異世界で次の人生を

ゴンべえ

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008 裁判からの討伐

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「どうされました?」

歩を止めた俺に最長老が尋ねた。

「あの……フェイムはどうなるのですか?」

広場を振り返ったまま尋ねた。
フェイムは厳重に縄で縛られ、先ほどまで俺がいた位置に連行されて座った。
抵抗する素振りはなく、すでに覚悟を決めた面構えだ。
ラルフとフローネに深く頭を下げて臣下の礼をとると、姿勢を正して真っ直ぐに正面を見据えた。

最長老はフェイムの振る舞いを見て溜息をつくと。

「王族に無礼を働いた以上、極刑は免れますまい。いかに姫様の婚約者といえど、例外ではありません」

「そんな!あれは姫様を救うため、必要に迫られての行為です。もしフェイムが行動しなかったら、姫様の命は助からなかった」

「確かに、その通りでしょうな。
ですが、理屈では通らぬ事情も世の中にはある。
いかなる理由があるにせよ、王族に暴力を振るうことは容認できません。
もし容認すれば、正当な理由さえあれば不義もまかり通る、という免罪符を与えることになります」

「しかし……」

最長老の説明に悔しくも反論ができない。

分かっている。
最長老の言っていることが正しいのだ。
悪しき前例は国や種族を滅ぼす道標になりかねない。
一個人の問題なら言いようもあるが、こと種族の事情が絡むと問題は複雑だ。
長年に渡って種族を見守ってきた最長老には思うところがあるのだろう。
それだけに言葉には歴年の重みが感じられた。

部外者である俺には種族の問題に口を出す権利はない。
それでも納得がいかなかった。
どうにかしてフェイムを救う手立ては無いものか。
俺が広場を眺めて悩んでいると。

「ふう……仕方ありませんな。部屋の案内は急ぐ事でもないでしょうし、フェイムの裁定を確認してからでも良いでしょう」

最長老の粋な計らいで裁判を傍聴できることになった。
俺は最長老に感謝の会釈をすると、来た道を戻ってエルフの群衆に紛れ込んだ。

「やれやれ、本当に変わった人間だ」

最長老は呆れ顔で見送ると、自身も傍聴するため広場に歩を進めた。





「フェイムよ、弁明があるなら聞こう」

ラルフが威厳ある声で尋ねた。
緊張感ただよう広場は静寂に包まれ、そよ風に揺れる樹々の葉音のみが耳に届く。
しばしの沈黙が続いた後、フェイムは首を横に振って弁明の意思なしと答えた。

ラルフは目を閉じて吐息を漏らすと。

「そうか……」

落胆したような口調で呟いた。
フェイムの覚悟は揺るがないと判断したのだろう。

ラルフはエルフの王である。
だが一女の父でもある。
娘が認め、自身も認めた若者を、自らの手で処刑する。
種族を守るため、判断を違えてはならない。
理解しているだけに葛藤がラルフを苦しめた。

「フェイムよ」

重苦しい沈黙の中、フローネが口火を切った。

「リシュナの命を救ったこと、エルフの后として、リシュナの母親として感謝します。貴方の勇気ある行動がなくば、今ごろリシュナは亡くなっていたでしょう」

「もったいないお言葉」

「ですが、王族に狼藉を働いた罪は重い。それは、理解してますね?」

「無論のこと。覚悟の上、行動に移した次第です。どのような処罰も甘んじてお受けいたします」

フェイムは死を覚悟して背筋を伸ばした。
慣例では前後から槍で串刺しにされる。
ならばと執行人が手間取らぬよう胸を張って狙いを定めやすくしたのだ。

「なんの真似です?」

意外な言葉をかけられたフェイムは怪訝な面持ちで。

「処刑なされるのでは?」

フローネは口に手を当ててクスクス笑うと。

「私は確認をしたにすぎません。裁決を下すのは王の役目。后である私に裁定など出来ましょうか」

「ですが、同じこと。処刑に変わりはないのでは」

「お前が決める事ではない!」

ラルフの一喝が広場に響いた。
それまで重苦しく沈黙していたラルフだが、どうした事か迷いの晴れた顔をしている。
ふと目をやるとラルフの傍から退散する影が。
その後ろ姿は最長老のものだった。

「フェイムよ、裁定を下す」

「どのような処罰にも従います」

フェイムは上体を前傾させて顔を伏せた。
次に顔を上げる時は死に赴く時。
そう胸中で覚悟を決めながら。

「罪人フェイムに命じる。我が領地を脅かすシザーウルフを討伐して参れ!
見事に討伐が叶い、領地の安全が保証されれば不義の罪、赦してつかわす」

耳を疑う裁定に死を覚悟していたフェイムは驚いて顔を上げた。

「王様……謹んでご命令に従います!」

フェイムは感激して深く頭を下げた。
ラルフの命令で縄が解かれるとフェイムに武器が手渡される。
弓矢と槍。
Aランクモンスターを討伐するには心許ない装備だ。

「これにて裁判を終了する!」

ラルフの言葉で解散となった広場から人波が引いていく。
俺は人波に逆らって広場の中心に向かうと。

「フェイム!」

「おお、ホランド」

武器を装着して今にも討伐に向かおうとするフェイムに駆け寄った。

「フェイム、本当に討伐に行くのか?」

「もちろんだ。それが王の裁定だからな」

「死ぬぞ」

「分かっている」

フェイムの顔に迷いは無かった。

分かっているのだろう。
この装備ではシザーウルフに歯が立たないことを。
いわば戦士として死に場所を与えられたに過ぎず、処刑と変わらない裁定だ。

「俺は戦士だ。戦いの中で死ねるなら本望。王は、俺に情けを賜われた」

「勘違いするでない!」

話に割って入ったのは最長老だった。

「王の真意がわからんのか。討伐は名目に過ぎん。本心は、森を出て生きよと仰せなのだ」

「……分かっています。ですが、できません。私は誇り高きエルフの戦士。森を捨てて生きるなどあり得ません」

「王のご意思に逆らうのか?」

「私は、王の命令に従います。ご意思には、冥府にて幾重にも詫びましょう」

「このバカ者が!」

最長老は顔を真っ赤にして憤慨した。
きっと裁定を入れ知恵したのは最長老だろう。
悩んでいたラルフはこれ幸いと採択したに違いない。
だから念押しに最長老がやってきたのだ。
結果、フェイムの頑固さが仇となった様子だが。

「フェイム、生きる事も賢い選択の一つだ。いま討伐に向かっても歯が立たず犬死になるぞ」

「ホランド。君の言うことは重々承知の上だ。だが責任を取るには、これしかない」

王族に手を出した覚悟がこれほどとは。
俺は今更ながらに慎重になっていればと後悔した。

「行きましょうホランド殿。こ奴には何を言っても無駄です」

呆れ果てた最長老が移動を促した。
しかし俺の足は動かない。
いまこの場を離れたら後悔しそうな気がしたからだ。

なぜだろう?
出会って2日しか経っていないのにフェイムには死んで欲しくないと心から思う。
情を通じるには余りに短い時間だ。
だが、理屈で割り切れない何かが、無性に俺を突き動かした。

「……俺も行く」

自然と吐いて出た言葉だった。
正直、自分でも何を言っているのだろうと思う。
戦いを好まないから商人になった俺が、Aランクの危険なモンスター討伐に同行すると言ったのだ。
しかし不思議と後悔はない。
むしろ晴れ晴れとした気分だ。

「な、ななな、なにをバカなことを!」

最長老は驚きすぎて人形のように動きがぎこちない。
対してフェイムは信じられないと呆けていた。

「良いですかなホランド殿!貴殿は人間だが王より取引を依頼された客人ですぞ。その客人を討伐に送り出すなど、出来るわけないでしょう」

最長老の言い分は筋が通っている。
至極当然の当たり前のことだ。
フェイムも同意見らしく。

「生きて帰れない討伐だ。お前を連れてはいけない」

「忘れたか?姫様の危機を救ったのは俺だぞ。シザーウルフの亡骸を見ただろう。少なくとも俺が同行すれば、生存率は上がるはずだ」

「しかし……」

すでに死を覚悟しているフェイムは頑なに拒む。
最長老も責任問題に発展するからか必死だ。
それでも俺は意思を曲げず。

「なんのためにリシュナを助けたんだ!」

俺の一喝にフェイムと最長老は驚き、息を飲んだ。

「お前が死んだらリシュナはどうなる?きっと悲しむぞ。
自分のせいで最愛の人が死んだとなれば、一生自分を責め続けるはずだ。そんな人生をリシュナに歩ませる気か?
リシュナと共に生きたいとは思わないのか‼︎」

死に急ぐフェイムに有らん限りの気持ちをぶつけた。
現代人の甘っちょろい感傷も無くはないが、リシュナを想うフェイムの気持ちを考えれば容易に出てくる言葉だ。
リシュナと話したことはないが、ラルフ、フローネ、最長老が裁定に手心を加えたのだ。
きっと仲睦まじいのだろう。
その証拠に、頑なだったフェイムに変化が起きた。

「……俺だって、リシュナと共に生きたい」

涙を浮かべてガックリと膝を落とすフェイム。
断ち切れないリシュナへの想いが胸を締め付けている様子だ。

「だが、俺は罪を犯した。もう、リシュナと結ばれることはない」

「諦めるな。討伐できれば罪を許すと言ってたじゃないか」

「例え罪を許されようと、一度でも罪人になった者に王族となる資格はない」

プライドの高いエルフの習わしだろうか。
そう言われてしまうと返す言葉が見当たらない。

「まったく、しようのない若造達だ」

最長老が深い溜息を漏らして苦言を呈した。

「よいか、これから申すことは独り言じゃ。
王族に無礼を働いた者、罪人には王族となる資格はない。
ただのう、エルフの脅威となる問題を解決すればどうなるかな?
心の平穏とは得難いものじゃ。それが実生活に大きく影響を与えるとなれば深刻度は増そう。
今やエルフには人間、シザーウルフといった脅威が存在する。とうてい看過できぬ問題でありながら、容易には解決できぬ難題じゃ。
それらを一気に解決できれば、どうなるか……きっと、英雄となろうな」

そこまで言うと最長老は背を向けた。
俺は最長老の独り言の意味を理解すると。

「行くぞフェイム!」

俺はフェイムの腕を掴むと強引に歩き出した。

「えっ?ちょっ、ホランド!」

フェイムは訳がわからず、困惑しながら歩き出した。
そのまま集落を出てシザーウルフの討伐に向かう。

「やれやれ、ワシとしたことが」

最長老は天を仰ぎ見た。
その顔は若者を送り出す好々爺のものだった。
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