世界樹の庭で

サコウ

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 結局、リビオは水を浴びることにしたらしい。すぐについていったというのに、彼は早々に裸になって落ちてくる水流に体を晒していた。
「軟膏あるのに」
「ああ、後で塗るわ。おいておいてくれ」
 顔にかかるしぶきが冷たい。自分も浴びようかと思っていたけど、やっぱりやめた。顔を洗うだけにしよう。
「さすがに寒いんじゃない」
 バシャバシャと頭から水をかぶる彼に言う。僕も手だけ浸してみたが、気持ちいいのは始めだけで、冷え切ってしまっては今度は震えてくる。それでもなんとか顔を洗う。濡れた毛先から水滴が時々落ちてきてうっとおしい。
「すぐに上がるから、お前は戻っておけよ」
「念のため、お前が服を着るまで見とくよ」
「いいから行けって」
「なんでさ」
 冷たい、というか不機嫌だ。気を使ってやっているのに、急な態度の変わり様に、こっちだって不愉快になる。
「お前、鈍いよな」
 顔を手で拭いながら水場から離れて出てくるリビオにタオルを差し出せば、彼は素早く受け取る。なんだか距離を開けられている。
「なんのことだよ」
「自分は他人への好意は出しまくるくせに、貰う方はとんとだな。あの人、隊長のことだよ」
 濡れた体を拭き終わって、軟膏を塗りだした。薬草のいかにも、って香りがぷんと漂ってくる。
 判断つきかねている僕に大きなため息を吹きかける。背後を振り返ってロジェさんの方を見ても、彼は背中を向けていた。どうやら寝床を整えているようだ。
「言葉が適当かわかんないが、あれだ。妬いてる感じだったからさ」
「妬いてる? 誰にさ」
「だから鈍いって言ってるんだよ。お前があれだけロジェさんロジェさんって付きまとっていれば、何となくこいつは自分が一番、だなんて思っちまうこともあるだろ。いつもつるんでいる奴が他の奴とつるんでいたら、何となく気に入らねぇってやつ。多分、そんな感じだとは思うけど」
「だったら、そんなに思うことかな。ほっときゃいいじゃないか」
「お前な」
 こいつはダメだ、と頭を振られる。よしんば、ロジェさんが僕のことでリビオに対してやきもちを焼いているのなら、それはそれで嬉しいかもとは思う。行為中に好意的な言葉を言ってくれるのは、リップサービスもあるしそんなに本気にはしていなかったし。ただ、ロジェさんのことだ。リビオの言う通りであれば、僕が思う以上に特別な感情を持っていたということじゃないか。
「あ」
 だったら、僕は不誠実だ。いや、さすがにロジェさんも大人だから、そこまで本気にはしていないとは思うが、でも、そうであれば。
「ほら、さっさと行けよ」
 リビオが軟膏を投げてよこしてくる。塗り終わったということらしい。
「リビオさ、僕がロジェさんと仲良くしているの嫌だと思う?」
「お前が好きなようにしたらいいだろうに。逆に聞くが、俺とあの人で比べたことあんのかよ」
 言っとくけど、頭の出来とか、戦いの強さじゃないぞ、と続ける。そんなこと言われなくてもわかっているし、比べようもない。
「そんなこと、思いつきもしなかった」
 リビオはリビオで、ロジェさんはロジェさんだ。二人とも好きだし、大切だ。ただ、ロジェさんが嫉妬するというのであれば、リビオにもロジェさんと同じような感情を僕が持っているのだ、と誤解されているかもしれないということか。
「はァ」
「わかったらさっさと行けよ」
 ああ、そうか。だから僕は後ろめたさなんて感じていたのか。ロジェさんがそう感じるってことは、少なからず僕の中でも性交渉が、ただの鬱憤を発散させる行為だけれども、好きだからする行為だという考え変わり始めていたらしい。それがリビオとであってもだ。
「面倒くさいなぁ」
「最低だな、お前。さっさと謝ってこい」
「謝るってなんだよ」
「いつもの通り、デレデレしてたらいいんだよ」
「いつ僕がデレデレしているっていうんだよ」
「ああ、もう。面倒くさいのはお前だ。さっさと行っちまえ」
 額をリビオに小突かれて呻く。痛い。なんでだよ。 
「その顔だよ、顔。普段何もしてなければ綺麗な顔のくせに、隊長とかにはあからさまにふやけた表情しやがって。それが勘違いさせるんだよ。気をつけろ、馬鹿」
「えぇ、理不尽」
「口答えするな。もたもたしてるとまた隊長に叱られるぞ」
 ほら、と尻をけられる。なんだよ、ふやけた顔ってよ。文句ひとつ言いたかったが、一応彼なりの気づかいだと、ここは好意的に解釈することにした。
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