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スピンオフ/4thPARTS for3
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これは、例の3人が集まって何やかややっているそれより10年昔。
彼らを引き合せる運命を綴った、伝記と言うには少し言いすぎな思い出話。
この頃、私に初恋が訪れた。
9つ上の穂高正生先輩だ。
私と言うやつは学生の頃から持てた試しが無く、見た目だけはそこそこ良かったようなので薄っぺらい男は寄ってきたがそれでも私を真剣に好んでくれた人などいなかった。
そんな私が、誰かに好きになって欲しいと思ったのはこれが初めてだった。
「吉田~」
先輩が私の名前を呼ぶ。
少し嬉しくなって、ただそれは何となく隠したくって、やや無表情な返事をする。
「はい。なんでしょう」
「こないだ起きた河原でのバラバラ死体発見の事件なんだが、資料にまとめといたから目通しといてくれ。1課の対策本部で9時から会議がある。別の仕事は入れてないからしっかり頭入れとけ」
「ありがとうございます」
そう言って資料を受け取る。
この資料、まとめたのは恐らく穂高先輩だ。
資料に目を通しながら、いつも考えることが頭を過ぎる。
私の負担を減らして仕事に慣れてもらおうと私の仕事も少しやっている。
自分の仕事だけでも忙しいのに私の仕事までして。
「どんだけ頑張れるんだか……」
事件の概要はおおよそ把握した。
時計を見ると、会議まで全然時間がある。
仕事にも慣れてきたようだ。
「穂高先輩、資料頭入ったので別の仕事します」
「ん、ああ、じゃあ……そうだな……」
そう言って、穂高先輩は自分の机の上の山積みファイルの中から私に仕事を見繕う。
私にまずやらせるべきな私の仕事があるだろうに、この人はどこまで人がいいのだろう。
「じゃあ、現時点での証拠から事件概要をまとめて考察しやすいようにファイリングしといてくれ。それできるようになったらあとは量こなせるようにならなきゃだから、頑張れよぉ」
「はい。ありがとうございます」
穂高先輩がちらりと時計をみて、自分の仕事に取り掛かる。
穂高先輩も事件資料のまとめをしているようだ。
私は任された仕事に手をつけ、時々時計と先輩をチラチラしながら時間を待つ。
「よし、行くか」
時計はもうそろ9時を指そうとしていた。
会議室での話は、河川敷で焼死体が発見、死亡前の骨折跡・周囲の下足跡から他殺と断定、聞き込み・現場検証にて操作をするといった内容だった。
警察官たるもの言っていいことでは無いのだが、こんな事件どうでもいい。
穂高先輩に彼女や奥さんはいるのか、それが知りたい。
私はなんのために警察をやっているのだろう...
「先輩」
会議室から戻る廊下、ふと尋ねてしまった。
「警察官を続ける理由って...なんでしょうか」
先輩は少し考えて、
「誰かを助ける自分偉いッ!で金が貰える仕事なんてすげえじゃん?結局幸せってのは貢献してる実感だと思うよ」
「貢献してる実感……」
視線を落として床を見つめる。
私は、誰かの為にではなくなれたからなって、先輩がいるから続けている。
誰かからのありがとうも、私には部外者の厚かましい時間の無駄にさえ感じてしまうのだ。
「ま、いいだろう。お前はアレだ。話聞きにいけに行け。SだS」
「S?」
下手な推理漫画にでも出てきそうなイニシャルでの呼称に、すっと拍子を抜かれた気分になる。
「この辺りにいるんだよ。天才少年ってやつが。IQ224の天才らしい」
「はぁ……その少年に事件の事を話して意見を聞けばいいんですね?」
「ああ。そんな難しい話じゃない。ただ、推理小説を読ませるように資料を渡して少し待ったら犯人の手がかりを返してくれる。簡単な仕事だ」
「はぁ……」
そんな話になった所で、いつものデスクがある部屋に戻ってきた。
「じゃあ私はこの資料持ってSの所に行きます。えっと住所は……」
「ああ、それならここの付箋に……」
私は先輩から住所を聞き、向かった。
そこの家は何の特徴もなく、強いていえば庭など手入れが行き届いていて几帳面な印象を受ける、といった感じだった。
志原、という表札が着いている。
インターホンを鳴らす。
「すみません、署のものです」
奥から女性の声で「ハイハーイ」と声がし、どたどたと足音がした後にがちゃり、と鍵が開く音がした。
扉が開き、若い女性...と言っても私の方が若そうではある...が顔を見せた。
「ああ、事件ですね。今あの子呼びますから」
あの子。
この人の子供がSなのか。
「あっ、上がってください」
私は軽くお辞儀をし、「お邪魔します」と言って家に上がる。
座敷に通された。
座敷は襖の向こうに子供部屋が繋がっていて、そこにSがいるらしい。
「丹波~、警察の人が来たよ」
応答がない。
お母さんが襖を開けると、そこには天井まであろうかという本棚いっぱいに詰まった本に囲まれた少年がいた。
...かなり虚ろな目で虚空を見つめて。
「あの...電池切れ...?」
そんなわけはないと思いつつ、これしか思いつかなかったので仕方ない。
「あらら、この子ったらまた目開けたまま寝て...今起こしますね」
お母さんが何度か揺さぶると、少年は目を覚ました。
「あっ...えっと...こんにちは」
「こんにちは」
少年が私をじっと見る。
「またじけんですか?」
「ええ。それで、君がとても頭がいいから話を聞いて来いって...」
「わかりました。なにがあったか教えてください」
「えっと...こういう事件があって...」
私がファイルをバッグから取り出し、渡す。
丹波、というその子が資料を読み始めたところで、お母さんが耳打ちしてくる。
「丹波が集中してますので、襖を閉めてしばらく待ちましょう」
私はお母さんの方を見て、「分かりました」とだけ言って座敷に正座し、襖を閉める。
「あの子、まだ5歳なんです」
お母さんが不意に話し始める。
「本が好きみたいで、活字も読める様なので推理小説を買い与えていたらあんな量になって...」
お母さんが「やっちゃった」と言わん感じの顔をする。
結構お金を使ったのだろう。
「でもあの子、1冊も最後まで読まないんです」
「1冊も?」
推理小説なんて、犯人が分からないとずっとモヤモヤするだろうに。
「最後まで読む前に犯人が分かるから読まないって」
...5歳の子供が言うセリフでは無い。
「お茶でも入れてきますね」
お母さんが立ち上がる。
「あっ、お気づかいなく...」
襖の向こうの少年と私2人っきりの、いや、一人ぼっちずつの静寂が流れた。
お母さんが戻って来るより先に、丹波君が襖を開いた。
「おねえさん、犯人候補の中に犯人はいませんでした」
会議でもかなり有力視されていただけに、少し驚いた。
「えっと、この人が犯人だとこれがここと矛盾して...」
少年は5歳とは思えないほど理路整然と説明を続けた。
私がそれを手帳にメモしていく。
かなり異質な絵面だが、これも捜査だ。
あの短い時間でどれだけの事を考えたんだと言うほど説明は続き、帰る頃には夕方だった。
「ありがとうございました。謝礼金の方は後ほど振込させていただきますので、ご確認のほどよろしくお願い致します」
そう言って、家を出て、車に乗って署に帰る。
「先輩...まだ残ってるかなぁ...」
警察に定時退勤はないが、まだ先輩は部屋にいた。
「おう、どうだった」
「あ、話の内容をメモした物がこちらに」
「ありがとう。...いつになく多いなぁ。丁寧なメモで助かるよ」
「すみません遅くなりました」
「いや、あの子のとこ行って帰ってくるのはだいたいこの時間だから。ん、もう上がっていいぞ。俺はもうちょっとだけやって帰るから」
最近は働き方改革とやらで警察もブラック労働はナシらしい。
「先輩、この後食事とか...」
その時、穂高さんが携帯を開いてメールをし始めた。
その待ち受けに、女の人と5歳位の子供が映っていた。
「いや~、Sはやっぱ凄いな。俺じゃ気づかないことばかり...」
『待受の人って』
その言葉が発せずにいると、
「うちの子と歳変わらないんだ。それでこんな天才なんて、いやはや羨ましいな」
私は手に持っていた資料を思わず落とした。
バサッと言う音が部屋に響く。
「おい、落としたぞ吉田。吉田?」
穂高先輩の声も私の耳には届いていない。
私は、妻子のある男の人を、好きになってしまった。
彼らを引き合せる運命を綴った、伝記と言うには少し言いすぎな思い出話。
この頃、私に初恋が訪れた。
9つ上の穂高正生先輩だ。
私と言うやつは学生の頃から持てた試しが無く、見た目だけはそこそこ良かったようなので薄っぺらい男は寄ってきたがそれでも私を真剣に好んでくれた人などいなかった。
そんな私が、誰かに好きになって欲しいと思ったのはこれが初めてだった。
「吉田~」
先輩が私の名前を呼ぶ。
少し嬉しくなって、ただそれは何となく隠したくって、やや無表情な返事をする。
「はい。なんでしょう」
「こないだ起きた河原でのバラバラ死体発見の事件なんだが、資料にまとめといたから目通しといてくれ。1課の対策本部で9時から会議がある。別の仕事は入れてないからしっかり頭入れとけ」
「ありがとうございます」
そう言って資料を受け取る。
この資料、まとめたのは恐らく穂高先輩だ。
資料に目を通しながら、いつも考えることが頭を過ぎる。
私の負担を減らして仕事に慣れてもらおうと私の仕事も少しやっている。
自分の仕事だけでも忙しいのに私の仕事までして。
「どんだけ頑張れるんだか……」
事件の概要はおおよそ把握した。
時計を見ると、会議まで全然時間がある。
仕事にも慣れてきたようだ。
「穂高先輩、資料頭入ったので別の仕事します」
「ん、ああ、じゃあ……そうだな……」
そう言って、穂高先輩は自分の机の上の山積みファイルの中から私に仕事を見繕う。
私にまずやらせるべきな私の仕事があるだろうに、この人はどこまで人がいいのだろう。
「じゃあ、現時点での証拠から事件概要をまとめて考察しやすいようにファイリングしといてくれ。それできるようになったらあとは量こなせるようにならなきゃだから、頑張れよぉ」
「はい。ありがとうございます」
穂高先輩がちらりと時計をみて、自分の仕事に取り掛かる。
穂高先輩も事件資料のまとめをしているようだ。
私は任された仕事に手をつけ、時々時計と先輩をチラチラしながら時間を待つ。
「よし、行くか」
時計はもうそろ9時を指そうとしていた。
会議室での話は、河川敷で焼死体が発見、死亡前の骨折跡・周囲の下足跡から他殺と断定、聞き込み・現場検証にて操作をするといった内容だった。
警察官たるもの言っていいことでは無いのだが、こんな事件どうでもいい。
穂高先輩に彼女や奥さんはいるのか、それが知りたい。
私はなんのために警察をやっているのだろう...
「先輩」
会議室から戻る廊下、ふと尋ねてしまった。
「警察官を続ける理由って...なんでしょうか」
先輩は少し考えて、
「誰かを助ける自分偉いッ!で金が貰える仕事なんてすげえじゃん?結局幸せってのは貢献してる実感だと思うよ」
「貢献してる実感……」
視線を落として床を見つめる。
私は、誰かの為にではなくなれたからなって、先輩がいるから続けている。
誰かからのありがとうも、私には部外者の厚かましい時間の無駄にさえ感じてしまうのだ。
「ま、いいだろう。お前はアレだ。話聞きにいけに行け。SだS」
「S?」
下手な推理漫画にでも出てきそうなイニシャルでの呼称に、すっと拍子を抜かれた気分になる。
「この辺りにいるんだよ。天才少年ってやつが。IQ224の天才らしい」
「はぁ……その少年に事件の事を話して意見を聞けばいいんですね?」
「ああ。そんな難しい話じゃない。ただ、推理小説を読ませるように資料を渡して少し待ったら犯人の手がかりを返してくれる。簡単な仕事だ」
「はぁ……」
そんな話になった所で、いつものデスクがある部屋に戻ってきた。
「じゃあ私はこの資料持ってSの所に行きます。えっと住所は……」
「ああ、それならここの付箋に……」
私は先輩から住所を聞き、向かった。
そこの家は何の特徴もなく、強いていえば庭など手入れが行き届いていて几帳面な印象を受ける、といった感じだった。
志原、という表札が着いている。
インターホンを鳴らす。
「すみません、署のものです」
奥から女性の声で「ハイハーイ」と声がし、どたどたと足音がした後にがちゃり、と鍵が開く音がした。
扉が開き、若い女性...と言っても私の方が若そうではある...が顔を見せた。
「ああ、事件ですね。今あの子呼びますから」
あの子。
この人の子供がSなのか。
「あっ、上がってください」
私は軽くお辞儀をし、「お邪魔します」と言って家に上がる。
座敷に通された。
座敷は襖の向こうに子供部屋が繋がっていて、そこにSがいるらしい。
「丹波~、警察の人が来たよ」
応答がない。
お母さんが襖を開けると、そこには天井まであろうかという本棚いっぱいに詰まった本に囲まれた少年がいた。
...かなり虚ろな目で虚空を見つめて。
「あの...電池切れ...?」
そんなわけはないと思いつつ、これしか思いつかなかったので仕方ない。
「あらら、この子ったらまた目開けたまま寝て...今起こしますね」
お母さんが何度か揺さぶると、少年は目を覚ました。
「あっ...えっと...こんにちは」
「こんにちは」
少年が私をじっと見る。
「またじけんですか?」
「ええ。それで、君がとても頭がいいから話を聞いて来いって...」
「わかりました。なにがあったか教えてください」
「えっと...こういう事件があって...」
私がファイルをバッグから取り出し、渡す。
丹波、というその子が資料を読み始めたところで、お母さんが耳打ちしてくる。
「丹波が集中してますので、襖を閉めてしばらく待ちましょう」
私はお母さんの方を見て、「分かりました」とだけ言って座敷に正座し、襖を閉める。
「あの子、まだ5歳なんです」
お母さんが不意に話し始める。
「本が好きみたいで、活字も読める様なので推理小説を買い与えていたらあんな量になって...」
お母さんが「やっちゃった」と言わん感じの顔をする。
結構お金を使ったのだろう。
「でもあの子、1冊も最後まで読まないんです」
「1冊も?」
推理小説なんて、犯人が分からないとずっとモヤモヤするだろうに。
「最後まで読む前に犯人が分かるから読まないって」
...5歳の子供が言うセリフでは無い。
「お茶でも入れてきますね」
お母さんが立ち上がる。
「あっ、お気づかいなく...」
襖の向こうの少年と私2人っきりの、いや、一人ぼっちずつの静寂が流れた。
お母さんが戻って来るより先に、丹波君が襖を開いた。
「おねえさん、犯人候補の中に犯人はいませんでした」
会議でもかなり有力視されていただけに、少し驚いた。
「えっと、この人が犯人だとこれがここと矛盾して...」
少年は5歳とは思えないほど理路整然と説明を続けた。
私がそれを手帳にメモしていく。
かなり異質な絵面だが、これも捜査だ。
あの短い時間でどれだけの事を考えたんだと言うほど説明は続き、帰る頃には夕方だった。
「ありがとうございました。謝礼金の方は後ほど振込させていただきますので、ご確認のほどよろしくお願い致します」
そう言って、家を出て、車に乗って署に帰る。
「先輩...まだ残ってるかなぁ...」
警察に定時退勤はないが、まだ先輩は部屋にいた。
「おう、どうだった」
「あ、話の内容をメモした物がこちらに」
「ありがとう。...いつになく多いなぁ。丁寧なメモで助かるよ」
「すみません遅くなりました」
「いや、あの子のとこ行って帰ってくるのはだいたいこの時間だから。ん、もう上がっていいぞ。俺はもうちょっとだけやって帰るから」
最近は働き方改革とやらで警察もブラック労働はナシらしい。
「先輩、この後食事とか...」
その時、穂高さんが携帯を開いてメールをし始めた。
その待ち受けに、女の人と5歳位の子供が映っていた。
「いや~、Sはやっぱ凄いな。俺じゃ気づかないことばかり...」
『待受の人って』
その言葉が発せずにいると、
「うちの子と歳変わらないんだ。それでこんな天才なんて、いやはや羨ましいな」
私は手に持っていた資料を思わず落とした。
バサッと言う音が部屋に響く。
「おい、落としたぞ吉田。吉田?」
穂高先輩の声も私の耳には届いていない。
私は、妻子のある男の人を、好きになってしまった。
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