悪役令嬢は伝説だったようです

バイオベース

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 ――まるで罪人のようだな。

 ヴァレールは怯えることも無く、ただ静かに怒りの灯を燃やす。
 左右には近衛の騎士。
 本来自分の身を守るべきそれらが、閂のようにがっちりと両脇を固めている。

 学院の舞踏会から三日が過ぎた。
 いよいよ冬も深まり、たった数日でこの王城の廊下も随分と冷え込んだものである。
 だがそんな冬の空気も、ヴァレールの怒りを冷やすには到底及ばない。

 頭を占めるのはあの舞踏会でのティアーヌの不敬な笑み。
 そして――。

 ――よりにもよって、この私に査問会だと?

 父王が王太子であるこの自分を、そんな名目で呼び出したこと。
 下手を打ったのは事実。
 叱責程度なら甘んじて受けるつもりだった。

 しかし「査問」などという大層な言葉、まるで自分の言動全てを問題視されているようである。
 大義は自分の側にこそある。
 そんな自負が支配しているヴァレールの心は、恥辱に燃える怒りの炎で焼き尽くされそうだった。

「おや、これはこれは。錚々たる顔ぶれがお集まりですな」
「新年も近いからの」
「ああ、新年の準備で皆さま王城にお集まりでしたか」

 案内された部屋に通されるなり、ヴァレールは悪びれることなくそう言ってのけた。
 皮肉でそれに答えた父王は、最も遠い中心の席に座っている。
 そこから広がる面々は、ヴァレールも幾度と無く顔を合わせたこの国の重鎮たち。

 宰相を始めとした有力諸侯。
 そして王都の枢機卿の他、国外に本拠を置く大聖堂の司祭まで派遣されている。
 本来部外者である彼らまで王城に招くとは、王がどれだけこの事態を重要視しているのかが垣間見えるというものだ。

「飢饉や病で民草が困窮する中、こんな些事にまで耳を傾ける余裕がおありとは。大層お暇と見える」
「痛ましいことですが、富める時あれば病める時もある。卑しくも王命を預かる者としては勘定の内でございます」
「戦で傷を負うようなものですな。で倒れるほど、ワーズの血は脆弱ではございませんのでご安心を」

 剣呑な声で宰相と騎士団長がそれに応じる。
 この数合のやり取りだけで、一挙に場の空気は凍てついていた。

「つまりは此度の出来事はそれほど軽々に扱ってはならぬ事柄だった、というわけだ」

 そして父王はそれらに添えるように、出来の悪い子供を窘めるような言葉を送った。

 ――まず、『聖女』。
 その名は軽々に扱われて良いものでは無い。
 聖女エンデは200年前『対魔戦争』を終結に導いた偉人。
 ワーズにおいての救国の英雄のみならず、魔族の侵攻を押し留めたことで、大陸全土にその名は知られている。
 だからこそ大陸を股にかける光神教は、死後彼女を聖女と認定したのである。
 一国の王子が独断でその後継となる者を主張して良いものでは断じて無い。

 ――そしてサンレアン侯爵家との婚姻。
 言わずもがな、個人の遊興を理由に是非を論じるものでは無い。
 のみならず、サンレアン侯爵領にはかつて聖女が住処とした『聖地』の存在がある。
 そんな土地柄の娘との間に、『聖女』絡みの問題を起こして波風が立たないわけが無かった。

 そこまで父王が指摘すると、視線で促された大聖堂の司祭が声を上げた。

「その二点の問題もあるからこそ、私がこうしてお話を伺っているのです」
「ほう、光神教にとって問題だと?」
「そうですとも。彼らは『聖地』を。王家は『聖女』の『聖骸』を守護しておられる。両者で争いが起きれば、大陸中でどちらに付くのか信徒を二分した騒ぎになりかねませんぞ」
「ははっ、だからこそではないか」

 嘲りの笑みを浮かべながら、ヴァレールは己の目指していた所を朗々と語った。

 侯爵領には『聖地』を、王家には『聖骸』を有している。
 つまりは両者で権威を二分している状態にあるということだ。

 ヴァレールは己の『改革』の為に、それを一つに纏めたかった。
 国の根幹を立て直すには、人心を大きく揺るがし従える旗印が必要なのだ。

 『聖女』という権威は辺境の一貴族が持っていても、精々田舎者の矮小な自尊心を満足させる程度の意味合いしか持たない。
 王家のような強者の元であって、それは初めて燦然と輝くのである。

 やんわりと、しかし理路整然と。
 ヴァレールは憶することなく己の理想を語った。
 だが幾ら婉曲な言い回しで言葉尻を整えようと、その本質は直截な要求である。
 誰もが皆、返答に窮し唸る他無かった。

「……ですがその為のご令嬢との婚姻ではありませんか」

 両者が親戚関係となれば、王家の権威は増すだろう。
 宰相がそう指摘すると、ヴァレールは表情を崩さず内心で唾を吐き捨てた。

 ――あんなのは嫌だ。似ても似つかない。

 ヴァレールは幼少の折より、隙を見つけては『聖女』の『聖骸』を目にしていた。
 その骸のなんと麗しいことか、ヴァレールは思い起こすだけで身が震える思いである。

 物言わぬ『聖女』は、まるで暖かな春の陽光のような女性だった。
 羊毛のようにふんわりとした金色の髪、清楚なたたずまい。
 ヴァレールにとって理想の女性の姿だと言える。

 対して自分の婚約者となったサンレアンの令嬢は、冷たい冬のような女だった。
 磨いた鉱石をそのまま伸ばしたような真っ直ぐな銀の髪、そしていやらしく育った胸。
 人々はそれをほめそやすが、ヴァレールの目にはまるで娼婦のようにしか映らない。

 気に入らないのは何も見た目だけの話だけでは無かった。

 自分の理想を話しても、分かっていないのかあいまいな言葉を返すばかり。
 『聖地』を巡礼したいと言っても、『番人』が許さないなどと適当な事を言って拒否をする。
 婚約者であり、聖骸の加護者である王家の自分に対して。

「彼女には淑女としての慎み、そして信仰心というものが欠けています。王妃としての資質をまったく備えていません」

 ただでさえ国家の中心人物が集い、更には部外者の姿まであるというのに。
 それでも査問会の中で尚も憚ることなく侯爵令嬢を大っぴらに批判。
 これには重鎮たちも、ただ目だけを大きくして驚いた。

 それでも一切意に介さず、ヴァレールは先ほどの続きを口にした。
 もし侯爵が抗議をしてきても、所詮はである。
 より実入りの良い土地への転封や税制上の優遇措置などを条件に、『聖地』の管理を王家に移譲するよう交渉すれば良い、と。

 これに堪らず席を立ちがったのは枢機卿だった。

「ご自身が何を口にしておられるのかお分かりか! 『聖地』の代わりなどありませぬ!」

 そも勘定のテーブルに上げ、代わりの物の価値を測ることすら神に対する冒涜である。
 枢機卿はそう憤った。
 それにヴァレールは不敵な笑みを返した。

「なるほど『聖女』の遺産を個人の都合で利用するなど持っての他、と」
「当然のことでございます!」
「ならばやはりサンレアン侯爵令嬢は王妃足り得ないな。自らが窮地から逃れる為、『聖女』の遺産を私的に利用するなど」
「……どういうことでしょうか?」
「あの舞踏会でのやり取りですよ。『聖地』を持ち、『聖女』の遺産を持つのなら、あのような詐欺ペテンも可能だ」

 その言葉に一同はざわめいた。
 確かに可能なことではある。

 200年前には『聖女』作った様々な魔道具が世に溢れていたという。
 治癒の魔術を込めた杖、一瞬で傷を治すポーションなど。
 今はもう大分数を減らしたが、王家の宝物庫にも幾つかそうした『聖女』の遺産が現存していた。

「彼女はそれら『聖遺物』を私物化したのです。それを見過ごすというのですか? 聖女は神のもたらした天上の乙女。それこそ神に対する冒涜では無いか!」
「それを言うのならば、あの平民の女性の治癒の魔術はどうだと言うのですか?」
「当然の疑問だな。しかしリュマは嘘偽りなく治癒の魔術の使い手。聖女の後継なのだ。調べて貰っても構わん」

 ヴァレールは実際にリュマが治癒の魔術を使うところを幾度と無く目にしていた。
 暇を見つけては救貧院で怪我や病に苦しむ人々を治療して廻っていたのである。

「だがサンレアン侯爵令嬢はそのような救貧活動を行うようなことも無かった。その事だけを鑑みても、両者の精神性の違いは明らかでは無いか」

 一同は無言で枢機卿に尋ねる。

「――現場の者を問い正したところ、そのような事実は確かにあったようです。口留めされていたようですが……」
「私が無用な騒ぎを起こさぬ為にそのように言い含めた。それに、神の威光を示すにはもっと相応しい場があると思ってな」

 それをこんな風に汚されるとは、とヴァレールは大げさに驚いて見せた。
 しかし父王がそれに対して返したのはため息だけだった。

「もう良い。言いたいことは分かった。お主はしばらく謹慎せよ」
「父上っ!」
「お主の主張は全て仮定の話ではないか。ああ、あの平民の少女が失伝した治癒の魔術を使えたのは事実であったな。ではそちらのことは光神教にお願いするとしよう」

 水を向けられて枢機卿と大聖堂から派遣された司祭が頷く。
 この二人がここにいるのはリュマを本部に移送する為である。
 そのことをヴァレールは悟った。

「私とリュマを引き離すおつもりですか!」
「頭を冷やすのに火種を側に置く愚か者がどこいるというのだ? 少しは反省するかと思えば、まったく……」

 王は頭を振った後、衛兵にヴァレールを外に出すよう命じた。

「ではな。仮にも王家の血を引く者であれば、次からは他者に対する己の言葉の重さを鑑みよ」
「……王ともあろうお方がなんと惰弱な。凡百の目を恐れて己の王威を貶めるとは!」

 そして今にも噛みつきそうなその顔が部屋から出ると、宰相に向かって世間話でもするように気軽な様子で口を開いた。

「そういえば、第二王子と第三王子はどうしている?」
「――は、今も軍務と他国への留学に努めておられますが」
「久しぶりに顔を見たいのう」

 重鎮たちの居並ぶこの場で王太子を叱責し、更に他の息子たちのことを口に出す。
 その意味が分からぬ者は、この場にはいなかった。



(こうも若い者たちと意識の差があるとは思わなんだ)

 王はのんびりと髭を撫でながら、人知れず親として己の不甲斐なさを嘆いていた。
 思い起こすのは不出来な長子のことだけでは無い。
 巷では『清流派』と名乗る過激的な若者も増えていると言うでは無いか。

 この程度の飢饉など、昔は珍しくもなかったことだ
 老いた者からすれば騒ぐほどのことでも無い。
 王子一人いるだけで、あの傲慢な振る舞いはなんだ。
 王国とは王だけで成り立つものでは無い。

 まだまだ政情が不安定で、地方の力が強い時代を生き抜いた老人からすればそれは常識だった。
 しかし今の時代の若者は、貴族を任命する王が絶対的な権力を持つもので、それをもって国土全てを守らねばならないと錯覚している。

(なまじ頭の巡りだけは良かったのが災いしたか)

 ヴァレールの言葉にも一理はあるだろう。
 王国も発展した今、中央集権化を急いで他国に対して国力を蓄えるというのは間違いでは無い。

 女一人犠牲に、世間的に正義は王家の側にあるのは可能といえば可能だ。
 だがその後がどう続くというのか。

 思えば早い段階でケリがついて良かったとも言える。
 精々十年か二十年程度の損失で済む話だ。
 しかしもし途中まで思い通り事が運んで、逃げようも無い所まで進んでしまっていたら。
 逃げ道が無い所で侯爵領が弾ければ、王国は共倒れになるだろう。

(世の中は『正しい』ことばかりで巡っているわけでもないぞ、ヴァレール)

 一言で表すなら、あれには経験が足りていなかった。
 自分の価値観が絶対で、異なる理で動いている者が世の中にいることを知らない。

(器で無かったと言えばそれまでか……)

 こと此処に至って完全に己に見切りを付けられたことを、ヴァレールはまだ知りもしなかった。
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