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スピンオフ/4thPARTS for3
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先輩に妻と子供...
私の頭の中はたったひとつのことがぐるぐるだった。
奥さんは妊娠で入院中か...
「あ~っ!、私は何を考えてんだ。今は事件だ事件!」
夜道でそう独り言を言うも、なかなか気は奮わなかった。
その時、ある店に通り掛かる。
「お食事処 寺嶋...」
先輩と来れたら...
いいや。
「先輩は既婚!」
勢いよくガラッと扉を開ける。
いい歳のおじいさん、と言っても腰は曲がっていないパッと見60代の店主がのれんをかたそうとしている所だった。
「おう嬢ちゃん、悪いがさっき閉め...いや、食ってきな」
閉め...?
「もう閉店したなら帰りますけど...」
「いいや、何十年も生きてりゃ抱え込んでるやつの匂いくらい分かるもんよ」
何だか悪い人にも思えない。
それこそ何十年も生きてれば、ではないが、刑事をやっていれば悪人は目で分かるものだ。
「...ではお言葉に甘えて」
カウンターの席に着く。
「明日は仕事かい?」
「はい...重要な案件抱えてて」
「へえ、そんな大事件が」
「!?」
「隠さんでも、警察の人間だって分かるさ。ここに何人の人間が来ると思ってんだ」
「はあ...」
悪い人に見えないだけに、何とも突っかかりにくい。
「とりあえず、何食ってくかい」
「...あー、えーと...」
「最後に実家帰ったなぁいつだ」
「え?えーと...確か3年前...」
「そうか。出身は?」
「この辺です」
「よし」
それだけ聞くと、寺嶋さんは何やらコトコトやり始めた。
しばらくすると、頼んでも居ないメニューが出される。
「閉める直前で大した物は出せねぇが、焼きサバの定食だ。米とお味噌汁もな」
何も特別な料理じゃない。
ただの、炊いたお米に、ただの味噌汁、そして焼いた塩サバにちょっとの漬物。
そんなもので、そんなものが私の胸に刺さった。
「おいおい嬢ちゃん、焼きサバは泳いで逃げやしねぇよ」
私は、久しく食べていない他人の作ったご飯の温かみと美味しさに箸が止まらなかった。
「働きすぎは良くねえな。それとも、自分の満足行くとこに達するまでは実家に帰れねえのかな」
どことなく、図星だった。
「嬢ちゃん20代だろ...そんなんじゃ恋の悩みだってあるだろうに」
しっかり図星だ。
思わずむせる。
「おっと、食ってる途中に悪かったな」
水で流して抑える。
「なんかありゃこのジジイめが聞こうか?赤の他人になら言えることだってあんだろ。安心しな、ジジイはすぐ忘れっから」
「えっと...職場で気になる人が居て...」
「ほう、そりゃいいことじゃねえか」
「でも妻子持ちなんです」
「あ~、そいつァ良くねえなぁ」
「仕事よりそっちで頭いっぱいになっちゃって...」
「そうかそうか」
「こんな子供っぽい事で悩んでちゃ行けないんですけどね...はは...」
「高説垂れるようなマネは好きじゃないんだが...」
寺嶋さんは包丁を取り出し、砥石を置いて研ぎ始める。
「ジジイにだって春は来るが、悩むほど青いなんてのは若いうちだけだ。若いうちにいっぱい悩んで、少しづつ自分のやり方を見つけりゃいいんじゃねえかな」
「今のカミさんだって略奪婚したしな」と付け加えて、研ぎ終わった包丁を水に付ける。
「みんな私みたいな悩みなんて見せないのに...もっと頑張らないと追いつけないのにこんな...」
「あのな、」と前置きして、寺嶋さんは包丁を取り出して言う。
「研ぎ澄ますだけじゃダメなんだ。研ぎかすを落としてやんなきゃ料理が鉄臭くて適わねぇ。いい研ぎの包丁はみんな研いだ匂いもさせないんだ」
「人間だってそうなんじゃねえかな」と包丁をしまう。
「飯は足りたか」
「はい」
いっぱいになったのは、お腹だけではない気がした。
翌朝。
「おはようございます」
「おうおはよう吉田」
穂高先輩が何やら忙しげに資料をまとめている。
「何か新しい事件ですか?」
「ああ、今度は立てこもりがな」
立てこもりで立て込んでいる。
にしてもこの街は厄介な事件がちょこちょこ起こる。
にしてはデスクや聞き込みばっかで派手な活躍はないのだが。
「今度は俺たちが突入部隊の補助だから、心の準備と遺書書いとけ」
「またまた、冗談きつい...」
ジョークだか本心だかわからない。
「書いとけ」
「はい」
「書いたら出るぞ」
「はい」
私が死んだら...
誰に、何を、どうして欲しいだろう。
葬式に位は先輩に来て欲しい。
死んだ時に好意が伝わるなら、それは許されやしないだろうか。
「頼りにしてんだからな~、吉田。警察学校も主席で卒業って聞いたぞ~」
「ああ、ありがとうございます」
たった今書いたことのせいで、何となく接しにくい。
「遺書に書くことってどんなことがいいんですかね?」
「あー、俺は財産とかは家族にそのまま入れるから、あとは今死んだら息子が心配だから預け先とかかな」
「はぁ...」
しょうもないことを書いた自分が情けなくなってきた。
「書いたか?行くぞ」
「はい」
車で15分、同町内の銀行にて押し入った強盗が立てこもり、脱出を許された客のうちの1人の子供、外村鋼君5歳が人質として捕らえられているらしい。
「説得で何とかなりますかね...」
「どうだろうな...」
犯人の要求は無罪放免と職の確保。
現代超能力社会において、何かと能力者は就職でも優遇される。
「今2課の舟守が対応してる。無能力ながら説得だけで銀行強盗を説得して自首させたことのある実力者だ。ただ...」
やり取りが聞こえてくる。
「お前の気持ちは痛いほど分かる!」
「うるっせぇ!どうせ警察の奴らなんて能力者ばっかなんだ!そんなやつの話なんて聞くか!」
「俺だって能力はない!だが出世だって...」
「嘘つくんじゃねぇ!」
こんな様子である。
「どうにもなりませんね...」
「ああ...舟守でダメなら誰だってダメだ。母親の言葉さえ聞かないだろうさ」
「私たちに何ができるんですかね...」
「しばらくは周囲を取り囲んで犯人の衰弱待ちだな...」
犯人の衰弱はイコールで鋼君の衰弱を意味する。
犯人が警察に怯えて消耗するように、人質は犯人に怯えて消耗する。
「これやっぱりもうちょっと考えなきゃダメじゃないですかね...」
「そうだよなぁ...上も失敗はしたくないはずたし...」
穂高さんがポケットからマルボロを出し、タバコを取り出して咥える。
「いる?」
「吸わないので」
「ああそう...子供の前では吸わないようにしてるもんでな。今吸っとこうと...」
火を付け、大きく吸い込むと煙をプフーッと吐き出す。
「あ、煙大丈夫?」
「あっ、はい」
タバコの煙は好きじゃない。
けれども、何だかタバコを吸う先輩は嫌いじゃない。
そんなやり取りをしながら。
「あの~...」
「どうした?」
「こういう時にSに頼るのは、ダメなんですかね」
「あ~...」
先輩は思わず声を出して考える。
「あ~~~~~~~~~~............」
「どう...なんでしょう」
「聞いてくるわ」
そう言うとポータブルの灰皿に吸いかけのタバコを押し込み、スタスタと行ってしまう。
妻子持ちとは言え思いを寄せるのは自由だ。
もう少し一緒にいるために黙っててよかったかもしれない。
いや、これは事件だ。
思いついたことはどんな案でもとりあえず出してみなければ。
しばらくして、先輩が戻ってきた。
「警察の意地だとよ」
ダメ、ということらしい。
「気持ちは分かりますけどね...」
「プライドなんてくだらんよなぁ...」
先輩はそう言ってタバコに新しく火をつけた。
私の頭の中はたったひとつのことがぐるぐるだった。
奥さんは妊娠で入院中か...
「あ~っ!、私は何を考えてんだ。今は事件だ事件!」
夜道でそう独り言を言うも、なかなか気は奮わなかった。
その時、ある店に通り掛かる。
「お食事処 寺嶋...」
先輩と来れたら...
いいや。
「先輩は既婚!」
勢いよくガラッと扉を開ける。
いい歳のおじいさん、と言っても腰は曲がっていないパッと見60代の店主がのれんをかたそうとしている所だった。
「おう嬢ちゃん、悪いがさっき閉め...いや、食ってきな」
閉め...?
「もう閉店したなら帰りますけど...」
「いいや、何十年も生きてりゃ抱え込んでるやつの匂いくらい分かるもんよ」
何だか悪い人にも思えない。
それこそ何十年も生きてれば、ではないが、刑事をやっていれば悪人は目で分かるものだ。
「...ではお言葉に甘えて」
カウンターの席に着く。
「明日は仕事かい?」
「はい...重要な案件抱えてて」
「へえ、そんな大事件が」
「!?」
「隠さんでも、警察の人間だって分かるさ。ここに何人の人間が来ると思ってんだ」
「はあ...」
悪い人に見えないだけに、何とも突っかかりにくい。
「とりあえず、何食ってくかい」
「...あー、えーと...」
「最後に実家帰ったなぁいつだ」
「え?えーと...確か3年前...」
「そうか。出身は?」
「この辺です」
「よし」
それだけ聞くと、寺嶋さんは何やらコトコトやり始めた。
しばらくすると、頼んでも居ないメニューが出される。
「閉める直前で大した物は出せねぇが、焼きサバの定食だ。米とお味噌汁もな」
何も特別な料理じゃない。
ただの、炊いたお米に、ただの味噌汁、そして焼いた塩サバにちょっとの漬物。
そんなもので、そんなものが私の胸に刺さった。
「おいおい嬢ちゃん、焼きサバは泳いで逃げやしねぇよ」
私は、久しく食べていない他人の作ったご飯の温かみと美味しさに箸が止まらなかった。
「働きすぎは良くねえな。それとも、自分の満足行くとこに達するまでは実家に帰れねえのかな」
どことなく、図星だった。
「嬢ちゃん20代だろ...そんなんじゃ恋の悩みだってあるだろうに」
しっかり図星だ。
思わずむせる。
「おっと、食ってる途中に悪かったな」
水で流して抑える。
「なんかありゃこのジジイめが聞こうか?赤の他人になら言えることだってあんだろ。安心しな、ジジイはすぐ忘れっから」
「えっと...職場で気になる人が居て...」
「ほう、そりゃいいことじゃねえか」
「でも妻子持ちなんです」
「あ~、そいつァ良くねえなぁ」
「仕事よりそっちで頭いっぱいになっちゃって...」
「そうかそうか」
「こんな子供っぽい事で悩んでちゃ行けないんですけどね...はは...」
「高説垂れるようなマネは好きじゃないんだが...」
寺嶋さんは包丁を取り出し、砥石を置いて研ぎ始める。
「ジジイにだって春は来るが、悩むほど青いなんてのは若いうちだけだ。若いうちにいっぱい悩んで、少しづつ自分のやり方を見つけりゃいいんじゃねえかな」
「今のカミさんだって略奪婚したしな」と付け加えて、研ぎ終わった包丁を水に付ける。
「みんな私みたいな悩みなんて見せないのに...もっと頑張らないと追いつけないのにこんな...」
「あのな、」と前置きして、寺嶋さんは包丁を取り出して言う。
「研ぎ澄ますだけじゃダメなんだ。研ぎかすを落としてやんなきゃ料理が鉄臭くて適わねぇ。いい研ぎの包丁はみんな研いだ匂いもさせないんだ」
「人間だってそうなんじゃねえかな」と包丁をしまう。
「飯は足りたか」
「はい」
いっぱいになったのは、お腹だけではない気がした。
翌朝。
「おはようございます」
「おうおはよう吉田」
穂高先輩が何やら忙しげに資料をまとめている。
「何か新しい事件ですか?」
「ああ、今度は立てこもりがな」
立てこもりで立て込んでいる。
にしてもこの街は厄介な事件がちょこちょこ起こる。
にしてはデスクや聞き込みばっかで派手な活躍はないのだが。
「今度は俺たちが突入部隊の補助だから、心の準備と遺書書いとけ」
「またまた、冗談きつい...」
ジョークだか本心だかわからない。
「書いとけ」
「はい」
「書いたら出るぞ」
「はい」
私が死んだら...
誰に、何を、どうして欲しいだろう。
葬式に位は先輩に来て欲しい。
死んだ時に好意が伝わるなら、それは許されやしないだろうか。
「頼りにしてんだからな~、吉田。警察学校も主席で卒業って聞いたぞ~」
「ああ、ありがとうございます」
たった今書いたことのせいで、何となく接しにくい。
「遺書に書くことってどんなことがいいんですかね?」
「あー、俺は財産とかは家族にそのまま入れるから、あとは今死んだら息子が心配だから預け先とかかな」
「はぁ...」
しょうもないことを書いた自分が情けなくなってきた。
「書いたか?行くぞ」
「はい」
車で15分、同町内の銀行にて押し入った強盗が立てこもり、脱出を許された客のうちの1人の子供、外村鋼君5歳が人質として捕らえられているらしい。
「説得で何とかなりますかね...」
「どうだろうな...」
犯人の要求は無罪放免と職の確保。
現代超能力社会において、何かと能力者は就職でも優遇される。
「今2課の舟守が対応してる。無能力ながら説得だけで銀行強盗を説得して自首させたことのある実力者だ。ただ...」
やり取りが聞こえてくる。
「お前の気持ちは痛いほど分かる!」
「うるっせぇ!どうせ警察の奴らなんて能力者ばっかなんだ!そんなやつの話なんて聞くか!」
「俺だって能力はない!だが出世だって...」
「嘘つくんじゃねぇ!」
こんな様子である。
「どうにもなりませんね...」
「ああ...舟守でダメなら誰だってダメだ。母親の言葉さえ聞かないだろうさ」
「私たちに何ができるんですかね...」
「しばらくは周囲を取り囲んで犯人の衰弱待ちだな...」
犯人の衰弱はイコールで鋼君の衰弱を意味する。
犯人が警察に怯えて消耗するように、人質は犯人に怯えて消耗する。
「これやっぱりもうちょっと考えなきゃダメじゃないですかね...」
「そうだよなぁ...上も失敗はしたくないはずたし...」
穂高さんがポケットからマルボロを出し、タバコを取り出して咥える。
「いる?」
「吸わないので」
「ああそう...子供の前では吸わないようにしてるもんでな。今吸っとこうと...」
火を付け、大きく吸い込むと煙をプフーッと吐き出す。
「あ、煙大丈夫?」
「あっ、はい」
タバコの煙は好きじゃない。
けれども、何だかタバコを吸う先輩は嫌いじゃない。
そんなやり取りをしながら。
「あの~...」
「どうした?」
「こういう時にSに頼るのは、ダメなんですかね」
「あ~...」
先輩は思わず声を出して考える。
「あ~~~~~~~~~~............」
「どう...なんでしょう」
「聞いてくるわ」
そう言うとポータブルの灰皿に吸いかけのタバコを押し込み、スタスタと行ってしまう。
妻子持ちとは言え思いを寄せるのは自由だ。
もう少し一緒にいるために黙っててよかったかもしれない。
いや、これは事件だ。
思いついたことはどんな案でもとりあえず出してみなければ。
しばらくして、先輩が戻ってきた。
「警察の意地だとよ」
ダメ、ということらしい。
「気持ちは分かりますけどね...」
「プライドなんてくだらんよなぁ...」
先輩はそう言ってタバコに新しく火をつけた。
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