本能のままに

甲信の動乱

表裏比興の者

信濃国　上田城

この地はかつて武田家に仕えていた真田家が治めていた

当主の真田昌幸は父親の真田幸隆譲りの謀略で名が知られている

その息子である真田信幸と真田幸村（本名は真田信繁）は父親の真田昌幸が思いついた無茶振りによく答えていた

「…ということが沼田で決められたようです。」

真田信幸はいつものように父親の真田昌幸に報告を行っていた。

「なんじゃ、もう決まってしまったのか。つまらんのぅ…」

「父上、また何か考えていたのですか…」

「わしはいつでも謀略のことを考えておるぞ。今回は徳川が動かなかったのが誤算じゃったわ。」

史実で起きた天正壬午の乱では真田家は北条家、徳川家、上杉家と何度も寝返りをして大国の間をすり抜けていた。

「ですがもう真田家は北条家と上杉家に囲まれてしまいました。もうどちらかに付くしかありませんぞ。これで私は父上の無茶振りをすることはありませんな!」

「それはどうでしょうか兄上。今回の上杉と北条の同盟は婚姻どころか人質すらありません。すぐに瓦解して父上の望む楽しい状況が出来上がりますよ。」　

「幸村よ、そのようなことを申すな…先が思いやられる…」

「ですが、少しは休めるのですからいいではないですか。上杉と北条に対抗できる織田はもう崩壊しているのですから父上も織田と組むなんてことは言わないでしょう。」

「おっ、幸村よ。いいことを言ったな!そうじゃな、この際織田と組んでみるか。」

「…幸村よ。お前、墓穴をほったな…」

「…申し訳ありません。兄上…」

「しかし父上、織田は本能寺で織田信長と信忠が死んで戦える状態ではありませんぞ。」

「何を言っておる信幸。信長は死んでおらんぞ。」





しばらくの沈黙が続いた。




「……はい？」

「だから、織田信長は死んでおらぬ。今は北陸へ向かっておるわ。」

「いやいやいや、何を言っているのですか!第一、そのようなことをどこから聞いたのですか!」

「信幸よ、真田の情報網を甘く見るでないぞ。畿内は軽く網羅しておるわ。それにこの情報はわしが一番信頼しておる者から聞いた。嘘偽りはない。」

「…私は時々父上がとても恐ろしく感じます…」

「…兄上、私も同感です。」

「ハッハッハ!しかしだからとは言ってもいきなり織田と誼を持つことはできぬからな。表では上杉とでも仲良くしておくか。」

「そんな父上によい話が来ております。差出人はその上杉でございます。」

「おっ、良い時に来たものだな。どれどれ…」

その文にはこう書かれていた。

『真田昌幸殿。おそらく貴殿はもう知っているだろうが我ら上杉は北条家と同盟を結び、越中、能登に侵攻することとなった。そこで貴殿ら真田家に我ら上杉と共に戦ってほしい。』

「なるほどのぅ。まぁいいのではないかな。」

「それでは私が書状を書いておきます。」

「信幸よ、それともう一つ文を書いてほしいのだが。」

「織田宛ですか？」

「そのとおりだ。」

「はぁ…分かりました。そちらも書いておきます。」

「よろしく頼むぞ。」

「それで父上は上杉と織田。どちらに行くのですか？」

「わしは上杉の方へ向かう。その代わりに織田の方にはあの方に向かってもらう。」

「えっ…正気ですか?」

「わしはいつでも正気だ。だが一人だけでは厳しいだろうから幸村にもついて行ってもらうぞ。」

「はぁ、分かりました。ですがあの方の説得は父上がやってくださいね。」

「分かっておるわ。それとおそらく説得は必要ないぞ。」

次の日、上田城に一人の男が入りすぐに真田幸村と共に北ノ庄城へ向かった。

また次の日、真田昌幸が上杉家居城、春日山城へ向かった。

真田信幸は留守番である。

「…私は城で書状整理か…」