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巻き戻った悪役令嬢
ダリルと2度目のはじめまして
その後、わたくしのマナーのレッスンを厳しくすることで話はまとまり、わたくしは予定通りアルフレッド殿下の誕生祝いに出席することに決まった。
「お嬢様、お誕生パーティーのドレスはどんなデザインにしましょうか」
「大人しいデザインで頼むわ。色もあまり派手ではないものをお願い」
「……お嬢様、ドレスの好みまでお変わりになったのですか?」
「……そうよ。わたくしももうすぐ10歳。ヒラヒラしたドレスはもう卒業しないとね」
「ええ~、お嬢様にはお似合いになると思いますけどねぇ」
「とにかく。今回のドレスはそのように注文しておいてね」
「はぁ~い……」
本来は1ヶ月前にドレスのオーダーをしたのでは遅すぎるのだが、子ども用のドレスは型がある程度決まっているのと、公爵家お抱えの針子さん達が優秀だからこそ、それが可能となっている。
アンナが言う通り、昔のわたくしは派手でヒラヒラしたドレスが大好きだった。
子どものうちはかわいいね、で済んでいたが、わたくしが大人の女性に近づくにつれ、周りからの視線が痛々しいものを見る目に変わってきた。
昔のわたくしは周りの視線などどうでもいいと思っていたが、少しは気にするべきだったと思う。
今回わたくしがおとなしめのデザインをお願いしたのは、周りの視線を気にしてのものではない。
ただアルフレッド殿下の目に留まりたくなかっただけだ。
わたくしから話しかけなければ殿下の目に留まることはないと思うが、念には念をだ。
わたくしはもうアルフレッド殿下とは関わりたくない。
殿下と関わると、以前のわたくしが顔を出してしまいそうで怖いのだ。
ゆえにわたくしは誕生パーティーの間、アルフレッド殿下の目に留まらないように立ち回るつもりでいる。
殿下に話しかけない。
殿下に近寄らない。
殿下を見ない。
この三原則を胸に無事パーティーを乗りきってみせるわ。
「お嬢様、ブレンダ様がいらっしゃいました」
「お通しして」
ドアが開き、家庭教師が入室する。
いつものわたくしであれば、不機嫌な表情でお出迎えしていたことだろう。
「先生、今日もよろしくお願い致します」
わたくしは先生に笑顔で挨拶をした。
家庭教師は驚いてはいたものの、すぐに表情を取り繕った。
「きちんと挨拶ができるようになったのですね。良いことです」
「ありがとうございます」
「……では早速授業を始めます。公爵閣下からは、マナーのレッスンを重点的に行ってほしいというご要望を受けておりますが」
「はい、わたくしがお父様にお願いしました」
「理由を訊いても?」
「わたくしは来月アルフレッド殿下のお誕生祝いに出席するのです。そこで恥をかかないために、マナーの復習をしておきたくて」
わたくしの返答に、先生は考えるような仕草をみせた。
「……確かに王家主催のパーティーで粗相があっては公爵家の評判に傷がつくかもしれませんね。いいでしょう」
「よろしくお願い致します」
その日の授業はすべてマナーの復習に費やされた。
マナーのお手本である両親を毎日見ているため、そこそこカタチにはなっているものの、先生の目から見れば全然なってないそうだ。
わたくしは歩き方からカーテシーの角度に至るまで、実に細かい注意を受けた。
ついつい昔のわたくしが顔を出しそうになったが、なんとかこらえて最後までやりきった。
「今日はこれくらいでいいでしょう。後で復習しておくように」
「ご、ご指導ありがとうございます」
家庭教師は時間ぴったりに帰っていった。
わたくしはハードな指導に疲れ果て、思わずその場に座り込んでしまった。
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
「……大丈夫よ。少し疲れただけ」
「ならいいのですが……あ!疲れにきくお茶があるんですよ!よければお飲みになりますか?」
「ありがとう。いただくわ」
アンナはすぐにお茶を用意してくれた。
わたくしはそれを飲んで一息つく。
はあ……やっぱりわたくしには家庭教師が必要だったのね。
マナーひとつ取ってもこの有り様だ。
頭の出来が良くないわたくしが自主学習でいい点など取れるわけがなかったのだ。
前の人生で家庭教師を追い出したのは、わたくしの最大の過ちと言っても過言ではないだろう。
今回こそは先生の教えを素直に聞いて頑張るわ。
午後からは馬車で教会へ向かう。
時間の都合がつけば両親も一緒に行くのだが、今日はどちらも用事があるそうだ。
公爵家当主とその奥方ともなれば、仕事などいくらでも湧いてくるのだろう。
それでも朝食だけは必ず一緒にとってくれるのは、わたくしへの愛情あってこそなのでしょうね。
そんな両親を二度と悲しませないためにも、わたくしはまっとうに生きなければならないわ。
教会でいつもの祈りを済ませ、わずかばかりの寄付をして馬車に乗り込む。
なんとなく外の景色を見ながら馬車に揺られていると、視界の端に黒い塊が映りこんだ。
わたくしにはその塊がなんなのか心当たりがあった。
「とめて!」
「え?」
「今すぐ馬車をとめなさい!!」
「は、ハイィ」
御者に命じて馬車を停車させ、急いで外に出る。
最初に停車を命じてからそれなりの距離を走ってしまったようで、わたくしは来た道を戻ることになってしまった。
しばらく歩くと路上の隅に黒い塊が置かれているのが目に入った。
さらに近づくと、その塊が人間で、服の代わりに薄汚れた黒い布を体に巻き付けているのだとわかる。
行き倒れだ。
周りの人間達は黒い塊を気の毒そうに見ているが、手を差しのべる者はいない。
……それでいい。
彼を助けるのはわたくしの役目だ。
わたくしは黒い塊に躊躇なく近づいた。
「起きなさい」
「………」
返事はない。
前回も一度では目を覚まさなかった。
わたくしはもう一度黒い塊に声をかける。
「死にたくないなら目を開けなさい!」
「………ぅ」
「!」
よし、生きてるわね。
それならこのあとは前回と同じでいいだろう。
「わたくしはジゼット。お前の名前は?」
「………名前、ない」
「では、お前は今日からダリルと名乗りなさい」
「ダ、リル……」
「ダリル、もしお前に帰る場所がないというならわたくしのところに来てもいい。お前が決めなさい」
「行く」
「そう。ではお前は今日から公爵家の一員です。これからよろしくね、ダリル」
「よ、よろしく……?」
「お嬢様~~!ここにいたんですか。探しましたよ」
御者はようやくわたくしがいないことに気付き、探しに来たらしい。
わたくしは堂々と馬車を降りたはずなのだけどね。おかしいわ。
「この子を馬車に運んで。公爵家に連れて帰ります」
「いけませんお嬢様。ワタシが旦那様に叱られます」
「わたくしの独断だとちゃんとお父様に説明するわ。お願いよ」
「~~~絶対に説明してくださいよ!!絶対ですからね!!」
御者は渋々ながらもわたくしの願いを聞き入れてくれた。
前回のわたくしは拒否を許さぬ命令口調で御者を黙らせていたが、その時の御者の顔は無表情だった。
あれはわたくしの命令を忠実に実行していたわけではなく、わたくしとのまともな会話を諦めた表情だったのね。
使用人など替えのきく道具としか思っていなかったわたくしは、御者の心など知ろうともしなかった。
今後も使用人との会話には気を配らなければいけないわ。
御者はダリルを馬車に乗せると公爵邸ヘ向けて馬を走らせた。
馬車の中、わたくしとダリルは2人きりだ。
わたくしはダリルに話しかけた。
「ダリル」
「はい……」
「あのね」
「………」
「お前の…いえ、あなたの声、とてもいい声だと思うの」
「……?」
「それだけよ」
「……ありがとう……?」
ダリルからすればわたくしの言葉の意味なんてわからないだろうけれど、これは前回ダリルから言葉を奪ったわたくしがどうしても言っておきたかった言葉なのだ。
最後までわたくしの命令を守って言葉を発しなかったダリル。
最期の瞬間、わたくしは後悔していたのよ
ダリルの声が聞きたかったな、って。
巻き戻って一番嬉しかったのは、ダリルの声を聞けたことかもしれない。
わたくしはもう二度とダリルから言葉を奪ったりしないわ。絶対に。
馬車は公爵邸の玄関前で止まった。
さあ、ここからが正念場よ。
両親や使用人達を説得しなければならないのだから。
わたくしはまだ歩行がおぼつかないダリルに肩を貸しながら公爵邸ヘと入った。
公爵家の執事がわたくしに気づいて走り寄ってくる。
「!!お、お嬢様、その汚ならしい子どもは何ですか?」
「今日から公爵家で預かります。お父様達にはわたくしが話を通すつもりよ」
「なりません。人間は犬や猫とは違うのです」
「わかっているわ。気まぐれに拾ったわけではないの。責任を持ってお世話をしろというならわたくしが」
「~~~わかりました。今は旦那様が不在ですので、旦那様が戻られるまでは私が世話を引き受けます。旦那様にはお嬢様が」
「ええ、きちんと事情を説明するわ。それと」
「?」
「ダリルのこと、よろしく頼みます」
「!!お嬢様……はい、私にお任せください」
……執事の対応が前回と全然違うわ。
誠意を持って話をすれば、頭ごなしに却下されることはないのね。
前回のわたくしはごねにごねて、最終的には命令に背くなら辞めさせると言って執事を脅したんだものね。
結果は同じでも、前回は使用人達の心証が最悪だったに違いない。
ダリルは執事に浴室で丸洗いされたあと、使用人の服を着せられ、空いている使用人部屋に入れられた。
くすんだ灰色に見えた髪はきれいな銀髪に変わり、汚れていた肌も真っ白になった。サファイアのような青い瞳が真っ白な肌によく映えている。
わたくしがよく知るダリルの姿だ。
この美しい容姿があったからこそ前回侍女の格好が成立していたともいえる。
正確な年齢は本人もよくわからないようで、おそらく9~10歳くらいだろうと言っていた。
よほどお腹が空いていたのか、ダリルは出された料理を何回もおかわりしていた。
料理を作ってくれたのは手が空いていた見習い料理人で、わたくしの感謝の言葉に嬉しそうな顔を浮かべていた。
ダリルの食事が終わった頃、執事がお父様とお母様が帰ってきたことを知らせてくれた。
ダリルは満腹になったせいか眠そうな顔をしていたのだが、お父様の許可がなければここには置いてもらえない。
わたくしは眠そうなダリルを連れて両親が待つ部屋の前にやってきた。
すでにダリルの話が回っていたのか、わたくしが何か言う前に扉が開かれ、中へと誘導される。
わたくしとダリル、そして両親。
4人が席につき、お父様が話を切り出す。
「さてジゼット。これはどういうことだい?」
「……彼の名はダリルといいます。路上で行き倒れていたのをわたくしが連れ帰りました」
「まあ!行き倒れだなんて……」
お母様はダリルを憐れんでいるのではない。
これは、浮浪者が公爵邸にいることに不快感を示している言葉と表情だ。
ひどい態度のように思えるが、貴族のほとんどはスラム街の住人に対してこのような反応をみせる。
お母様も高位貴族出身であるため、身元不明の行き倒れなどが公爵邸に足を踏み入れることには否定的なのだろう。
前回のわたくしもダリルを憐れんで公爵邸に連れ帰ったわけではなく、ただの気まぐれな行動に過ぎなかった。
でも、今回は違う。
わたくしはダリルに恩を返すために彼を連れ帰ったのだ。
今回は絶対に両親を説得し、ダリルをここに住まわせる許可をもらってみせるわ。
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