結婚式当日に花婿に逃げられたら、何故だか強面軍人の溺愛が待っていました。

当麻月菜

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一つの気持ちに気付く花嫁と、一つの気持ちを伝える花婿

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「3年前のある日、私は仕事でとある町に視察に向かった。そこで、ちょっとした事件があった」

 抑揚を押さえ、まるで報告書を読み上げているような口調で語りだしたギルフォードに、シャンティはこくりと唾を呑んだ。

 彼が事件というからには、相当な出来事があったのだろう。これは気を引き締めて聞かなければならない。

 シャンティはギルフォードの話の邪魔にならぬよう、こそっと居ずまいを正した。

「そこは国境に近い僻地であったが、活気のある町だった。視察を終えた私は、市場に足を向けた。他意は無い。少々くさくさしていたものだから、酒でも買って気持ちを散らそうと思っていた。そこで……」
「……そこで?」
「……そこで、だな……事件が起こった」
「……事件」
「そうだ」
 
 苦悶の表情を浮かべたギルフォードは、ぐっと両手を握りしめた。眉間には深い皺が寄っている。語り続けることに相当苦痛を覚えているのだろう。

 シャンティは『無理はなさらずに』と言おうと思った。きっと凄惨な殺人事件でもあったのだろうと予測して。

 だがそれを口にする前に、ギルフォードは再び語り出した。

「一人の可憐な少女が市場の露店で菓子を買っていたんだ。商品名はわからない。ただ少女は代金を払い終えたそれをそっと抱えていたから、柔らかい何かだったのだろう。……私は、屈託なく笑うその少女の姿に見入ってしまった。そのせいで……」
「えっと……そのせいで?」
「不覚にも……その少女とぶつかってしまったのだ。少女は買いたての菓子の匂いを嗅ぐのに夢中になっていたようで、前を見ていなかった。あいにく私はこの体形だ。そして少女に見惚れていたせいで反応が遅れてしまった。可哀想なことに、少女は衝突した途端、尻もちをついてしまった。買いたての菓子は……彼女の下敷きになっていた」
「……はぁ」

 え?これのどこが事件なんだ?

 シャンティは首を傾げた。確かに少女にとったら不運な事故だっただろう。だが、この程度のことは良くあること。

 それに話を聞く限り、前方不注意でぶつかってきたのは少女の方だ。ギルフォードは、何も悪くない。

 なのに、なぜこんな苦悶の表情を浮かべているのだろうか。

 シャンティはまったくもって意味がわからなかった。だが同じソファに座るギルフォードをちらりと見ると、まだ続きがありそうだった。

「私はすぐに少女に手を差し伸べた。だが、少女は自力で立ち上がると、いきなり私に向かって頭を下げた。”ごめんなさい。怪我はないですか?”と言って」
「……はぁ」
「私は軍人だ。守る側の人間だ。……なのに、守られる側の存在からそんな言葉を貰って、とても驚いた。そして少女に深い感謝の念を抱いた」
「え、ちょ、なんでですか?」
「恥ずかしい話だが、あの日私は些細なことが重なって、とても苛立っていた。いっそ軍人なんてやめてやろうかと自棄になっていた」
「……それは、それは」
「だが、今でもこうして軍人でいられている。あまりに想定外の対応をされたせいで、虚を突かれた。そのおかげで、ささくれ立った気持ちがどこかに吹き飛んでしまったからな。そして心根の優しい少女が、いつでも気の向くままに菓子を買うことができる環境を守ろうと強く思うことができたから。軍人として生きていく指針を見付けることができたんだ。……ま、実はこれが私の初恋で……一目惚れだった」 

 えー……。

 という言葉をシャンティは気合で飲み込んだ。だが、落胆した気持ちまで隠すことはできなかった。

「……ギルさんは、その女の子のことが今でも好きなんですか?」
「ああ」
「……っ」

 ついさっき自分の事を妻にしたいと言ったことなど、この人は忘れてしまったのだろうか。

 シャンティは、ギルフォードから妻にしたいと言われて、気絶するほどびっくりした。そして、意識が遠のいてしまうほど嬉しかった。

 なのにこの仕打ち。この人は酷い。

 シャンティは傷付いた心を庇うように、ギルフォードを睨みつけた。だが、彼は愛おしそうに目を細めるだけ。一体この人は、何をしたいのだろうか。

 そんな気持ちはしっかり顔に現れていたのだろう。ギルフォードは瞬きを3回繰り返した後、小さく笑った。

 次いでシャンティをやや強引に抱きしめると、そっと囁いた。

「私が視察に向かった町の名はヨークランシャ。君が良く知っている町だ。そして、私にぶつかってきたのは君……シャンティだ」
「えー!?」

 驚きの声が部屋中に響いた。
 
 長々と聞いたギルフォードの昔話兼初恋話は、実は自分との馴れ初めだったなんて……。

 シャンティは顔を赤くするどころか青ざめた。
 
 ……なぜなら、種明かしをされても全く覚えていなかったから。 
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