女ってなんなのよ。
これは何かの間違いよ。
ねぇ、誰か、間違いだと言って!!
わたくしの言葉は殿下の側近の手に塞がれ、誰の耳にも届くことはなかった。
わたくしは処刑までの20日間、暗くて冷たい牢に入れられ、看守達からは気まぐれに暴力を振るわれた。
食べ物もろくに与えられず、わたくしはみるみるうちに痩せ細っていった。
お父様とお母様はわたくしのことを見限ったようだった。
『聖女を殺害しようとした罪は重い。罪は自分自身で償いなさい』
両親から届いた簡素な手紙はわたくしを絶望させるには十分すぎた。
ああ、ふたりはわたくしを見捨てたのだ。
唯一の希望だった公爵家はわたくしを切り捨てた。もうわたくしを助けてくれる者はいないだろう。
大好きだった殿下からは汚物を見るような目で見られ、彼からの慈悲など期待できないことは身に染みてわかっている。
いや、今にして思えば、殿下から優しい言葉をかけてもらったことなど一度もなかった。
いつもわたくしが一方的に話しかけ、殿下はそれをつまらなそうな顔で聞いている。わたくし達はそんな関係だった。
「……なぁんだ。わたくし、最初から愛されてなかったのね……」
バカみたい。
ひとりで舞い上がって、周りの女に嫉妬して。
最後まで殿下から愛してもらえなかった、憐れな女。
わたくしはひとりきりの牢獄で、声を殺してすすり泣いた。
それからもわたくしに追い討ちをかけるかのように、悪い情報ばかり入ってきた。
わたくしの取り巻きだった令嬢達は、わたくしから脅されて聖女をいじめていたと白状したそうだ。
わたくしが取り巻き達に具体的に何かを指示したことはないし、彼女達は嬉々として加害行為をしていたはずだ。
しかし、彼女達はそう証言したという。
ああ、つまりわたくしにすべての罪を押し付けるつもりなのね。……自分達が罰を逃れるために。
「もう、いい……」
どうせわたくしは処刑される。
彼女達の罪状が加わったところでそれは変わらない。
「せめて、来世ではまっとうに生きたい」
そして、必ず天寿をまっとうするのだ。
ふふ、楽しみね……
きっと、わたくしのこころは壊れかけていたのだと思う。
都合のいい夢にでもすがらなければ、意識を保っていられないほどに。
そんな精神状態の中でも時は過ぎていき、とうとう処刑当日になった。
看守達はわたくしがほとんど反応しなくなってからは牢に近寄らなくなり、今では食事を持ってくる時以外はまったく顔を見せない。
そんな静かな牢獄に近づくわずかな足音が聞こえた。
とうとう処刑場に連れ出されるのか……
そう思い、諦めの気持ちで牢の外を見つめていたが、現れたのは看守ではなかった。
「ダリル……!?」
そう、現れたのはダリルだった。
わたくしのたったひとりの従者だった男。
わたくしのせいで女の格好をさせられ、言葉を話すことすら禁じられていた男だ。
……最後に恨み言のひとつも言いたくなって当然ね。
きっとダリルは今までの恨み言をわたくしにぶちまけるためにここへきたのだ。
そして、彼にはその権利がある。
わたくしはダリルの言葉を待ったが、彼が言葉を発することはなかった。
代わりに何故か牢の鍵が開けられ、わたくしは彼に手を引かれて牢を出た。
わたくしは訳もわからずダリルについていった。
わからないながらも、ダリルがわたくしを牢獄から助け出そうとしてくれていることは理解できるし、それがどんなに危険なことかもわかっている。
ダリル、あんな扱いをしたわたくしを危険を冒してまで助けに来てくれたのね。
わたくし、今まで使用人のことは替えのきく道具としか思っていなかったけれど、こんな状況になっても助けようとしてくれるダリルのことは決して道具などとは呼べないわね。
家族も友人もわたくしを見捨てた中で、ダリルだけがわたくしを助けに来てくれた。
わたくしはダリルのことを信じよう。
そうしてダリルと共に出口へ向かったわたくしだったが、牢獄の警備はそう甘くはなかったようだ。
もう少しで出口というところで看守や警備の者達が待ち構えていたのだ。
ダリルはその場で捕らえられ、わたくしはそのまま処刑場に連れ出された。
多くの観衆からヤジが飛ぶ。
わたくしは努めて平静を装い、それらを聞こえていないふりをする。
公爵令嬢としての、ちっぽけなプライドがそうさせるのだろうか。
ううん、違う。
わたくしはダリルに無様な姿をさらしたくないのだ。
最後までわたくしの味方でいてくれた彼に恥じない最期にしたい。
見苦しく泣きわめいたりせず、誇り高い貴族令嬢としての最期をダリルの目に焼き付けたい。
……ダリルがこの処刑場にいるのかはわからないが、これがわたくしの選んだ最期だ。
「これより、公爵令嬢ジゼット・バーガンディの処刑を執り行う」
わたくしの罪状がつらつらと読み上げられ、それを聞いた観衆からのヤジが大きくなる。
わたくしは処刑台に固定された。
執行人によって処刑の合図があり、わたくしは静かに目を閉じる。
さようなら、ダリル。
あなたのおかげでそんなに悪い人生じゃなかったわよ。
ああでも、最期にひと言でもいいからダリルの声をきいてみたかったわ、ね……
こうしてわたくしは処刑され、17年の人生に終止符を打った──はずだった。
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