炎の国の王の花

明樹

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月の国 5

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ぽかんと口を開けたまま固まった俺の頬を、サッシャがツンツンと突く。


「どうしたの?面白い顔になってるよ?ふふ、俺は、この城に出入りしている商人の紹介で潜り込んだんだ。両親を病気で亡くした上に、父親の弟に家を乗っ取られて追い出された可哀想な貴族の子どもって事になってる」
「…はぁ…。でも、正体がバレたらマズくない?」
「マズくないよ。俺は強くて賢いから。いざという時は、すぐに自分の国に帰れるし。この城の中に俺の従者もいるし」
「え?いるの?」
「兵士に成りすましてる。城の外にも数人控えてる。ホントはシルヴィオ王が、炎の国に行ってる間に城を出ようと思ってたんだけど、ここ結構居心地が良くてさ。食べ物も美味いし。どうしようかなぁと迷ってたら、シルヴィオ王が予定より早く帰って来ちゃった。それにシルヴィオ王が連れて来た君を見て興味が湧いたから、もう少し残ることに決めたんだ」


髪の色のような、屈託のない明るいサッシャの笑顔を見て、つられて俺も笑ってしまう。


「でも、王子が他国の城に潜りこんで危なくないの?」
「だから俺は強くて賢いから大丈夫なの!それに俺の父王が、自分の目で見て来いって言って、すぐ国から俺を追い出そうとするんだよ。まだ山の国と月の国しか行ってないけど、全部の国に行けと言われてる。君、ここを出たら炎の国に連れて行ってよ」
「もちろん、いいよ。あ、俺はカナデって言うんだ。でもどうやってここから逃げるの?シルヴィオ王がどんな魔法を使うのか、よくわからないし…」


レオナルトやナジャ、バルテル王子が抵抗する暇もなく倒れた姿を思い出して、俺は唇を噛んで下を向く。
サッシャは、コップにお茶を注いで飲むと、「この茶葉仕入れて国に持って帰ろ」と呟いて俺を見た。


「月の国の王は、相手の身体を動けなくする魔法を使うんだ。魔法をかけられた者は、身体がとても重くなって立ってさえいられなくなる。噂によると、身体だけでなく心臓も止めてしまう事が出来るらしいよ?怖いよね~」
「えっ!!そんなことされたら、どうしようもないじゃんっ!」
「まあ、最強だよね。でもその魔法は強力過ぎて、使うと自分にも跳ね返ってくる」
「跳ね返る?」
「そう。下手したら自分の心臓も止まってしまうかもしれないってこと。相打ちだよね」


シルヴィオ王の魔法の力は、なんて恐ろしいんだと怖くなったけど、相打ちのリスクがあるならそうそう使わないだろうと安堵する。
でも、身体が動けなくなるのは困る。
サッシャが、俺の考えてることが分かったのか、またツンツンと俺の頬を突いた。


「大丈夫だって。シルヴィオ王が近くに来たら、身体の周りに薄く膜を張るんだ。そうしたら奴の魔法の力が激減されて、身体が動く。身体さえ動けば、俺の魔法でシルヴィオ王を退けられるから」
「サッシャ…王子の魔法って?」
「あ、サッシャって呼んで?俺もカナデって呼ぶから。ふふふ、それは秘密。言っちゃうと面白くないでしょ?それよりも今更だけどさ、カナデって素直だね?俺が怪しいとか思わないの?」


俺は、微かに首を傾げてサッシャを見る。


「思わないよ?だって、サッシャの顔を見れば、嘘を言ってないってわかるから」
「へぇ…。そっか、ありがとう」

少し寂しそうなサッシャの笑顔が気になったけど、俺も頷いて笑い返した。
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