炎の国の王の花

明樹

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炎の国の 11

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『カナっ、カナ!ここだっ、俺はここにいるぞっ!』

あ…アルだ。アルが俺を呼んでいる。あれ?アルが立ってる場所って…。あっ、俺とアルが出会った場所だ!

『カナ、俺はここで待っているぞ。おまえが必ずここに現れると信じてる。ずっと待ってるから戻って来い!カナ!』

アルっ、アル!待っててっ!俺、絶対に戻るからっ!アルの元に戻るからっ!





ハッと目を覚まして飛び起きる。心臓が早鐘を打ち、顎からポタリと雫が落ちる。
左手で胸を押さえて右手の甲で顎を拭う。汗かと思った雫は、とめどなく溢れ出る涙だった。
アルファムに早く会いたいのに、どうにも出来ないのがもどかしい。


俺は、Tシャツの裾でゴシゴシと顔を拭いて、立ち上がってキッチンに行く。
コップに水を注いで一気に飲むと、リビングの窓に近寄りカーテンの隙間から空を見上げた。
薄らと明るくなり始めた空に、下弦の月が浮かんでいる。
炎の国で見た月も、あれと同じだった。
あちらの世界は、時間軸とか次元とかが違うだけで、ここと同じ銀河系にある世界なのかもしれない。…まあ、宇宙とかSFとかの話はよくわかんないけど…。
でも、一度は向こうに行って戻って来れたんだ。あの崖から落ちて、崖の下に戻って来て…。ん?ということは、あの崖に行けばいいのか?もう一度、あそこから飛び降りればアルファムのいる世界へ行ける?


俺の心臓が、再びドキドキと鳴り始める。


そうだ!全ての始まりはあの崖じゃないかっ。向こうの世界へ行く時は、あの死神野郎の魔法で呼ばれたかもしれないけど、こちらへ戻って来たのは、あいつの魔法とか関係なく戻って来たんだ。それに、あの崖は、アルファムの城の側の海に繋がっている。夢の中で、アルファムが待ってると言ったあの場所に!


五ヶ月前、空が赤く染まる夕方に、あの崖から落ちた。関係ないかもしれないけど、同じくらいの時間に、あの崖に行ってみよう。
今日、颯人が仕事に行ってる間に、ここを出よう。


そう心に決めると、持ち上げていたカーテンを離して、颯人の部屋を振り返った。
そろそろ颯人が起きて来る時間だ。
毎朝、俺が起こされていたけど、最後ぐらいは俺が起こしてやろう。
颯人の驚く顔を想像しながら、足音を忍ばせて部屋に近づく。
静かにドアを開けて、ゆっくりとベッドに近寄り、颯人の顔を覗き込んだ。
すやすやと寝息を立てる整った顔を見てると、ツンと鼻の奥が痛んだ。


俺が、この世界で一番愛した人。
アルファムに出会わなければ、今でも愛してた。
でも、俺はアルファムに出会った。傲慢で自信家で自分勝手な王様。でも、俺の為に変わってくれた。とても激しく愛してくれた。…そして、今も、これからも、ずっと俺を愛してくれる。
俺も、アルファムをずっと愛してる。
だからごめんね。颯人の気持ちに応えられなくて。優しくしてくれたのに、黙って出て行くけど、ごめんね。勝手な奴だと俺を怒って早く忘れて。そしていい子を見つけて、幸せになって。


ポトリと雫が颯人の頬に落ちた。
慌てて目を瞬かせていると、ゆっくりと颯人が目を開ける。目の前にいる俺を見て、とても驚いた顔の後に、微笑んで俺の頬を撫でた。


「なにしてんの?」
「…いつも颯人が起こしに来るから、たまには俺が起こしてやろうと…思って…」
「うん…、こういうの、いいね。目覚めて一番に大好きな奏の顔を見れて、幸せだよ」
「おま…、簡単に好きとか言うなよ…」


ふい…と顔を背けた俺の手を握り、「なんで?好きなのは本当なんだから」と颯人が笑う。
その柔らかな笑い声と握られた手の温もりに、また涙が出そうになって、俺は薄い布団越しに、颯人の胸に顔をボフンと押し付けた。
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