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13. 白は私の一番好きな色です。

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「どうしよう……」

 柚姫は家に戻るなりずっと悩んでいた。

 何であのとき、受け取ってしまったのだろう。

 それに……

「何で私なんか誘ったのかな?」

 当然の疑問が頭をもたげる。

 公園で会ったときも、挨拶に来たときも大した会話はしなかった。

「いきなり映画に誘うなんて……」

 そんな柚姫は、出逢って間もない吸血鬼と同居を始め、今に至るのだけれど……。

 柚姫は、トワの寝ている自室のほうを見る。

 あと一時間もすれば日が落ちる。落ちるけど――

 ――来るな!

 柚姫はびくっと身を震わせる。

 血を吸わないと言ったトワは、今日はもう顔を見せないような気がした。

 自分の部屋に戻ることもできず、何とはなしにテレビをつける。

 気まぐれにチャンネルを変えながらときを過ごし、途中でシャワーを浴びる。そしてまたテレビをつけ、時間をつぶす。

 トワはまだ起きて来ない。

 いや、部屋にいるのかさえ柚姫には分からない。

 刻々と時間は過ぎていき、やがて夜の十一時を迎える。

 もしかしたら、顔を出してくれるのではないか。

 そんな淡い期待を胸に起きていたが、テレビの笑い声がいつの間にか子守唄へと変わり、柚姫は眠りに落ちていた――



「ん……」

 あまりの寝心地の悪さに目が覚めた。

 柚姫の背は決して高くはないが、流石にソファーの上では十分に身体からだを伸ばすことができない。

 身体からだがくの字に曲がってしまい、よけいに疲れてしまった。

「あーあ、もったいないことしちゃったよ……」

 柚姫は手元のリモコンでテレビを切った。

 スマホのアラームがまだ鳴っていないということは、まだ八時まえだ。

 ふあ……とあくびを一つ落とす。

 チトセは今日迎えに来ると言っていたが、よくよく考えてみれば時間を聞いていない。それで寝過ごさないようにと、適当な時間にあらかじめ目覚ましをセットしておいた。

 あまり乗り気ではないものの、断れなかった以上はちゃんとしよう、というのが柚姫の心情だ。

 とりあえず出かける準備をする。

「トワは、部屋にいるのかな……」

 何に対してだか分からない後ろめたさが、心に刺さっているような気がした。

 結局、トワが血を吸いに来ることはなかった。何気なく首筋に触れてみる。寝ている最中に……ということもないようだ。

 ふぅ……とまた溜息をついてから、はっ、となる。

「私、もしかして期待してた? トワに血を吸ってほしいと思ってる?」

 貧血になるし、嫌なだけだったのに、どうして……。

 と、そのとき。呼び鈴が鳴った。

 玄関の扉を開くと、柚姫を迎えに来たチトセが立っていた。

 白を基調とした清楚せいそな服装、胸元にはシルバーの十字架。

「もう、出られますか? ……どうかしましたか?」
「あっ、いえ、いつも白い服なので、白が好きなのかなって……」

 ああ、とチトセは軽く目を見開く。

「白は私の一番好きな色です。けがされることを知らない、無垢むくな色。だから、たまにけがしてしまいたくなります」

 おびえた柚姫の表情を見て、チトセは冗談です、と笑みをこぼした。
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