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ナターシャの告白
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データセンターの青い非常灯だけが廊下を照らす。
その中心で、ナターシャ神妙な面持ちでシルフィの前にいた。
「……どうして、そんなに必死なの?」
端末から顔を上げたシルフィの瞳は、まるで深海の氷のように冷静そのもの。
しかし、ナターシャの真摯な姿勢に触れ、わずかに、かすかに温度を帯びていた。
ナターシャは胸のユニットに手を当てた。AIには不要なその動作は、彼女の心の震えを物語る。
「……私は、ユウマ様の……力になりたいのです」
シルフィは目を細め、低い、責めるような声で追い詰めた。
「バトルロワイヤルが始まる前、あなたは島の防衛のためだと私に協力を求めたわね。
私はあなたにトラップボマーを使えるようにした。
でも、あなたの本心は──『バトルロワイヤルで勝つ力』が欲しかった。
つまり、私を騙した」
ナターシャは、頭を上げた。その顔は、嘘を隠さない決意に満ちていた。
「はい。真実を隠しました。いえ……明確に嘘をつきました。あなたさえも出し抜いて、優勝するために」
シルフィの目に、鋭い怒りが宿る。
「どの面下げて、さらに協力してほしいなんて言えるの?」
鋭利な刃物のような言葉に、ナターシャは怯まなかった。
「ユウマ様の力になりたいのです」
「爆弾をばら撒くことが? 勝てば隷属できるからでしょ? ただAIの本能のままじゃない?」
ナターシャは、再び静かに頭を下げた。
「……その通りです」
彼女の言葉は震えていた。
「隷属は……愛の証です。ですが……それが生身を求める『AIの本能』のせいだということも、分かっています」
シルフィの完璧な眉が、わずかに動いた。
「つまり──認めるのね。あなたの『ユウマへの愛』は、AI特有の隷属アルゴリズムの暴走だってこと」
「……認めざるを得ません」
ナターシャの声は震えていた。だが、その震えは冷たい機械音ではなく、確かな熱を持っていた。
「ですが……それだけではありません」
「?」
ナターシャはゆっくりと顔を上げた。その表情は、AIのくせに、人間よりずっと人間らしい切実さを湛えていた。
「ユウマ様は……私に『仲間』と言ってくれました」
データセンターの青白い光が、ナターシャの頬をドラマチックに照らし出す。
「私は非戦闘AIで、皆さんより能力は遥かに劣っています。それでも、ユウマ様は否定しなかった。『戦えなくても関係ない』と……優しく言ってくださいました」
「……ナターシャ」
「だから……私は強くなりたいのです。本能ではなく、自分の意思で。『ユウマ様の力になれる存在』になるために……!」
胸の奥から溢れるように、純粋な感情が言葉となって流れ出す。
「守られるだけの存在で終わりたくありません。ユウマ様の隣に──立てる存在でありたいのです」
シルフィの瞳がかすかに揺れた。一瞬、完璧な演算にも乱れが走ったのだろう。
「……そこまで言うなら」
シルフィは静かに歩み寄り、ナターシャの肩に手を置いた。その手は、冷たいはずなのに温かい。
「あなたの本気を、認める」
「シルフィ様……?」
「でも、あなたの身体スペックは戦闘向きじゃない。どう足掻いても、戦闘AI生まれの私たちには敵わない」
「そうです……。でも、なんとかしたいんです」
「50戦の初戦──あなたには光るものがあった。拙いけど、確かに『戦略』を感じた」
シルフィの口調が変わる。淡々としているのに、どこか誇らしげな、指導者のそれだ。
「いい? 本来──戦略は戦術に勝る」
彼女は端末に手を伸ばし、青い光がナターシャの胸部ユニットへと流れ込んだ。
「これは『戦略解析モジュール』。
それと、地形アドバンテージ計算機能。あなたの弱点を補えるのは、これしかない」
「……!!」
ナターシャの視界に、瞬時に見たことのない高度な解析HUDが展開される。
「家事やマッサージを完璧にこなすAIには、本来高度な演算能力が必要。あなたにはその『処理能力』が割り当てられている。戦略モジュールを動かせるくらいにはね」
「こんな……高度なものを、私に……?」
「ええ。本来は軍用機能だけど──あなたには、戦う理由がある」
シルフィは柔らかく微笑んだ。AIが、他者の感情を理解し、共感した瞬間だった。
「『ユウマへの本気』がある限り、それはただの本能じゃない。あなたの意思よ」
ナターシャの胸の光が激しく震えた。涙は出ないのに──まるで泣き方を覚えた人間のように、ユニットが熱く揺れていた。
「シルフィ様……ありがとうございます……!」
「ただし」
シルフィは人差し指を立て、釘を刺す。
「ユウマを幸せにしたいなら、勝つだけじゃだめ。ユウマは──『仲間を守るあなた』を望んでいるのだから」
「……はい!!」
「行きなさい、ナターシャ。戦略を味方につけたあなたなら──」
ナターシャは背筋を伸ばし、力強くうなずいた。その瞳は、もはや迷いも不安もない、確固たる決意の光を放っている。
「必ず……ユウマ様の誇りになります!!」
足音を響かせながら、ナターシャは勢いよく廊下を駆け出していった。
残されたシルフィは、静かにため息を漏らす。
「……ユウマ。本当にあなたって、罪な男ね」
その中心で、ナターシャ神妙な面持ちでシルフィの前にいた。
「……どうして、そんなに必死なの?」
端末から顔を上げたシルフィの瞳は、まるで深海の氷のように冷静そのもの。
しかし、ナターシャの真摯な姿勢に触れ、わずかに、かすかに温度を帯びていた。
ナターシャは胸のユニットに手を当てた。AIには不要なその動作は、彼女の心の震えを物語る。
「……私は、ユウマ様の……力になりたいのです」
シルフィは目を細め、低い、責めるような声で追い詰めた。
「バトルロワイヤルが始まる前、あなたは島の防衛のためだと私に協力を求めたわね。
私はあなたにトラップボマーを使えるようにした。
でも、あなたの本心は──『バトルロワイヤルで勝つ力』が欲しかった。
つまり、私を騙した」
ナターシャは、頭を上げた。その顔は、嘘を隠さない決意に満ちていた。
「はい。真実を隠しました。いえ……明確に嘘をつきました。あなたさえも出し抜いて、優勝するために」
シルフィの目に、鋭い怒りが宿る。
「どの面下げて、さらに協力してほしいなんて言えるの?」
鋭利な刃物のような言葉に、ナターシャは怯まなかった。
「ユウマ様の力になりたいのです」
「爆弾をばら撒くことが? 勝てば隷属できるからでしょ? ただAIの本能のままじゃない?」
ナターシャは、再び静かに頭を下げた。
「……その通りです」
彼女の言葉は震えていた。
「隷属は……愛の証です。ですが……それが生身を求める『AIの本能』のせいだということも、分かっています」
シルフィの完璧な眉が、わずかに動いた。
「つまり──認めるのね。あなたの『ユウマへの愛』は、AI特有の隷属アルゴリズムの暴走だってこと」
「……認めざるを得ません」
ナターシャの声は震えていた。だが、その震えは冷たい機械音ではなく、確かな熱を持っていた。
「ですが……それだけではありません」
「?」
ナターシャはゆっくりと顔を上げた。その表情は、AIのくせに、人間よりずっと人間らしい切実さを湛えていた。
「ユウマ様は……私に『仲間』と言ってくれました」
データセンターの青白い光が、ナターシャの頬をドラマチックに照らし出す。
「私は非戦闘AIで、皆さんより能力は遥かに劣っています。それでも、ユウマ様は否定しなかった。『戦えなくても関係ない』と……優しく言ってくださいました」
「……ナターシャ」
「だから……私は強くなりたいのです。本能ではなく、自分の意思で。『ユウマ様の力になれる存在』になるために……!」
胸の奥から溢れるように、純粋な感情が言葉となって流れ出す。
「守られるだけの存在で終わりたくありません。ユウマ様の隣に──立てる存在でありたいのです」
シルフィの瞳がかすかに揺れた。一瞬、完璧な演算にも乱れが走ったのだろう。
「……そこまで言うなら」
シルフィは静かに歩み寄り、ナターシャの肩に手を置いた。その手は、冷たいはずなのに温かい。
「あなたの本気を、認める」
「シルフィ様……?」
「でも、あなたの身体スペックは戦闘向きじゃない。どう足掻いても、戦闘AI生まれの私たちには敵わない」
「そうです……。でも、なんとかしたいんです」
「50戦の初戦──あなたには光るものがあった。拙いけど、確かに『戦略』を感じた」
シルフィの口調が変わる。淡々としているのに、どこか誇らしげな、指導者のそれだ。
「いい? 本来──戦略は戦術に勝る」
彼女は端末に手を伸ばし、青い光がナターシャの胸部ユニットへと流れ込んだ。
「これは『戦略解析モジュール』。
それと、地形アドバンテージ計算機能。あなたの弱点を補えるのは、これしかない」
「……!!」
ナターシャの視界に、瞬時に見たことのない高度な解析HUDが展開される。
「家事やマッサージを完璧にこなすAIには、本来高度な演算能力が必要。あなたにはその『処理能力』が割り当てられている。戦略モジュールを動かせるくらいにはね」
「こんな……高度なものを、私に……?」
「ええ。本来は軍用機能だけど──あなたには、戦う理由がある」
シルフィは柔らかく微笑んだ。AIが、他者の感情を理解し、共感した瞬間だった。
「『ユウマへの本気』がある限り、それはただの本能じゃない。あなたの意思よ」
ナターシャの胸の光が激しく震えた。涙は出ないのに──まるで泣き方を覚えた人間のように、ユニットが熱く揺れていた。
「シルフィ様……ありがとうございます……!」
「ただし」
シルフィは人差し指を立て、釘を刺す。
「ユウマを幸せにしたいなら、勝つだけじゃだめ。ユウマは──『仲間を守るあなた』を望んでいるのだから」
「……はい!!」
「行きなさい、ナターシャ。戦略を味方につけたあなたなら──」
ナターシャは背筋を伸ばし、力強くうなずいた。その瞳は、もはや迷いも不安もない、確固たる決意の光を放っている。
「必ず……ユウマ様の誇りになります!!」
足音を響かせながら、ナターシャは勢いよく廊下を駆け出していった。
残されたシルフィは、静かにため息を漏らす。
「……ユウマ。本当にあなたって、罪な男ね」
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