結婚式当日に花婿に逃げられたら、何故だか強面軍人の溺愛が待っていました。

当麻月菜

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ギャップに萌えする花嫁と、翻弄される花婿

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 けれどギルフォードが、こちらを魅了する笑みを浮かべたのは一瞬で、拳を握り慌てたように頭を振った。まるで自制心を無理矢理取り戻すように。

「シャンディアナ嬢、君からの申し出は確かに嬉しい。ただ……」
「ただ何でしょう?」
「私は身代わりを申し出ているのだはなくて……」
「なくて?」
「君自身に屋敷に来て欲しいと思っている」
「なんでですか?」
「……」

 いつの間にか主導権が代わり、シャンティはぐいぐいギルフォードに詰め寄る。

 といっても、シャンティはギルフォードを困らせているわけではない。

 この提案をやっぱりナシと言われるのが嫌だっただけ。そしてにシャンティは、既にどうギルフォードの代理妻を演じれば良いのか考え始めている。

 そして同じ失敗は2度は繰り返したくはない。

「ギルフォードさん、お話を遮って申し訳ないのですが、私から質問をしても?」
「ああ。構わない」
「では……えっと、あなたの本当の花嫁さんが見つかるまで、代理妻は責任を持ってやり遂げたいと思います。が、子作りはちょっと契約外にしてもらっても良いですか?」

 ─── ガタンッ、ズサッ

 シャンティの流れるように紡がれたその言葉は、かなりの破壊力があり、ギルフォードはモニータの時と同じ……いやもっと勢いよく椅子から滑り落ちてしまった。

 けれど、これまた同様にギルフォードは、こんな状態になっても、言うべきことはきちんと言う。
 
「ぜ……あ、いや……そのつもりだ」

 ギルフォードは、うっかり善処すると言いかけて、慌てて言葉を変える。

 ちなみにシャンティは、ギルフォードが女性に関する経験が豊富という疑惑を持ち続けている。だからそのリアクションは大袈裟すぎると、鼻を鳴らす。

「そうですか。では、私からの質問は以上です。で、早速ですが、私はこれからどうしたら良いのでしょうか?あ、」
「どうした?」

 何かを思い出したように、短い声を上げたシャンティにギルフォードはのろのろと起き上がりながら、続きを促した。

「あの……私、代理妻を引き受ける気持ちはあるんですが、ちょっと子作り以外にもお願いしたいことがあるんです」
「……う、伺おう」

 純朴そうな顔から、さらりと子作りという言葉が出てくる以上の驚きはないだろう。
 
 そう思ったギルフォードは、若干どもりはしたけれど、今度は比較的冷静にシャンティの要望に耳を傾ける。

「私自身も花婿に逃げられた花嫁という立場なので、あまり公の場に出ることは控えたいです。あと、祖父と祖母にもその旨伝えないと。このままギルフォードさんのお屋敷にお世話になると、2人とも私が修道女になってしまったかと国中の修道院を探し回るかもしれません」

 シャンティのその口調は軍事学校の初等部の優等生のようなそれだった。

 まかり間違っても、淑女と呼ばれる年齢のものではない。
 なんていうか、生真面目さだけが前面に出ていて、女性らしい柔らかさとか恥じらいとかが皆無だった。

 そしてギルフォードは気付いてしまった。

 あっさりとシャンティを口説いてみたらと言ったモニータの裏の意味を。
 あれは「口説けるものなら口説いてみなさい」と言いたかったに違いない。そしてギルフォードの気持ちはもうすでに成人男性のそれなのに、それに待ったをかけられている状態。

 これは3年前に隣国と一触即発になり、およそ一ヶ月寝る間を惜しんで交渉にあたった時より地獄を見ることになるのは間違いない。

 けれど、ギルフォードは上等だと受けて立った。……気持ちだけは。

 なので口にするのは、本音とは裏腹の紳士的なもの。

「……両方とも承諾した。あと、君の祖父母さまには私から承諾を貰うことにしよう」
「それはどうもありがとうございます」

 丁寧に頭を下げるシャンティに、ひとまず遠回しに自分の気持ちだけは伝えよう。ギルフォードはそう思った。けれど───

「旦那様、そろそろお時間です」

 欠片も空気を読まない執事のドミールが、ギルフォードの上着を持って入室してきた。

「……もう、そんな時間か」

 出鼻を挫かれたというより、お預けをくらった犬のような心境で深く溜息を付くギルフォードに、シャンティはおずおずと尋ねる。

「あの……どちらに?」
「屋内訓練場だ」
「お仕事なんですか?」

 そこでシャンティは、はたと気付いた。忘れていたが、このお方が少佐だったということに。

 そしてシャンティが目を覚ました時、ギルフォードはファイルを膝に置き、書類を処理していた。

 少佐という地位があまりに雲の上の存在すぎて、日頃、何をやっているかはわからないけれど、多忙の身であることは間違いない。

「結婚式当日なのにお仕事なんて大変ですね」
「いや、仕事じゃない。もっと厄介なものだ」
「は?」
「……実は軍には、悪習がある」
「はぁ」
「花婿を酒でつぶすという悪習がな。毎度挙式があると、部署を問わず酒好きが集まってくる。そして、花婿が潰れるまで浴びる程酒を飲むんだ」
「……まぁ」

 さすが軍人。やることがダイナミックだ。

 ギルフォードは、目を真ん丸にして次の言葉を見付けられずにいるシャンティから視線をずらして、遠い目をする。

「そしてその酒の席では無礼講となる。ちなみに、3ヶ月前にこの悪習の餌食になった同僚は」

 ドミールから上着を受け取ったギルフォードは袖を通しながら、変なところで言葉を止めた。

 シャンティはごくりと唾を呑む。
 なんていうか、聞きたいけど、聞きたくない。そんな気持ちで、続きをどうぞと目で訴える。

「再起不能なほど酔いつぶれてしまい、花嫁から雷のようなお叱りを受けたそうだ。その後、同僚は奥方に頭が上がらない生活を強いられている」
「は、……ははっ」 

 予想より可愛らしいオチで、シャンティは肩の力が抜けた。

 そして上着を着終えたギルフォードは、襟を正しながらくるりとシャンティに視線を向けた。

「まぁ、そういうことだから、私は早々に帰宅することにしよう」
「できるんですか?」
「ああ。要は先に酔い潰せが良いだけの話だからな」

 なんてことなく言っているが、シャンティの祖父はなかなかの酒豪である。
 そして祖父曰く、これでも自分は酒が弱いほうだとも言っていた。

 シャンティはチラリとギルフォードを見る。
 見るからに逞しい体つき。そして自信満々のご様子。ま、これで下戸だという方が無理がある。

 それより、酔い潰される軍人さん達の方に、心配する気持ちを向けてしまいそうだ。

 ただ敵陣に突入するような固い決意を見せるギルフォードに掛ける言葉はこれしかない。

「行ってらっしゃいませ。ご武運を」
「……ああ。行ってくる」

 少しの間の後、ギルフォードは目を細めて頷いた。

 それから長い足で、シャンティの元まで近づく。次いで、寝ている間に一筋零れてしまったシャンティの髪を手に取り、そっと元に戻す。

 その手付きはびっくりするほど、ぎこちない手付きだった。そして───

「シャンディアナ嬢、これは2度目のお願いだが、私のことはこれからギルと呼んでくれ」

 耳元で囁かれた言葉は、ぞくりとするほど艶のあるものだった。
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