上 下
36 / 46

35. さて、帰るとするか。

しおりを挟む
「何なんだ、あいつは……」

 苛立ちを隠しきれずに、トワは拳をわなわなと震わせた。

「トワ、おさえて……ね?」
「……。柚姫も、最後にウィンクされて少し赤くなっただろ?」

 図星を指され、柚姫はドキリとした。

「……なんだ、その間は」
「あ、えーっと、あはは……」

 性格的に嘘のつけない柚姫は、つい正直に答えてしまう。

「ほ、ほら、チトセさんって……やっぱり綺麗だから……」

 トワの目がすいっと細くなる。

「じゃなくて! そう、あの耳と尻尾が可愛いなって……思って……?」

 言いながら、墓穴を掘っていることに気づき、どんどん声がしぼんでいく。

「……柚姫は、耳と尻尾が生えているのが好みなのか?」
「ええ?」

 どうなんだ、と真顔で迫られ、柚姫は固まった。

 ここでそうだと頷いたら、猫耳でも何でもつけてくれそうな勢いだ。


 冗談抜きに……。


「なぜ黙る?」
「ううん、ね、そんなことより!」

 柚姫は、わざとらしいほど大きな声で話題を変えた。

「私たちもそろそろ帰ろうよ。ぼーっと突っ立ってないでさ、追いてっちゃうよ?」

 優位に立ったつもりで、先導をきって後方の扉へ向かおうとするが、はたと立ち止まる。

 今更ながら、裸足であることに気がついた。

 そうだ、チトセさんの部屋からいきなり連れて来られたんだった……。

 あれ、元を辿れば学校から攫われてきたんだったっけ? ということはつまり……

「柚姫……」

 トワが意地悪そうにこちらを見ている。

「どうした? 家に連れ帰って欲しいか?」

 にやにやとした顔で言われ、柚姫は少しムッとする。

「ひ、ひとりで帰れるもん!!」
画鋲がびょう踏んでも知らんぞ」

 妙に現実的な返しをされる。

「まきびしみたいに、い~っぱい落ちているかもしれんな」
「誰よ、いたやつ!?」

 柚姫がすかさず突っ込みを入れたときだった。

「ああ、そうだ。終電とやらも終わっているぞ」

 トワは切り札をとりだした。

「へ!?」

 いつの間にそんなに時間が経っていたのか。時計もスマホもないから、時間を確認する術がない。

 いや、スマホとかそれ以前に……

「さて、帰るとするか」
「ま、待って!」

 ふわっと空へ舞い上がろうとするトワを、柚姫は慌ててマントの端を掴んで引き止めた。

 その身一つで、今この屋上にいることに、柚姫はようやく気づいたのだ。

 捨てられた子犬のような目をする柚姫を見て、トワはまたにやりと笑う。

 ほら、と手を差し伸べた。

 チトセをほんの少し恨みながら、柚姫はトワの腕の中におさまったのだった――
しおりを挟む

処理中です...