製造業 vs ファンタジー

新人

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新しい金属

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ジュゼ・ワークスミスは毎日が楽しくて仕方がなかった。先日めでたく15歳になり、ついに父から鍛冶の手伝いを許されたからである。 
 
彼の父はクル・ワークスミス、国で5本の指に入る実力と評される鍛冶屋である。ジュゼにとって父親は誇りそのものであった。その父の手伝いが出来る、それだけでジュゼは誇り高い気持ちになった。 
 
「準備はいいか。」 
 
クルの声を聞いて、ジュゼは背筋が伸びる。 
 
「今日もミレリアムの作業に取り掛かる。前回と同じだ。隣で見ていただけだったが覚えているか。」 
 
「はい、もちろんです。父さん。」 
  
ミレリアムは最近発掘された新しい金属である。魔法具としての有用性が認められていたが、王政府はこの金属に刀としての有用性を見いだせないか調査していた。多くの鍛冶屋に依頼が渡ったが、出来上がった刀は脆く使い物にならなかった。しかし、ある時ついに父クルがついに見事な1刀を仕上げた。類まれな切れ味と強度であった。その功績により、次は大量生産を命じられたのである。 これをやり遂げればクルの名声は国一番になる。ジュゼはそう確信していた。
 
「では、はじめるぞ。今日は焼入れを行う。」 
 
既に刀の工程は焼入れという最終工程に入っていた。出来上がった刀を熱して水に入れる仕上げの作業である。ここで全ての品質が決まるといわれているほど重要である。
 
「水は用意したか」 
 
「はい、こちらに」 
 
クルは刀を熱すると、勢いよく水につけた。蒸気が激しく飛ぶ。しばらくして完全に冷やされた刀が水から引き揚げられた。 
 
「よし、次の刀だ。」 
 
クルは満足そうな顔をしている。作業は上手くいっているように見えた。 
しかし、ジュゼには言葉に出来ない不安を感じていた。聞こえてくる金属の凝縮する音が、前回の成功時と僅かに地が様な気がしている。だが耳が良いと言われる父クルが全く気付いていない。もしかしたら自分の気のせいかもしれない。自分の勘違いかもしれない。その勘違いで父の仕事を止めることは、かえって父の邪魔になってしまう。 
 
ジュゼは間違えているのは自分に違いないと己に言い聞かせ、胸騒ぎを押し殺した。そのまま焼入れの作業は止まることなく、100本全ての焼入れが終わったとき日は暮れていた。 
 
「今日の作業は終わりだ。よく手伝ってくれた。水を新しいものに変えておいてくれ。」 
 
「はい」 
 
水を組み替えるときにはじめてジュゼは気付いた。前回と今回で使う水が異なっている。前回は川の水を使ったが、今回は井戸水を使っている。先日の大雨で川の水質が悪化していたためだ。 
 
「どうした。」 
 
「いえ・・・。」 
 
ジュゼは言い出せなかった。もしここで異を唱えれば、100本すべて確実に作り直しになる。そうなれば納期にも間に合うかどうか分からない。 
 
「お前も頼もしくなってきたな。」 
 
こちらを見るクルの顔を見て、ジュゼは何も言い返すことが出来なかった。 
 
数日後、全ての工程が終わり、100本の刀が完成した。その切れ味や強度を確かめることもなく刀は納品された。
「試し切りもこちらで行いたい」という特殊な依頼だったためである。


  

後日、王政府の役人がクルのもとを訪れた。

「やってくれたな。クル・ワークスミス!」 
 
その顔には怒りが満ちていた。 

「お前が納品した100本はどれもこれも脆く使い物にならない刀だ!よくも我々をだましてくれたな!」 
 
クルは訳が分からず困惑した。
 
「私は前回と同じ方法で刀を作った。騙すようなことは何もしていない。」 
 
クルは事情を説明するが、役人は聞く耳を持たない。

「では、なぜ今回の刀だけ脆いのだ!同じ材料、同じ製法で、これほどまでに異なるものが出来るはずがない!」 
 
後ろで聞いていたジュゼは顔が青ざめていた。同じ製法ではない、水が変わっている。水によって刀の凝縮が変わり、刀の強度に影響を与えてしまったに違いない。
 
「今回の依頼には多額の支払いをしている。全て返金してもらおう。」 
 
「なぜ返さねばならぬ。」 
 
「あくまで白を切るつもりか。後悔するぞ。鍛冶屋協会に連絡し、貴様を鍛冶屋協会から除名させることだってできるのだからな!」 
 
それを聞いてクルは少し何かを考えていた。そして口を開いた。 
 
「それでも返す金はない。私は人に後ろ指をさされるようなことは何もしていない。」 
 
役人の顔が真っ赤に染まる。

「今日でお前は鍛冶屋として終わりを向かえるのだ!せいぜい残された金でひもじく暮らすがいい!」 
 
役人はそう言うと去って行った。 
 
クルが振り返ると、目に涙を浮かべたジュゼが立っていた。 
何かを言いたそうな顔をしている。クルにはジュゼが何を言おうとしているか理解できた。

「お前の責任ではない。何も心配しなくていい。」

「でも僕が手伝ったせいで・・・」

「よさないか!」

クルは珍しく大きな声を上げた。普段見ない父の姿にジュゼは驚き声が出なくなった。

「私たちの作り方には何の問題も見当たらなかった。そして人を騙すようなことはしていない。何も悪いことなどしていないのだ。堂々としていなさい。そしてこの件はこれ以降話さないように。」 

ジュゼを責めまいと気遣ってくれた言葉。
本当は思うところがあるに違いない、それでも自分を責めないのは父の優しさからに違いない。その父の優しさをジュゼは余計に辛く感じるのであった。
 
結局、ジュゼは最後まで水のことを伝えることが出来なかった。
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