世界樹の庭で

サコウ

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 今の流れで僕の方に来る感じだっただろうか。多分、聞き落としてはないと思うけど。
「モレロン師と知り合いだったんだな」
 ああ、わざわざ来た目的はこっちか。
「知り合い、なんですかね」
「ま、そんな感じだろうな」
 訳知りの様子に好奇心が刺激される。
「何か知っているのですか」
「ちょっと前に聖職者たちが地方に行って美童だのを愛でる巡業が流行った時期があってね。君は石工の息子とか言っていたか。なるほどうってつけだ。今の感じからすると、さぞ可愛かったのだろうね」
 言ってこっちに笑いかけるあなたの方が暖かくて魅力的だと思いますが。
「はァ」
「なんだ、他人事だな。暗に美形だと言われているのに、謙遜もしないのか」
 言われ慣れていると言えば、余計嫌味になるだろうか。そう考えて、ただ項を掻いて首を振った。
「確かに閣下からそう言われると照れてしまいますね。それよりも、その奇習が気になって仕方がないのですが」
「奇習とな」
 淡々と答える僕に対照的に、ブルイエ将軍は愉快そうに笑った後、続けた。
「君には変に聞こえるか。いや、おそらくその感覚は正しい。そもそもちょっと有名になってきた司祭たちが、奉仕という名目で地方の信者たちに自ら進んで秘蹟を授けることで、熱心な教徒であると評価されるために始めたことらしい。中央でふんぞり返っているだけの欲塗れの司祭ではないという理解だそうだ」
 まぁ、目くそ鼻くそ、と言いかけて咳ばらいをする。別に誰も気にはしないだろうが、彼なりの自粛なのだろう。
「はぁ、そんなものですか。父の作品がたくさん売れたのは助かりましたけど、そんな流行があっただなんて知りもしなかったです。その行動がどうして欲塗れの司祭と違うってことになるんですか。やっていることは……」
 肉欲そのままだったじゃないか。鼻息を荒くして、いたいけな少年の身体に手を伸ばす行為のどこに価値を見出したらよいのかわからない。
「神が作ったものは美しい。だから美しいものは神が祝福したからだって考え方だよ。辺境に埋もれている神の片鱗を見出して称賛することは、見落とされてしまっていた神の御心を拾い上げることだとね」
「それじゃ、不細工は神に見放されているってことですか。あんまりな考え方ですね」
「それはそれだ。まぁ、神がどうこうなんてなくても、美しいものについては特別扱いしたくなるものさ。特に、何もない田舎だから、娯楽が欲しかったのもあるのだろうね。ああ、怒るか。それはそうか。司祭たちにとってはただの娯楽だっただろうが、蝶よ花よとちやほやされて、勘違いして道を踏み外すものも相当いたとか聞く。……君はそうではなかったようだね」
「僕の容姿はだいたい知ってますが、像ありきの僕でしたから」
 いくら褒められてもそれは僕へではなく、父の作品だと思っていた。僕よりも綺麗で称賛するべきものがたくさんあったのは、確かに幸運だったのかもしれない。
「しかし、今となって呼び寄せるのは珍しいけどな」
「それですが、」
 ずっと黙っていたロジェさんが口を開いた。言い難そうにしているが。
「隠し子、ということは?」
「ああ、なるほど。なかなか勘がいいな。だとしても、そんなあそこまで上り詰めた人が最後の最後でそんな愚行は起こさないとは思うがな」
「子孫を作ることが愚行ですか」
「隠して、ということがね。あの人は血筋も何もない状態で、人々の支持――信頼だけであそこまで上り詰めた人だ。都では目立とうとせず、ただ、黙々と信仰の道を歩いてこられた方だ。だからなおさら君のような人間と縁があるほうが不思議でならない。確かにそのケはあるようだし、あの人の身の回りは美童で固められている。そうであっても、支持層は厚く堅固でね」
「父の作品を相当気に入ってたからですかね」
「だったら、君の父君を呼ばれるだろうね」
 だからなんでと僕に理由を聞かないでください。僕だってなんでそんなリッパな人が僕にこだわったのかなんてわかりませんよ。眉をゆがめて考える僕の背中をまた豪快にブルイエ将軍が叩いた。
「わからないことは仕方ないな。ともかく、そんなお方に会いに行くのだ。十分に身のふりを気を付けてくれよ。熱心な信者たちの不興を買わないようにね」
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