紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない

当麻月菜

文字の大きさ
6 / 76
2.窮すれば通ず。あるいは、路地裏から騎士

2

しおりを挟む
 アネモネは頬が引きつるのを隠せなかった。ただすぐに、半目になる。

「騎士様が説明をしたら、私が家の人に怒られないとでも?」
「ああ。そうしてもらうよう、私から君に何一つ非が無いことをちゃんと説明するよ」

 きっぱりと言い切ったこの善人騎士に対して、アネモネは笑いたくなった。

 ああ、この人、すごく愛されてきたんだ。大切に育てられてきたんだなぁ、と。

 人柄と言うのは咄嗟の時に現れるとは良く言ったものだと、アネモネは思った。

 きっとご両親は、この人を理不尽に怒ったことなんて一度もなかったのだろう。蔑ろにするようなこともなかったのだろう。

 この人は自分より大人だ。

 だから汚い部分だっていっぱい見てきているだろう。でも誠意を持って接すれば、相手もそれに応えてくれると心の根っこで思っているのだ。

 その信念は羨ましいとは思わないけれど、彼が持つ綺麗な心は眩しすぎて、ちょっとばかり腹が立つ。

「あのですね、騎士様が説明すればきっと家の人は納得すると思います。でも、それは騎士様がいる間だけですよ」
「えっと……どういうことかな?」
「怒らないっていう約束は、騎士様そこにいる間しか成立しないってことです。だって騎士様は私の家で、私の親を四六時中見張っていてくれるわけじゃないんですよね?世間体を気にしてその場は良い顔をしたって、その後豹変する親なんてよくいる事じゃないですか」

 最後にアネモネは小馬鹿にするように鼻で笑って締めくくった。

 騎士は小さく息を呑む。そして自分の発言を恥じるように視線を下に落とした。

「……そうなんだね、すまない。軽率なことを言ってしまって……」
「あ、いいえ。お気になさらず」

 しまった。これまた、つい言いすぎてしまった。

 この騎士は何も悪くない。いや、むしろ良い人だ。八つ当たりなんて最低だった。

 だからアネモネは謝ろうと思った。
 一旦自宅に戻って、依頼主に連絡を取って指示を仰ごうと思った。でも、アネモネが謝罪の言葉を紡ぐ前に、騎士が口を開く。

「うぅーん……これは、なかなか難題だな」
「いえいえ、本当に気にしないで」
「アニス様はへそを曲げている。そして君は、アニス様に依頼品を届けないと家に戻れない。そして私は君が怒られるのを見たくはない。うーん……本当に困ったなぁ……」
「あの、大丈夫ですから」
「何かいい案はないかな」
「……ですから」

 人の話を聞かないところだけは、主に似たのか。

 アネモネはうんざりする表情を隠せない。でも、突然騎士は何かをひらめいたらしく、ポンと手を打った。

「よし、こうしよう」
「へ?」

 晴れ晴れしい笑顔を浮かべる騎士に、アネモネは一歩後退した。

 取次してもらえないなら、もうこの騎士には用はない。

 なのに、騎士は空いてしまった分の距離を詰めながら、こんなことをのたまった。

「今すぐにとはいかないけれど、アニス様にもう一度君に会うよう私から説得するよ。必ず……約束する。だからそれまでは、君は私の家に居ればいい」
「は?」

 なぜそんな突飛な思い付きを名案だと信じて疑わないのだろうか。

 そして、自分が見知らぬ男の家に厄介になることを、あっさり同意すると思っているのだろうか。

 そんなことをアネモネは心の中で思った。

 でも、もたもたしている間に、騎士は地面に置かれているアネモネの外套を手にすると、土を払い皺を軽く伸ばす。次いでアネモネの肩にかける。

 ただアネモネの荷物を手渡すことはしない。まるで人質だといわんばかりに自身の腕に引っ掛けると、反対の手をアネモネに差し出した。

「じゃあ、行こうか」

 アネモネは再び指を伸ばして、騎士の人差し指に触れる。

 彼からは邪よこしまな感情は、どうやっても見つけることはできなかった。

 だからアネモネはうんと頷き、そのまま騎士の手に自分の手を重ねた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

祓い師レイラの日常 〜それはちょっとヤなもんで〜

本見りん
恋愛
「ヤ。それはちょっと困りますね……。お断りします」  呪いが人々の身近にあるこの世界。  小さな街で呪いを解く『祓い師』の仕事をしているレイラは、今日もコレが日常なのである。嫌な依頼はザックリと断る。……もしくは2倍3倍の料金で。  まだ15歳の彼女はこの街一番と呼ばれる『祓い師』。腕は確かなのでこれでも依頼が途切れる事はなかった。  そんなレイラの元に彼女が住む王国の王家からだと言う貴族が依頼に訪れた。貴族相手にもレイラは通常運転でお断りを入れたのだが……。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!

恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。 誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、 三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。 「キャ...ス...といっしょ?」 キャス……? その名を知るはずのない我が子が、どうして? 胸騒ぎはやがて確信へと変わる。 夫が隠し続けていた“女の影”が、 じわりと家族の中に染み出していた。 だがそれは、いま目の前の裏切りではない。 学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。 その一夜の結果は、静かに、確実に、 フローレンスの家族を壊しはじめていた。 愛しているのに疑ってしまう。 信じたいのに、信じられない。 夫は嘘をつき続け、女は影のように フローレンスの生活に忍び寄る。 ──私は、この結婚を守れるの? ──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの? 秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。 真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!

元ヤン辺境伯令嬢は今生では王子様とおとぎ話の様な恋がしたくて令嬢らしくしていましたが、中身オラオラな近衛兵に執着されてしまいました

さくらぎしょう
恋愛
 辺境伯令嬢に転生した前世ヤンキーだったグレース。生まれ変わった世界は前世で憧れていたおとぎ話の様な世界。グレースは豪華なドレスに身を包み、甘く優しい王子様とベタな童話の様な恋をするべく、令嬢らしく立ち振る舞う。  が、しかし、意中のフランソワ王太子に、傲慢令嬢をシメあげているところを見られてしまい、そしてなぜか近衛師団の目つきも口も悪い男ビリーに目をつけられ、執着されて溺愛されてしまう。 違う! 貴方みたいなガラの悪い男じゃなくて、激甘な王子様と恋がしたいの!! そんなグレースは目つきの悪い男の秘密をまだ知らない……。 ※「エブリスタ」にも投稿作品です ※エピローグ追加しました

悪夢から逃れたら前世の夫がおかしい

はなまる
恋愛
ミモザは結婚している。だが夫のライオスには愛人がいてミモザは見向きもされない。それなのに義理母は跡取りを待ち望んでいる。だが息子のライオスはミモザと初夜の一度っきり相手をして後は一切接触して来ない。  義理母はどうにかして跡取りをと考えとんでもないことを思いつく。  それは自分の夫クリスト。ミモザに取ったら義理父を受け入れさせることだった。  こんなの悪夢としか思えない。そんな状況で階段から落ちそうになって前世を思い出す。その時助けてくれた男が前世の夫セルカークだったなんて…  セルカークもとんでもない夫だった。ミモザはとうとうこんな悪夢に立ち向かうことにする。  短編スタートでしたが、思ったより文字数が増えそうです。もうしばらくお付き合い痛手蹴るとすごくうれしいです。最後目でよろしくお願いします。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

処理中です...