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指を絡ませて、掌を合わせる。少し冷たくなった指先はインクで汚れていた。
「きな臭くなってきた、ってやつですね」
見開いた目に一瞬だけ新緑が輝いたが、それはすぐに深く沈んでしまった。
「ロジェさんは本当はあっち側の人じゃないですか」
継母の事もあるだろうけど、あの華々しい人たちを見て悔しそうでもない。かと言って、嫌悪感があるわけでもなさそうだ。
「なんで、そんなに憐れんでいるんですか」
そう、問うた僕の顔をじっとロジェさんが見つめた。量っているが判断付かなかったのか、首をかしげたままだった。
「君は不思議な感性をしているな。そのように見えるのか」
「あの、なんとなくの感覚なので、気を悪くさせてしまったのなら謝ります」
「いや、驚いただけだ。そうか、なるほど」
目を細めて視線を空に泳がせた後、納得した様子で頷いた。
「きな臭い、と言ったね。間違いないよ」
砦内が忙しなく感じていた。実際、城壁を修理する音や振動もあったりし、人も増えてきていた。あの騎士の人たちが連れてきたのであろう、女中さんなんてのも急にうろうろし始めていた。そうすると男所帯で汗臭い感じだったのに、急に風が通り始めたように清潔感なんて言葉が思い浮かぶほどだった。なんとなく肩身の狭い思いはしていたのだ。
「間違いなく、この砦に視線が集まっている。戦場になるだろう」
「戦場、ですか」
「比喩ではあるよ。軍隊と軍隊がぶつかる様なものではない、と思いたい、が」
ロジェさんが僕の隣に座る。
「もう、始まっているのでは」
僕が言うと、またロジェさんが唇を結んでしまった。人と人の争いであれば、将軍対王様ってことなんだろう。将軍はそんなことはないだろうが、喧嘩なんて一方がその気であれば、先方がどうであれ始められる。と言うことは、既に乗り込まれていると言うことじゃないのか。
「君の言うとおりだな」
手を顔の前で組んで考え込むように目を閉じてしまった。
「単純に森を暴くことだけを考えていればよいわけではないなんて、面倒ですね」
留守番ってそんなにヒマなのですかね、と吐き捨てて僕は夜着を脱いで横になった。リビオの働きで寝台には毛皮を敷かれていて、僕はその肌触りを堪能するように転がった。
「余計なことを考えている余裕なんてないですし、邪魔しないでほしいですよ」
しかも泊りがけなのに、と唇を尖らせた。その様子にロジェさんが表情を緩める。彼の伸ばしてきた手を絡め捕って、僕はそれに頬を摺り寄せた。
「しませんか。しばらく、二人だけにはなれないでしょう」
だから、やっておきましょうよ。じっとその瞳を見つめる。激しくなくてもいい。でも、抱き合うだけだと物足りなかった。結局僕は抜きたいだけの俗物なのだ。
「ナセル、君は相手に合わせて無理をしがちだ」
「なんですか急に」
頬を両手で挟まれて唇がとがる。不細工な顔をしているに違いないのに、ロジェさんの瞳は真剣だった。
「時々心配になるんだ」
「嫌な時は嫌だと言いますし、やりたいときはやりたい時は言ってるじゃないですか」
逆に、言ってくれなければ頭の悪い僕は気づけないから、言って欲しいです。そう、拗ねた様に返す僕にロジェさんが困ったように笑った。
「君みたいに真っ直ぐな人間の方が少ないさ」
「……そんなものですか?」
僕が真っすぐだなんて思ってもみなかった。隠し事も人並みにあると思うし、フツウに育ってきたとも思えない。怪訝に眉を寄せる僕の髪の毛をロジェさんはワシワシと混ぜた。
「何、なんですか」
「ありがとう」
額同士を合わせてロジェさんが言う。ますますわからない。
「すまない、彼らと顔を合わせてから、色々と頭によぎってしまっていてね」
ロジェさんが僕の額を撫でて顎を掬った。暖かく濡れた唇が押し付けられて離れた。
見上げたその先に僕の好きな緑色が穏やかに揺れていた。さっきまでの張りつめた空気を纏うロジェさんも好きだが、これも大好きだ。
「ナセル」
吹きかけられる吐息に身体が震えた。その声は熱っぽくって、彼も僕を欲しているのだと思えば何度でも嬉しくなる。ロジェさんの顔が迫り、まずは唇を食む。何度も角度を変えてはみ合う。水音を立てて啜るように擦るように。
「む……ン」
圧し掛かっているロジェさんの体重が愛おしい。膝で彼を挟んで、熱い腹をすり合わせた。背中に手を差し込んでシャツを捲り上げる。
「ロジェさん」
僕を弄る手は、絶え間なく悦楽を刺激している。その手で意識を蕩けさせられる前にと、僕は口を開いた。
「目印を隠されてしまったら、僕たち帰って来れなくなりますね」
「それはそうだが……きっとつけてはこない。彼らにはそれほどの度胸はないだろう」
「だったらいいのですけど」
そこまでやっと言い終える。喉が震えて、身体が悦ぶままに歓喜の声を上げた。
「しかし、君はやっぱり悪戯がすきなんだな」
よく思いついたものだ。感心したように言っているけど、その手の動きとか腰の動きとかを止めないロジェさんどうなっているの。
「ロジェさん」
話しておきたいコトがあるんです、と言いたいのに、舌がもつれている。リビオ達と考えていたことがもっとあったのに。快楽に思考が塗りつぶされてしまって、もうダメだ。始める前に言っておけばいいとか思っても、そんなの後の祭りだ。そもそも、僕たちの敵は魔物だけではないなんて、直前で言うロジェさんが悪いのでは。
「ナセル」
開こうとする口を、口で塞がれた。口の中で熱い舌が暴れて、ロジェさんの唾液が流れ込んでくる。喉を鳴らして飲み込む行為の倒錯的さに恍惚となる。
「ナセル」
ロジェさんの上気した顔に見下ろされ、余裕のない息遣いを吹きかけられて抗えるはずもない。この先の幾日分の劣情を先取りするように僕たちは互いの身体を貪り合った。
「きな臭くなってきた、ってやつですね」
見開いた目に一瞬だけ新緑が輝いたが、それはすぐに深く沈んでしまった。
「ロジェさんは本当はあっち側の人じゃないですか」
継母の事もあるだろうけど、あの華々しい人たちを見て悔しそうでもない。かと言って、嫌悪感があるわけでもなさそうだ。
「なんで、そんなに憐れんでいるんですか」
そう、問うた僕の顔をじっとロジェさんが見つめた。量っているが判断付かなかったのか、首をかしげたままだった。
「君は不思議な感性をしているな。そのように見えるのか」
「あの、なんとなくの感覚なので、気を悪くさせてしまったのなら謝ります」
「いや、驚いただけだ。そうか、なるほど」
目を細めて視線を空に泳がせた後、納得した様子で頷いた。
「きな臭い、と言ったね。間違いないよ」
砦内が忙しなく感じていた。実際、城壁を修理する音や振動もあったりし、人も増えてきていた。あの騎士の人たちが連れてきたのであろう、女中さんなんてのも急にうろうろし始めていた。そうすると男所帯で汗臭い感じだったのに、急に風が通り始めたように清潔感なんて言葉が思い浮かぶほどだった。なんとなく肩身の狭い思いはしていたのだ。
「間違いなく、この砦に視線が集まっている。戦場になるだろう」
「戦場、ですか」
「比喩ではあるよ。軍隊と軍隊がぶつかる様なものではない、と思いたい、が」
ロジェさんが僕の隣に座る。
「もう、始まっているのでは」
僕が言うと、またロジェさんが唇を結んでしまった。人と人の争いであれば、将軍対王様ってことなんだろう。将軍はそんなことはないだろうが、喧嘩なんて一方がその気であれば、先方がどうであれ始められる。と言うことは、既に乗り込まれていると言うことじゃないのか。
「君の言うとおりだな」
手を顔の前で組んで考え込むように目を閉じてしまった。
「単純に森を暴くことだけを考えていればよいわけではないなんて、面倒ですね」
留守番ってそんなにヒマなのですかね、と吐き捨てて僕は夜着を脱いで横になった。リビオの働きで寝台には毛皮を敷かれていて、僕はその肌触りを堪能するように転がった。
「余計なことを考えている余裕なんてないですし、邪魔しないでほしいですよ」
しかも泊りがけなのに、と唇を尖らせた。その様子にロジェさんが表情を緩める。彼の伸ばしてきた手を絡め捕って、僕はそれに頬を摺り寄せた。
「しませんか。しばらく、二人だけにはなれないでしょう」
だから、やっておきましょうよ。じっとその瞳を見つめる。激しくなくてもいい。でも、抱き合うだけだと物足りなかった。結局僕は抜きたいだけの俗物なのだ。
「ナセル、君は相手に合わせて無理をしがちだ」
「なんですか急に」
頬を両手で挟まれて唇がとがる。不細工な顔をしているに違いないのに、ロジェさんの瞳は真剣だった。
「時々心配になるんだ」
「嫌な時は嫌だと言いますし、やりたいときはやりたい時は言ってるじゃないですか」
逆に、言ってくれなければ頭の悪い僕は気づけないから、言って欲しいです。そう、拗ねた様に返す僕にロジェさんが困ったように笑った。
「君みたいに真っ直ぐな人間の方が少ないさ」
「……そんなものですか?」
僕が真っすぐだなんて思ってもみなかった。隠し事も人並みにあると思うし、フツウに育ってきたとも思えない。怪訝に眉を寄せる僕の髪の毛をロジェさんはワシワシと混ぜた。
「何、なんですか」
「ありがとう」
額同士を合わせてロジェさんが言う。ますますわからない。
「すまない、彼らと顔を合わせてから、色々と頭によぎってしまっていてね」
ロジェさんが僕の額を撫でて顎を掬った。暖かく濡れた唇が押し付けられて離れた。
見上げたその先に僕の好きな緑色が穏やかに揺れていた。さっきまでの張りつめた空気を纏うロジェさんも好きだが、これも大好きだ。
「ナセル」
吹きかけられる吐息に身体が震えた。その声は熱っぽくって、彼も僕を欲しているのだと思えば何度でも嬉しくなる。ロジェさんの顔が迫り、まずは唇を食む。何度も角度を変えてはみ合う。水音を立てて啜るように擦るように。
「む……ン」
圧し掛かっているロジェさんの体重が愛おしい。膝で彼を挟んで、熱い腹をすり合わせた。背中に手を差し込んでシャツを捲り上げる。
「ロジェさん」
僕を弄る手は、絶え間なく悦楽を刺激している。その手で意識を蕩けさせられる前にと、僕は口を開いた。
「目印を隠されてしまったら、僕たち帰って来れなくなりますね」
「それはそうだが……きっとつけてはこない。彼らにはそれほどの度胸はないだろう」
「だったらいいのですけど」
そこまでやっと言い終える。喉が震えて、身体が悦ぶままに歓喜の声を上げた。
「しかし、君はやっぱり悪戯がすきなんだな」
よく思いついたものだ。感心したように言っているけど、その手の動きとか腰の動きとかを止めないロジェさんどうなっているの。
「ロジェさん」
話しておきたいコトがあるんです、と言いたいのに、舌がもつれている。リビオ達と考えていたことがもっとあったのに。快楽に思考が塗りつぶされてしまって、もうダメだ。始める前に言っておけばいいとか思っても、そんなの後の祭りだ。そもそも、僕たちの敵は魔物だけではないなんて、直前で言うロジェさんが悪いのでは。
「ナセル」
開こうとする口を、口で塞がれた。口の中で熱い舌が暴れて、ロジェさんの唾液が流れ込んでくる。喉を鳴らして飲み込む行為の倒錯的さに恍惚となる。
「ナセル」
ロジェさんの上気した顔に見下ろされ、余裕のない息遣いを吹きかけられて抗えるはずもない。この先の幾日分の劣情を先取りするように僕たちは互いの身体を貪り合った。
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