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あの時は、そんなつもりじゃなかった。なのに気付けば恋に落ちていた
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半分だけ血が繋がった男から呪いを受け、光を失ってからーーアシェルは暗闇の中をさ迷い歩くような日々だった。
煌眼では無くなったアシェルは、日常の風景に溶け込んでいた精霊の姿は、もう見ることができない。数年経てば当たり前に聞こえていた精霊の声すら忘れてしまった。
加えて、王位継承を剥奪されたアシェルの元から家臣だと思っていた人達が次々に去っていった。
己が何のために生きているかもわからなくなったアシェルは、いっそ全てを捨てて隠遁生活を送ろうと人知れず何度も考えた。
きっとその方が楽に生きていける。悔しさも、苦しみも、遣る瀬無さも、もう抱えたくなかった。
そんなふうに幾たびも自暴自棄になっても、それでも望みは捨てきれなかった。
だからアシェルは、遥か昔の恋物語に縋った。精霊姫と初代の国王の悲恋は、市井の民にとってはただのおとぎ話に過ぎないが、アシェルにとったら最後の切り札だった。
精霊姫の生まれ変わりを、妻に娶る。
煌眼を失ったアシェルが再び玉座を狙うためには、もうその手段しか残されていなかった。
アシェルに呪いをかけた第一王子ローガンの魔力は、さして強いものではなかった。ただ人を呪う才能だけはあった。
そんなローガンは欲深く短絡的思考の持ち主で、精霊姫の生まれ変わりなどはなから信じてはいなかった。
実際、精霊姫の生まれ変わりなどこれまで一度も現れたことが無かったからそう思うのは致し方ないのかもしれない。
しかしアシェルは秘密裏に探し続けた。いっそ執念と呼ぶべきそれで、探し求めた。
そうして、見付けた。胸に雪花の紋章を刻む少女ーーノアを。
その日は、いつもと何ら変わらなかった。
官僚の尻拭いの為に面倒な書類を片付けて、精霊姫の生まれ変わりかもしれない少女を迎えに行ったグレイアスの報告を待っていた。
穏やかな昼下がり。
政務室の窓は閉め切っていて風の音一つ聞こえない。側近達は廊下に待機させていたから、静寂だけが響いていた。
そんな中、不意に懐かしい声が聞こえた。
「ハヤク、ハヤク」
「コッチ、コッチ」
「ハシッテ、ハシッテ」
言葉を覚え始めた幼子のような声が一つではなく幾つも聞こえて、アシェルは息を呑んだ。
あまりに久方ぶりの為、これが精霊たちの声だと気付くのにしばしの時間を要した。
「チョット、モタモタシナイデ」
「ハヤク、コッチニキテ」
苛立つ精霊たちの声に、アシェルは考える間もなく乱暴に窓を開けると、窓枠を飛び越えて外に出た。
それからは精霊たちの声だけを頼りに、ただただがむしゃらに走った。その声に従わなければ一生後悔するという予感があった。
どれくらい走っただろうか。城の作りは熟知しているが、無我夢中で走ったせいで正確な位置が把握できていない。
上がる息を整えながら、アシェルは物音とつま先だけの感覚でここがどこなのか探ろうとする。
しかし、すぐにそんなことはどうでも良くなった。
なぜなら、見えたのだ。これまで暗闇でしかなかった視界に、突然、騎士に肩担ぎされた一人の少女が映り込んだのだ。
「……っ!!……っ……っ!!」
声を出すことができないのだろうか。少女は口をパクパクさせながら手足をばたつかせていた。
しかし少女を担いでいる騎士は表情を変えずに、そのまま城内へ消えていった。
ーーそれは、時間にして数秒の出来事。
しかしアシェルにとったら一生忘れることができない出来事だった。
(今思い返してみても、とんだ出会いだったな)
ほんの少しだけ苦笑しながらアシェルは目を開いた。
黒い毛に覆われた鋭い牙と爪を持つ魔獣が、今まさに唸り声をあげて自分に飛びかかろうとしている。
「ははっ。イーサンもなかなか見栄えの良い魔獣を連れて来てくれたものだ。申し分ない。……おい、悪く思うなよ」
ニヤリと口の片側を持ち上げたアシェルは、指を弾いて魔力を形にする。
己の魔力で作られた光り輝く剣は、しっくりと手に馴染んでいた。
煌眼では無くなったアシェルは、日常の風景に溶け込んでいた精霊の姿は、もう見ることができない。数年経てば当たり前に聞こえていた精霊の声すら忘れてしまった。
加えて、王位継承を剥奪されたアシェルの元から家臣だと思っていた人達が次々に去っていった。
己が何のために生きているかもわからなくなったアシェルは、いっそ全てを捨てて隠遁生活を送ろうと人知れず何度も考えた。
きっとその方が楽に生きていける。悔しさも、苦しみも、遣る瀬無さも、もう抱えたくなかった。
そんなふうに幾たびも自暴自棄になっても、それでも望みは捨てきれなかった。
だからアシェルは、遥か昔の恋物語に縋った。精霊姫と初代の国王の悲恋は、市井の民にとってはただのおとぎ話に過ぎないが、アシェルにとったら最後の切り札だった。
精霊姫の生まれ変わりを、妻に娶る。
煌眼を失ったアシェルが再び玉座を狙うためには、もうその手段しか残されていなかった。
アシェルに呪いをかけた第一王子ローガンの魔力は、さして強いものではなかった。ただ人を呪う才能だけはあった。
そんなローガンは欲深く短絡的思考の持ち主で、精霊姫の生まれ変わりなどはなから信じてはいなかった。
実際、精霊姫の生まれ変わりなどこれまで一度も現れたことが無かったからそう思うのは致し方ないのかもしれない。
しかしアシェルは秘密裏に探し続けた。いっそ執念と呼ぶべきそれで、探し求めた。
そうして、見付けた。胸に雪花の紋章を刻む少女ーーノアを。
その日は、いつもと何ら変わらなかった。
官僚の尻拭いの為に面倒な書類を片付けて、精霊姫の生まれ変わりかもしれない少女を迎えに行ったグレイアスの報告を待っていた。
穏やかな昼下がり。
政務室の窓は閉め切っていて風の音一つ聞こえない。側近達は廊下に待機させていたから、静寂だけが響いていた。
そんな中、不意に懐かしい声が聞こえた。
「ハヤク、ハヤク」
「コッチ、コッチ」
「ハシッテ、ハシッテ」
言葉を覚え始めた幼子のような声が一つではなく幾つも聞こえて、アシェルは息を呑んだ。
あまりに久方ぶりの為、これが精霊たちの声だと気付くのにしばしの時間を要した。
「チョット、モタモタシナイデ」
「ハヤク、コッチニキテ」
苛立つ精霊たちの声に、アシェルは考える間もなく乱暴に窓を開けると、窓枠を飛び越えて外に出た。
それからは精霊たちの声だけを頼りに、ただただがむしゃらに走った。その声に従わなければ一生後悔するという予感があった。
どれくらい走っただろうか。城の作りは熟知しているが、無我夢中で走ったせいで正確な位置が把握できていない。
上がる息を整えながら、アシェルは物音とつま先だけの感覚でここがどこなのか探ろうとする。
しかし、すぐにそんなことはどうでも良くなった。
なぜなら、見えたのだ。これまで暗闇でしかなかった視界に、突然、騎士に肩担ぎされた一人の少女が映り込んだのだ。
「……っ!!……っ……っ!!」
声を出すことができないのだろうか。少女は口をパクパクさせながら手足をばたつかせていた。
しかし少女を担いでいる騎士は表情を変えずに、そのまま城内へ消えていった。
ーーそれは、時間にして数秒の出来事。
しかしアシェルにとったら一生忘れることができない出来事だった。
(今思い返してみても、とんだ出会いだったな)
ほんの少しだけ苦笑しながらアシェルは目を開いた。
黒い毛に覆われた鋭い牙と爪を持つ魔獣が、今まさに唸り声をあげて自分に飛びかかろうとしている。
「ははっ。イーサンもなかなか見栄えの良い魔獣を連れて来てくれたものだ。申し分ない。……おい、悪く思うなよ」
ニヤリと口の片側を持ち上げたアシェルは、指を弾いて魔力を形にする。
己の魔力で作られた光り輝く剣は、しっくりと手に馴染んでいた。
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