溺れる天使は悪魔をもつかむ

明樹

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 エイルリスは、ケントに答えずに階段を下り始めた。
 ところが、ケントが続けて吐き出した言葉に足を止め、ゆっくりと振り返る。

「なあ、ユラがさ、アレン君のことを忘れてるんだ!あの日、倒れてから記憶が曖昧になってる」
「は?」

 ケントが泣き出しそうな顔をしてる。
 自分の事じゃないのに、なんでそんな顔してんだよ。…ああ、そうか。ユラが好きなんだな。俺にはわからない感情だ。今の俺に、好きな人はいない。
 エイルリスは、階段の下からケントを見上げる。

「あの日、倒れた時に頭を打ったんじゃないのか?医務室の先生には診てもらったのか?」
「診てもらった。頭は打ってないって」
「じゃあ、自分が作った薬のせいとか」
「それはないよ。ユラの薬は外傷を作るものだけだから」
「危ねー薬を作ってんな、そいつ」
「何回もやめるよう言ってるんだけどね…」

 エイルリスは俯き、顎に手を添えて考える。
 やっぱり、アレンが何かしたのか?あいつは人だから、術をかけられない。それなら、催眠術的なものをかけたとか?
「なあ」と呼ぶケントの声に、エイルリスは顔を上げた。

「俺、ユラのことが心配で不安でたまらなくて。でも、ユラがアレン君と話をすれば、もしかして元に戻るかもって思ってるんだ。でも俺はアレン君と仲良くないから、君からアレン君に、ユラと会ってくれるよう、頼んでくれないかな?」
「は?嫌だね。クソ面倒くさい」
「お願い!君にしか頼めない!」

 ケントがエイルリスの前まで下りて来て、頭を下げた。
 エイルリスはケントの頭頂部を見て、柔らかそうな髪だなと関係ないことを思う。焦げ茶色の髪だ。ユラも似たような茶色で、二人が並んでいると、同級生というより兄弟に見える。
 エイルリスは、ケント越しにユラを見た。
 ユラは、こちらを見ているが、穏やなか表情をしている。一昨日の、憎悪に染まった鋭い目ではない。嫉妬で歪んだ、醜い表情でもない。
 本当に記憶がないのか。俺のことも忘れているのか。

「よお。おまえ、下りてこいよ」
「え?」

 ケントが頭を上げ、驚いた顔をする。
 ユラは小さく頷き、ゆっくりと下りてきた。

「ユラ、俺のことを覚えてるか?おまえは俺を嫌ってた」
「…君は、クラスは違うけど、たまに講義が同じ人だよね?知ってるよ。きれいな人だから」
「ふーん。なるほど。演技でも無さそうだな」
「演技?なに?」
「いや、別に。ユラは好きな人がいたよな」
「いないよ?あ、でもケントのことは好きだよ。一番の友達だからね」
「そうか」

 エイルリスは内心で驚いていた。
 なんだよ、この前とは別人じゃないか。あの時は、嫉妬と憎悪で醜いなと思ったけど、今は良い子だな。
 でも、ユラに協力してやる義理はない。さっさと断って売店に行こうと体の向きを変えたエイルリスの眼下に、アレンがいた。
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