ふれたら消える

明樹

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 そして今夜も、昊は俺と目を合わせてくれない。
 バイトで遅くなった俺は、母さんが作り置きしてくれていた夕飯を食べ終え、皿を洗っていた。すると昊が冷蔵庫の水を取りに来た。その時伸ばした昊の白い腕の内側に、赤い跡がついていることに気づく。
 俺は濡れたままの手で昊の腕を掴み「どうしたの、これ?」と聞く。

「なんでもない…触るな」

 そう冷たく言い放って、昊が俺の手を振り払う。そして目を合わすことも無くリビングから出て行く。
 俺は昊の華奢な背中を見て、深く息を吐く。
 またいつもの態度…寂しい。俺はもっと話したいのに。それにあの腕の跡って…キスマークじゃん。柊木のやつ、絶対にわざとだろ。俺を牽制してるのか、昊に関わる全ての人を牽制してるのか。くそっ!昊はおまえのものじゃない。昊は母さんのことを想って、自分の気持ちを隠しておまえとつき合ってるだけなんだ。…と俺は信じてるけど、違うのかな。昊の態度があまりにも冷たくて、本当に俺のこと、嫌いになったのかなって、最近は思い始めてる。それなら俺も、昊から離れた方がいい。
 俺は水を止めて手を拭きながら、同じ大学の、優しく笑う神山さんの顔を思い浮かべた。


 俺は昊とは同じ大学には行かなかった。合格をもらっていたけど、ギリギリまで悩んでやめた。昊が柊木と一緒にいる姿を見たくなかったから。
 大学に入って半年経った今、それで良かったと思っている。それにいくつかの講義が一緒の女子がいる。彼女の方から声をかけられて話すうちに、仲良くなった。こんなに楽しく話せる女子は初めてだった。
 彼女は神山さんと言う。バイトも俺と同じ所に入ってきた。親しげに話しかけられ、ここまで追いかけられたら、さすがに好意を持たれていると気づく。実際、神山さんに「つき合っている人はいるのか」「好きな人はいるのか」と聞かれたことがある。
 俺は正直に「つき合ってる人はいないが、好きな人はいる」と話した。
 神山さんはショックを受けていたけど、まっすぐに俺を見て聞いてきた。

「その人とはつき合わないの?」
「つき合いたいけど、無理なんだ」
「どうして?」
「嫌われているから」
「それでも…好きなの?」
「好きだ」
「…私も、青くんが好きです」
「うん…ありがとう」
「私の気持ちを知っていてほしい。もし青くんがその人のことを吹っ切れたら、私とつき合ってほしい…です」
「うん…」

 神山さんは本当に優しくて、昊を好きじゃなかったら、たぶんつき合っていた。でも、昊を忘れるために、つき合ってもいいかもしれない。もう、柊木の傍にいる昊を見るのが辛くてしんどい。
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