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Errorー不完全な最高傑作
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「それで?私にどうしろと?」
改めてそんな事を問われても返答に困る。ここにいる僕たちの目的はただひとつだ。
「心配すんなって。簡単なことだよ。その書類に承認印をもらえれば問題ない。なっ」
彼は同意を求めて僕の方に振り返る。
無難にただの同席者としてやり過ごす予定だった僕を、たった一声で瞬時に渦中に引き込んでしまう彼の技は相変わらずだ。
でもその当人は、突然巻き込まれて焦っている僕にはお構いなしで、素知らぬ顔をしてポケットから取り出したチョコレートを頬張り、幸せに浸っている。
バン!
「だから!こんなもんに承認なんてできないと言ったはずだ。」
無惨にテーブルの上に投げつけられた『こんなもん』はなんだか所在なげに見えた。
「まったく。何度言えば理解できるんだ?このバカどもが!」
メガネ男は勢いよく机を叩いて立ち上がり、言葉を吐き捨てた。
一応、参考までに…僕がここに来るのは今日で七回目。という事は棘だらけのメガネ男のセリフを聞くのも、四苦八苦しながら何度も作り直した予算案を放り投げられるのも、七回目になるという事だ。
「ちゃんと聞いているのか?まったく、いつもいつもおまえは無理なことばかり…」
同席しているだけの僕でさえ、うんざりした気分なのだから正面で問い詰められている彼は、もっと大きなダメージを喰らっているだろうなと思い、憐れんだ気持ちで視線を向けた。
「あ、アイツ…また何も考えていないな。」
瞬間的に僕はすべてを理解してしまい、溜め息混じりに呟く。
どこか遠くを見ているような、何も見ていないような…掴みどころのない、いつも通りの姿が目の前にいる。
何を言っても反応がないことに対して、メガネ男は深く大きな溜め息を吐くと倒してしまった椅子を起こし、わざとらしく僕らに背を向けて座った。
「はぁ。まだ何もやっていないに、無理無理って。あー、うるさー。」
本音を言えば、彼の、ちょっと声のボリュームを間違えてしまったひとりごとだと思いたかった。でも、その言葉は紛れもない彼の本心。
「なぁ。」
彼はネクタイを緩めながら、退屈そうに目の前の背中に声を掛ける。
「なぁって。」
呼び掛けながら彼の手は、無造作に投げつけられた書類を奪い取り、躊躇なく破り始めた。
「おまえ…何やってんだ。気でも触れたか?」
さすがのメガネ男も紙を切り裂く音に慌てた様子で振り向く。
「なぁ。なんで無理ってわかるんだ?あ!ひょっとしておまえって…予言者だったりするわけ?」
ちょっとバカにした口調でそう言い、挑発的な笑みを浮かべる彼。そしてその挑発にしっかり引っかかったメガネ男は眉間にシワを深く刻み、誰が見ても明らかに怒っている。それでも彼は微塵も怯むことなく、ビリビリに破いた書類を勢いよく上空へと放り投げた。紙吹雪となり落ちてくるその様を眺める姿は、まるで舞い降りてくる雪を嬉しそうに見つめる子供みたいに無邪気だ。
「大体!初めから気に入らなかったんだ!そもそもおまえがいるチームの存在なんて、私は認めない!」
怒りに任せてバンッと再び机を叩く音に、僕の肩が思わず跳ねる。
こんな調子じゃ、今回もダメか…もしかしたらこの先も承認なんてしてもらえないかもしれない。でも…本当に嫌われすぎだよな。
まぁ高校時代の二人の関係よりはほんの少し進歩した気がするけど。あの時は顔を見ると常に殴り合う勢いだった。今も犬猿の仲なんて呼ばれているけれど、僕には少し成長した彼が、上手くからかっているようにしか見えない。だが、この際二人の問題はどうでも良い。提出した予算案が通らない限り、仕事をこれ以上進展させることができず、確認するまでもなく僕らが一番出遅れていることになる。その現実がプレッシャーとなって気持ちが焦ってくるのに、あろうことか彼は、目の前で起こっていることに対して顔色一つ変えず、頬杖をついたまま、目尻の涙がこぼれ落ちそうなほど大きなあくびをした。
「おい!聞いてんのか!」
僕は静かに、目立たないよう状況を見守っていたのだが、だんだん収集のつかなくなったメガネ男の怒りが爆発しそうだと悟った。とりあえず身の安全を確保することが最優先だと思い、そっとドアの近くへと移動した途端、勢いよくドアが開く。
バタン!
「守山ぁ。助けて!ボクの頭じゃこれ以上解決できないんだぁ。」
そう言いながらノックもせずにいきなり部屋に飛び込んできたのは、開発部のスタッフ。周囲のことなんて全く眼中にない様子で、まっすぐ守山のところへ駆け寄った。
「何作ってんの?」
差し出された小さな長方形を受け取りながら彼が…守山が問い掛ける。
「あ、興味ある?これはなぁ…」
開発スタッフがちょっと背伸びをし、胸を張って語りだそうとした時、僕の同僚である彼、守山が不思議そうに訪ねた。
「なんで翻訳機なんか作ってんの?」
「低コストで高性能なものを開発しろって、社長命令。」
今回のプロジェクト内容が関わっているのだろう。なかなか大規模な企画提示がされている事を考慮すると、来場者が多いはずだ。翻訳機が必要な場合を想定して開発部に命を下したと考えるのが妥当な線か。
「ふーん。理由なんてどうでもいいけど。」
守山は興味なさげに呟いた。
「とりあえす、集音性能を極限まで上げるだけで良いんじゃね?」
「まだ…悩んでいるところの話はしていないんだけど…」
飄々とした態度の守山を見て、開発スタッフは少し不思議そうな顔をしている。
「ん?」
ついさっきまでの殺伐としたメガネ男とのやり取りなんてなかったかのように、守山は受け取った翻訳機の基盤を真剣に見つめている。
「現状で高性能を目指すなら、正確な音を拾える事が最低条件、だろ?」
「まぁ、当然だなぁ。」
納得しているスタッフに翻訳機を返しながら、守山は続ける。
「それがクリアできないなら多種言語変換なんて論外。」
国によって言葉の発音やニュアンスが違っているのだから、確かに当然の事なのだろうが、基盤を見ただけで改善点の予測を立ててしまう彼は、やはりすごい技術者だ。
「適当に翻訳機と伝言ゲームしたけりゃ…話は別だけどな。」
いたずらな笑顔で言う彼を見て、僕は日常的にズレている彼の思考を痛感していた。
翻訳機と伝言ゲーム、ね。そりゃ、見当違いの言葉に変換されたら困るわな。
「異国の人たちと伝言ゲーム?なんだその楽しいだけの性能は!うーん。そうかぁ。」
おいおい…
勝手に提案として受け取ったスタッフは腕組みをして難しい表情で悩みだした。
この状況って…もしかしなくてもまた一人独創的な人種が増えたって事か?
「お遊び機能として付けてみるのも、ありか?」
「おー。ははは。良いんじゃね?」
五十歩百歩、類は友を呼ぶ、同じ穴のムジナ、どんぐりの…
二人はなんだか楽しそうだけれど、こんな状態では僕の成す術がない。さて…こういう場合はどうするべきか。
「無駄な事って思ってもさぁ、結構大事なもんが多いよな。」
「だよなぁ。」
すでに僕にはよくわからない世界観の中、うんうんと納得しながらお互いに何度も頷いている。
「必要なもんばっかりじゃ息苦しいわ。当たり前じゃない事に出会うからこそ良いんだよ。無理なことに挑戦するから楽しいんだよな。なんかさぁ、歪なガラクタん中に埋もれてると、理由なんてわかんねぇけど、どうしようもなく生きてんなぁって思わね?」
目を細めて幸せな笑顔で話しているのは間違いなく守山なのに、不意に知らない存在に思えた。
急にのんびりとした印象が消え、じっと何かを見据えているその先には、きっと彼の求めているものがあるのだろう。その眼差しに宿る強い光は百戦錬磨の鷹のように鋭い。
時が満ちるのを待っているのだろうか…
ごく稀に見るそんな彼に見惚れてしまう程、その表情が結構好きだということは…伏せておこう。
「おい!」
放置されていたことに気付いたのか、気に入らなかったのか定かではないが、メガネ男が僕たちに向けて怒っていることだけは事実のようだ。
「私は忙しいのだ!用がないのならさっさと出て行け!」
いつも以上に怒っているとわかっていながら彼は更に煽りをかける。
「ありゃ鬼だな。」
少し離れたところで開発コンビは楽しそうに指でツノを作って遊んでいた。
「も、守山!貴様!」
「失礼しました!」
僕は彼らを引っ張りながら鬼の棲家…いや、高校時代の最悪な同級生がいる経理管理室を出た。
今更思案したところで、今回の予算案も承認される見込みなんてない。早急に別の方法を考えないとな。
「はぁ。この部屋に来るのって、ホント疲れるわ。」
そんな守山の嘆きに頷き、閉めたドアにそっと背を預けて僕たちは溜め息を吐いた。
「じゃ、ボクは戻るね。守山、ありがとう。」
途中で乱入してきた開発スタッフは鼻歌を歌いながら上機嫌で戻っていく。
「俺らも行くか。」
「うん。予算案の組み直しをしないとね。」
たぶん、何度書類を提出しても承認されることは難しいだろうが。
「経理担当が変わんねぇと、俺らの予算なんて通らないぜ?きっと。」
「やっぱり、そう思う?」
そんな前途多難な話をしながら歩いていると、守山の携帯が鳴った。
「おー、俺。…はぁ?おまえ、また寝ぼけてんだろう?」
無造作にポケットから携帯を取り出し対応を始めた彼は、終始怪訝な表情で話している。
「…うん。わかった。今一緒だから、すぐ戻るわ。」
通話を終えると、少し後ろにいた僕に向かって彼は困惑しながら笑った。
「俺らの企画書、第一審査を通ったらしい。」
「え?マジ…で?」
彼の言葉を容易に信じることができず、もしかしたら目の前の現実すべてが夢でした、なんて事になるんじゃないかと思った。
あんな意外性のカケラもない、単純な思いつきだらけのいい加減な企画書が通るなんて…ウチの会社って本当は業績が悪くて自棄を起こしているのではないだろうかと、疑念すら抱きそうになる。
「やっぱ…僕は、間違ったのかもな。」
小さく呟き、そっと目を閉じた。
去る二月。
僕は数々の企業から嫌がらせの如く、不採用通知を送りつけられていた。その結果、右も左も、前も後ろも…それこそ見事な八方塞がり状態に陥っていったのだ。
そんな日々の中、足元がどんどん沈んでいく錯覚に襲われながらも、とりあえず息をすることだけはやめなかった諦めの悪い僕に、一通の採用通知が届いた。
第一志望の有名な広告イベント会社…からではなく、受けた覚えすらない社名で、しかもそれが僕の志望した会社のライバル社だなんて、一体何の冗談だと思った。
「もしかして、僕のご先祖は何か良くない行いをしたのだろうか?」
時空を越え、誰かの呪いが僕の人生を狂わせているのだとしたら?
なんて…
「あー。バカバカしい。」
誰かのせいじゃなく、原因が自分にあるのだとわかっている。自分の力不足がもたらした結果だということくらい、重々承知しているんだ。
「はぁ。」
僕はベッドにゴロンと寝転び、大きな溜め息を吐いた。
何かの手違いで届いたであろう、唯一の採用通知の宛先は間違いなく僕だ。しばらく手にした封筒を眺めていると、自分勝手な思い込みが発動し、もしかしたら僕が目指す世界に一番近い場所からの招待状なのかもしれないと思えてきた。
「騙されてみるか?」
封筒に刻印されている会社名『Trip Trap World.Co(からくりの世界を旅する企業)』を指で弾いた。
そして、あっという間に入社式当日を迎えた僕は、何度もぐだぐだと迷いながらも同封されていた案内に従って地図の順路を辿っている。
「ここで間違いない、よなぁ。」
無事、目的地に到着したものの、実際の建物を見て驚いた。
「噂と違い過ぎないか?」
社長の素行が悪いという話は有名だが…業績悪化?経営破綻?脱税疑惑?そんな噂を流したのって一体誰だよ。もしそれらすべてが事実だって言うのなら、今僕の目の前にあるこの建物は何なんだ?
「最上階には展望台が…って洒落にもなんねぇわ。」
単なる冗談のつもりが、そびえ立つ高層ビルを見上げていると、あながち事実に近い想像のような気がして笑顔が引きつった。
もしかして…僕はまた、間違っているのかな。急に不安になり、ギュッと目を閉じた。
「ねぇ。ここの人?」
明るく元気な声で問いかけられ、ポンッと背中を叩かれた拍子に振り返ると、キャップを目深に被った小柄な女性がいた。
「え、と…いや。まだ、ちょっと悩み中というか…」
どうして僕は真面目に答えようとしているのだろう。一体この人は誰なのだろうか?
オフィス街には似つかわしくないカジュアルな格好をした女性はじっと僕を見ている。
「ふーん。」
興味なさそうに言って、僕から視線を外しゆっくりと周囲を見回した。
そんな彼女の様子を見て、何かが頭を過ぎった。ちゃんと思い出すことはできないけれど、その面影に懐かしさを感じる。どこかで…会ったことがあるような気がしていた。
「あ。キミは?こんなところで何をしているの?」
「あのね…」
尋ねた僕に柔らかく微笑んで彼女が何かを言いかけた時、
「社長!」
男の叫ぶ声に遮られた。
「社長。こんな所にいらしたのですね。また会議の途中で抜け出して!」
理由は不明だが男の言葉は、僕の目の前にいる彼女に向けられているようだ。
「別にいてもいなくても同じだろうが。」
ため息混じりに吐き捨てられた言葉が耳を掠める。
え?今…なんて言った?
彼女は少し下を向いているせいで表情がよく見えないが、つまらなさそうな雰囲気だけは伝わってくる。
「社長。何度もお願い申し上げておりますが、会議がつまらないという理由で勝手に抜け出すのは、いい加減おやめ頂きたい。」
「わかってるって。でもさぁ。」
その姿からは想像しがたい態度で、腕組みをした男と対等に会話している様子は異様な光景でしかない。
「文句ばかりではなく、行動なさってください。」
「はいはいはい。」
悪びれもせずクスッと笑う彼女は、この状況を面白がっているように見える。
「あと一時間で入社式です。」
「わかってる。そのセリフ、聞き飽きたって。」
男は頭に手を添えて深い溜め息を吐いた。
きっと何度も同じことを繰り返しているのだろうなと思い、ほんの少しだけ同情した。
「誰のせいですか。入社前に取引先に顔を出すなんて勝手な予定を入れるし、先日だって大事な会議を欠席するし…ご自分がどんな立場なのかわかっているのですか?」
「おまえさぁ、最近小言が増えたよな。」
楽しそうに笑う彼女は、じっと僕の方に向きなおし、右手の小指にあるリングをそっと外した。
「え…?」
思わず、声が漏れた僕に対して、その人はいたずらな笑みを見せた。
「あ…れ?」
本当に瞬きをしたその一瞬で、今までそこにいた女性は消え、僕と同年代くらいの、スーツを着た男が立っていた。それは、紛れもなくネットでよく見るT2Wの社長だった。
「どういう、事?」
百聞は一見に如かず、なんて言葉は…嘘なのかもしれない。間違いなく目の前で起こったことなのに、何も理解できない。
「社長。急いでください!行きますよ。」
「しつこいって。何度も呼ぶなよ。今行くから。」
足取りは重いが何度も促されながら、用意されている車の方へ歩き出す。
「じゃ、また後でね。岡崎、直哉くん。」
不意に僕の方に振り返った彼は、人懐っこい笑顔でそう言い軽く手を挙げた後、車に乗り込んだ。
「名前…なんで?」
どこかで面識があるわけもないのに、何故彼は僕の名前を知っていたのだろうか。名前だけじゃない。あの様子からするとたぶん、彼は僕のことを知っている。いろいろと話題になっている彼のことを多くの人が知っているのは当然だが、僕の存在を知っているはずがない。だけどもし、どこかで会っているのなら不可解なことではない。じゃあ一体、いつ出会ったというのだろうか。
「思い出せもしないや。でも…」
彼女の面影を見て感じた懐かしさを、気のせいではないと思いたい。
彼女のいたずらな笑みと、彼の人懐っこい笑顔が、長い間僕の中で眠っている何かを目覚めさせようとしているかもしれない。
「何が、どうなっているんだ?」
気になるが、考えても答えが見つかるとは思えない。
そんなことよりも、さっきのは何だったんだ?
声を掛けられて振り向いた僕の前には、確かに女性がいた。でも、一瞬でスーツを着た男性に変わった。そんなことどう考えても有り得ない。じゃあ、何が起こったというんだ?
「あ、指輪?」
彼女が小指のリングを外した時、彼が現れたということは…あのリングに何か仕掛けがあるのか?
「あー!もぉわかんねぇ!」
考えるほどにグチャグチャになっていく頭の片隅で、ふと誰かの声がする。
『どうせ、そのうち忘れるんだろ?』
その言葉に僕は人知れず溜め息を吐く。
「そう、だな。」
いきものたちは時の流れの中で忘却の一途を辿る。幸せな記憶ですらいつか薄れていく。
『いつか忘れる記憶(メモリー)なんていらない。』って、誰が言ってたっけ?
「では続きまして、社長の挨拶…なのですが、急用のため只今車で移動中との報告を受けております。しばらくの間、こちらをご覧下さい。」
司会の言葉に反応し、静かだった会場が少しザワつき出した。
そう。
一時間ほど前に社長を迎えに来た男が言っていた通り、今まさに入社式の真っ最中なのだ。
行き先までは知らないが、あんな時間に出かけていったのだからもちろん予想はしていた。案の定、まだ会場に社長が到着していないらしく、ステージ上に設置してあるスクリーンが準備され、移動中の映像が流れ始めた。
「大事な入社式に間に合わなくて申し訳ない。どうしても外せない急用だと、事情を察していただけると幸いだ。」
急用…ね。この社長の場合、素行が悪いというより、自分勝手に動き回っているだけのような気がする。ただ、その行動力の速さと順応性の高さは素直にすごいと感心できる。
問題があるとすれば、社内に於いてすべての始まりに繋がる社長の思考を、インスピレーションと呼ぶのか、気まぐれな思いつきと呼ぶのか、という点だろうか。
「さて。今更、自己紹介をするのも変な感じだよな。たぶん会場にいるキミたちはこの企業の業績や評価を少しは調べているだろう。そのついでにオレの事を調べた物好きな奴もいるよな?」
バンッと会場のドアが開き現れたのは、今までスクリーンに映っていた社長だった。ヘッドマイクをつけて颯爽と壇上を歩く姿に視線が集まる。中央の演説台に到着した彼は、ゆっくりと会場全体を見渡し、誰かに気付いた様子で一瞬目を見開いたが、すぐに不敵な笑みを浮かべ話し始めた。
「オレは西尾春緋だ。ご存知のとおりこのT2Wの代表取締役をしている。」
多少砕けた口調だけれど、お決まりのセリフから始まった社長の挨拶に、新入社員はもちろん、出席している他の社員や関係者たちも必要以上に神妙な顔つきで社長を見ている。
「今日からキミたちはここの社員となる機会を手にしたわけだが…まぁ、最終決断は自らで行ってくれ。」
最終決断って、何だ?
「てことで、後の段取り説明はよろしく。北條。」
そう言って社長は司会の男を手招きで呼び寄せ、自身はステージ後方で待機している男に声を掛け会場から出て行った。
あの人、北條さんっていうんだ。会議を抜け出した社長を探していたり、常に行動を共にしている様子だから、きっと社長秘書なんだろうな。いかにも仕事ができそうだけれど、僕はちょっと苦手なタイプかな。
「では、説明を始めます。まずお手元の書類にある、入社についての注意事項をご確認いただき、理解できた方から必要事項を記入し、行動してください。」
僕は封筒から出した書類に目を通し、なるほど見事な合理的手法だわと思い苦笑した。
要するに入社希望の者は誓約書と契約書に署名をし、書類提出後に別室へ移動、指示を待てという事だ。つまり、他の会社から内定をもらっていたり、現状悩んでいたりと…何らかの事情により入社辞退する者たちはさっさと帰れ、という事らしい。
正式入社する前に新入社員の最終的な意欲調査をして選別を図る、本来は入社後に行う企業側の手間を省いているのだろう。
「希望部署がある場合は、忘れずに記入しておいて下さい。」
渡された書類に必要事項を書き終えた僕は、受付手続きをしている北條さんに提出した。彼は手際よく内容を確認すると、社員証と携帯、社員章のピンバッジを渡してくれた。
案内係の腕章を付けたスタッフの後に続き歩いていく。
「担当スタッフが呼びに来るまでこちらで待機し、指示に従ってください。」
事務的な対応で通された会議室には、すでに数人の新入社員がいた。仕方なく部屋に入り、目立たないよう一番奥の席に座る。
この部屋でいつ来るのかもわからない担当者を待つのか。
「息、詰まりそ…」
無意識に溜め息を吐く自身に気付き、苦笑した。
今、何時だろう…
次々と呼ばれて移動していく新入社員たちを見送りつつ、ほぼ人の気配を感じなくなった室内をそれとなく見渡す。
「へぇ。僕以外にも残ってたんだ。」
どういう基準で呼びに来ているのか知らされていないけれど、なんとなく予想通りなかなか声の掛からない自分以外、残っている人がいる事を少し不思議に感じながら、部屋にいる二人の姿をそっと見やる。
あれ?アイツ…知ってる。
窓際の最前列の席で頬杖をつき、外の景色を眺めては退屈そうに何度もあくびを繰り返している姿を見て、高校の時にいた同級生を思い出した。
「守山秋。」
その時大きなあくびをしながら、彼が振り向いた。
「守山、いないのか?」
やっぱりアイツだ。
「はーい。いるいる。」
手を振って返事をする彼は、まるでファンサービスをしているアーティストみたいに見えた。
相変わらず、お調子者って感じだな…
守山、秋。僕とは違っていて、いつも隣には誰かがいた。本人が望んでいたのか、勝手に集まって来るのか知らないけれど、確かに頼れるヤツで明るい性格だからこそ、人望の厚いタイプだった。何度か話したこともあるし、一緒に行動したこともあるが、特別仲が良かったとは言えない。見た目からは想像しにくいが、機械工学が好きで時々僕には到底理解できそうにない本を真剣に読んでいた事もあったっけ。ちなみにポケットにはいつもチョコレートを潜ませていた。
人付き合いは良いのに、好きなものに対して特別なこだわりを持っていて、ちょっとクセの強いところがあったから、もし今もその拘りが健在なのなら、扱うのは大変だろうな。
「岡崎直哉。」
「はい。」
僕が素直に返事をすると担当者は僕の顔を確認し、静かに頷いた。
「澤辺健太。」
最後の一人は名前を呼ばれたことすら気付かず、ヘッドフォンをつけたまま、自分の好きな世界に入り込んでいるようだ。
担当は彼のところへ行き、容赦なく手にしているバインダーで頭を叩く。
「いてっ」
「澤辺、健太。」
「おー。」
叩かれた頭を押さえながら彼はとりあえず返事をして、懲りずにヘッドフォンをつけようとしたが、無言で制された。
残った僕たちの担当者にされてしまった不運な彼は、静かに目を閉じて肩を落とした。絵に書いたような落胆の図だなぁと思いつつ、ほんの少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「担当の北條誠一郎だ。何か質問があるなら受け付ける。」
明らかにさっきまでの口調ではなく、なんだか偉そうに聞こえてしまう。
なんというか…何でも手際よく、当然だと言わんばかりの態度で期待以上の仕事をするタイプって、僕はやっぱり苦手だ。見えないところで努力しているとしても、決して誰にも見せないんだろうな。
きっと手伝おうとして手を差し出しても、しれっと無視されそうだから、あまり関わらないようにしておくのが無難かもしれない。
「あのさー。なんでこのチームのメンツ、三人しかいねぇの?」
手を挙げて質問しつつ、守山はポケットからカラフルな小箱を取り出し、その中身をひとつ口に放り込んだ。
ふわりと甘いチョコレートに匂いが広がる。
「おい。仕事中に、しかも上司の前でいきなり菓子を食すな!」
北條さんの言葉はもちろん正論だけど、僕としては守山側にいたいかも知れない。確かに仕事中というのは引っかかるが、ちょっとした甘味って必要だと思う。それに…いくつになっても、頭からダメって言われるとなんだか反発したくなるんだよなぁ。
「あれ?もしかして知らねぇ?じゃあ教えてやろう。チョコを適量摂取することにより、脳の活性化を促す。つまり、一括りに菓子といっても十分必要性の高いものもあるんだ。他にも摂取することで人体に好影響を与えるものが…」
「もういい。」
まだまだ続きそうな守山の『ヘリクツ理論』は北條さんの一言によって、余儀なく中断されてしまった。
「他に質問はないのか?」
「何やるのかわかんねぇのに、なんの質問するんだよ。バカか?」
ボソッとあまり感情を含まない声で呟いた澤辺健太はその言葉だけを残し、再び自分の世界へと戻っていく。
あ、ヘッドフォン、外していたんだ…
ちゃんと止められた事を守り、今までヘッドフォンをつけていなかった素直な対応に気付き、僕は彼に好感を抱いた。
思いを言い終えた彼が、引き締まった身体を少し重たそうに動かす姿をしばらく見ていた守山と僕は、不意に視線が合い思わず笑った。
『おい。北條。チーム分け終わったか?』
「こっちは終わっている。次はどうするんだ?」
携帯から僅かに聞こえてくるのは、社長の声だと思うけど、北條さんは口調を変えることなく話している。
一体、どれが本当の北條誠一郎、なのだろう?
『忙しいから任せたいけど、まぁ今回はオレがするわ。』
「了解。」
仕事中にプライベート携帯にかかってきた電話への対応が終わると、呆れた様子で肩を竦める。
「何度言っても公私混同が直らなくて困る。」
愚痴をこぼし、彼はスーツの内ポケットに携帯を片付けた。
あの社長が相手じゃさすがに振り回されっぱなしなんだろうな。
でも、T2Wの社長って、ちょっとだけ誰かに似ている気がする…
北條さんが電話を切ってから数分後、今度は書類と引き換えに受け取った僕の携帯が鳴った。
「はい。岡崎で…」
『この電話を受けた者は企画担当者だ。チームリーダーとして動いてくれ。』
「は?」
『以上。』
まるでイタズラ電話か間違い電話かのように、あっけなく通話が終わると続いて館内放送が流れた。
― 各プロジェクト責任者は近くのモニター準備を頼む。今から今回のイベントについて、今後の流れを説明する。
どうやら我が社のトップは、新入社員に対して直々に状況説明をしてくれるようだ。
― 今期、我がT2Wは創立五周年を迎える。その記念イベントとして、開発プロジェクトの企画を募集する事になった。
モニターに『都市型遊園地開発プロジェクト』の文字が表示される。
― 参加するためのチーム分けはすでに終わっている。そして先ほどオレからの電話を受けた者がチームリーダーとして動いてもらうことになる。
ちょっと待て。その定義だと、僕がリーダーってことにならないか?
― 各チームで意見をまとめ、まず企画書と予算案を提出してくれ。無事、審査に通れば正式なプロジェクト企画として認めよう。そして更に我が社の創立記念イベントの要となり、功績を挙げるため、上位三チームにプレゼンを行ってもらい、最優秀企画を決定する予定だ。
淡々と仕事の話をしている姿に、何故か壮大な冒険を語る少年のような印象を受けた僕は、不思議な感覚に囚われてしまった。
― 諸君の健闘を祈る。以上だ。
その言葉を最後に、モニターの通信が途絶えた。
そういえばHPに載っていたっけ…
毎年、入社式に社長が突拍子もないことを言い出すって。まぁ、当人の見解によると『イベント企画会社なんだから、理に叶ってるだろ』だそうなので、誰にも制御されることなく、恒例行事になってきているのだろう。
「ん?ああ。なるほどな。」
今年の入社式も例外ではなく、社長が挨拶を始めた時、多くの社員たちが神妙な顔つきになっていた原因は、そういうことか。
そして僕たちは社長の思惑のまま、勢いに流され、創立記念イベントのプロジェクト企画に参加する事になったのだ。
たぶん、希望した職種によってランダムにチーム分けが行われたのだろうが、よりにもよって僕はそのチームであまり望まない再会をした。
守山 秋。
高校の同級生だ。しかも覚えていないが、どうやら小学三年生までお隣さんだったらしい。簡単に説明するなら、誰にでも明るい態度で接する、元気な悪ガキ。クラスのリーダー的な存在でみんなに頼られていたなぁと昔の記憶が蘇る。
小学四年生の頃、急に転校して以来、一度も会うことなんてなかったから忘れかけていたのに、僕が息苦しいと感じていた日常から抜け出すために選んだ高校で、出会ってしまった。
「知っている奴がいないって理由で高校を選んだのになぁ。」
そんな僕の嘆きなんて誰も聞いちゃいない…
六年ぶりに再会した彼はたくさんの人に囲まれていて、僕は少し近寄りがたい雰囲気を感じていた。
教室に入り座った席は運悪く彼の近くだった。そして彼は僕を見つけた瞬間、人懐っこい笑顔で声を掛けてきた。
「直(なお)じゃん。おまえ、変わんねーなぁ。」
乏しい記憶を辿って、なんとか昔の彼を思い出してみた。
「おまえは…ちょっと、変わったな。」
彼は、そっかぁと気の抜けた返事をし、ポケットから何かを取り出した。
「ほい。再会を祝して、おすそわけ?」
そう言って僕にチョコを渡しながら、嬉しそうに笑った。勢いで受け取ってしまったチョコを見て、昔から好きだったなぁと、おぼろげな記憶が呼び起こされた。
「おー。秋もいるのか。」
ヘッドフォンを首にかけ、軽い歩調で教室に入ってきた赤茶色の髪の男子が守山を見つけ、楽しそうな笑顔を向ける。
「おー。おまえも結局こっちに来たんだなぁ。」
「ま、いろいろあってな。」
ぎこちなく返事をした赤茶色の髪をした彼は、守山から視線を外し、呆れた表情で舌を出している。
「こっちは、おまえのツレ?はじめまして?」
不躾に僕を指差し、彼は守山の返事を待っている。
「んー。約束を交わした、同志ってヤツ、かな?」
約束を…交わした?
「ボクに聞くな。知らん。」
意味深な笑みを浮かべて彼に問いかけた守山は、改めて僕たちを互いに紹介してくれた。
「澤辺健太。中学ん時に会って一緒にイロイロしてきた。無愛想なヤツだけど、機械いじりの 技術がすごいんだ。俺の組んだプログラムを精密に実体化できるんだぜ。」
澤辺は骨ばった手を僕へと差し出し、握手を求めた。
「よろしくな。」
「あ…うん。」
反射的に返事をし、僕はそっと手を出した。
「んで、こっちが岡崎直哉。小三くらいだったっけ?お隣さんでよく遊んでたんだわ。直って、頭の回転がすげーんだ。勉強はイマイチだったけどな?発想とか解明とかハンパなかったよなぁ。」
僕はあまり覚えていないが、守山の説明で通じているのか不安を残したまま、僕たちの自己紹介は終わった。
こんな辺鄙な場所で巡り合ってしまったのだから、これ以上何も起こらないで欲しいと、密かに…でも強く願っていたのはきっと僕だけだろう。
『国立大学付属情報工業技術高等学校』
思い返せば、この選択が僕の最初の間違い(Error)だったのかもしれない。
その後の学校生活で、そもそもあまり学校に来ていなかった澤辺と関わる事はほとんどなかったが、唯一忘れられない出来事なら、ある。
あれは高校二年から三年への進級テストの最終補習日。常に平均点を必死でキープしていた僕は、遂に数学で赤点を取ってしまった。苦手教科なだけに、補習授業でさえまったく捗らない。
「問題プリントが終わった者から帰って良いぞ。」
教師の言葉に構っている暇なんてない。
「岡崎、おまえ午後も出席するのか?」
そんな無情な声を無視して頭をフル回転させるが、結局空回りで終わった…気が付けば十数名ほどいたはずの教室に残っているのは二人だけになっていた。
課題の提出ができれば帰れるのに、問題が解けない。そもそも解き方がわからない事が一番重要な問題なのかもしれない。
「あっれー?直も補習受けてんの?」
突然教室のドアが開き、何故か守山が入ってきた。でも彼はそれ以上僕にちょっかいをかけず、教師の方を見た。
「センセ。休憩時間だけの見張りに来たぜ。代わってやるよ。」
「おお。もうそんな時間だったか。じゃあ頼むな。」
教師はそう言って伸びをしながら教室を出て行った。
「なんで?」
どういう話の流れで動いているのかさっぱりわからない。
もしかしたら、僕の思考回路は特別休暇でも取っているのだろうか。それとも、今日は何も理解できない日?だったりして。きっと不満でいっぱいの顔をしていたのだと思う。守山はクスッと笑ってポケットから取り出したチョコを僕のプリントの上に置いた。
「予定してた教師が体調不良らしく、休憩の時間だけ見張りしてやろうかって言ったんだ。センセの代わりー。秋先生って呼んでも良いぜ?なーんてな。」
本当は進路関係の書類の事で職員室に呼び出されただけだと説明してくれた。
「健太が補習受けてるの知ってたから、邪魔してやろうと思ってな。」
彼は悪ガキのような笑顔でそう言った。
健太ってことは、もう一人の生徒って澤辺だったのか。あまりにも必死すぎてそれさえ気付いていなかった。でも…澤辺も僕と同じ状況みたいだ。周囲のことなんて関係なく、淡々と課題に取り組んでいる。
「直、数学嫌い?それとも苦手?」
「は?」
どっちも一緒じゃん、と思いながらも考えてみる。
「どうって聞かれると、苦手…だわ。」
僕の返事を聞いて守山はニヤリと笑う。
「じゃあ、なんで苦手?」
どうしていきなりこんなに質問されまくっているのだろうか。
「たぶん…」
問題を解くための公式や法則に従って答えを導き出すという工程が好きになれない理由。そして正しい答えが限られている数学の仕組みが性に合わなくて苦手だと感じているのだと話した。
「やっぱ、おまえの頭ん中、好きだわー。」
守山は僕の考えを聞いてなんだかとても楽しそうに笑った。
「おまえも…きっと答えは無限にあるって疑いもせず信じてんだろうな。」
「なんのこと?」
今日の守山は少し変だ。決定的に断言することはできないけど、いつもより元気がない気がする。進路の事が関係しているのかな、と思ったけど僕には聞けなかった。
「なんでもねぇわ。そんなことよりさっさと課題終わらせて帰ろうぜ。」
そう言って僕のプリントを取り上げ、ざっと目を通している。
「さて、始めるか。」
プリントを机の上に滑らせて、こっちを向いて前の席に座った。
「問2、この問題はな…」
説明しながら僕の課題を解く手伝いを始めた。
教師の話を聞いても、教科書や問題解説を読んでもさっぱりわからなかったはずの問題がスラスラと解けていく。
「守山って、頭良いんだな…」
「要点だけ押さえときゃ、できるわな。」
いとも簡単な返答を頂き、僕は苦笑を返した。その後も守山のわかりやすい解説を頼りに僕はなんとか課題を終わらせることができた。そして、少し離れた席で自力で課題に取り組んでいた澤辺も手を止めた。
「よし、二人とも終わったみたいだし、帰ろうぜ。」
勢いよく席を立ち帰り支度を始めた守山に、僕は声を掛ける。
「あの、守山。ありがとう…」
一瞬ぽかんとした表情で僕を見つめた後笑って照れながら『おう。』と返事をしてくれた。
職員室まで課題の提出に行き、無事補習を終えた僕たちは三人で正門に向かって歩き出す。
「なぁこれから…!あっ」
先頭を切って歩いていた守山が振り返り何か言おうとした時、急に立ち止まり慌てた様子で僕に耳打ちをする。
「直、瞳…片方コンタクト取れてる。」
「え…?」
視力が悪いわけじゃなく、色を隠すために着けているものだから外れていることに気付かなかった。
「うん?どうした?」
立ち止まったまま動こうとしない僕たちを不思議に思ったのか、澤辺が問い掛ける。
「あ、ああ。直がコンタクト落としたみたいなんだ。」
「それは大変。」
どこで落としたのかわからないものを探し出すことは、ほぼ不可能に近い。それなのに…
「教室に戻ってみるか。」
「そうだな。」
守山は迷うことなく僕の手を掴み、教室へと向かってくれた。
「直が座ってたのがココだろ。とりあえずその辺から探すか。」
汚れるのも気にしないでしゃがみ込み、必死に探してくれている二人の姿を見て、しばらく呆然としていた。どうして僕なんかのためにこんなにも一生懸命になってくれているのだろうか。理解できない状況で、すごく不可思議な光景なのに…限りなく嬉しくて、でも素直に気持ちを表現できる自信がない僕は、二人に背を向けて探し始めた。
「見つかりにくいものだな。」
いつの間にかすぐ隣にいた澤辺が呟く。
「うん。ごめん…」
「いや、気にするな。」
「でも、やっぱり、ごめんね。こんなことに付き合わせちゃって。」
顔を上げて謝る僕につられた彼がこっちを向く。
「別に構わ…!おい。」
目の前にある驚きの表情を見て、僕は大きな間違い(Error)に気付いた。
しまった…
そう思った時には、すでに遅かったようだ。
「岡崎、おまえの目…」
イヤな予感がした。イヤな予感しかしなかった。
高校入学と同時に僕は瞳の色を隠すため、常にカラコンを着けるようにしていた。その姿と出会った彼にとって今の僕はきっと…異質な存在だろう。
「直は、アルビノってだけだよ。」
探すのを止めずに守山が僕の代わりに言った。
「そうか。だから瞳の色が…」
それ以上どう説明すれば良いのかわからず黙り込む僕と、何を話せば良いのか困惑している澤辺。二人の間に不穏な空気が流れ出す。
「澤辺、あの…」
だんだん速くなる鼓動を抑えながら、覚悟を決めて話しかけようとした時、守山が叫んだ。
「あー!みっけ!」
その一言で張り詰めていた、重苦しい空気が一気に吹き飛んだ。
「おお。秋、よく見つけたな。」
僕は言いかけた言葉を飲み込み、素早く立ち上がって守山のところへ行く彼の背中を見送った。
「ほい、直。良かったな。」
近くに来て守山が笑う。
「…うん。ありがとう。」
コンタクトを受け取った僕は、しばらくじっとそれを見つめていた。
「どうした?」
いつか、こんな状況になるだろうという考えがなかったわけじゃない。どんなことも隠し通せるはずがないから。ただ、その時の対処法までしっかり想定していなかったのは、やっぱり僕の間違い(Error)だ。
「何でもない。二人とも、探してくれてありがとう。」
僕は精一杯の笑顔でお礼の気持ちを伝えた。
教室の鍵を返し、再び正門へ向かって歩く。
さっきと違うのは、微妙にズレてしまった僕たちの関係…誰も何も話さずに並んで歩く。
「岡崎。なんでわざわざコンタクト、着ける?」
「え?なんでって…」
周囲から間違った存在だと思われたくないからに決まっている。
「そんなにキレイな瞳、隠す必要、ない。」
「澤、辺?」
拒絶や否定の言葉を受ける覚悟をしていた僕は、驚いて息を飲んで立ち止まってしまった。そんな僕に気付いた澤辺も立ち止まり振り返る。
「ボクのこれも、生まれつき。」
そう言って赤茶色の髪を引っ張っている。
「昔は、みんなと違うことがイヤで、黒くした。でも、今は気に入っている。」
かなり目立つ赤茶色の髪だけど、すごくキレイだと感じた。光が当たってキラキラと輝く髪は水面を染める夕陽みたいで、つい見惚れてしまうほどだ。
「秋が言った。人と違うことは間違いではなく、特別なんだと。」
間違いじゃなく…特別?
まだ僕にはそんなふうに受け入れられる感情がない。だけど、もし、いつの日にか彼のように思うことができたら、少しは世界が違って見えるのだろうか。
「ボクは…岡崎の瞳、好きだ。」
ぶっきらぼうにそう言ってフイッと顔を背けた彼は、耳まで真っ赤に染まっていた。
「…ありが、とう。」
素直に受け止められる余裕なんて、今の僕にはまだないけれど、高鳴っていた鼓動が少しずつ穏やかさを取り戻し、なんとなく胸の奥があったかくなるのを感じていた。
「さて、寄り道して帰るか。」
黙って僕たちを見守ってくれていた守山は、嬉しそうに笑って僕たちと肩を組んだ。
人と違うことは間違いじゃなく、特別なんだと思える日が本当に来るのだろうか…
そんな不安を心に秘めたまま、僕は二人と少し離れて歩いていた。
その後も、学校で澤辺の姿を見ることは少なかったが、気付けばいつの間にかそばにいる守山とはそれなりの付き合いをするようになっていた。
多才で何でもこなしてしまうオールラウンダーな守山は女子からの人気が高く、男子からは敵視されていた。まぁその中の一人が、あの経理室の鬼なのだと補足しておこう。
高校卒業と同時に僕たちの頼りなく不安定な関係なんてすぐに切れていたはずだった。互いの連絡先も知らなかったのに、望む、望まないは別として再会してしまった。そして状況把握する間もなく、何故か同じチームとして創立記念イベントのプロジェクト企画をすることになり、僕が思うまま、デタラメに作り上げた企画書がどういうわけか第一審査を通ってしまったらしい…
「遅い!」
さっき呼び出しの電話を受け、寄り道もせず戻ったというのに、いきなり澤辺に怒鳴られてしまった。
「経理管理室ってのは果てしなく遠いんだよ。」
諭すような声で守山が言っても誰にも効き目なんてない。だって物理的に徒歩三分内の距離だと知っているから。
「おい。いつまでジャレているつもりだ?さっさと本題に入る。座れ。」
その言葉に従って僕たちが近くの椅子に座ったことを確認すると、北條さんからの報告が始まった。
「すでに周知していると思うが、今回のプロジェクトで予算案、企画共に承認を得たチームはない。」
果たしてあんな経理担当者を攻略できるヤツがいるのだろうか。
「予算はともかく、企画内容についてもなかなかスムーズに承認とまでは結びついていないのが現状だ。」
他のチームのことまではわからないけど、ウチのチームについては当然の結果だろうな。発案者の僕が現実逃避した企画なんて、どこの物好きが承認するんだよ。
「そこで、我が社のトップはまず今回の審査を第一審査とし、五つのチームを選考した。選ばれたチームは今回の企画案を正式な企画書として仕上げ、提出するようにとの指示だ。」
あんなふざけた思いつき企画を成り立たせろってか?少なくとも僕はあの企画をすべて破棄して、一からやり直したいくらいだ。
「企画書の提出は三週間後、つまり今月末日だ。」
「あの…北條さん。」
勇気を振り絞って北條さんに声を掛けてみたが、想いを伝えるための言葉は一文字も声にならなかった。
「どうした?」
こんな状況で『新しい企画書でも良いですか?』なんて、聞けるかよ。第一審査を通った企画を簡単にボツにできるわけない事くらいわかっている。
「岡崎、大丈夫か?」
不安そうに名前を呼ばれた僕は、何故か反射的に笑っていた。
「なんでもないです。すみません。」
一瞬眉をひそめた北條さんが何かを言おうとした時携帯が鳴り、慌てて部屋を飛び出して行ってしまった。部屋に残された僕たちは仕方なく仕事を始めたが、結局みんなどこか上の空だった。
「ボク、岡崎の企画、興味ある。」
手を止めずに静寂を破ったのは澤辺健太。
「そうだなぁ。せっかくだし、もっとハイクオリティなもん、目指そうぜ。」
ポケットからいつも通りチョコを取り出して笑う守山秋。
二人の言葉を半信半疑で受け止めつつ、空間に張り出されているスクリーンボードに掲げた、僕たちの企画テーマを見つめた。
『都市型遊園地開発プロジェクト。Wonder Dreams Park(不思議な夢の広場)』
「二人は本当に…僕の企画で良いの?」
僕の静かな問い掛けに対し、二人は顔を見合わせ不敵な笑顔で力強く頷いてくれた。
「マジ、かよ…物好き、だなぁ。」
もしかしたら、すでに旅は始まっているのかもしれないな。
ここまで来たらやってみるか。
「この、テーマパークに付けた名前の通り、不思議な夢の広場を作り出したい。全体をまず、エリア分けして更にブロック分けをする。」
僕は、エリアをひとつの国、ブロックを街と仮定して説明を続けた。
「一番簡単な方法で分けるなら四つ。全体をひとつの塊と考え、十文字に切り分けるやり方だ。」
スクリーンボード上の図面に十字を描き四分割する。
「でも僕はもう少し細かいブロック割をしたいと思っている。」
入場ゲートと退場ゲートを設け、その他に四ブロックぐらいでアトラクションを作りたい。パークの中央部に円型の建物を設け、テーマパークの主となるキャラやグッズなどの販売をしたいと考えている。
「テーマパークのキャラクターとかシンボルみたいなもん?」
守山が尋ねる。
「うん。お菓子やぬいぐるみ、キーホルダーとか、まぁ…パーク限定のおみやげ屋さんって感じかな?」
「記念になるものがあると良いな。」
澤辺も賛同して呟く。
「コンセプト的に不思議な夢の国を旅してもらうイメージだから、それぞれのエリア毎に旗とかアクセとかがあっても良いかなって思ってる。」
都市型…というのだから、地域に密着し、来場者たちにとってより楽しい施設であってほしい。この街は高層ビルが多く、近未来のイメージが強い。だからこそ、時代の流れも取り込むことが重要になってくるだろう。
「いくつかのエリア分けをしてアトラクションを作るからこそ、それぞれに特色のあるものにしたいと思っている。」
遊園地のアトラクションだからそれなりに限られたものになってしまうが、その中で、何か特色を生み出したい。
「ジェットコースターなどの乗り物型絶叫マシーン、コーヒーカップやトロッコのようなのんびりタイプのアトラクションやお化け屋敷とミラーハウスを組み合わせても面白いかもしれない。もちろん、小さな子供たちが遊べる場所として、少し走り回れるぐらいのスペースを設けて、そのエリアにお菓子の家も作りたい。」
中央に設置する円型の建物周辺にその四つのエリアを作り、エリア同士を移動する際、希望者には乗り物移動が可能となる。
「船、飛行機、車など乗り物の外観、内装ともにお客さんの想像に任せて楽しんでもらいたい。」
「んな事、できねぇ。予算がいくらあっても足りねぇわ。」
不機嫌な顔で守山が即答する。
「そう。リアルに実現するのは不可能だ。だから、お客さんの想像に任せてって言っただろう?おまえらの技術力でVR機能を駆使すれば可能だよな?」
入場する際、来場者に配布するオールパスのリストバンドに、あらかじめ独自のICチップを埋め込んでおく。各エリアで管理できるプログラムを組み、想像するものを映像化すれば、不可能ではないはずだ。
「おまえならそれくらいのプログラム、組めるだろ?」
「あー。特別報酬確定だな。」
辟易した様子で椅子の背にもたれかかりうなだれている守山を見て、僕は微笑んだ。
「ふーん。そうかぁ。VRねぇ。マジかぁー」
そうやって文句を言いながらも、すでに頭の中ではフル稼働でプログラムを組み始めているんだろうな。
「各エリアの施設はまだ確定ではないので、今後明確にしていきたい。」
アトラクションや設備の事は企画が正式に通ってから本格的に考える方が良い。
「このテーマパーク内でランダムにイベントを発生させたい。移動式の水槽を使用し、水中アトラクションやイリュージョンパフォーマンス、もちろんお客さん参加型のパレードもやりたい。」
「参加型?」
澤辺は不思議そうに首を傾ける。
「簡単に言えばコスプレみたいなもんだろ?」
守山が簡単に説明すると、何故か何度も深く頷いて納得してくれたみたいだ。
「衣装は一つのグループ二名まで無料貸出OKにしようと思っている。」
二人は僕の話を聞きながらきっと、少しずつ広がっていくテーマパークの全貌を想像してくれているはずだ。
「なぁ、結構広いスペースになるけど、案内とかどうすんの?迷子だらけになるぜ?」
「コスト削減。」
僕は案内役としてバーチャルナビゲーターを考えていると告げる。
「リストバンドのチップか。」
腕組みをして澤辺が納得した表情で頷いてくれた。
「そう。」
グループ事でGPS登録しておけばより安全だろう。
「うわー。俺、入社早々過労死すんのイヤだわー」
と守山が大袈裟に嘆いている。
「信頼しているから任せられるんだよ。」
「そんなもんいらねーし。」
チョコの方がよっぽどいいわ、と言いながら顔を背けポケットからチョコを取り出している。
「秋?なんで照れてるんだ?」
「うるさいっ」
守山は照れた時によくチョコを食べるのだと知ったばかりの僕は、二人のやり取りを見て微笑み、残りの話を始めた。
「パーク内は定期的に清掃スタッフさんたちに見守りをしてもらう予定。それとゴミ箱の設置。」
当たり前だという表情の二人に笑いかけ、僕は思い出した言葉を付け足した。
「あ、ちょっと訂正。正しくはしゃべるゴミ箱の設置、ね。」
急に呆れた様子で二人は僕の方をじっと見ている。
「センサーをつけて、しゃべるゴミ箱にしたいんだ。」
ちゃんと捨ててくれたら『ありがとう』投げて入らなかったら『おしい!』その辺にポイ捨てしたら『あぁ!』とでも言っておこうか。
「前からちょっと思ってたんだけどさ、きっとおまえの頭ん中っていくつかパーツが壊れてんだろうな。」
真剣な顔で工具を握り締めて、そんな事を言わないでもらいたい…
「ボクも、そう思う。」
普段口数の少ない澤辺まで便乗するなよ。
「え、えーとね。あとは季節ごとに中央の建物を飾って、限定の特別イベントなんてどうかな?」
このままだと企画案が限りなく出てきそうだから、とりあえず自制して、僕の中の企画を話すのは終わりにした。
「へぇ。いいんじゃないか?どれも面白そうじゃん。」
「またそういう無責任なことを言う!」
僕がメンバーである二人に話していたことを、紛れ込んで聞いていた部外者たちが口を開く。
「…なんで、アンタがここにいるんだよ。」
明らかに態度が急変した守山は冷たく言い放つ。
「おまえさぁ。オレの顔見る度に怒るなよ。」
「帰れ!部外者はさっさと出て行けよな!」
こんなに怒りを露わにしている守山を初めて見た僕は、情けないほど、何も言えなくなってしまった。
「部外者ではない。チームメンバーが少ないと言っていたので補充したまでだ。」
と北條さんがさらりと言う。
補充って事は、まさか…?
「うん。オレらがチームに入るわ。まぁセイは担当兼メンバーってことになるけど、これで五人になるから、他のチームと同じ数だろう?」
言うまでもなく、僕たち三人は顔を合わせ大きな溜め息を吐いた。
「だいたい、社長と秘書がメンバーに入ったら問題になるだろうが!バカか?」
守山が冷静に、でも突き放すように言うと社長はニヤリと笑った。
「だからコレを発動させるんだよ。」
あ…それは。
目の前に出されたケースには見覚えのあるリングが入っている。
「オレがT2Wを始めるきっかけになった夢企画、理想鏡って言えばわかる、かな?」
もちろん知っている。でも結局は論文発表だけで、実際に商品化しなかったと話題になっていた。
理想鏡…ある定義に基づいて発生された幻覚をリアルに見せるもの。
幻覚を見せたい者(対象者)に細工を施したアイテムを取り付ける。そして発動源となるアイテムを正体を隠したいもの(発動者)が身に付けるだけなのだ。たったそれだけで、特殊な力が発動し定義づけられたアイテム同士がリンクし、対象者が思う姿が現れるという仕組みだ。大抵の場合、声からイメージした姿が幻覚としてそのまま現れるらしい。
「ただ、今回はちょっとプログラムを書き換えて欲しいんだ。岡崎、直哉くん。」
僕が?どうして守山ではなく僕が指名されているのだろうか。
「基本型だとそれぞれ違う姿をイメージしてしまう可能性が高いから、統一させたいんだ。」
つまり、発動して現れる姿を固定しろということか。それぐらいのプログラム変換なら僕じゃなくてもできるはずだ。だけど、何故この人は僕ができる前提で話をしているのだろう?
「そうだなぁ。二十代くらいの明るくて元気な小柄な女性、にしておこうか?」
「はぁ。」
いっそのこと、社長の好みのタイプですか?なんて冗談を言って笑えれば良かった。
「セイはチーム担当も担ってるから人員不足のためって理由にしておけば、そのままの姿で平気だよな?」
再び『セイ』という呼び方をしていることに気付き、ふと北條さんの名札を見て僕は納得した。ああ『北條誠一郎』だから、『セイ』さんなんだ。そんなどうでも良いところで二人の信頼し合っている関係性を垣間見た気がして、ちょっと嬉しくなった。
社長と秘書の関係を詳しく知っているわけではないが、どうしても上司と部下の印象が強いため、プライベートでの付き合いは殆どないと思っていた。でも、この二人にはそんな一般論なんて関係なく、気の合う親友の様な印象を感じた。
「それで、セイ…北條さんたちは何をするんですか?」
チームに入ってもらったところで、企画担当は僕、開発技術担当は守山と澤辺。あと必要なものといっても…
「私は広報部なので、技術補助よりも事務業務を担わしてもらおうと思っている。」
北條さんは腕組みをしてそう告げた。確かに、僕たち三人は完全に専門外だから、事務業務を手伝ってもらえるのは正直助かる。
「オレは足りないとこ補うわ。」
なんとなく学園祭や体育祭の実行委員みたいなノリの社長が嬉しそうに言う。
「いらねー。」
背を向けたままの守山が不機嫌な声で言う。しばらくその様子を黙って見つめていた社長が小さく笑い、守山の傍へと向かった。
「いつまでもガキみたいに拗ねてんじゃねぇよ。」
そのまま自然な流れで軽く頭に手を置かれた守山は、全力でその手を振り払う。
「うるせぇ!」
原因が何なのか見当もつかないけれど、この二人の仲が悪いことだけは一目瞭然だな。
「はいはい。…で、直ちゃん。どれくらいで書き換え完了できそう?」
社長は僕の方に向きを変えて、ごく普通に尋ねる。
え…?直、ちゃん…?
その時、完全に抜け落ちていた記憶が一斉に合わさっていく感覚に圧巻され、身動きがとれなくなった。
― ねぇ、直ちゃんも一緒に行こう。
いつだって一人でいた僕に差し出された小さな手。
― すごい!それすごく楽しそう。
両手を叩いて眩しい笑顔で話す声。
― うん。絶対良い。直ちゃんってすごいね。
何かを計画するといつもそう言って力強く頷いてくれた。
遠い昔…そう。あの日、僕たちが線路を挟んで会話をした夕暮れ。
「じゃあ。」
「うん。また…」
居心地の良い関係に終わりが訪れるなんて思っていなかった。
「戻ってくるから。」
「うん。ずっと待ってるよ。」
容赦なく遮断機が降りてきて、カンカンと鳴り響く音の中で交わした約束。
「約束、だよ。」
「うん。」
二人の間を何本も交差する電車を見送り、周囲が静けさを取り戻した時、すでに線路の向こう側には誰もいなかった。遮断機が上がっても僕はしばらくその場に佇み、じっと何かを見つめていた。
不意に、再会した時の守山の言葉を思い出した。
『約束を交わした同志』
でも僕が約束を交わしたのは守山ではない。もしかして、その相手って…
引越しすることになったと春ちゃんに言われた時、二人で作った秘密基地で交わした約束。
― 約束だよ、春ちゃん。僕、待ってるからね。
再会して、一緒に語り合った夢の国を作る事。それが僕たちの約束だ。
― いつか夢の国を作って、一緒に旅をしような。
どちらからともなく、小指を絡めてゆびきりをした。
「西尾、春、緋。春…ちゃん?」
やっぱりあの日僕が約束を交わしたのは守山じゃなく、春ちゃんだ。でも、じゃあ…なんで二人とも真実を隠したんだ?一体、そんなことをして何の意味があるんだ?
混乱している思考を整理するため、クシャクシャに丸めた消えかけの記憶の一ページをゆっくりと広げてみる。そこには色あせた僕たちが笑顔でゆびきりをしている姿があった。
僕たち…幼い僕と、春ちゃんの姿…
「あー。もしかしてオレ、自分でバラした?」
「救いようのないバカだな。」
難しい顔で一人困惑している僕を見て、呆れた様子の守山とほんの少し反省している様子の春ちゃ…社長が兄弟だと聞かされたのはその一時間ほど後の話だが、気持ちの整理すらできていない僕の思考回路が一瞬でショートした事は説明するまでもないだろう。
突然突きつけられた事実を簡単に受け入れることなんてできなかった僕は、なんとなく一人になりたくて仕事終わりに公園に立ち寄っていた。
「ここ、座っていい?」
「どうぞ。」
予期せず声を掛けられた僕は反射的に返事をし、ベンチから立ち上がる。
「え?ちょっ…ちょっと待って。」
慌てて腕にしがみついて僕を引き止めるほど、まだ話したいことがあるのだろうか?
「何か?」
掴まれた腕を無下に振りほどくでもなく、次の言葉を待つことにした。
「言い訳ぐらい、させてくれても良いんじゃない?」
真剣に言われているとわかっていながらも、なぜか僕は微笑んでいた。
「ペテン師の話?それとも虚言師?今更、嘘つきの話は…間に合ってるかも。」
ずっと会いたかった彼に、そんな突き放すような言葉しか言えない自分が怖くなる。だけど、もし真実を隠されていたことだけが彼を拒否している理由なのだとしたら、僕はかなり器の小さい生き物だと思う。
『この子の瞳、なんで色がないの?』
そう言って、母が気味悪がっていたっけ…
『コイツ、いつも感情がないみたいで何か怖いな。』
普段から近寄ることない父が言っていた。
どうしてだろう。
もう忘れていたはずの記憶が急に呼び起こされ、まるで呪文のように言われ続けていた言葉を思い出した。
誰も、僕なんか…いらないんだよね。だって、みんなと違うから…
― 僕と一緒に遊ぼう。ねぇ友達になろうよ。
僕は伝えたいその思いを、何度も言いかけたその言葉を、必死に飲み込んで生きてきたんだ。本当は一人でいることが怖かったのに、それ以上に拒まれることへの恐怖に耐えられなかったから。
『おまえなんか、いらない』
その言葉をみんなが声にしなかったのは、きっと必要以上に僕と関わりたくなくて、ずっと黙っていただけなんだろう?
もう思い出すことなんてないと思っていたのに…
「昔から時々そんな顔、してたよな。」
たぶん、今の僕は両親がよく言っていたような、冷たい瞳で彼を見つめているんだろうな。何ひとつ望みを知らない、感情のない表情で…
「周囲を警戒して、誰も寄せ付けないためのポーカーフェイス。」
そう。放っておいてくれという僕の心から発信されている合図だ。外見が違うというだけで、無意味に嫌われて、傷つけられるくらいなら一人でいた方が良かった。でも、ポーカーフェイスの理由に気付いているのなら…わかってくれるのなら、もう放っておいてくれないか?
「そういう顔するときって…一番、おまえがしんどい時だもんな。」
そう言って自分のことのようにつらそうで、今にも泣きそうな顔なのに、一生懸命笑う彼を見て、僕は息苦しくなり不意に目を反らした。
「ごめん、な。」
彼は深々と頭を下げて謝る。
「親の仕事の都合で引っ越したってことも、結局半分、嘘だった。でも、オレはずっとおまえとの約束を叶えるためにいろんなことを学んだ。会えない時間を無駄に過ごしたくなくて必死だった。その間もずっとおまえを探してたんだよ。」
本当は、異質な僕と仲良くなりすぎた彼を引き離すために、引っ越したのだという事…ちょっとだけ気付いてた。きっと認めたく、なかっただけなんだ。
「それから何年か後に、自分の意志でこの街に戻ってきて、やっと直を見つけたとき、すごく嬉しくて…やりかけのこと全部放り出して会いに行きたかった。でも…」
言葉が途切れ、彼がそっと溜め息を吐いたとき、僕はやっとまっすぐに彼を見ることができた。
「でも、オレ…動けなかった。」
「なんで?あ、もしかして見つけた僕に幻滅したから、とか?」
僕は卑屈っぽく言って、わざと笑ってみせた。
実際に、一番信頼していた春ちゃんがいなくなってすぐ、僕は迷うことなく即座に見えない砦を築き、再び一人で生きていくことを選んだ。その時すでに春ちゃんと約束を交わした僕は、もうどこにもいなかったはずだ。だから…幻滅されても、仕方がないだろうな。
「違う。」
彼はそう言って静かに首を横に振り、苦しそうに息を吐いた。
「オレが見つけた直の隣には…秋がいたから。」
守山と再会したのは高校入学の時だから、今から八年も前の話だ。
「受験を理由にして、オレより先にこの街に戻ったアイツは、当然だと言わんばかりにさっさと直に再会して、嬉しそうに何度も同じ話をしてた。」
あの守山が、嬉しそうに僕のことを話すなんて信じられない。
「その度に、なんか怖くなった。オレの知らない直がいて、何でもない日常の中でアイツと笑い合ってんのかって思ったら…すごく不安になった。」
怖いくらいの不安?僕のことでそんなに悩む必要なんて何もないはずだ。
「ずっと一緒にいたのはオレなのにって…ははは、何言ってんだろうな。オレ…」
苦笑しながら話す彼を、不思議な気持ちで見つめることしかできなかった。親からも疎まれるだけの存在だった僕に、当たり前のように笑ってくれた彼を、ずっと大切な親友だと思っていたから…突然いなくなった時のダメージは想像以上だった。
彼と出会う前と同じように、また一人の世界で生きていけば良いだけの話、なのに…僕にとっては人生の終わりかと思うほどに淋しくて、どうしようもない日々だった。
「あの時、親の仕事の都合で引っ越すって言われてたけど、本当は親の勝手な自己防衛なんだと知った時、すぐにでも帰りたいって思った。そんなことできないってわかっていたのに。」
まだ一人で思うように動けない子供だから、仕方なく親の言う事に従うしかなかったのだろう。ちゃんと彼の立場は理解しているつもりだ。
「何も言えず、何もできないことを何度も悔やんでいるオレの前で、アイツは…秋は親に反発した。自室に鍵をかけ、何日も食事すら拒否した。無理やり部屋から連れ出された時、大暴れして大変だったんだ。」
僕の知っている守山は、きっとそんなことしない。文句は言うだろうけど、結局は大人しく従いながら解決の糸口を探るだろう。まるで、今僕の目の前にいる彼…春ちゃんのように。
「羨ましかった。自分の感情のままに行動できるアイツが、すごく羨ましくて、眩しかった。」
真実を知った彼は、自分の気持ちを押し殺して耐えることを選んだのだろう。それが現状の最善策だったからだ。
「オレは与えられた環境の中で、経営者として第一線を生き抜いている父の元で多くのことを吸収してやろうと思った。いつかすべてを奪い取ってやるくらいの気持ちで必死になった。おまえとの約束を叶えるために必要不可欠なスキルをすべて手に入れることを決めた。」
思い描く世界を実現させる手段として、より多くの人を動かす力も必要になる。だからこそ、彼は各界で交流を深め、信頼を勝ち得た父親の経営術を学ぶことを選んだのだろう。
「おまえと…直とゆびきりした、大切な約束を叶えたい。ただその思いだけがオレを動かしていたんだと思う。」
彼がいなくなって、僕がそっと頭の片隅に放り投げてしまったあの時の約束を叶えるために、ずっと一人で頑張ってくれていたなんて…考えたこともなかった。
「オレなりに頑張っていたんだけどな。そんなオレを見ていた秋に何度も言われたことがある。」
僕はじっと彼を見つめて次の言葉を待つ。
「兄貴は勝手だよな。本当の理由も知らされないで、急に一人残されたアイツの気持ち、ちゃんとわかってんのかよ…って。」
僕の…気持ち?
「何も言わなかったけど、秋はちゃんと引越しの本当の理由に気付いていたんだろうな。」
だからこそ、あんなに暴れて自分の思いを親にぶつける事ができたんだろうな、と彼は付け足した。
「秋も、おまえの瞳のこと、気にしてたからな…」
「そう…なんだ。」
まぁ、気にならないって言い切る人が実在しているのなら、一度くらいは会ってみたいかもな。
「ただ…色素が薄いだけなのにね。」
僕はアルビノだ。髪も肌も通常よりは薄いけど、現状ほとんど気にならない。多くの人が存在しているこの街だからこそ、僕はひっそりと紛れることができているのだと思う。でも…さすがに瞳がアクアマリンみたいな色じゃ、カラコンに頼っても誤魔化しきれない。
僕がまだ幼い頃は、周囲の対応が特に酷かった。
人と違うことは間違いで、悪いことなのだという考えを常識として教え込む人たちがいた。そしてその人たちが騒いでいたせいだろうか…本来守ってくれるはずの両親さえ『普通じゃない』と、僕を気味悪がって関わることを拒んだ。
そしてそれに気付いた僕は、少しずつ周囲と関わることをやめた。距離を置くことが必要だと思い、なんとなく壁を作ることが一番正しいことだと思ってしまった。だから…いつの間にか一人でいる時間が増え、僕にとって最適な壁で守られた空間が居心地の良い場所になっていったのかもしれない。
どんなに傷ついても、悲しい思いをしても…ずっと平気な顔で過ごしていたのは、必要以上にいじめられたくなかったから。からかわれることもイヤだった僕の最大の自己防衛は、何が起こっても平気な顔でいることだったんだ。
そうすることでだんだんと僕なりの『平穏な日常』を手に入れることができた。
「オレも正直、初めて見たときは驚いたよ。」
それはきっと当然の反応だと思う。
「透き通るほどの淡いブルーの瞳。ずっと見ていたいって思うくらいキレイすぎて…本当に驚いた。」
「え?」
僕は思わず聞き返してしまっていた。
今の…きっと僕の…聞き違いだよな?僕の瞳をキレイだって、言ったのか?
何を言われたのか理解できないまま、真剣な表情でじっと見つめる僕に、少し照れた様子の彼はクスッと笑う。
「でもおまえ、いつも気にしていただろう?オレ、直が大切だから、できるだけ触れないようにしてた。」
僕のことを間違い(Error)だと評価する人たちはそこら中にいる。それが当たり前だと思っていた。イヤ…思い込んで生きてきた。それなのに、こんなにも自然に僕のことを『特別』なのだと言われたのは初めてだ。
「人と違うことをすべて間違いだって言うなら、全世界、間違いだらけだなぁ。」
そう言ってニッと口角を上げて笑う彼を見て、懐かしくなった。
「意図的に作り出す以外、何ひとつ、誰一人として全く同じモノなんて存在しない、よな?」
そんな当たり前のことをわざわざ確認されなくてもわかっている。それでも、自分と違う部分が多ければ多いほど、特別ではなく、異質なものだと認識されてしまうんだ。
「オレは…お前と交わした約束だったから、ずっと忘れなかったし、絶対に叶えるんだって思い続けてこられたんだ。」
秋との約束は破ったほうが多いんだけどな、と言って豪快に笑っている。
「なぁ。オレにとって直は、大切な存在なんだって…いい加減わかってくれね?まだ、伝わらないか?」
僕は出会ってからずっと、彼のことを少しも疑っていない。ただ、ちょっと不安だっただけなんだ。どんなに居心地の良い関係だったとしても、ふとした小さなことで何かがひっかかってしまう。その度にやっぱり僕自身の存在って、間違いなのだろうかと思って不安だったんだ。いつか、両親に言われたように…
『おまえなんかいらない』
と言われるんじゃないかって、怖かった。
でもそんな不安な気持ちは、僕の思い過ごしだった。少なくとも彼は僕のことをいつだって大切に思ってくれていたんだ。
「僕なりに…理解していると思うけど?は…春緋は何か不満なの?」
「直ちゃん!」
名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、僕の言葉が嬉しかったのかわからないけど、彼はいきなり僕に抱きついてきた。
「うわっ」
この状況に陥った原因が自分だということなんて、きっと頭にないよな。
勢いよく抱きついてきた彼のせいで、バランスを崩して倒れそうになった僕の身体を軽々と支えながら楽しそうに笑っていることが、何よりの証拠だろう。
「直、大丈夫か?」
「誰のせいだよ。」
多分この時やっと、僕たちは本当の意味で再会出来たのかもしれない。
「そういえば昔、オレと直が仲良し過ぎだって、秋がよく怒ってたなぁ。アイツ…本気でオレたちのこと別れさせようと必死になってたっけ。」
彼は何かを思い出してクスクスと楽しそうに笑っている。一体、僕たちの何を見てそんな勘違いをしたのだろうか。
「何?それ?どういう勘違い?」
誓って、僕は彼と恋人でも夫婦でもない。
「仲良しすぎるのがイヤだったみたいだぜ?疎外感、みたいなもんじゃないか?たぶん、今もアイツは怒ってる。」
「は?言ってる意味が…!え?」
その後、そっと耳元で告げられた言葉は、僕に信じられない程の衝撃を与えた。
「春緋の、ば、ばーか!」
「えー?なんでオレ?」
さっきからクスクスと楽しそうに笑うばかりで、全く反省している様子がない。
「でも、嘘じゃないもん。」
「直って秋の初恋の相手、だよ。」
たとえようのないくらい嬉しそうに話す彼に唖然としつつ、知らなかった事実をいくつも暴露されている僕は、ただただ困惑するしかなかった。
「おい。おっさん。余計なことばっかり話してんなよ!」
いきなり提供された、抱えきれないたくさんの出来事をどうするべきかと悩んでいたとき、いきなり背後からそんな声が聞こえた。
「わっ」
「お、秋。今帰りか?仕事熱心なのは良いけど、残業はやめろよなー。」
眉間にシワを寄せ、不機嫌そうな顔をしているのは、社長としての一面だろうか?
「誰のせいで仕事が増えたのかわかってんのか?」
そう言いながら、負けじと守山がキッと春緋を睨む。
「おい、直。おっさんに変なことされてないか?」
僕と春緋の間に割り込み、心配そうに尋ねる守山を見て、さっきの言葉が蘇る。
「あ、うん。何もない。大丈夫。僕、何も聞いてないから。」
どうにも落ち着かない気持ちを隠したくて、素っ気ない返事をしてしまった僕を見て、春緋はやっぱり笑っていた。
「兄貴はいっつも問題しか起こさねぇのな!」
守山が春緋に冷たい視線を向けて言い放ち、急に僕の手を掴んだ。
「直、帰ろうぜ。誰かさんのおかげで、明日もやること山ほどあるからな。」
不機嫌な表情で春緋を一瞥し、僕の手を掴んだまま歩き出す。公園の出口で不意に立ち止まった彼は振り向きもせずに春緋に告げる。
「兄貴が何を考えてるのか、知らないけど…直が手に入れたもん壊す気なら、俺全力で阻止すっから。」
僕が、手に入れたもの…それは、もしかして…
「オレはゆびきりした約束を叶えるために、直を迎えに来ただけだよ。」
春緋は余裕の笑みでそう答えた。
「それだけなら、いい。」
静かな声でそう言って、また歩き出した。もちろん僕の手を握ったままで。
僕が手に入れたもの…それはきっと、僕なりの平穏な、日々…
守山はそれに気付き、理解してくれているということなのだろうか…
メンバーの数が少ないという僕らの意見を尊重したと言えるのか、新たに社長自らがチームに加わり、いよいよ企画の最終打ち合わせをした。そして改善すべき問題点や試作、試運転の詳細まで期日を決める工程まで話が進んでいった結果、もちろん僕たちのやるべき仕事が増え、仕方なく残業することを強いられているのが現状だ。まぁ、途中で気晴らしにサボることもあるけれど…
「しばらく忙しくなりそうだなぁ。」
どう考えてもいつも以上に仕事量が増えているはずなのに、能天気な態度で現状の忙しさを楽しんでいる主犯を、僕たちは呆れて無言で見つめている。
とはいえ、一応社長の恩恵により、新たに発足された五人のチームで動き出した僕たちのプロジェクトは、三週間後に行われたイベント実行本部の本審査を通るという快挙を成し遂げ、正式に企画本採用の通知を受け取ることになったのだ。
「なおー!やったなぁ。」
弾ける笑顔で抱きついてくる春緋。
「こっからが真剣勝負だ!」
春緋を僕から強引に引き剥がすと、しっかりと工具を握り直し、気合いを入れる、秋。
「当然の結果だな。」
いつも通り腕を組み、どこまでも冷静な北條さん。
「おしっ」
と珍しく笑顔でガッツポーズを決めている、健太。
そして…
「マジで?嘘、だったりしないよなぁ?信じ、らんね…」
と一人現実から取り残されている、僕。
次の日、改めて社内放送で大々的に結果が公表された時、少し落ち着きを取り戻した僕たちはみんな笑顔でハイタッチをして喜んだ。
都市型遊園地『Wonder Dreams Park』のオープンに向け、それぞれ担当のエリアを決め動き始める前に、僕は春緋にある物を渡した。
「社長。これ、つけてみて下さい。」
「ペンダント?」
彼は不思議そうな表情で受け取ったが、素直に首にかけてくれた。彼に渡したペンダントは、本審査が行われている最中、僕が『理想鏡』のシステムを書き換えたものだ。
「ペンダントトップの中央が発動ボタンになっているので、オンにすると、つけている者をプログラミングした幻影の姿に変換させます。要するに誤認視覚の利用です。」
説明を聞きながら彼がボタンを押すと、そこには要望通りの小柄な女性が姿を現す。
「え?特に何も変わってないけど?」
僕はその言葉を聞いて、呆れて溜め息を吐く。
そもそもこんな鏡すらないこの部屋で、どうやって変化した姿を確認しようと思っていたのだろうか。半信半疑な彼を見て、仕方なく僕は自身のスマホで彼を撮影し、見せてあげた。
「わぁ。すっげー。本当に女の子になってる!」
変換システムを組み上げたプログラムによって、ショートヘアの明るく元気な女性の姿になった彼は驚きと喜びに浸っている。目の前で楽しそうにはしゃぐ姿を見て、もし幼い頃の春緋が女性として成長していたら、こんな感じだったかもしれないな…と想像して見惚れてしまった僕の心情は、秘密にしておこう。
僕は自身の中で仕切り直すため、咳払いをした。
「え、えーっと。声は自動で統計的に一番多いタイプの音声に変換されるから、普通に話してもらって問題ないです。」
「へぇ。じゃあ、このペンダントが変声機の役割も兼ねてるわけだ。」
「はい。そうです。」
僕の言葉を聞きながら、春緋は改めてペンダントを大切そうに眺めた。
「さすがは直だね。」
嬉しそうな笑顔を向けられ、一瞬春緋だということを忘れて内心ドキッとしてしまう。
「おはよぉ。あ、岡崎あのさぁ。オレの担当エリアのことなんだけど…?」
まだ眠そうに大きなあくびをしながら部屋に入ってきた守山は、僕を見つけた流れで話かけてきたのだけれど、急に言葉を飲み込んだ。
「なぁ。この子、誰?」
見たことのない女性がいることに気付き、僕にそっと問いかけてくる。
「えっと、社長…だよ。」
僕の答えに目を見開き、信じられない様子でもう一度女性の方をじっと見る。
「はぁ?あのバカ兄貴なわけないだろ!」
確かに春緋には見えないが、中身は紛れもなく彼なのだ。
「おい、秋。誰がバカ兄貴だ!謝れ!」
兄弟ゲンカの仲裁をする気はないが、できればその姿で言わないで欲しい。
「げっマジかー。」
発動ボタンで幻影を解除した彼は春緋の姿で守山の頭を殴った。
「いてっ」
その後も出勤してくるメンバーに対し同じことを繰り返す彼は、ただの新しいおもちゃを手に入れた悪ガキでしかなかった。
「社長、できるだけ、目立つ行動はしないでくださいね。」
注意しても無駄だと思ったけれど、心配要素しかない状況を把握し、念の為に釘を刺しておく。
「了解!」
そんな嬉しそうな顔で元気に返事されると不安が倍増する。一体、何をどこまで了解されたのか、僕に確認する勇気はない。
本部にメンバー登録する際の名目上、雑用係としてチームに加わり、パーク内においてはナビゲーションシステムの統括を担当してもらうことになった。
そしてその日の午後、休憩時間を終えた僕たちが仕事を再開していると、涼しい顔をして北條さんが戻ってきた。
「予算案承認されたぞ。」
「マジで?」
「すげー!」
無事に企画が本審査を通ったからといっても、あの難攻不落の経理担当から数時間で予算の承認を得てきた北條さんの手腕に驚き、きっとこの人ってバケモノなんだと思ってしまった。
「企画も予算も承認されたことだし、オレらも気合入れて動かないとなー。」
いつも通りマイペースで、適度に緊張感のない彼は、たぶん…忘れている。
「んで、バカ社長はいつまでその姿でいるつもりなんだ?」
守山が机に足を乗せ、椅子に背を預けた状態で春緋に問い掛ける。
「あ、すっかり忘れてた。」
ほら、やっぱり忘れている。守山に指摘されて初めて気付いたようだ。
「バカは放っておいてさっさと取り掛かろうぜ。」
開発ルームは勝手に訪問者が出入りできないようにセキュリティーが設定されている。だからこの部屋で『理想鏡』を使用しなくても良いのだけれど…気に入ってくれたのか、なかなか解除しない。
「外へ出るときだけ、気をつけてください。慣れない容姿だと疲れるでしょう?」
実際に身体が変化するわけではないので、彼自身に何の負担もない。でも、周りの視線って結構負担になるものだ。
「うん?わかった。気をつけるよ。」
「はい。」
相槌のような返事をして、僕は彼に『彼女』のネームプレートを渡した。
「くるみ?」
ネームを受け取った彼は不思議そうに呟いた。
「勝手に名前を考えました。…変えますか?」
不安げに問う僕に、彼は笑顔で首を横に振り、軽く手を挙げて言う。
「直、質問。」
「は…い。」
質問される内容の予測はついているのに、声が上擦ってしまう。
「なんで、くるみ?」
当然、聞かれるよな。
「くるみには、知性とか戦略の意味があるって。頭の回転がよくなる効果もあるそうで…社長に似合っているかなと思って、その…」
何かを隠して言葉を選びつつ話す僕を見透かすようにじっと見つめていた彼は、微かに優しい笑みを浮かべる。
「直。ありがとう。」
「え?何、が?」
誤魔化そうとしても、上手く言葉が見つからなかった。
「オレの誕生日、覚えてくれてただけで嬉しいわ。」
そう言ってネームプレートをそっとポケットに入れ、彼は理想鏡の発動を解除した。
「さて。次の会議、間に合うか?資料は?」
腕時計を確認し、北條さんに問い掛ける姿はすでにT2Wの取締役としての彼だった。
「はい。あと二十分あります。」
受け取った資料に目を通すのをやめて、僕らに向き直る。
「みんな、悪いが一旦席を外す。プロジェクトの進行、頼むな。」
慌ただしく部屋を出て行く二人の背を見送り、僕たちは仕事に取り掛かった。
さっき『くるみ』が三月十五日、春緋の誕生花でもあるからその名前にしたのだという、本当の理由を伝えなかった僕の…敢えて隠していた意図に気付いた彼の中にある膨大な知識や情報の多さ、そして思考の速さに驚いていた。
「ただ、カンが良いだけじゃないんだもんな。」
やっぱり、春ちゃんって、すごいや。
子供の頃に何度も思ったことをそっと心の中で呟き、彼の笑顔を思い出して僕は一人、微笑んでいた。
創立記念日に合わせてのオープンを目標に、僕たちの時間が動き出し、忙しない日々の中、順調に僕たちの夢が仕上がっていく。
パークには、出入り口を入国ゲート、出国ゲートとし、それらを含めて全部で七つのエリアを設けた。
入国ゲートには、はじまりの意味で、朝焼けの空をイメージして明るい橙色の旗を飾った。入国の際にはチケットにスタンプを押し、リストバンドを着けさせてもらう。そして自由参加ではあるが、スタンプラリーに使用するパスポート型のスタンプ帳を配布して旅のスタートとなる。
出国ゲートには旅立ちの朝に似合う、青空色の旗。記念グッズとして小さなトランクのキーホルダーをプレゼントし、リストバンドを回収する。
各エリアごとに色分けした旗を掲げるのは、特色を出すため、それとマップ上でも確認しやすくするためだ。
パークの奥からエリア1とし、イメージカラーに赤い旗を掲げた。
ここは絶叫マシーンなどを楽しめるエリアになっている。山頂を登っていくような雰囲気を味わえるボルタリング、荒波に揺れる海賊船やサーキットコースも用意した。
もちろんジェットコースターもある。メインのコースターは映像技術を駆使して、思わず息を止めてしまいそうな臨場感ある水中ジェットコースターとし、乗り物から時々水しぶきが出るなどの細工を施した。
担当者の春緋が好むアトラクションばかりで、子供のように弾ける笑顔ではしゃぎまわっている彼自身が一番楽しんでいる。
エリア2、ドキドキ体験エリア。旗は紫色。
お化け屋敷やダンジョン、ミラーハウスなどがある。ミラーハウスではすり抜けられる鏡や水鏡のように触れて遊べるものがある。迷子のダンジョンと名付けた理由である、一時的に移動する壁に右往左往しながら出口を探す仕掛けや突如現れる妖怪退治も人気が集まりそうだ。
定番のお化け屋敷は2パターン用意していて、可愛いお化けと散歩したり、道案内してもらったりする『Sweet』と背筋が冷やりとするほどの恐怖を味わえる『Bitter』があり、日替わりで登場する。
人を驚かすことを楽しんでいる担当者、秋が反応を見て上機嫌なのは言うまでもないが、ネーミングセンスが…チョコ好き過ぎだわ。きっと。
エリア3、夢のほのぼのエリア。明るい黄色の旗が空を泳ぐ。
どこの遊園地でも見かけるコーヒーカップや観覧車、メリーゴーランドなどがある。
コーヒーカップだけでなく、様々なグラスを用意したところが見所。見える景色が変化するソーダグラスがおすすめだ。
メリーゴーランドは可愛い動物バージョンと、カッコイイ車やバイクバージョンがあるので、見ている側も十分楽しめる。観覧車も一つずつ内装が変わるので何度乗っても新鮮さと驚きが得られるだろう。
担当した健太が意外とメルヘンチックな一面を持っている事に、メンバー全員が驚いていたが、帰宅途中、毎日ご飯を持って捨て猫たちに会いに行っている姿を知る僕としては、納得しかなかった。
エリア4、憩いと探求のエリア。森の奥をイメージして緑色の旗。
担当した僕としては、もちろん子供たちの探究心の高さを考慮し、お菓子の城を中心に絵本やゲームの世界を体感してもらえるよう、音が鳴る床や柔らかい壁、光る階段、動き出す絵などの仕掛けを施した。もちろん、親が休憩できる雲のソファーも用意してある。
メンバーたちからは『創造力がガキだ』と笑われたが、春緋だけは満面の笑みで僕の頭を撫でてくれた。
最後に中央部。おみやげエリアとイベントエリアを設け、問い合わせの総合窓口も統括できるようにし、落ち着きのある藍色の旗を選んだ。
もちろん、担当者は一番落ち着きのあるセイ…北條さんだ。
面倒なことを押し付けたようにも見えるが、お客さんの視点で店内装飾の細部まで拘って取り組んでくれたし、イベント活動にも好意的な興味を持ってくれたから、結局全面的に任せてしまった。
「まさにこれ以上ない適役だなぁ」
と言って春緋は笑っていた。
そしてエリア同士を繋ぐ道も念入りな調整を繰り返し、もちろん遊び心でサプライズ企画も忘れずに仕組んでおいた。
パーク内を旅行中、特定のスタッフから合言葉『Trip?』と聞かれたら『Trap』と答える。プレゼントとしてステッカーや各エリアのスカーフ、花や風船などを用意している。余談として、事前申し込みが必要だけれど、記念日のお祝いイベントのお手伝いをさせてもらう特別企画もある。
「各エリア、試運転はどんな感じ?」
僕はパーク内をチェックしながら歩き回り、インカムで全員に呼びかける。
「エリア2、問題な…あっ冷風設備をもうちょい強化したい。」
「了解。調整する。」
マップに書き込み、すぐに手配の連絡をした。
「エリア3、順調だ。」
「ありがとう。」
「エリア1。楽しすぎてヤバイかもー。」
おいおい…
「バカ兄貴!ちゃんと仕事しろ!」
「社長、ほどほどにしてくださいね。」
インカムの向こうから返事はなく、笑い声が聞こえている。きっと僕たちの声なんて届いていない。
「中央、入出国ゲート問題なし。各エリアとの通信もOKだ。」
「ありがとうございます。エリア4も順調です。各自あと三十分程度で作業を終えて中央部に集合してください。」
メンバー全員から、了解の返答を受け、僕は担当エリアの最終確認を始めた。
三十分後、集まった僕たちはそれぞれの仕事を終え、各エリアが問題なく全ての作業を完了したことを報告し合った。
「あとはオープンするだけだな。」
ポケットから取り出したチョコを食べながら秋が言った。
「守山くん、仕事中―。」
くるみの姿で社長が冷たく言う。
「アンタにだけは言われたくねぇわ。」
相変わらず顔を合わせると文句ばかり言い合っているけれど、本当は仲良しなんだよな、と二人を見て微笑む。健太と北條さんも慣れてきたのか、苦笑しながら見つめている。
いろんなことに対して、初めはどうなることかと心配だったけれど、思いつきで始めた僕の企画を認め、最後まで諦めずに一緒に作り上げてくれた事が何よりも嬉しかった。
「みんな、本当にありがとう。」
その言葉に反応して、みんなの視線が僕に集まる。でも、今は何も怖くなんてなかった。ずっと恐怖でしかなかった視線なのに、少しも怖くない。
「直の企画、楽しいと思ったから。」
彼の少しぶっきらぼうな口調が今では照れ隠しなのだとわかる。名前で呼ぶことにもちょっとずつ慣れてくれたみたいで嬉しい。
「ありがとう、健太。」
顔を背け、ヘッドフォンを付け損ねた彼の耳が真っ赤に染まっていることに気付き、つい笑みが溢れた。
「さあて。我がT2Wの創立記念、盛大にいこうか!」
春緋の言葉にみんなが答え、僕たちはお互いに讃え合った。
そして迎えたプレオープン当日。
招待客たちが見守る中、開園式が始まる。
できるだけ堅苦しくならないようにと、スピーチや祝辞の時間を短縮し、スピーディーな式にした。もちろん、パークで過ごしてもらう時間を確保するためだ。
オープン当日は社長の創立記念スピーチがメインになるから、今日、春緋はくるみとして僕たちの隣にいる。
「では、プレオープン記念のくす玉を割って頂きましょう。どうぞ!」
司会者の声に従い、主賓が勢いよく紐を引く瞬間、僕はとてつもなく嫌な予感がして、少し後ろにいる秋たちを見た。
「あ!」
僕の予想通り、くす玉は割れず、軽やかに主賓の頭上に落ちた。そして為す術もなく、ただ弾んで転がっていくくす玉を静かに見守っていた。
「おしい!もうちょっと!」
転がってきたくす玉に反応し、発動してしまったゴミ箱の声に招待客たちが爆笑したことは容易に想像がつくだろう。そんな騒ぎの中、あろうことか秋と春緋がハイタッチをし、健太は力強くガッツポーズをしていた。
北條さんと僕は頭を抱え、呆れるしかなかった。
「で、では、皆様夢の旅をお楽しみください。」
司会者が入国を促し、動き出した招待客のおかげでとりあえず彼らのイタズラはうやむやになってくれた、と思いたい。
終日大きなトラブルもエラーも起こらず、笑顔いっぱいの旅行者たちを見送り、僕たちの怒涛な一日が終わった。
パーク内の最終点検をして、中央部にあるスタッフルームへ向かうとすでにみんな戻ってきていた。
「あー。つかれたぁ。」
ソファーにもたれて秋が文句を言いながら項垂れている。その隣では健太が珍しく疲れた表情をしていた。
北條さんと春緋はノートパソコンと向き合い、何かの打ち合わせをしているようだ。僕は空いているソファーに座り、タブレットで報告書の仕上げを始める。
「直、ちょっといいか?」
静かな室内で報告書を書いていると、急に立ち上がった秋が僕に声を掛ける。
「うん?何?」
無言でドアの方を見やる彼に促され、僕は後を追うように部屋を出た。
ゆっくり階段を上がり建物の屋上に着いた。よく来ていたのか、秋は迷うことなくパークを一望出来る場所で立ち止まり、フェンス越しに眺めている。
「何か、あったのか?」
ぼくが尋ねても『別に』と呟くだけで、また僕らの間に静かな時間が流れていく。話があると言われたわけではないし、会話がなくても良いかと考え、隣に並んでパークに目を向けた時、秋がニヤリと笑った気がした。
「え?」
「びっくりしたか?」
その問い掛けに返事をするのを忘れて、僕はゆっくりと頷いた。
「俺さぁチビん時、兄貴の事がよくわかんなかったけど…どんだけ時が経っても関係なかったわ。やっぱり俺にはわかんねーわ。」
眼下に広がるパーク全体に大きなトランクが浮かび上がり、持ち手のところに結ばれているスカーフの色がランダムにエリア毎の旗の色に変化している。そして『Wonder Dreams Park』の文字が描かれていた。
「こんな仕掛け、誰が?」
「バカ兄貴しかいないじゃん?パークが本格的に始動する前に、おまえに見せたかったんだ。」
フェンスに背を預けて笑う秋の姿は、とても嬉しそうに見えた。
「一緒にいたはずなのに、何を考えているのかわからない兄貴のこと、なんか怖くなって気付いたらいつも避けてた。」
もしかしたら、兄貴の才能に憧れていただけなのかもしれないと言って、秋は照れたように笑う。
幼い頃の春緋はよく両親に怒られていたらしい。そんな兄の姿を見て学んだのは、バカなことはしないでおこう、だったと言う。それでも懲りずにイタズラを繰り返しては怒られ、使っていない部屋とか物置きとかに閉じ込められても、いつだって平気な顔で笑っていた春緋が、簡単に大人の思惑通りになるはずもなく、邪魔されない貴重な時間ができたと嬉しそうに話したいたらしい。
「あの頃から兄貴は…ずっと理想鏡のことを考えていたのかもしれない。」
「え?」
少し苦しそうに話す秋の方を見る。
「おまえの身体的な違和感を少しでも軽減させたかったんだろうな。」
もしかして、理想鏡って僕のために…?
「でも、俺はそんな兄貴のことが嫌いだった。見た目がどんな姿であっても、その存在を認めるべきなんだ。無理矢理本来の姿を変えてまで周囲に溶け込む必要なんてないだろって、反発したこともある。」
見た目が、どんな姿であっても?
あの頃の僕は、その見た目が原因で誰にも認めてもらえなかったんだ。誰にも、必要とされてもいなかった…
彼に、春緋に出会うまでずっと…
「誰が何を言っても、俺はおまえのことキレイだって思ってる。人と違うことが悪いことなのかよ?なんか間違ってんのか?」
今、みんなと一緒にいるこの世界は、僕にとっても少しずつ生きやすくなってきたけどね。でも、ずっと僕が砦の中で生きていた世界では、みんなと違うことは、間違い(Error)でしかなかったんだよ。
「だから俺は理想鏡なんて必要ないって何度も何度も言ったんだ。それなのに、兄貴は…アイツは言った。本…」
「本人がそれを願っているのなら、叶えるべきだろう?ってね。」
「春、緋…」
秋の言葉の続きは春緋自身が語ってくれた。
「二人で出て行ったから気になってついて来ちゃった。出るタイミングを逃しまくったけど。」
悪びれる様子もなく、そう言って春緋はクスッと笑う。
「趣味悪。盗み聞きかよ!」
強い口調で言い、秋は僕たちに背を向ける。
「直、オレが理想鏡を作った本当の理由、知りたい?本当の理由はね…」
静かに僕に近付いてきて、そっと耳元で話し出した。
「T2Wを設立して、不動の地位が欲しかったから、だよ。」
「え…?」
冷たい笑みを浮かべながら告げられた言葉は、僕に届いているはずなのに、意味がわからなかった。
自分の会社を設立し、地位や名誉が欲しかったという認識で良いのだろうか。その考えを否定するつもりなんてないけれど、でも…信じたくない気持ちの方が強いのは何故だろう。
「オレの存在を世界に認めさせるきっかけとして、研究発表のために直のことを利用していただけだ。」
その言葉に反応したのは、僕じゃなかった。
「おい!それ、どういう意味だよ!」
秋はすごい勢いで春緋の胸ぐらを掴んで、じっと睨みつけている。
「今、言った。もしかして聞いてなかった?研究目的のために、いつも一人でいた直と仲良くなって、望みを叶えたらどうなるのかを知りたかった。」
真実を語っているはずの春緋の言葉にも、表情にも感情が込められていないことに気付いた僕は、胸の奥が締め付けられているように痛くなった。
「テメェ、本気で言ってんのか!」
秋の目に怒りが露わになり、握り締めている拳が震えている。
「もちろん。だから、これで良いんだ。だって、直の望みもオレの夢も叶えられたから。もう、良いんだよ。」
春緋は何かを決意するかのように、そっと薬指のリングに触れている。
もう、良い?もういらないって事?
『おまえなんかいらない』
あ…もしかしてまた何か間違えたのかな?昔から僕は何をやっても上手くいかないんだ。きっと、また間違いだったんだ…ねぇ?誰か教えて?
何もかもわからなくなって、急に目の前が真っ暗になった時、不意にあの頃の事を思い出した。
二人で作った秘密基地で交わした約束。
― 約束だよ、春ちゃん。僕、待ってるからね。
再会して、一緒に語り合った夢の国を作る事。それが僕たちの約束だ。
― いつか夢の国を作って、一緒に旅をしような。
どちらからともなく、小指を絡めてゆびきりをした。
あの時の僕たちは、嘘じゃない。
たとえ、間違いでもいい。
僕は…それでもいいんだ。
「っこの…!」
秋が拳を振り上げ、春緋に殴りかかろうとしたとき、僕はやっと何かの呪縛から解き放たれた。
「僕は、春緋を信じてるよ。」
何を言われようと、何があろうと、僕の中に刻まれた記憶が真実なんだ。
― いつか忘れてしまう記憶(メモリー)なんていらないよ?
幼い頃の僕が哀しそうに問い掛ける。
そうじゃない。
― どうせいつか忘れてしまうのに…
幼い僕が淋しそうに俯く。
だから、そうじゃないんだよ。
― 僕は、いつか忘れ去られる記憶なんていらないんだ!
幼い頃の僕は泣き叫ぶ。
違う。違うんだよ。いらないものなんてないんだ。
僕は小さなその身体をぎゅっと抱きしめて優しく微笑む。
だって何があったって…
「僕は春緋との大切な記憶を、なくしたりしない。」
ずっと心の奥にしまっていたけれど、あの日のゆびきりと交わした約束も、大切な記憶なんだ。
「な…お。」
春緋が抱えているものが何なのかわからない。でも、彼がいつだって僕のことを大切に思ってくれているんだって信じている。
僕がまっすぐに見つめていることに気付いた彼は、ずっと触れていた薬指のリングから手を離した。
「直、オレ…」
思いつめた表情で首にかけているネックレスをぎゅっと握り締め何かを言おうとする彼に、優しく微笑んでゆっくりと頷く。
その言葉は…いらない。
「ねぇ、秋。迷子のダンジョンって絶対に出られなくなったりしない?」
「は?」
あの後僕は秋の怒りを鎮め、落ち込む春緋を慰め、やっと落ち着きを取り戻した僕たちは今、三人並んでパークを眺めている。
「僕でも平気かなぁ?」
方向音痴を極めていると言っても過言ではないと自負している僕は、アトラクションといっても、かなり心配だった。
「じゃあ。オレが直と一緒に行く。」
「はあ?」
さっきよりも不躾なほど呆れた声で秋が言う。
「二人とも、極度の方向音痴のくせに何考えてんだよ。俺の作ったアトラクションで迷宮入りすんなよ!このバカどもが!」
僕と春緋はそんな秋の姿を見て笑った。
「だって春緋のエリアは、僕ちょっと…」
「え?」
「ん?」
実は絶叫系が大の苦手な僕はそっと辞退するつもりでいたのだ。
「なんでだよー。」
残念だとばかりに詰め寄る春緋に対し、言葉を濁している僕を見て秋が笑い出す。
「直、おまえ絶叫系が苦手だったのか。」
からかうように笑いながら言う秋を見て、春緋が驚いている。
「えっマジか!じゃあ無理じゃん。」
そう言ってかなり落ち込んでしまった。
こんな時、僕のことを考えて無理強いしない春緋が好きだ。
「あ、じゃあ。オレが隣に乗ってやるわ。大丈夫!絶対怖くないよ。」
と言って無邪気に笑う彼が、悪魔に見えてきた。
…無理強いしない春緋が、好きだったなぁ…
「ムリ。絶対に乗らないって!」
残念なことに僕の言葉なんて届いていないようだ。二人は楽しそうに僕をネタにして笑い合っている。
「あ。オレ、直んとこのエリアで遊びたい。」
「お子様かよ。」
間髪入れずに秋が素っ気無く言うが、得意げな笑みを浮かべて春緋が煽る。
「へぇ。ゲームの世界って憧れるよなぁって言ってるのはお子様じゃないんだ。」
「お、おまえな!いつの話だよ。」
なんだか微笑ましい光景だなあと嬉しくなって言い合う二人を眺める。
「僕、健太のコーヒーカップが気になってるんだ。」
ソーダ水の入ったグラスはカラフルに色が変化するらしい。
「オレも。」
それぞれが担当して作り上げたエリアの魅力を、制作側ではなく思い切り楽しみたいと思っているのは僕だけではないようだ。
「でも、兄貴。一日スタッフの貸切りって…何の儲けにもならないだろう?いいのか?」
「もちろん。だってオレらのWonder Dreams Parkだもん。」
プレオープンの翌日、つまり明日は、スタッフ貸切りでパークのアトラクションを実体験しよう、という提案が社長自ら発表され、みんな驚きのあまり一瞬静まり返ったが、状況を理解した途端に歓喜の声が湧き上がった。
「明日は自動運転に切り替えて、みんなで遊びまくろう!」
一番楽しみにしているのは、やっぱり社長である春緋なのかもしれない。彼の嬉しそうな笑顔を見てそう思った。
そして迎えた当日。
参加したスタッフたちも、もちろん僕たちも不思議な夢の旅を楽しんだ。
最後にセイさんが担当してくれた中央部のフォトステージで記念撮影をすることになり、僕たちも特設広場でチーム全員の写真を初めて撮った。
この一瞬はきっと、どれだけの時が過ぎようとも忘れることのない記憶となるだろう。
「じゃ、お疲れー。」と秋が手を振る。
「また明日な。」と少し笑って健太が言う。
「全員、遅刻するなよ。」セイさんは常に真面目な人なのかも。
「おやすみー。」
そう言って疲れを知らない元気な笑顔で手を振る春緋は、なぜか僕の隣にいる。そのまま一緒にみんなを見送った後、春緋は僕と向き合った。
「直、いろいろとごめん。」
急に真剣な表情で頭を下げる彼に、僕はふわりと優しく笑う。
「だから、その言葉は…」
「いらなくない。ちゃんと謝るのは大切なことだ。」
僕はそんな彼のまっすぐな瞳を見つめ返すのがやっとで、何も言えなくなった。
「それから…ん。」
彼は言葉少なに顔を逸らし、小指を出した手を僕に向ける。
「え?」
「次の夢も、一緒に叶える約束。」
次の夢も…
「春緋…うん。約束、しよう。」
僕はそっと彼の小指に自身の小指を絡めた。ゆびきりを終え、解けた小指が名残惜しそうに離れかけた時、ぎゅっと手を握られた。
「な、に?」
「この手を離したりしない。何があってもオレは絶対に離さない、だから直、おまえも…この先何があっても、オレの手を離すな。」
その言葉の真意はわからないけれど、僕は迷わずに笑顔で応える。
「うん。離さない。春緋…ありがとう。」
彼の手のぬくもりとリングの冷たさが僕の記憶(メモリー)に深く刻み込まれた。
「今回ご依頼頂いた研究内容と結果報告書です。」
― 主たる生命体においての相違型、同系型への対応と順応性について ー
ケース1 相違型生命体への対応と順応性について。
外観に強い違和感が生じる場合、やはり順応しにくい傾向有り。今回『アルビノ』の特性を持つ個体にて経過観察を行い、ほぼ予想通りの結果を得た。
ケース2 類似型生命体への対応と順応性について。
ほぼ同系型だと視覚的ストレスは少ないが、性質や思考が異なる(正反対や同等などいくつかのタイプで実施)場合、反発が見られた。
これらの対象が集団で同じ空間を共有し、同じ目標(目的)を持って行動する中、どのような環境や心境の変化が生じるのかを観察対象とした。
たとえば水面に投石した時に広がる波紋のように、平穏な世界に異なる種を生存させることで発生するものがあるのか、あるのならば、一体何なのかという疑問を調査した。
結果としては概ね、予測していたパターンに該当したが、想定外の思考や行動を起こす対象が数名存在したことは貴重な結果といえよう。
何度もプログラムを修正、補強を繰り返すも根本的改善は見込めず、現在原因解明には至っていない。
不明瞭な部分が目立つため更なる改善が必要であるとの意見を頂いたが、この事案について今後検討する予定なし。
尚、正常プログラム起動の際に発生するいくつかの想定外の事柄を、我々は『誤作動(Error)』ではなく『進化(Evolution』であると考えている。
「報告書、確かに受領致しました。ご苦労様です。」
「ありがとうございます。」
執務秘書に深々と一礼をし、そのまま執務室のドアへ向かおうとした時、呼び止められた。
「ああ。言い忘れていた。本案件に関しては、この報告書の提出にて研究完了とする。今後、報告の義務はないので、後の判断はいつも通り君に委ねよう。」
知りたい情報は得たから、証拠隠滅しておけってか?相変わらず、やり方が自分勝手な事で…
「承知、致しました。では、失礼いたします。」
無表情で返答し、静かに退室した。
「終わりましたか?」
「うん。」
閉ざしたドアを見つめて、もう二度と来たくないなと思いながら、そっと息を吐く。
今回のこの研究について発表すれば、異論を唱える者たちが数多くいるだろう。だからこそ、執行部はあの報告書の存在を決して公にしない。
でも、きっと、それが一番良いんだ。
「今後の予定は?」
「理想としては現状維持、かな。」
まだ、しばらくの間はこのままでいたい。
研究対象であったはずの彼らに近づきすぎたのだろうか。手放すには惜しいと感じる居場所になっているようだ。
「なるほど。」
感慨深げに言いながら彼の視線が何かを見つめて留まった。
「それで?結局、教授と博士、どちらでお呼びすればよろしいですか?」
長期で取り組んで得た貴重な研究結果を公表すれば、それなりに高い評価を受けられるとわかっていても、そんなものに何の価値もない。それでも、いつだって執行部が勝手な解釈をするんだ。
報告書提出と引き換えに、口止め料の意味を込めて『特別教授』の胸章が授与された。
「どっちもいらない。」
真剣な顔で問う意味があるのだろうか?呼びたいのなら、好きに呼べばいい。
「相変わらず、欲のない方だ。」
胸章から視線を外し、呆れた声で言った彼は軽く溜め息を吐き、また同じ質問を繰り返す。
「教授と博士、どちらがよろしいですか?」
答えずに、しばらくじっと彼を見つめて、無言のまま顔を背ける。
「そっか。もう…直って呼んでくれないんだ。」
「え?」
予想外の僕の言葉を聞いて、やっと彼の表情にいつもの柔らかさが戻った。
「ばーか。おまえはずっと『なお』だよ。」
彼は優しく言って笑った。
「じゃ、帰ろうか。直。」
窮屈そうに止めていたジャケットのボタンを全部外し、ポケットに手を突っ込んで見慣れた笑顔を見せる彼の背中を追いかける。
「あ、春緋。待って。」
ゆっくり歩いても、僕が間に合わないことを把握しているのだろう。振り向いて僕の位置を確かめもしない。
そして僕に背を向けたまま、躊躇いながらも彼はそっと薬指のリングを外した…
「プログラムを停止します。」
無機質な音声がして、動作が止まった。
「直、ちょっとだけ眠っててな。」
オレは振り返り、さっき外したリングを直の指にはめた。そしてゆびきりをする代わりにその手をぎゅっと握る。
今回、オレに課せられた依頼は「岡崎直哉」の行動観察。アルビノの特性を持つ彼が周囲から拒まれ、一人きりの状態でどうやって生きていくのか…そして外見に関係なく受け入れられた時、何が変化するのかを見定める役割だった。
彼はもちろん、何も知らない。
知らないままに「岡崎直哉」として生きている。結果として、何度もErrorを起こしながら、執行部の思惑なんて物ともせず、彼はまっすぐに素直な感情と確かな仲間を手に入れた。
「ざまあないな。」
そう言ってオレは微笑みながらそっと直の頬に触れる。
滅びかけの世界を再建、保持していく為だという表向きの名目を引っさげて、執行部は今までも、好き勝手に異質な境遇設定し、その中で生き抜く生命体の様を研究させられてきたが、今回ばかりは私情を挟まずにはいられなかった。自分自身もまた、執行部の観察対象であると気付いていたから…
いつまでも、アイツらの勝手にはさせない。
「今回も、いつもどおり処分すれば良いのか?」
すでに数え切れないほど繰り返したやり取りと、聞き慣れているはずの声に、何故かゾクッとした。
「…しない。」
「ん?何だって?」
オレの声が届いていないらしく、彼は眉間にシワを寄せて聞き返す。
「処分しない。セイ、勝手なことするなよ?ちゃんと直を部屋に連れて行って。わかった?社長命令だからね。オレは一旦自室に戻る。」
今になって、知らなかった『大切なものを失う恐怖』という感情と出会ってしまった。それを必死に振り払おうとしているのだと気付かれたくなくて、できるだけ平静を装う。
もう間違った判断なんてしたくないから…
誰がなんと言おうと、これから先も絶対に彼らを…直を処分なんてさせない。
「…セイ。直を部屋に連れて行って。」
「次の会議は午後三時です。」
呆れた表情で大袈裟なため息とともに告げられ、反射的に腕時計を確認する。
あと三十分もないじゃん…
束の間の休息、てか?ため息を吐きたいのはオレだわ…
「了解。覚えてたら行くわー。」
「来なかったらお迎えに参ります。」
壁にもたれたまま話す、ちょっと傲慢なオレの信頼できる相棒に手を振り、歩き出す。
「なぁ春緋。」
彼の前を通り過ぎる刹那、珍しく名前を呼ばれた。
「なあに?」
「厳重注意の重要機密プロジェクト、なんじゃないのか?」
オレは歩みを止め、怪訝な顔で尋ねる彼に笑顔を向ける。
「うん。そうだな。」
「なら、どうして処分を拒む?」
理解できないって表情をしているけれど、オレはわかってる。だってその瞳の奥にある想いはきっとオレと同じだから。大切なものを失いたくはないよな。
「春緋?」
何も答えずただ微笑んでいるオレを不思議に思ったのか、不気味に思ったのかはわからないけれど、彼は不安そうにもう一度オレの名前を呼んだ。
「処分する必要ないから。」
十分な理由だ。
それだけを伝えて、再び自室へと歩き出した。
部屋へ戻り、ドアを閉めてオレはその場に倒れ込んだ。
「はぁ…」
― いつか忘れてしまう記憶(メモリー)なんていらない。
「どうせ、いつか忘れるのに…」
― 僕は、いつか忘れ去られる記憶なんていらないんだ。でも、何があったって本当に大切な記憶を失ったりはしないんだよ。
「直の、ばーか。」
オレはおまえに感情チップを組み込んでいないのに、どうしてあんなふうに何度も誤作動(Error)を起こしたのだろうか。あの時だって…
― 僕は春緋を信じてるよ。
あの時オレは、直を…直の記憶をリセットしようとしていたのに。
中間報告の度に執行部から、制御できなくなると厄介だという不可解な理由だけで、繰り返し破棄しろと指示が出ていたが、できなかった。破棄できないから、せめて記憶をリセットしようと思ったんだ。でも、それさえもできなかった。できるはずがないんだ。
だって…
「だって、オレたちは不完全な最高傑作だもんな。」
そう言って微笑んでみる。
自分の意思を持って、いろんなことを感じて生きているんだから、間違いだらけで良いんだよ。
「早く、直に会いたい…」
でも…少し眠らないとな。オレも、おまえも。
直と過ごした時間を思い出しながら、オレはわずかな休息をとるためにゆっくりと目を閉じた。
閉ざしたはずの視界に文字が浮かび上がる。
『エラー 再起動しますか?』
耳鳴りのように数秒鳴り響いた警告音が止まり、部屋は静まり返っている。
再び浮かんだ文字が、ゆっくりと点滅している。
『エラー 再起動しますか?』
「社長、そろそろ会議のお時間です。」
遠くで聞き覚えのある声がした。
「社長?」
ドアを叩く音が聞こえる。
「おい、春緋!いるんだろ?おい!」
ドア越しに焦りを含んだセイの声が聞こえたオレは、目を閉じたままクスッと笑った。
改めてそんな事を問われても返答に困る。ここにいる僕たちの目的はただひとつだ。
「心配すんなって。簡単なことだよ。その書類に承認印をもらえれば問題ない。なっ」
彼は同意を求めて僕の方に振り返る。
無難にただの同席者としてやり過ごす予定だった僕を、たった一声で瞬時に渦中に引き込んでしまう彼の技は相変わらずだ。
でもその当人は、突然巻き込まれて焦っている僕にはお構いなしで、素知らぬ顔をしてポケットから取り出したチョコレートを頬張り、幸せに浸っている。
バン!
「だから!こんなもんに承認なんてできないと言ったはずだ。」
無惨にテーブルの上に投げつけられた『こんなもん』はなんだか所在なげに見えた。
「まったく。何度言えば理解できるんだ?このバカどもが!」
メガネ男は勢いよく机を叩いて立ち上がり、言葉を吐き捨てた。
一応、参考までに…僕がここに来るのは今日で七回目。という事は棘だらけのメガネ男のセリフを聞くのも、四苦八苦しながら何度も作り直した予算案を放り投げられるのも、七回目になるという事だ。
「ちゃんと聞いているのか?まったく、いつもいつもおまえは無理なことばかり…」
同席しているだけの僕でさえ、うんざりした気分なのだから正面で問い詰められている彼は、もっと大きなダメージを喰らっているだろうなと思い、憐れんだ気持ちで視線を向けた。
「あ、アイツ…また何も考えていないな。」
瞬間的に僕はすべてを理解してしまい、溜め息混じりに呟く。
どこか遠くを見ているような、何も見ていないような…掴みどころのない、いつも通りの姿が目の前にいる。
何を言っても反応がないことに対して、メガネ男は深く大きな溜め息を吐くと倒してしまった椅子を起こし、わざとらしく僕らに背を向けて座った。
「はぁ。まだ何もやっていないに、無理無理って。あー、うるさー。」
本音を言えば、彼の、ちょっと声のボリュームを間違えてしまったひとりごとだと思いたかった。でも、その言葉は紛れもない彼の本心。
「なぁ。」
彼はネクタイを緩めながら、退屈そうに目の前の背中に声を掛ける。
「なぁって。」
呼び掛けながら彼の手は、無造作に投げつけられた書類を奪い取り、躊躇なく破り始めた。
「おまえ…何やってんだ。気でも触れたか?」
さすがのメガネ男も紙を切り裂く音に慌てた様子で振り向く。
「なぁ。なんで無理ってわかるんだ?あ!ひょっとしておまえって…予言者だったりするわけ?」
ちょっとバカにした口調でそう言い、挑発的な笑みを浮かべる彼。そしてその挑発にしっかり引っかかったメガネ男は眉間にシワを深く刻み、誰が見ても明らかに怒っている。それでも彼は微塵も怯むことなく、ビリビリに破いた書類を勢いよく上空へと放り投げた。紙吹雪となり落ちてくるその様を眺める姿は、まるで舞い降りてくる雪を嬉しそうに見つめる子供みたいに無邪気だ。
「大体!初めから気に入らなかったんだ!そもそもおまえがいるチームの存在なんて、私は認めない!」
怒りに任せてバンッと再び机を叩く音に、僕の肩が思わず跳ねる。
こんな調子じゃ、今回もダメか…もしかしたらこの先も承認なんてしてもらえないかもしれない。でも…本当に嫌われすぎだよな。
まぁ高校時代の二人の関係よりはほんの少し進歩した気がするけど。あの時は顔を見ると常に殴り合う勢いだった。今も犬猿の仲なんて呼ばれているけれど、僕には少し成長した彼が、上手くからかっているようにしか見えない。だが、この際二人の問題はどうでも良い。提出した予算案が通らない限り、仕事をこれ以上進展させることができず、確認するまでもなく僕らが一番出遅れていることになる。その現実がプレッシャーとなって気持ちが焦ってくるのに、あろうことか彼は、目の前で起こっていることに対して顔色一つ変えず、頬杖をついたまま、目尻の涙がこぼれ落ちそうなほど大きなあくびをした。
「おい!聞いてんのか!」
僕は静かに、目立たないよう状況を見守っていたのだが、だんだん収集のつかなくなったメガネ男の怒りが爆発しそうだと悟った。とりあえず身の安全を確保することが最優先だと思い、そっとドアの近くへと移動した途端、勢いよくドアが開く。
バタン!
「守山ぁ。助けて!ボクの頭じゃこれ以上解決できないんだぁ。」
そう言いながらノックもせずにいきなり部屋に飛び込んできたのは、開発部のスタッフ。周囲のことなんて全く眼中にない様子で、まっすぐ守山のところへ駆け寄った。
「何作ってんの?」
差し出された小さな長方形を受け取りながら彼が…守山が問い掛ける。
「あ、興味ある?これはなぁ…」
開発スタッフがちょっと背伸びをし、胸を張って語りだそうとした時、僕の同僚である彼、守山が不思議そうに訪ねた。
「なんで翻訳機なんか作ってんの?」
「低コストで高性能なものを開発しろって、社長命令。」
今回のプロジェクト内容が関わっているのだろう。なかなか大規模な企画提示がされている事を考慮すると、来場者が多いはずだ。翻訳機が必要な場合を想定して開発部に命を下したと考えるのが妥当な線か。
「ふーん。理由なんてどうでもいいけど。」
守山は興味なさげに呟いた。
「とりあえす、集音性能を極限まで上げるだけで良いんじゃね?」
「まだ…悩んでいるところの話はしていないんだけど…」
飄々とした態度の守山を見て、開発スタッフは少し不思議そうな顔をしている。
「ん?」
ついさっきまでの殺伐としたメガネ男とのやり取りなんてなかったかのように、守山は受け取った翻訳機の基盤を真剣に見つめている。
「現状で高性能を目指すなら、正確な音を拾える事が最低条件、だろ?」
「まぁ、当然だなぁ。」
納得しているスタッフに翻訳機を返しながら、守山は続ける。
「それがクリアできないなら多種言語変換なんて論外。」
国によって言葉の発音やニュアンスが違っているのだから、確かに当然の事なのだろうが、基盤を見ただけで改善点の予測を立ててしまう彼は、やはりすごい技術者だ。
「適当に翻訳機と伝言ゲームしたけりゃ…話は別だけどな。」
いたずらな笑顔で言う彼を見て、僕は日常的にズレている彼の思考を痛感していた。
翻訳機と伝言ゲーム、ね。そりゃ、見当違いの言葉に変換されたら困るわな。
「異国の人たちと伝言ゲーム?なんだその楽しいだけの性能は!うーん。そうかぁ。」
おいおい…
勝手に提案として受け取ったスタッフは腕組みをして難しい表情で悩みだした。
この状況って…もしかしなくてもまた一人独創的な人種が増えたって事か?
「お遊び機能として付けてみるのも、ありか?」
「おー。ははは。良いんじゃね?」
五十歩百歩、類は友を呼ぶ、同じ穴のムジナ、どんぐりの…
二人はなんだか楽しそうだけれど、こんな状態では僕の成す術がない。さて…こういう場合はどうするべきか。
「無駄な事って思ってもさぁ、結構大事なもんが多いよな。」
「だよなぁ。」
すでに僕にはよくわからない世界観の中、うんうんと納得しながらお互いに何度も頷いている。
「必要なもんばっかりじゃ息苦しいわ。当たり前じゃない事に出会うからこそ良いんだよ。無理なことに挑戦するから楽しいんだよな。なんかさぁ、歪なガラクタん中に埋もれてると、理由なんてわかんねぇけど、どうしようもなく生きてんなぁって思わね?」
目を細めて幸せな笑顔で話しているのは間違いなく守山なのに、不意に知らない存在に思えた。
急にのんびりとした印象が消え、じっと何かを見据えているその先には、きっと彼の求めているものがあるのだろう。その眼差しに宿る強い光は百戦錬磨の鷹のように鋭い。
時が満ちるのを待っているのだろうか…
ごく稀に見るそんな彼に見惚れてしまう程、その表情が結構好きだということは…伏せておこう。
「おい!」
放置されていたことに気付いたのか、気に入らなかったのか定かではないが、メガネ男が僕たちに向けて怒っていることだけは事実のようだ。
「私は忙しいのだ!用がないのならさっさと出て行け!」
いつも以上に怒っているとわかっていながら彼は更に煽りをかける。
「ありゃ鬼だな。」
少し離れたところで開発コンビは楽しそうに指でツノを作って遊んでいた。
「も、守山!貴様!」
「失礼しました!」
僕は彼らを引っ張りながら鬼の棲家…いや、高校時代の最悪な同級生がいる経理管理室を出た。
今更思案したところで、今回の予算案も承認される見込みなんてない。早急に別の方法を考えないとな。
「はぁ。この部屋に来るのって、ホント疲れるわ。」
そんな守山の嘆きに頷き、閉めたドアにそっと背を預けて僕たちは溜め息を吐いた。
「じゃ、ボクは戻るね。守山、ありがとう。」
途中で乱入してきた開発スタッフは鼻歌を歌いながら上機嫌で戻っていく。
「俺らも行くか。」
「うん。予算案の組み直しをしないとね。」
たぶん、何度書類を提出しても承認されることは難しいだろうが。
「経理担当が変わんねぇと、俺らの予算なんて通らないぜ?きっと。」
「やっぱり、そう思う?」
そんな前途多難な話をしながら歩いていると、守山の携帯が鳴った。
「おー、俺。…はぁ?おまえ、また寝ぼけてんだろう?」
無造作にポケットから携帯を取り出し対応を始めた彼は、終始怪訝な表情で話している。
「…うん。わかった。今一緒だから、すぐ戻るわ。」
通話を終えると、少し後ろにいた僕に向かって彼は困惑しながら笑った。
「俺らの企画書、第一審査を通ったらしい。」
「え?マジ…で?」
彼の言葉を容易に信じることができず、もしかしたら目の前の現実すべてが夢でした、なんて事になるんじゃないかと思った。
あんな意外性のカケラもない、単純な思いつきだらけのいい加減な企画書が通るなんて…ウチの会社って本当は業績が悪くて自棄を起こしているのではないだろうかと、疑念すら抱きそうになる。
「やっぱ…僕は、間違ったのかもな。」
小さく呟き、そっと目を閉じた。
去る二月。
僕は数々の企業から嫌がらせの如く、不採用通知を送りつけられていた。その結果、右も左も、前も後ろも…それこそ見事な八方塞がり状態に陥っていったのだ。
そんな日々の中、足元がどんどん沈んでいく錯覚に襲われながらも、とりあえず息をすることだけはやめなかった諦めの悪い僕に、一通の採用通知が届いた。
第一志望の有名な広告イベント会社…からではなく、受けた覚えすらない社名で、しかもそれが僕の志望した会社のライバル社だなんて、一体何の冗談だと思った。
「もしかして、僕のご先祖は何か良くない行いをしたのだろうか?」
時空を越え、誰かの呪いが僕の人生を狂わせているのだとしたら?
なんて…
「あー。バカバカしい。」
誰かのせいじゃなく、原因が自分にあるのだとわかっている。自分の力不足がもたらした結果だということくらい、重々承知しているんだ。
「はぁ。」
僕はベッドにゴロンと寝転び、大きな溜め息を吐いた。
何かの手違いで届いたであろう、唯一の採用通知の宛先は間違いなく僕だ。しばらく手にした封筒を眺めていると、自分勝手な思い込みが発動し、もしかしたら僕が目指す世界に一番近い場所からの招待状なのかもしれないと思えてきた。
「騙されてみるか?」
封筒に刻印されている会社名『Trip Trap World.Co(からくりの世界を旅する企業)』を指で弾いた。
そして、あっという間に入社式当日を迎えた僕は、何度もぐだぐだと迷いながらも同封されていた案内に従って地図の順路を辿っている。
「ここで間違いない、よなぁ。」
無事、目的地に到着したものの、実際の建物を見て驚いた。
「噂と違い過ぎないか?」
社長の素行が悪いという話は有名だが…業績悪化?経営破綻?脱税疑惑?そんな噂を流したのって一体誰だよ。もしそれらすべてが事実だって言うのなら、今僕の目の前にあるこの建物は何なんだ?
「最上階には展望台が…って洒落にもなんねぇわ。」
単なる冗談のつもりが、そびえ立つ高層ビルを見上げていると、あながち事実に近い想像のような気がして笑顔が引きつった。
もしかして…僕はまた、間違っているのかな。急に不安になり、ギュッと目を閉じた。
「ねぇ。ここの人?」
明るく元気な声で問いかけられ、ポンッと背中を叩かれた拍子に振り返ると、キャップを目深に被った小柄な女性がいた。
「え、と…いや。まだ、ちょっと悩み中というか…」
どうして僕は真面目に答えようとしているのだろう。一体この人は誰なのだろうか?
オフィス街には似つかわしくないカジュアルな格好をした女性はじっと僕を見ている。
「ふーん。」
興味なさそうに言って、僕から視線を外しゆっくりと周囲を見回した。
そんな彼女の様子を見て、何かが頭を過ぎった。ちゃんと思い出すことはできないけれど、その面影に懐かしさを感じる。どこかで…会ったことがあるような気がしていた。
「あ。キミは?こんなところで何をしているの?」
「あのね…」
尋ねた僕に柔らかく微笑んで彼女が何かを言いかけた時、
「社長!」
男の叫ぶ声に遮られた。
「社長。こんな所にいらしたのですね。また会議の途中で抜け出して!」
理由は不明だが男の言葉は、僕の目の前にいる彼女に向けられているようだ。
「別にいてもいなくても同じだろうが。」
ため息混じりに吐き捨てられた言葉が耳を掠める。
え?今…なんて言った?
彼女は少し下を向いているせいで表情がよく見えないが、つまらなさそうな雰囲気だけは伝わってくる。
「社長。何度もお願い申し上げておりますが、会議がつまらないという理由で勝手に抜け出すのは、いい加減おやめ頂きたい。」
「わかってるって。でもさぁ。」
その姿からは想像しがたい態度で、腕組みをした男と対等に会話している様子は異様な光景でしかない。
「文句ばかりではなく、行動なさってください。」
「はいはいはい。」
悪びれもせずクスッと笑う彼女は、この状況を面白がっているように見える。
「あと一時間で入社式です。」
「わかってる。そのセリフ、聞き飽きたって。」
男は頭に手を添えて深い溜め息を吐いた。
きっと何度も同じことを繰り返しているのだろうなと思い、ほんの少しだけ同情した。
「誰のせいですか。入社前に取引先に顔を出すなんて勝手な予定を入れるし、先日だって大事な会議を欠席するし…ご自分がどんな立場なのかわかっているのですか?」
「おまえさぁ、最近小言が増えたよな。」
楽しそうに笑う彼女は、じっと僕の方に向きなおし、右手の小指にあるリングをそっと外した。
「え…?」
思わず、声が漏れた僕に対して、その人はいたずらな笑みを見せた。
「あ…れ?」
本当に瞬きをしたその一瞬で、今までそこにいた女性は消え、僕と同年代くらいの、スーツを着た男が立っていた。それは、紛れもなくネットでよく見るT2Wの社長だった。
「どういう、事?」
百聞は一見に如かず、なんて言葉は…嘘なのかもしれない。間違いなく目の前で起こったことなのに、何も理解できない。
「社長。急いでください!行きますよ。」
「しつこいって。何度も呼ぶなよ。今行くから。」
足取りは重いが何度も促されながら、用意されている車の方へ歩き出す。
「じゃ、また後でね。岡崎、直哉くん。」
不意に僕の方に振り返った彼は、人懐っこい笑顔でそう言い軽く手を挙げた後、車に乗り込んだ。
「名前…なんで?」
どこかで面識があるわけもないのに、何故彼は僕の名前を知っていたのだろうか。名前だけじゃない。あの様子からするとたぶん、彼は僕のことを知っている。いろいろと話題になっている彼のことを多くの人が知っているのは当然だが、僕の存在を知っているはずがない。だけどもし、どこかで会っているのなら不可解なことではない。じゃあ一体、いつ出会ったというのだろうか。
「思い出せもしないや。でも…」
彼女の面影を見て感じた懐かしさを、気のせいではないと思いたい。
彼女のいたずらな笑みと、彼の人懐っこい笑顔が、長い間僕の中で眠っている何かを目覚めさせようとしているかもしれない。
「何が、どうなっているんだ?」
気になるが、考えても答えが見つかるとは思えない。
そんなことよりも、さっきのは何だったんだ?
声を掛けられて振り向いた僕の前には、確かに女性がいた。でも、一瞬でスーツを着た男性に変わった。そんなことどう考えても有り得ない。じゃあ、何が起こったというんだ?
「あ、指輪?」
彼女が小指のリングを外した時、彼が現れたということは…あのリングに何か仕掛けがあるのか?
「あー!もぉわかんねぇ!」
考えるほどにグチャグチャになっていく頭の片隅で、ふと誰かの声がする。
『どうせ、そのうち忘れるんだろ?』
その言葉に僕は人知れず溜め息を吐く。
「そう、だな。」
いきものたちは時の流れの中で忘却の一途を辿る。幸せな記憶ですらいつか薄れていく。
『いつか忘れる記憶(メモリー)なんていらない。』って、誰が言ってたっけ?
「では続きまして、社長の挨拶…なのですが、急用のため只今車で移動中との報告を受けております。しばらくの間、こちらをご覧下さい。」
司会の言葉に反応し、静かだった会場が少しザワつき出した。
そう。
一時間ほど前に社長を迎えに来た男が言っていた通り、今まさに入社式の真っ最中なのだ。
行き先までは知らないが、あんな時間に出かけていったのだからもちろん予想はしていた。案の定、まだ会場に社長が到着していないらしく、ステージ上に設置してあるスクリーンが準備され、移動中の映像が流れ始めた。
「大事な入社式に間に合わなくて申し訳ない。どうしても外せない急用だと、事情を察していただけると幸いだ。」
急用…ね。この社長の場合、素行が悪いというより、自分勝手に動き回っているだけのような気がする。ただ、その行動力の速さと順応性の高さは素直にすごいと感心できる。
問題があるとすれば、社内に於いてすべての始まりに繋がる社長の思考を、インスピレーションと呼ぶのか、気まぐれな思いつきと呼ぶのか、という点だろうか。
「さて。今更、自己紹介をするのも変な感じだよな。たぶん会場にいるキミたちはこの企業の業績や評価を少しは調べているだろう。そのついでにオレの事を調べた物好きな奴もいるよな?」
バンッと会場のドアが開き現れたのは、今までスクリーンに映っていた社長だった。ヘッドマイクをつけて颯爽と壇上を歩く姿に視線が集まる。中央の演説台に到着した彼は、ゆっくりと会場全体を見渡し、誰かに気付いた様子で一瞬目を見開いたが、すぐに不敵な笑みを浮かべ話し始めた。
「オレは西尾春緋だ。ご存知のとおりこのT2Wの代表取締役をしている。」
多少砕けた口調だけれど、お決まりのセリフから始まった社長の挨拶に、新入社員はもちろん、出席している他の社員や関係者たちも必要以上に神妙な顔つきで社長を見ている。
「今日からキミたちはここの社員となる機会を手にしたわけだが…まぁ、最終決断は自らで行ってくれ。」
最終決断って、何だ?
「てことで、後の段取り説明はよろしく。北條。」
そう言って社長は司会の男を手招きで呼び寄せ、自身はステージ後方で待機している男に声を掛け会場から出て行った。
あの人、北條さんっていうんだ。会議を抜け出した社長を探していたり、常に行動を共にしている様子だから、きっと社長秘書なんだろうな。いかにも仕事ができそうだけれど、僕はちょっと苦手なタイプかな。
「では、説明を始めます。まずお手元の書類にある、入社についての注意事項をご確認いただき、理解できた方から必要事項を記入し、行動してください。」
僕は封筒から出した書類に目を通し、なるほど見事な合理的手法だわと思い苦笑した。
要するに入社希望の者は誓約書と契約書に署名をし、書類提出後に別室へ移動、指示を待てという事だ。つまり、他の会社から内定をもらっていたり、現状悩んでいたりと…何らかの事情により入社辞退する者たちはさっさと帰れ、という事らしい。
正式入社する前に新入社員の最終的な意欲調査をして選別を図る、本来は入社後に行う企業側の手間を省いているのだろう。
「希望部署がある場合は、忘れずに記入しておいて下さい。」
渡された書類に必要事項を書き終えた僕は、受付手続きをしている北條さんに提出した。彼は手際よく内容を確認すると、社員証と携帯、社員章のピンバッジを渡してくれた。
案内係の腕章を付けたスタッフの後に続き歩いていく。
「担当スタッフが呼びに来るまでこちらで待機し、指示に従ってください。」
事務的な対応で通された会議室には、すでに数人の新入社員がいた。仕方なく部屋に入り、目立たないよう一番奥の席に座る。
この部屋でいつ来るのかもわからない担当者を待つのか。
「息、詰まりそ…」
無意識に溜め息を吐く自身に気付き、苦笑した。
今、何時だろう…
次々と呼ばれて移動していく新入社員たちを見送りつつ、ほぼ人の気配を感じなくなった室内をそれとなく見渡す。
「へぇ。僕以外にも残ってたんだ。」
どういう基準で呼びに来ているのか知らされていないけれど、なんとなく予想通りなかなか声の掛からない自分以外、残っている人がいる事を少し不思議に感じながら、部屋にいる二人の姿をそっと見やる。
あれ?アイツ…知ってる。
窓際の最前列の席で頬杖をつき、外の景色を眺めては退屈そうに何度もあくびを繰り返している姿を見て、高校の時にいた同級生を思い出した。
「守山秋。」
その時大きなあくびをしながら、彼が振り向いた。
「守山、いないのか?」
やっぱりアイツだ。
「はーい。いるいる。」
手を振って返事をする彼は、まるでファンサービスをしているアーティストみたいに見えた。
相変わらず、お調子者って感じだな…
守山、秋。僕とは違っていて、いつも隣には誰かがいた。本人が望んでいたのか、勝手に集まって来るのか知らないけれど、確かに頼れるヤツで明るい性格だからこそ、人望の厚いタイプだった。何度か話したこともあるし、一緒に行動したこともあるが、特別仲が良かったとは言えない。見た目からは想像しにくいが、機械工学が好きで時々僕には到底理解できそうにない本を真剣に読んでいた事もあったっけ。ちなみにポケットにはいつもチョコレートを潜ませていた。
人付き合いは良いのに、好きなものに対して特別なこだわりを持っていて、ちょっとクセの強いところがあったから、もし今もその拘りが健在なのなら、扱うのは大変だろうな。
「岡崎直哉。」
「はい。」
僕が素直に返事をすると担当者は僕の顔を確認し、静かに頷いた。
「澤辺健太。」
最後の一人は名前を呼ばれたことすら気付かず、ヘッドフォンをつけたまま、自分の好きな世界に入り込んでいるようだ。
担当は彼のところへ行き、容赦なく手にしているバインダーで頭を叩く。
「いてっ」
「澤辺、健太。」
「おー。」
叩かれた頭を押さえながら彼はとりあえず返事をして、懲りずにヘッドフォンをつけようとしたが、無言で制された。
残った僕たちの担当者にされてしまった不運な彼は、静かに目を閉じて肩を落とした。絵に書いたような落胆の図だなぁと思いつつ、ほんの少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「担当の北條誠一郎だ。何か質問があるなら受け付ける。」
明らかにさっきまでの口調ではなく、なんだか偉そうに聞こえてしまう。
なんというか…何でも手際よく、当然だと言わんばかりの態度で期待以上の仕事をするタイプって、僕はやっぱり苦手だ。見えないところで努力しているとしても、決して誰にも見せないんだろうな。
きっと手伝おうとして手を差し出しても、しれっと無視されそうだから、あまり関わらないようにしておくのが無難かもしれない。
「あのさー。なんでこのチームのメンツ、三人しかいねぇの?」
手を挙げて質問しつつ、守山はポケットからカラフルな小箱を取り出し、その中身をひとつ口に放り込んだ。
ふわりと甘いチョコレートに匂いが広がる。
「おい。仕事中に、しかも上司の前でいきなり菓子を食すな!」
北條さんの言葉はもちろん正論だけど、僕としては守山側にいたいかも知れない。確かに仕事中というのは引っかかるが、ちょっとした甘味って必要だと思う。それに…いくつになっても、頭からダメって言われるとなんだか反発したくなるんだよなぁ。
「あれ?もしかして知らねぇ?じゃあ教えてやろう。チョコを適量摂取することにより、脳の活性化を促す。つまり、一括りに菓子といっても十分必要性の高いものもあるんだ。他にも摂取することで人体に好影響を与えるものが…」
「もういい。」
まだまだ続きそうな守山の『ヘリクツ理論』は北條さんの一言によって、余儀なく中断されてしまった。
「他に質問はないのか?」
「何やるのかわかんねぇのに、なんの質問するんだよ。バカか?」
ボソッとあまり感情を含まない声で呟いた澤辺健太はその言葉だけを残し、再び自分の世界へと戻っていく。
あ、ヘッドフォン、外していたんだ…
ちゃんと止められた事を守り、今までヘッドフォンをつけていなかった素直な対応に気付き、僕は彼に好感を抱いた。
思いを言い終えた彼が、引き締まった身体を少し重たそうに動かす姿をしばらく見ていた守山と僕は、不意に視線が合い思わず笑った。
『おい。北條。チーム分け終わったか?』
「こっちは終わっている。次はどうするんだ?」
携帯から僅かに聞こえてくるのは、社長の声だと思うけど、北條さんは口調を変えることなく話している。
一体、どれが本当の北條誠一郎、なのだろう?
『忙しいから任せたいけど、まぁ今回はオレがするわ。』
「了解。」
仕事中にプライベート携帯にかかってきた電話への対応が終わると、呆れた様子で肩を竦める。
「何度言っても公私混同が直らなくて困る。」
愚痴をこぼし、彼はスーツの内ポケットに携帯を片付けた。
あの社長が相手じゃさすがに振り回されっぱなしなんだろうな。
でも、T2Wの社長って、ちょっとだけ誰かに似ている気がする…
北條さんが電話を切ってから数分後、今度は書類と引き換えに受け取った僕の携帯が鳴った。
「はい。岡崎で…」
『この電話を受けた者は企画担当者だ。チームリーダーとして動いてくれ。』
「は?」
『以上。』
まるでイタズラ電話か間違い電話かのように、あっけなく通話が終わると続いて館内放送が流れた。
― 各プロジェクト責任者は近くのモニター準備を頼む。今から今回のイベントについて、今後の流れを説明する。
どうやら我が社のトップは、新入社員に対して直々に状況説明をしてくれるようだ。
― 今期、我がT2Wは創立五周年を迎える。その記念イベントとして、開発プロジェクトの企画を募集する事になった。
モニターに『都市型遊園地開発プロジェクト』の文字が表示される。
― 参加するためのチーム分けはすでに終わっている。そして先ほどオレからの電話を受けた者がチームリーダーとして動いてもらうことになる。
ちょっと待て。その定義だと、僕がリーダーってことにならないか?
― 各チームで意見をまとめ、まず企画書と予算案を提出してくれ。無事、審査に通れば正式なプロジェクト企画として認めよう。そして更に我が社の創立記念イベントの要となり、功績を挙げるため、上位三チームにプレゼンを行ってもらい、最優秀企画を決定する予定だ。
淡々と仕事の話をしている姿に、何故か壮大な冒険を語る少年のような印象を受けた僕は、不思議な感覚に囚われてしまった。
― 諸君の健闘を祈る。以上だ。
その言葉を最後に、モニターの通信が途絶えた。
そういえばHPに載っていたっけ…
毎年、入社式に社長が突拍子もないことを言い出すって。まぁ、当人の見解によると『イベント企画会社なんだから、理に叶ってるだろ』だそうなので、誰にも制御されることなく、恒例行事になってきているのだろう。
「ん?ああ。なるほどな。」
今年の入社式も例外ではなく、社長が挨拶を始めた時、多くの社員たちが神妙な顔つきになっていた原因は、そういうことか。
そして僕たちは社長の思惑のまま、勢いに流され、創立記念イベントのプロジェクト企画に参加する事になったのだ。
たぶん、希望した職種によってランダムにチーム分けが行われたのだろうが、よりにもよって僕はそのチームであまり望まない再会をした。
守山 秋。
高校の同級生だ。しかも覚えていないが、どうやら小学三年生までお隣さんだったらしい。簡単に説明するなら、誰にでも明るい態度で接する、元気な悪ガキ。クラスのリーダー的な存在でみんなに頼られていたなぁと昔の記憶が蘇る。
小学四年生の頃、急に転校して以来、一度も会うことなんてなかったから忘れかけていたのに、僕が息苦しいと感じていた日常から抜け出すために選んだ高校で、出会ってしまった。
「知っている奴がいないって理由で高校を選んだのになぁ。」
そんな僕の嘆きなんて誰も聞いちゃいない…
六年ぶりに再会した彼はたくさんの人に囲まれていて、僕は少し近寄りがたい雰囲気を感じていた。
教室に入り座った席は運悪く彼の近くだった。そして彼は僕を見つけた瞬間、人懐っこい笑顔で声を掛けてきた。
「直(なお)じゃん。おまえ、変わんねーなぁ。」
乏しい記憶を辿って、なんとか昔の彼を思い出してみた。
「おまえは…ちょっと、変わったな。」
彼は、そっかぁと気の抜けた返事をし、ポケットから何かを取り出した。
「ほい。再会を祝して、おすそわけ?」
そう言って僕にチョコを渡しながら、嬉しそうに笑った。勢いで受け取ってしまったチョコを見て、昔から好きだったなぁと、おぼろげな記憶が呼び起こされた。
「おー。秋もいるのか。」
ヘッドフォンを首にかけ、軽い歩調で教室に入ってきた赤茶色の髪の男子が守山を見つけ、楽しそうな笑顔を向ける。
「おー。おまえも結局こっちに来たんだなぁ。」
「ま、いろいろあってな。」
ぎこちなく返事をした赤茶色の髪をした彼は、守山から視線を外し、呆れた表情で舌を出している。
「こっちは、おまえのツレ?はじめまして?」
不躾に僕を指差し、彼は守山の返事を待っている。
「んー。約束を交わした、同志ってヤツ、かな?」
約束を…交わした?
「ボクに聞くな。知らん。」
意味深な笑みを浮かべて彼に問いかけた守山は、改めて僕たちを互いに紹介してくれた。
「澤辺健太。中学ん時に会って一緒にイロイロしてきた。無愛想なヤツだけど、機械いじりの 技術がすごいんだ。俺の組んだプログラムを精密に実体化できるんだぜ。」
澤辺は骨ばった手を僕へと差し出し、握手を求めた。
「よろしくな。」
「あ…うん。」
反射的に返事をし、僕はそっと手を出した。
「んで、こっちが岡崎直哉。小三くらいだったっけ?お隣さんでよく遊んでたんだわ。直って、頭の回転がすげーんだ。勉強はイマイチだったけどな?発想とか解明とかハンパなかったよなぁ。」
僕はあまり覚えていないが、守山の説明で通じているのか不安を残したまま、僕たちの自己紹介は終わった。
こんな辺鄙な場所で巡り合ってしまったのだから、これ以上何も起こらないで欲しいと、密かに…でも強く願っていたのはきっと僕だけだろう。
『国立大学付属情報工業技術高等学校』
思い返せば、この選択が僕の最初の間違い(Error)だったのかもしれない。
その後の学校生活で、そもそもあまり学校に来ていなかった澤辺と関わる事はほとんどなかったが、唯一忘れられない出来事なら、ある。
あれは高校二年から三年への進級テストの最終補習日。常に平均点を必死でキープしていた僕は、遂に数学で赤点を取ってしまった。苦手教科なだけに、補習授業でさえまったく捗らない。
「問題プリントが終わった者から帰って良いぞ。」
教師の言葉に構っている暇なんてない。
「岡崎、おまえ午後も出席するのか?」
そんな無情な声を無視して頭をフル回転させるが、結局空回りで終わった…気が付けば十数名ほどいたはずの教室に残っているのは二人だけになっていた。
課題の提出ができれば帰れるのに、問題が解けない。そもそも解き方がわからない事が一番重要な問題なのかもしれない。
「あっれー?直も補習受けてんの?」
突然教室のドアが開き、何故か守山が入ってきた。でも彼はそれ以上僕にちょっかいをかけず、教師の方を見た。
「センセ。休憩時間だけの見張りに来たぜ。代わってやるよ。」
「おお。もうそんな時間だったか。じゃあ頼むな。」
教師はそう言って伸びをしながら教室を出て行った。
「なんで?」
どういう話の流れで動いているのかさっぱりわからない。
もしかしたら、僕の思考回路は特別休暇でも取っているのだろうか。それとも、今日は何も理解できない日?だったりして。きっと不満でいっぱいの顔をしていたのだと思う。守山はクスッと笑ってポケットから取り出したチョコを僕のプリントの上に置いた。
「予定してた教師が体調不良らしく、休憩の時間だけ見張りしてやろうかって言ったんだ。センセの代わりー。秋先生って呼んでも良いぜ?なーんてな。」
本当は進路関係の書類の事で職員室に呼び出されただけだと説明してくれた。
「健太が補習受けてるの知ってたから、邪魔してやろうと思ってな。」
彼は悪ガキのような笑顔でそう言った。
健太ってことは、もう一人の生徒って澤辺だったのか。あまりにも必死すぎてそれさえ気付いていなかった。でも…澤辺も僕と同じ状況みたいだ。周囲のことなんて関係なく、淡々と課題に取り組んでいる。
「直、数学嫌い?それとも苦手?」
「は?」
どっちも一緒じゃん、と思いながらも考えてみる。
「どうって聞かれると、苦手…だわ。」
僕の返事を聞いて守山はニヤリと笑う。
「じゃあ、なんで苦手?」
どうしていきなりこんなに質問されまくっているのだろうか。
「たぶん…」
問題を解くための公式や法則に従って答えを導き出すという工程が好きになれない理由。そして正しい答えが限られている数学の仕組みが性に合わなくて苦手だと感じているのだと話した。
「やっぱ、おまえの頭ん中、好きだわー。」
守山は僕の考えを聞いてなんだかとても楽しそうに笑った。
「おまえも…きっと答えは無限にあるって疑いもせず信じてんだろうな。」
「なんのこと?」
今日の守山は少し変だ。決定的に断言することはできないけど、いつもより元気がない気がする。進路の事が関係しているのかな、と思ったけど僕には聞けなかった。
「なんでもねぇわ。そんなことよりさっさと課題終わらせて帰ろうぜ。」
そう言って僕のプリントを取り上げ、ざっと目を通している。
「さて、始めるか。」
プリントを机の上に滑らせて、こっちを向いて前の席に座った。
「問2、この問題はな…」
説明しながら僕の課題を解く手伝いを始めた。
教師の話を聞いても、教科書や問題解説を読んでもさっぱりわからなかったはずの問題がスラスラと解けていく。
「守山って、頭良いんだな…」
「要点だけ押さえときゃ、できるわな。」
いとも簡単な返答を頂き、僕は苦笑を返した。その後も守山のわかりやすい解説を頼りに僕はなんとか課題を終わらせることができた。そして、少し離れた席で自力で課題に取り組んでいた澤辺も手を止めた。
「よし、二人とも終わったみたいだし、帰ろうぜ。」
勢いよく席を立ち帰り支度を始めた守山に、僕は声を掛ける。
「あの、守山。ありがとう…」
一瞬ぽかんとした表情で僕を見つめた後笑って照れながら『おう。』と返事をしてくれた。
職員室まで課題の提出に行き、無事補習を終えた僕たちは三人で正門に向かって歩き出す。
「なぁこれから…!あっ」
先頭を切って歩いていた守山が振り返り何か言おうとした時、急に立ち止まり慌てた様子で僕に耳打ちをする。
「直、瞳…片方コンタクト取れてる。」
「え…?」
視力が悪いわけじゃなく、色を隠すために着けているものだから外れていることに気付かなかった。
「うん?どうした?」
立ち止まったまま動こうとしない僕たちを不思議に思ったのか、澤辺が問い掛ける。
「あ、ああ。直がコンタクト落としたみたいなんだ。」
「それは大変。」
どこで落としたのかわからないものを探し出すことは、ほぼ不可能に近い。それなのに…
「教室に戻ってみるか。」
「そうだな。」
守山は迷うことなく僕の手を掴み、教室へと向かってくれた。
「直が座ってたのがココだろ。とりあえずその辺から探すか。」
汚れるのも気にしないでしゃがみ込み、必死に探してくれている二人の姿を見て、しばらく呆然としていた。どうして僕なんかのためにこんなにも一生懸命になってくれているのだろうか。理解できない状況で、すごく不可思議な光景なのに…限りなく嬉しくて、でも素直に気持ちを表現できる自信がない僕は、二人に背を向けて探し始めた。
「見つかりにくいものだな。」
いつの間にかすぐ隣にいた澤辺が呟く。
「うん。ごめん…」
「いや、気にするな。」
「でも、やっぱり、ごめんね。こんなことに付き合わせちゃって。」
顔を上げて謝る僕につられた彼がこっちを向く。
「別に構わ…!おい。」
目の前にある驚きの表情を見て、僕は大きな間違い(Error)に気付いた。
しまった…
そう思った時には、すでに遅かったようだ。
「岡崎、おまえの目…」
イヤな予感がした。イヤな予感しかしなかった。
高校入学と同時に僕は瞳の色を隠すため、常にカラコンを着けるようにしていた。その姿と出会った彼にとって今の僕はきっと…異質な存在だろう。
「直は、アルビノってだけだよ。」
探すのを止めずに守山が僕の代わりに言った。
「そうか。だから瞳の色が…」
それ以上どう説明すれば良いのかわからず黙り込む僕と、何を話せば良いのか困惑している澤辺。二人の間に不穏な空気が流れ出す。
「澤辺、あの…」
だんだん速くなる鼓動を抑えながら、覚悟を決めて話しかけようとした時、守山が叫んだ。
「あー!みっけ!」
その一言で張り詰めていた、重苦しい空気が一気に吹き飛んだ。
「おお。秋、よく見つけたな。」
僕は言いかけた言葉を飲み込み、素早く立ち上がって守山のところへ行く彼の背中を見送った。
「ほい、直。良かったな。」
近くに来て守山が笑う。
「…うん。ありがとう。」
コンタクトを受け取った僕は、しばらくじっとそれを見つめていた。
「どうした?」
いつか、こんな状況になるだろうという考えがなかったわけじゃない。どんなことも隠し通せるはずがないから。ただ、その時の対処法までしっかり想定していなかったのは、やっぱり僕の間違い(Error)だ。
「何でもない。二人とも、探してくれてありがとう。」
僕は精一杯の笑顔でお礼の気持ちを伝えた。
教室の鍵を返し、再び正門へ向かって歩く。
さっきと違うのは、微妙にズレてしまった僕たちの関係…誰も何も話さずに並んで歩く。
「岡崎。なんでわざわざコンタクト、着ける?」
「え?なんでって…」
周囲から間違った存在だと思われたくないからに決まっている。
「そんなにキレイな瞳、隠す必要、ない。」
「澤、辺?」
拒絶や否定の言葉を受ける覚悟をしていた僕は、驚いて息を飲んで立ち止まってしまった。そんな僕に気付いた澤辺も立ち止まり振り返る。
「ボクのこれも、生まれつき。」
そう言って赤茶色の髪を引っ張っている。
「昔は、みんなと違うことがイヤで、黒くした。でも、今は気に入っている。」
かなり目立つ赤茶色の髪だけど、すごくキレイだと感じた。光が当たってキラキラと輝く髪は水面を染める夕陽みたいで、つい見惚れてしまうほどだ。
「秋が言った。人と違うことは間違いではなく、特別なんだと。」
間違いじゃなく…特別?
まだ僕にはそんなふうに受け入れられる感情がない。だけど、もし、いつの日にか彼のように思うことができたら、少しは世界が違って見えるのだろうか。
「ボクは…岡崎の瞳、好きだ。」
ぶっきらぼうにそう言ってフイッと顔を背けた彼は、耳まで真っ赤に染まっていた。
「…ありが、とう。」
素直に受け止められる余裕なんて、今の僕にはまだないけれど、高鳴っていた鼓動が少しずつ穏やかさを取り戻し、なんとなく胸の奥があったかくなるのを感じていた。
「さて、寄り道して帰るか。」
黙って僕たちを見守ってくれていた守山は、嬉しそうに笑って僕たちと肩を組んだ。
人と違うことは間違いじゃなく、特別なんだと思える日が本当に来るのだろうか…
そんな不安を心に秘めたまま、僕は二人と少し離れて歩いていた。
その後も、学校で澤辺の姿を見ることは少なかったが、気付けばいつの間にかそばにいる守山とはそれなりの付き合いをするようになっていた。
多才で何でもこなしてしまうオールラウンダーな守山は女子からの人気が高く、男子からは敵視されていた。まぁその中の一人が、あの経理室の鬼なのだと補足しておこう。
高校卒業と同時に僕たちの頼りなく不安定な関係なんてすぐに切れていたはずだった。互いの連絡先も知らなかったのに、望む、望まないは別として再会してしまった。そして状況把握する間もなく、何故か同じチームとして創立記念イベントのプロジェクト企画をすることになり、僕が思うまま、デタラメに作り上げた企画書がどういうわけか第一審査を通ってしまったらしい…
「遅い!」
さっき呼び出しの電話を受け、寄り道もせず戻ったというのに、いきなり澤辺に怒鳴られてしまった。
「経理管理室ってのは果てしなく遠いんだよ。」
諭すような声で守山が言っても誰にも効き目なんてない。だって物理的に徒歩三分内の距離だと知っているから。
「おい。いつまでジャレているつもりだ?さっさと本題に入る。座れ。」
その言葉に従って僕たちが近くの椅子に座ったことを確認すると、北條さんからの報告が始まった。
「すでに周知していると思うが、今回のプロジェクトで予算案、企画共に承認を得たチームはない。」
果たしてあんな経理担当者を攻略できるヤツがいるのだろうか。
「予算はともかく、企画内容についてもなかなかスムーズに承認とまでは結びついていないのが現状だ。」
他のチームのことまではわからないけど、ウチのチームについては当然の結果だろうな。発案者の僕が現実逃避した企画なんて、どこの物好きが承認するんだよ。
「そこで、我が社のトップはまず今回の審査を第一審査とし、五つのチームを選考した。選ばれたチームは今回の企画案を正式な企画書として仕上げ、提出するようにとの指示だ。」
あんなふざけた思いつき企画を成り立たせろってか?少なくとも僕はあの企画をすべて破棄して、一からやり直したいくらいだ。
「企画書の提出は三週間後、つまり今月末日だ。」
「あの…北條さん。」
勇気を振り絞って北條さんに声を掛けてみたが、想いを伝えるための言葉は一文字も声にならなかった。
「どうした?」
こんな状況で『新しい企画書でも良いですか?』なんて、聞けるかよ。第一審査を通った企画を簡単にボツにできるわけない事くらいわかっている。
「岡崎、大丈夫か?」
不安そうに名前を呼ばれた僕は、何故か反射的に笑っていた。
「なんでもないです。すみません。」
一瞬眉をひそめた北條さんが何かを言おうとした時携帯が鳴り、慌てて部屋を飛び出して行ってしまった。部屋に残された僕たちは仕方なく仕事を始めたが、結局みんなどこか上の空だった。
「ボク、岡崎の企画、興味ある。」
手を止めずに静寂を破ったのは澤辺健太。
「そうだなぁ。せっかくだし、もっとハイクオリティなもん、目指そうぜ。」
ポケットからいつも通りチョコを取り出して笑う守山秋。
二人の言葉を半信半疑で受け止めつつ、空間に張り出されているスクリーンボードに掲げた、僕たちの企画テーマを見つめた。
『都市型遊園地開発プロジェクト。Wonder Dreams Park(不思議な夢の広場)』
「二人は本当に…僕の企画で良いの?」
僕の静かな問い掛けに対し、二人は顔を見合わせ不敵な笑顔で力強く頷いてくれた。
「マジ、かよ…物好き、だなぁ。」
もしかしたら、すでに旅は始まっているのかもしれないな。
ここまで来たらやってみるか。
「この、テーマパークに付けた名前の通り、不思議な夢の広場を作り出したい。全体をまず、エリア分けして更にブロック分けをする。」
僕は、エリアをひとつの国、ブロックを街と仮定して説明を続けた。
「一番簡単な方法で分けるなら四つ。全体をひとつの塊と考え、十文字に切り分けるやり方だ。」
スクリーンボード上の図面に十字を描き四分割する。
「でも僕はもう少し細かいブロック割をしたいと思っている。」
入場ゲートと退場ゲートを設け、その他に四ブロックぐらいでアトラクションを作りたい。パークの中央部に円型の建物を設け、テーマパークの主となるキャラやグッズなどの販売をしたいと考えている。
「テーマパークのキャラクターとかシンボルみたいなもん?」
守山が尋ねる。
「うん。お菓子やぬいぐるみ、キーホルダーとか、まぁ…パーク限定のおみやげ屋さんって感じかな?」
「記念になるものがあると良いな。」
澤辺も賛同して呟く。
「コンセプト的に不思議な夢の国を旅してもらうイメージだから、それぞれのエリア毎に旗とかアクセとかがあっても良いかなって思ってる。」
都市型…というのだから、地域に密着し、来場者たちにとってより楽しい施設であってほしい。この街は高層ビルが多く、近未来のイメージが強い。だからこそ、時代の流れも取り込むことが重要になってくるだろう。
「いくつかのエリア分けをしてアトラクションを作るからこそ、それぞれに特色のあるものにしたいと思っている。」
遊園地のアトラクションだからそれなりに限られたものになってしまうが、その中で、何か特色を生み出したい。
「ジェットコースターなどの乗り物型絶叫マシーン、コーヒーカップやトロッコのようなのんびりタイプのアトラクションやお化け屋敷とミラーハウスを組み合わせても面白いかもしれない。もちろん、小さな子供たちが遊べる場所として、少し走り回れるぐらいのスペースを設けて、そのエリアにお菓子の家も作りたい。」
中央に設置する円型の建物周辺にその四つのエリアを作り、エリア同士を移動する際、希望者には乗り物移動が可能となる。
「船、飛行機、車など乗り物の外観、内装ともにお客さんの想像に任せて楽しんでもらいたい。」
「んな事、できねぇ。予算がいくらあっても足りねぇわ。」
不機嫌な顔で守山が即答する。
「そう。リアルに実現するのは不可能だ。だから、お客さんの想像に任せてって言っただろう?おまえらの技術力でVR機能を駆使すれば可能だよな?」
入場する際、来場者に配布するオールパスのリストバンドに、あらかじめ独自のICチップを埋め込んでおく。各エリアで管理できるプログラムを組み、想像するものを映像化すれば、不可能ではないはずだ。
「おまえならそれくらいのプログラム、組めるだろ?」
「あー。特別報酬確定だな。」
辟易した様子で椅子の背にもたれかかりうなだれている守山を見て、僕は微笑んだ。
「ふーん。そうかぁ。VRねぇ。マジかぁー」
そうやって文句を言いながらも、すでに頭の中ではフル稼働でプログラムを組み始めているんだろうな。
「各エリアの施設はまだ確定ではないので、今後明確にしていきたい。」
アトラクションや設備の事は企画が正式に通ってから本格的に考える方が良い。
「このテーマパーク内でランダムにイベントを発生させたい。移動式の水槽を使用し、水中アトラクションやイリュージョンパフォーマンス、もちろんお客さん参加型のパレードもやりたい。」
「参加型?」
澤辺は不思議そうに首を傾ける。
「簡単に言えばコスプレみたいなもんだろ?」
守山が簡単に説明すると、何故か何度も深く頷いて納得してくれたみたいだ。
「衣装は一つのグループ二名まで無料貸出OKにしようと思っている。」
二人は僕の話を聞きながらきっと、少しずつ広がっていくテーマパークの全貌を想像してくれているはずだ。
「なぁ、結構広いスペースになるけど、案内とかどうすんの?迷子だらけになるぜ?」
「コスト削減。」
僕は案内役としてバーチャルナビゲーターを考えていると告げる。
「リストバンドのチップか。」
腕組みをして澤辺が納得した表情で頷いてくれた。
「そう。」
グループ事でGPS登録しておけばより安全だろう。
「うわー。俺、入社早々過労死すんのイヤだわー」
と守山が大袈裟に嘆いている。
「信頼しているから任せられるんだよ。」
「そんなもんいらねーし。」
チョコの方がよっぽどいいわ、と言いながら顔を背けポケットからチョコを取り出している。
「秋?なんで照れてるんだ?」
「うるさいっ」
守山は照れた時によくチョコを食べるのだと知ったばかりの僕は、二人のやり取りを見て微笑み、残りの話を始めた。
「パーク内は定期的に清掃スタッフさんたちに見守りをしてもらう予定。それとゴミ箱の設置。」
当たり前だという表情の二人に笑いかけ、僕は思い出した言葉を付け足した。
「あ、ちょっと訂正。正しくはしゃべるゴミ箱の設置、ね。」
急に呆れた様子で二人は僕の方をじっと見ている。
「センサーをつけて、しゃべるゴミ箱にしたいんだ。」
ちゃんと捨ててくれたら『ありがとう』投げて入らなかったら『おしい!』その辺にポイ捨てしたら『あぁ!』とでも言っておこうか。
「前からちょっと思ってたんだけどさ、きっとおまえの頭ん中っていくつかパーツが壊れてんだろうな。」
真剣な顔で工具を握り締めて、そんな事を言わないでもらいたい…
「ボクも、そう思う。」
普段口数の少ない澤辺まで便乗するなよ。
「え、えーとね。あとは季節ごとに中央の建物を飾って、限定の特別イベントなんてどうかな?」
このままだと企画案が限りなく出てきそうだから、とりあえず自制して、僕の中の企画を話すのは終わりにした。
「へぇ。いいんじゃないか?どれも面白そうじゃん。」
「またそういう無責任なことを言う!」
僕がメンバーである二人に話していたことを、紛れ込んで聞いていた部外者たちが口を開く。
「…なんで、アンタがここにいるんだよ。」
明らかに態度が急変した守山は冷たく言い放つ。
「おまえさぁ。オレの顔見る度に怒るなよ。」
「帰れ!部外者はさっさと出て行けよな!」
こんなに怒りを露わにしている守山を初めて見た僕は、情けないほど、何も言えなくなってしまった。
「部外者ではない。チームメンバーが少ないと言っていたので補充したまでだ。」
と北條さんがさらりと言う。
補充って事は、まさか…?
「うん。オレらがチームに入るわ。まぁセイは担当兼メンバーってことになるけど、これで五人になるから、他のチームと同じ数だろう?」
言うまでもなく、僕たち三人は顔を合わせ大きな溜め息を吐いた。
「だいたい、社長と秘書がメンバーに入ったら問題になるだろうが!バカか?」
守山が冷静に、でも突き放すように言うと社長はニヤリと笑った。
「だからコレを発動させるんだよ。」
あ…それは。
目の前に出されたケースには見覚えのあるリングが入っている。
「オレがT2Wを始めるきっかけになった夢企画、理想鏡って言えばわかる、かな?」
もちろん知っている。でも結局は論文発表だけで、実際に商品化しなかったと話題になっていた。
理想鏡…ある定義に基づいて発生された幻覚をリアルに見せるもの。
幻覚を見せたい者(対象者)に細工を施したアイテムを取り付ける。そして発動源となるアイテムを正体を隠したいもの(発動者)が身に付けるだけなのだ。たったそれだけで、特殊な力が発動し定義づけられたアイテム同士がリンクし、対象者が思う姿が現れるという仕組みだ。大抵の場合、声からイメージした姿が幻覚としてそのまま現れるらしい。
「ただ、今回はちょっとプログラムを書き換えて欲しいんだ。岡崎、直哉くん。」
僕が?どうして守山ではなく僕が指名されているのだろうか。
「基本型だとそれぞれ違う姿をイメージしてしまう可能性が高いから、統一させたいんだ。」
つまり、発動して現れる姿を固定しろということか。それぐらいのプログラム変換なら僕じゃなくてもできるはずだ。だけど、何故この人は僕ができる前提で話をしているのだろう?
「そうだなぁ。二十代くらいの明るくて元気な小柄な女性、にしておこうか?」
「はぁ。」
いっそのこと、社長の好みのタイプですか?なんて冗談を言って笑えれば良かった。
「セイはチーム担当も担ってるから人員不足のためって理由にしておけば、そのままの姿で平気だよな?」
再び『セイ』という呼び方をしていることに気付き、ふと北條さんの名札を見て僕は納得した。ああ『北條誠一郎』だから、『セイ』さんなんだ。そんなどうでも良いところで二人の信頼し合っている関係性を垣間見た気がして、ちょっと嬉しくなった。
社長と秘書の関係を詳しく知っているわけではないが、どうしても上司と部下の印象が強いため、プライベートでの付き合いは殆どないと思っていた。でも、この二人にはそんな一般論なんて関係なく、気の合う親友の様な印象を感じた。
「それで、セイ…北條さんたちは何をするんですか?」
チームに入ってもらったところで、企画担当は僕、開発技術担当は守山と澤辺。あと必要なものといっても…
「私は広報部なので、技術補助よりも事務業務を担わしてもらおうと思っている。」
北條さんは腕組みをしてそう告げた。確かに、僕たち三人は完全に専門外だから、事務業務を手伝ってもらえるのは正直助かる。
「オレは足りないとこ補うわ。」
なんとなく学園祭や体育祭の実行委員みたいなノリの社長が嬉しそうに言う。
「いらねー。」
背を向けたままの守山が不機嫌な声で言う。しばらくその様子を黙って見つめていた社長が小さく笑い、守山の傍へと向かった。
「いつまでもガキみたいに拗ねてんじゃねぇよ。」
そのまま自然な流れで軽く頭に手を置かれた守山は、全力でその手を振り払う。
「うるせぇ!」
原因が何なのか見当もつかないけれど、この二人の仲が悪いことだけは一目瞭然だな。
「はいはい。…で、直ちゃん。どれくらいで書き換え完了できそう?」
社長は僕の方に向きを変えて、ごく普通に尋ねる。
え…?直、ちゃん…?
その時、完全に抜け落ちていた記憶が一斉に合わさっていく感覚に圧巻され、身動きがとれなくなった。
― ねぇ、直ちゃんも一緒に行こう。
いつだって一人でいた僕に差し出された小さな手。
― すごい!それすごく楽しそう。
両手を叩いて眩しい笑顔で話す声。
― うん。絶対良い。直ちゃんってすごいね。
何かを計画するといつもそう言って力強く頷いてくれた。
遠い昔…そう。あの日、僕たちが線路を挟んで会話をした夕暮れ。
「じゃあ。」
「うん。また…」
居心地の良い関係に終わりが訪れるなんて思っていなかった。
「戻ってくるから。」
「うん。ずっと待ってるよ。」
容赦なく遮断機が降りてきて、カンカンと鳴り響く音の中で交わした約束。
「約束、だよ。」
「うん。」
二人の間を何本も交差する電車を見送り、周囲が静けさを取り戻した時、すでに線路の向こう側には誰もいなかった。遮断機が上がっても僕はしばらくその場に佇み、じっと何かを見つめていた。
不意に、再会した時の守山の言葉を思い出した。
『約束を交わした同志』
でも僕が約束を交わしたのは守山ではない。もしかして、その相手って…
引越しすることになったと春ちゃんに言われた時、二人で作った秘密基地で交わした約束。
― 約束だよ、春ちゃん。僕、待ってるからね。
再会して、一緒に語り合った夢の国を作る事。それが僕たちの約束だ。
― いつか夢の国を作って、一緒に旅をしような。
どちらからともなく、小指を絡めてゆびきりをした。
「西尾、春、緋。春…ちゃん?」
やっぱりあの日僕が約束を交わしたのは守山じゃなく、春ちゃんだ。でも、じゃあ…なんで二人とも真実を隠したんだ?一体、そんなことをして何の意味があるんだ?
混乱している思考を整理するため、クシャクシャに丸めた消えかけの記憶の一ページをゆっくりと広げてみる。そこには色あせた僕たちが笑顔でゆびきりをしている姿があった。
僕たち…幼い僕と、春ちゃんの姿…
「あー。もしかしてオレ、自分でバラした?」
「救いようのないバカだな。」
難しい顔で一人困惑している僕を見て、呆れた様子の守山とほんの少し反省している様子の春ちゃ…社長が兄弟だと聞かされたのはその一時間ほど後の話だが、気持ちの整理すらできていない僕の思考回路が一瞬でショートした事は説明するまでもないだろう。
突然突きつけられた事実を簡単に受け入れることなんてできなかった僕は、なんとなく一人になりたくて仕事終わりに公園に立ち寄っていた。
「ここ、座っていい?」
「どうぞ。」
予期せず声を掛けられた僕は反射的に返事をし、ベンチから立ち上がる。
「え?ちょっ…ちょっと待って。」
慌てて腕にしがみついて僕を引き止めるほど、まだ話したいことがあるのだろうか?
「何か?」
掴まれた腕を無下に振りほどくでもなく、次の言葉を待つことにした。
「言い訳ぐらい、させてくれても良いんじゃない?」
真剣に言われているとわかっていながらも、なぜか僕は微笑んでいた。
「ペテン師の話?それとも虚言師?今更、嘘つきの話は…間に合ってるかも。」
ずっと会いたかった彼に、そんな突き放すような言葉しか言えない自分が怖くなる。だけど、もし真実を隠されていたことだけが彼を拒否している理由なのだとしたら、僕はかなり器の小さい生き物だと思う。
『この子の瞳、なんで色がないの?』
そう言って、母が気味悪がっていたっけ…
『コイツ、いつも感情がないみたいで何か怖いな。』
普段から近寄ることない父が言っていた。
どうしてだろう。
もう忘れていたはずの記憶が急に呼び起こされ、まるで呪文のように言われ続けていた言葉を思い出した。
誰も、僕なんか…いらないんだよね。だって、みんなと違うから…
― 僕と一緒に遊ぼう。ねぇ友達になろうよ。
僕は伝えたいその思いを、何度も言いかけたその言葉を、必死に飲み込んで生きてきたんだ。本当は一人でいることが怖かったのに、それ以上に拒まれることへの恐怖に耐えられなかったから。
『おまえなんか、いらない』
その言葉をみんなが声にしなかったのは、きっと必要以上に僕と関わりたくなくて、ずっと黙っていただけなんだろう?
もう思い出すことなんてないと思っていたのに…
「昔から時々そんな顔、してたよな。」
たぶん、今の僕は両親がよく言っていたような、冷たい瞳で彼を見つめているんだろうな。何ひとつ望みを知らない、感情のない表情で…
「周囲を警戒して、誰も寄せ付けないためのポーカーフェイス。」
そう。放っておいてくれという僕の心から発信されている合図だ。外見が違うというだけで、無意味に嫌われて、傷つけられるくらいなら一人でいた方が良かった。でも、ポーカーフェイスの理由に気付いているのなら…わかってくれるのなら、もう放っておいてくれないか?
「そういう顔するときって…一番、おまえがしんどい時だもんな。」
そう言って自分のことのようにつらそうで、今にも泣きそうな顔なのに、一生懸命笑う彼を見て、僕は息苦しくなり不意に目を反らした。
「ごめん、な。」
彼は深々と頭を下げて謝る。
「親の仕事の都合で引っ越したってことも、結局半分、嘘だった。でも、オレはずっとおまえとの約束を叶えるためにいろんなことを学んだ。会えない時間を無駄に過ごしたくなくて必死だった。その間もずっとおまえを探してたんだよ。」
本当は、異質な僕と仲良くなりすぎた彼を引き離すために、引っ越したのだという事…ちょっとだけ気付いてた。きっと認めたく、なかっただけなんだ。
「それから何年か後に、自分の意志でこの街に戻ってきて、やっと直を見つけたとき、すごく嬉しくて…やりかけのこと全部放り出して会いに行きたかった。でも…」
言葉が途切れ、彼がそっと溜め息を吐いたとき、僕はやっとまっすぐに彼を見ることができた。
「でも、オレ…動けなかった。」
「なんで?あ、もしかして見つけた僕に幻滅したから、とか?」
僕は卑屈っぽく言って、わざと笑ってみせた。
実際に、一番信頼していた春ちゃんがいなくなってすぐ、僕は迷うことなく即座に見えない砦を築き、再び一人で生きていくことを選んだ。その時すでに春ちゃんと約束を交わした僕は、もうどこにもいなかったはずだ。だから…幻滅されても、仕方がないだろうな。
「違う。」
彼はそう言って静かに首を横に振り、苦しそうに息を吐いた。
「オレが見つけた直の隣には…秋がいたから。」
守山と再会したのは高校入学の時だから、今から八年も前の話だ。
「受験を理由にして、オレより先にこの街に戻ったアイツは、当然だと言わんばかりにさっさと直に再会して、嬉しそうに何度も同じ話をしてた。」
あの守山が、嬉しそうに僕のことを話すなんて信じられない。
「その度に、なんか怖くなった。オレの知らない直がいて、何でもない日常の中でアイツと笑い合ってんのかって思ったら…すごく不安になった。」
怖いくらいの不安?僕のことでそんなに悩む必要なんて何もないはずだ。
「ずっと一緒にいたのはオレなのにって…ははは、何言ってんだろうな。オレ…」
苦笑しながら話す彼を、不思議な気持ちで見つめることしかできなかった。親からも疎まれるだけの存在だった僕に、当たり前のように笑ってくれた彼を、ずっと大切な親友だと思っていたから…突然いなくなった時のダメージは想像以上だった。
彼と出会う前と同じように、また一人の世界で生きていけば良いだけの話、なのに…僕にとっては人生の終わりかと思うほどに淋しくて、どうしようもない日々だった。
「あの時、親の仕事の都合で引っ越すって言われてたけど、本当は親の勝手な自己防衛なんだと知った時、すぐにでも帰りたいって思った。そんなことできないってわかっていたのに。」
まだ一人で思うように動けない子供だから、仕方なく親の言う事に従うしかなかったのだろう。ちゃんと彼の立場は理解しているつもりだ。
「何も言えず、何もできないことを何度も悔やんでいるオレの前で、アイツは…秋は親に反発した。自室に鍵をかけ、何日も食事すら拒否した。無理やり部屋から連れ出された時、大暴れして大変だったんだ。」
僕の知っている守山は、きっとそんなことしない。文句は言うだろうけど、結局は大人しく従いながら解決の糸口を探るだろう。まるで、今僕の目の前にいる彼…春ちゃんのように。
「羨ましかった。自分の感情のままに行動できるアイツが、すごく羨ましくて、眩しかった。」
真実を知った彼は、自分の気持ちを押し殺して耐えることを選んだのだろう。それが現状の最善策だったからだ。
「オレは与えられた環境の中で、経営者として第一線を生き抜いている父の元で多くのことを吸収してやろうと思った。いつかすべてを奪い取ってやるくらいの気持ちで必死になった。おまえとの約束を叶えるために必要不可欠なスキルをすべて手に入れることを決めた。」
思い描く世界を実現させる手段として、より多くの人を動かす力も必要になる。だからこそ、彼は各界で交流を深め、信頼を勝ち得た父親の経営術を学ぶことを選んだのだろう。
「おまえと…直とゆびきりした、大切な約束を叶えたい。ただその思いだけがオレを動かしていたんだと思う。」
彼がいなくなって、僕がそっと頭の片隅に放り投げてしまったあの時の約束を叶えるために、ずっと一人で頑張ってくれていたなんて…考えたこともなかった。
「オレなりに頑張っていたんだけどな。そんなオレを見ていた秋に何度も言われたことがある。」
僕はじっと彼を見つめて次の言葉を待つ。
「兄貴は勝手だよな。本当の理由も知らされないで、急に一人残されたアイツの気持ち、ちゃんとわかってんのかよ…って。」
僕の…気持ち?
「何も言わなかったけど、秋はちゃんと引越しの本当の理由に気付いていたんだろうな。」
だからこそ、あんなに暴れて自分の思いを親にぶつける事ができたんだろうな、と彼は付け足した。
「秋も、おまえの瞳のこと、気にしてたからな…」
「そう…なんだ。」
まぁ、気にならないって言い切る人が実在しているのなら、一度くらいは会ってみたいかもな。
「ただ…色素が薄いだけなのにね。」
僕はアルビノだ。髪も肌も通常よりは薄いけど、現状ほとんど気にならない。多くの人が存在しているこの街だからこそ、僕はひっそりと紛れることができているのだと思う。でも…さすがに瞳がアクアマリンみたいな色じゃ、カラコンに頼っても誤魔化しきれない。
僕がまだ幼い頃は、周囲の対応が特に酷かった。
人と違うことは間違いで、悪いことなのだという考えを常識として教え込む人たちがいた。そしてその人たちが騒いでいたせいだろうか…本来守ってくれるはずの両親さえ『普通じゃない』と、僕を気味悪がって関わることを拒んだ。
そしてそれに気付いた僕は、少しずつ周囲と関わることをやめた。距離を置くことが必要だと思い、なんとなく壁を作ることが一番正しいことだと思ってしまった。だから…いつの間にか一人でいる時間が増え、僕にとって最適な壁で守られた空間が居心地の良い場所になっていったのかもしれない。
どんなに傷ついても、悲しい思いをしても…ずっと平気な顔で過ごしていたのは、必要以上にいじめられたくなかったから。からかわれることもイヤだった僕の最大の自己防衛は、何が起こっても平気な顔でいることだったんだ。
そうすることでだんだんと僕なりの『平穏な日常』を手に入れることができた。
「オレも正直、初めて見たときは驚いたよ。」
それはきっと当然の反応だと思う。
「透き通るほどの淡いブルーの瞳。ずっと見ていたいって思うくらいキレイすぎて…本当に驚いた。」
「え?」
僕は思わず聞き返してしまっていた。
今の…きっと僕の…聞き違いだよな?僕の瞳をキレイだって、言ったのか?
何を言われたのか理解できないまま、真剣な表情でじっと見つめる僕に、少し照れた様子の彼はクスッと笑う。
「でもおまえ、いつも気にしていただろう?オレ、直が大切だから、できるだけ触れないようにしてた。」
僕のことを間違い(Error)だと評価する人たちはそこら中にいる。それが当たり前だと思っていた。イヤ…思い込んで生きてきた。それなのに、こんなにも自然に僕のことを『特別』なのだと言われたのは初めてだ。
「人と違うことをすべて間違いだって言うなら、全世界、間違いだらけだなぁ。」
そう言ってニッと口角を上げて笑う彼を見て、懐かしくなった。
「意図的に作り出す以外、何ひとつ、誰一人として全く同じモノなんて存在しない、よな?」
そんな当たり前のことをわざわざ確認されなくてもわかっている。それでも、自分と違う部分が多ければ多いほど、特別ではなく、異質なものだと認識されてしまうんだ。
「オレは…お前と交わした約束だったから、ずっと忘れなかったし、絶対に叶えるんだって思い続けてこられたんだ。」
秋との約束は破ったほうが多いんだけどな、と言って豪快に笑っている。
「なぁ。オレにとって直は、大切な存在なんだって…いい加減わかってくれね?まだ、伝わらないか?」
僕は出会ってからずっと、彼のことを少しも疑っていない。ただ、ちょっと不安だっただけなんだ。どんなに居心地の良い関係だったとしても、ふとした小さなことで何かがひっかかってしまう。その度にやっぱり僕自身の存在って、間違いなのだろうかと思って不安だったんだ。いつか、両親に言われたように…
『おまえなんかいらない』
と言われるんじゃないかって、怖かった。
でもそんな不安な気持ちは、僕の思い過ごしだった。少なくとも彼は僕のことをいつだって大切に思ってくれていたんだ。
「僕なりに…理解していると思うけど?は…春緋は何か不満なの?」
「直ちゃん!」
名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、僕の言葉が嬉しかったのかわからないけど、彼はいきなり僕に抱きついてきた。
「うわっ」
この状況に陥った原因が自分だということなんて、きっと頭にないよな。
勢いよく抱きついてきた彼のせいで、バランスを崩して倒れそうになった僕の身体を軽々と支えながら楽しそうに笑っていることが、何よりの証拠だろう。
「直、大丈夫か?」
「誰のせいだよ。」
多分この時やっと、僕たちは本当の意味で再会出来たのかもしれない。
「そういえば昔、オレと直が仲良し過ぎだって、秋がよく怒ってたなぁ。アイツ…本気でオレたちのこと別れさせようと必死になってたっけ。」
彼は何かを思い出してクスクスと楽しそうに笑っている。一体、僕たちの何を見てそんな勘違いをしたのだろうか。
「何?それ?どういう勘違い?」
誓って、僕は彼と恋人でも夫婦でもない。
「仲良しすぎるのがイヤだったみたいだぜ?疎外感、みたいなもんじゃないか?たぶん、今もアイツは怒ってる。」
「は?言ってる意味が…!え?」
その後、そっと耳元で告げられた言葉は、僕に信じられない程の衝撃を与えた。
「春緋の、ば、ばーか!」
「えー?なんでオレ?」
さっきからクスクスと楽しそうに笑うばかりで、全く反省している様子がない。
「でも、嘘じゃないもん。」
「直って秋の初恋の相手、だよ。」
たとえようのないくらい嬉しそうに話す彼に唖然としつつ、知らなかった事実をいくつも暴露されている僕は、ただただ困惑するしかなかった。
「おい。おっさん。余計なことばっかり話してんなよ!」
いきなり提供された、抱えきれないたくさんの出来事をどうするべきかと悩んでいたとき、いきなり背後からそんな声が聞こえた。
「わっ」
「お、秋。今帰りか?仕事熱心なのは良いけど、残業はやめろよなー。」
眉間にシワを寄せ、不機嫌そうな顔をしているのは、社長としての一面だろうか?
「誰のせいで仕事が増えたのかわかってんのか?」
そう言いながら、負けじと守山がキッと春緋を睨む。
「おい、直。おっさんに変なことされてないか?」
僕と春緋の間に割り込み、心配そうに尋ねる守山を見て、さっきの言葉が蘇る。
「あ、うん。何もない。大丈夫。僕、何も聞いてないから。」
どうにも落ち着かない気持ちを隠したくて、素っ気ない返事をしてしまった僕を見て、春緋はやっぱり笑っていた。
「兄貴はいっつも問題しか起こさねぇのな!」
守山が春緋に冷たい視線を向けて言い放ち、急に僕の手を掴んだ。
「直、帰ろうぜ。誰かさんのおかげで、明日もやること山ほどあるからな。」
不機嫌な表情で春緋を一瞥し、僕の手を掴んだまま歩き出す。公園の出口で不意に立ち止まった彼は振り向きもせずに春緋に告げる。
「兄貴が何を考えてるのか、知らないけど…直が手に入れたもん壊す気なら、俺全力で阻止すっから。」
僕が、手に入れたもの…それは、もしかして…
「オレはゆびきりした約束を叶えるために、直を迎えに来ただけだよ。」
春緋は余裕の笑みでそう答えた。
「それだけなら、いい。」
静かな声でそう言って、また歩き出した。もちろん僕の手を握ったままで。
僕が手に入れたもの…それはきっと、僕なりの平穏な、日々…
守山はそれに気付き、理解してくれているということなのだろうか…
メンバーの数が少ないという僕らの意見を尊重したと言えるのか、新たに社長自らがチームに加わり、いよいよ企画の最終打ち合わせをした。そして改善すべき問題点や試作、試運転の詳細まで期日を決める工程まで話が進んでいった結果、もちろん僕たちのやるべき仕事が増え、仕方なく残業することを強いられているのが現状だ。まぁ、途中で気晴らしにサボることもあるけれど…
「しばらく忙しくなりそうだなぁ。」
どう考えてもいつも以上に仕事量が増えているはずなのに、能天気な態度で現状の忙しさを楽しんでいる主犯を、僕たちは呆れて無言で見つめている。
とはいえ、一応社長の恩恵により、新たに発足された五人のチームで動き出した僕たちのプロジェクトは、三週間後に行われたイベント実行本部の本審査を通るという快挙を成し遂げ、正式に企画本採用の通知を受け取ることになったのだ。
「なおー!やったなぁ。」
弾ける笑顔で抱きついてくる春緋。
「こっからが真剣勝負だ!」
春緋を僕から強引に引き剥がすと、しっかりと工具を握り直し、気合いを入れる、秋。
「当然の結果だな。」
いつも通り腕を組み、どこまでも冷静な北條さん。
「おしっ」
と珍しく笑顔でガッツポーズを決めている、健太。
そして…
「マジで?嘘、だったりしないよなぁ?信じ、らんね…」
と一人現実から取り残されている、僕。
次の日、改めて社内放送で大々的に結果が公表された時、少し落ち着きを取り戻した僕たちはみんな笑顔でハイタッチをして喜んだ。
都市型遊園地『Wonder Dreams Park』のオープンに向け、それぞれ担当のエリアを決め動き始める前に、僕は春緋にある物を渡した。
「社長。これ、つけてみて下さい。」
「ペンダント?」
彼は不思議そうな表情で受け取ったが、素直に首にかけてくれた。彼に渡したペンダントは、本審査が行われている最中、僕が『理想鏡』のシステムを書き換えたものだ。
「ペンダントトップの中央が発動ボタンになっているので、オンにすると、つけている者をプログラミングした幻影の姿に変換させます。要するに誤認視覚の利用です。」
説明を聞きながら彼がボタンを押すと、そこには要望通りの小柄な女性が姿を現す。
「え?特に何も変わってないけど?」
僕はその言葉を聞いて、呆れて溜め息を吐く。
そもそもこんな鏡すらないこの部屋で、どうやって変化した姿を確認しようと思っていたのだろうか。半信半疑な彼を見て、仕方なく僕は自身のスマホで彼を撮影し、見せてあげた。
「わぁ。すっげー。本当に女の子になってる!」
変換システムを組み上げたプログラムによって、ショートヘアの明るく元気な女性の姿になった彼は驚きと喜びに浸っている。目の前で楽しそうにはしゃぐ姿を見て、もし幼い頃の春緋が女性として成長していたら、こんな感じだったかもしれないな…と想像して見惚れてしまった僕の心情は、秘密にしておこう。
僕は自身の中で仕切り直すため、咳払いをした。
「え、えーっと。声は自動で統計的に一番多いタイプの音声に変換されるから、普通に話してもらって問題ないです。」
「へぇ。じゃあ、このペンダントが変声機の役割も兼ねてるわけだ。」
「はい。そうです。」
僕の言葉を聞きながら、春緋は改めてペンダントを大切そうに眺めた。
「さすがは直だね。」
嬉しそうな笑顔を向けられ、一瞬春緋だということを忘れて内心ドキッとしてしまう。
「おはよぉ。あ、岡崎あのさぁ。オレの担当エリアのことなんだけど…?」
まだ眠そうに大きなあくびをしながら部屋に入ってきた守山は、僕を見つけた流れで話かけてきたのだけれど、急に言葉を飲み込んだ。
「なぁ。この子、誰?」
見たことのない女性がいることに気付き、僕にそっと問いかけてくる。
「えっと、社長…だよ。」
僕の答えに目を見開き、信じられない様子でもう一度女性の方をじっと見る。
「はぁ?あのバカ兄貴なわけないだろ!」
確かに春緋には見えないが、中身は紛れもなく彼なのだ。
「おい、秋。誰がバカ兄貴だ!謝れ!」
兄弟ゲンカの仲裁をする気はないが、できればその姿で言わないで欲しい。
「げっマジかー。」
発動ボタンで幻影を解除した彼は春緋の姿で守山の頭を殴った。
「いてっ」
その後も出勤してくるメンバーに対し同じことを繰り返す彼は、ただの新しいおもちゃを手に入れた悪ガキでしかなかった。
「社長、できるだけ、目立つ行動はしないでくださいね。」
注意しても無駄だと思ったけれど、心配要素しかない状況を把握し、念の為に釘を刺しておく。
「了解!」
そんな嬉しそうな顔で元気に返事されると不安が倍増する。一体、何をどこまで了解されたのか、僕に確認する勇気はない。
本部にメンバー登録する際の名目上、雑用係としてチームに加わり、パーク内においてはナビゲーションシステムの統括を担当してもらうことになった。
そしてその日の午後、休憩時間を終えた僕たちが仕事を再開していると、涼しい顔をして北條さんが戻ってきた。
「予算案承認されたぞ。」
「マジで?」
「すげー!」
無事に企画が本審査を通ったからといっても、あの難攻不落の経理担当から数時間で予算の承認を得てきた北條さんの手腕に驚き、きっとこの人ってバケモノなんだと思ってしまった。
「企画も予算も承認されたことだし、オレらも気合入れて動かないとなー。」
いつも通りマイペースで、適度に緊張感のない彼は、たぶん…忘れている。
「んで、バカ社長はいつまでその姿でいるつもりなんだ?」
守山が机に足を乗せ、椅子に背を預けた状態で春緋に問い掛ける。
「あ、すっかり忘れてた。」
ほら、やっぱり忘れている。守山に指摘されて初めて気付いたようだ。
「バカは放っておいてさっさと取り掛かろうぜ。」
開発ルームは勝手に訪問者が出入りできないようにセキュリティーが設定されている。だからこの部屋で『理想鏡』を使用しなくても良いのだけれど…気に入ってくれたのか、なかなか解除しない。
「外へ出るときだけ、気をつけてください。慣れない容姿だと疲れるでしょう?」
実際に身体が変化するわけではないので、彼自身に何の負担もない。でも、周りの視線って結構負担になるものだ。
「うん?わかった。気をつけるよ。」
「はい。」
相槌のような返事をして、僕は彼に『彼女』のネームプレートを渡した。
「くるみ?」
ネームを受け取った彼は不思議そうに呟いた。
「勝手に名前を考えました。…変えますか?」
不安げに問う僕に、彼は笑顔で首を横に振り、軽く手を挙げて言う。
「直、質問。」
「は…い。」
質問される内容の予測はついているのに、声が上擦ってしまう。
「なんで、くるみ?」
当然、聞かれるよな。
「くるみには、知性とか戦略の意味があるって。頭の回転がよくなる効果もあるそうで…社長に似合っているかなと思って、その…」
何かを隠して言葉を選びつつ話す僕を見透かすようにじっと見つめていた彼は、微かに優しい笑みを浮かべる。
「直。ありがとう。」
「え?何、が?」
誤魔化そうとしても、上手く言葉が見つからなかった。
「オレの誕生日、覚えてくれてただけで嬉しいわ。」
そう言ってネームプレートをそっとポケットに入れ、彼は理想鏡の発動を解除した。
「さて。次の会議、間に合うか?資料は?」
腕時計を確認し、北條さんに問い掛ける姿はすでにT2Wの取締役としての彼だった。
「はい。あと二十分あります。」
受け取った資料に目を通すのをやめて、僕らに向き直る。
「みんな、悪いが一旦席を外す。プロジェクトの進行、頼むな。」
慌ただしく部屋を出て行く二人の背を見送り、僕たちは仕事に取り掛かった。
さっき『くるみ』が三月十五日、春緋の誕生花でもあるからその名前にしたのだという、本当の理由を伝えなかった僕の…敢えて隠していた意図に気付いた彼の中にある膨大な知識や情報の多さ、そして思考の速さに驚いていた。
「ただ、カンが良いだけじゃないんだもんな。」
やっぱり、春ちゃんって、すごいや。
子供の頃に何度も思ったことをそっと心の中で呟き、彼の笑顔を思い出して僕は一人、微笑んでいた。
創立記念日に合わせてのオープンを目標に、僕たちの時間が動き出し、忙しない日々の中、順調に僕たちの夢が仕上がっていく。
パークには、出入り口を入国ゲート、出国ゲートとし、それらを含めて全部で七つのエリアを設けた。
入国ゲートには、はじまりの意味で、朝焼けの空をイメージして明るい橙色の旗を飾った。入国の際にはチケットにスタンプを押し、リストバンドを着けさせてもらう。そして自由参加ではあるが、スタンプラリーに使用するパスポート型のスタンプ帳を配布して旅のスタートとなる。
出国ゲートには旅立ちの朝に似合う、青空色の旗。記念グッズとして小さなトランクのキーホルダーをプレゼントし、リストバンドを回収する。
各エリアごとに色分けした旗を掲げるのは、特色を出すため、それとマップ上でも確認しやすくするためだ。
パークの奥からエリア1とし、イメージカラーに赤い旗を掲げた。
ここは絶叫マシーンなどを楽しめるエリアになっている。山頂を登っていくような雰囲気を味わえるボルタリング、荒波に揺れる海賊船やサーキットコースも用意した。
もちろんジェットコースターもある。メインのコースターは映像技術を駆使して、思わず息を止めてしまいそうな臨場感ある水中ジェットコースターとし、乗り物から時々水しぶきが出るなどの細工を施した。
担当者の春緋が好むアトラクションばかりで、子供のように弾ける笑顔ではしゃぎまわっている彼自身が一番楽しんでいる。
エリア2、ドキドキ体験エリア。旗は紫色。
お化け屋敷やダンジョン、ミラーハウスなどがある。ミラーハウスではすり抜けられる鏡や水鏡のように触れて遊べるものがある。迷子のダンジョンと名付けた理由である、一時的に移動する壁に右往左往しながら出口を探す仕掛けや突如現れる妖怪退治も人気が集まりそうだ。
定番のお化け屋敷は2パターン用意していて、可愛いお化けと散歩したり、道案内してもらったりする『Sweet』と背筋が冷やりとするほどの恐怖を味わえる『Bitter』があり、日替わりで登場する。
人を驚かすことを楽しんでいる担当者、秋が反応を見て上機嫌なのは言うまでもないが、ネーミングセンスが…チョコ好き過ぎだわ。きっと。
エリア3、夢のほのぼのエリア。明るい黄色の旗が空を泳ぐ。
どこの遊園地でも見かけるコーヒーカップや観覧車、メリーゴーランドなどがある。
コーヒーカップだけでなく、様々なグラスを用意したところが見所。見える景色が変化するソーダグラスがおすすめだ。
メリーゴーランドは可愛い動物バージョンと、カッコイイ車やバイクバージョンがあるので、見ている側も十分楽しめる。観覧車も一つずつ内装が変わるので何度乗っても新鮮さと驚きが得られるだろう。
担当した健太が意外とメルヘンチックな一面を持っている事に、メンバー全員が驚いていたが、帰宅途中、毎日ご飯を持って捨て猫たちに会いに行っている姿を知る僕としては、納得しかなかった。
エリア4、憩いと探求のエリア。森の奥をイメージして緑色の旗。
担当した僕としては、もちろん子供たちの探究心の高さを考慮し、お菓子の城を中心に絵本やゲームの世界を体感してもらえるよう、音が鳴る床や柔らかい壁、光る階段、動き出す絵などの仕掛けを施した。もちろん、親が休憩できる雲のソファーも用意してある。
メンバーたちからは『創造力がガキだ』と笑われたが、春緋だけは満面の笑みで僕の頭を撫でてくれた。
最後に中央部。おみやげエリアとイベントエリアを設け、問い合わせの総合窓口も統括できるようにし、落ち着きのある藍色の旗を選んだ。
もちろん、担当者は一番落ち着きのあるセイ…北條さんだ。
面倒なことを押し付けたようにも見えるが、お客さんの視点で店内装飾の細部まで拘って取り組んでくれたし、イベント活動にも好意的な興味を持ってくれたから、結局全面的に任せてしまった。
「まさにこれ以上ない適役だなぁ」
と言って春緋は笑っていた。
そしてエリア同士を繋ぐ道も念入りな調整を繰り返し、もちろん遊び心でサプライズ企画も忘れずに仕組んでおいた。
パーク内を旅行中、特定のスタッフから合言葉『Trip?』と聞かれたら『Trap』と答える。プレゼントとしてステッカーや各エリアのスカーフ、花や風船などを用意している。余談として、事前申し込みが必要だけれど、記念日のお祝いイベントのお手伝いをさせてもらう特別企画もある。
「各エリア、試運転はどんな感じ?」
僕はパーク内をチェックしながら歩き回り、インカムで全員に呼びかける。
「エリア2、問題な…あっ冷風設備をもうちょい強化したい。」
「了解。調整する。」
マップに書き込み、すぐに手配の連絡をした。
「エリア3、順調だ。」
「ありがとう。」
「エリア1。楽しすぎてヤバイかもー。」
おいおい…
「バカ兄貴!ちゃんと仕事しろ!」
「社長、ほどほどにしてくださいね。」
インカムの向こうから返事はなく、笑い声が聞こえている。きっと僕たちの声なんて届いていない。
「中央、入出国ゲート問題なし。各エリアとの通信もOKだ。」
「ありがとうございます。エリア4も順調です。各自あと三十分程度で作業を終えて中央部に集合してください。」
メンバー全員から、了解の返答を受け、僕は担当エリアの最終確認を始めた。
三十分後、集まった僕たちはそれぞれの仕事を終え、各エリアが問題なく全ての作業を完了したことを報告し合った。
「あとはオープンするだけだな。」
ポケットから取り出したチョコを食べながら秋が言った。
「守山くん、仕事中―。」
くるみの姿で社長が冷たく言う。
「アンタにだけは言われたくねぇわ。」
相変わらず顔を合わせると文句ばかり言い合っているけれど、本当は仲良しなんだよな、と二人を見て微笑む。健太と北條さんも慣れてきたのか、苦笑しながら見つめている。
いろんなことに対して、初めはどうなることかと心配だったけれど、思いつきで始めた僕の企画を認め、最後まで諦めずに一緒に作り上げてくれた事が何よりも嬉しかった。
「みんな、本当にありがとう。」
その言葉に反応して、みんなの視線が僕に集まる。でも、今は何も怖くなんてなかった。ずっと恐怖でしかなかった視線なのに、少しも怖くない。
「直の企画、楽しいと思ったから。」
彼の少しぶっきらぼうな口調が今では照れ隠しなのだとわかる。名前で呼ぶことにもちょっとずつ慣れてくれたみたいで嬉しい。
「ありがとう、健太。」
顔を背け、ヘッドフォンを付け損ねた彼の耳が真っ赤に染まっていることに気付き、つい笑みが溢れた。
「さあて。我がT2Wの創立記念、盛大にいこうか!」
春緋の言葉にみんなが答え、僕たちはお互いに讃え合った。
そして迎えたプレオープン当日。
招待客たちが見守る中、開園式が始まる。
できるだけ堅苦しくならないようにと、スピーチや祝辞の時間を短縮し、スピーディーな式にした。もちろん、パークで過ごしてもらう時間を確保するためだ。
オープン当日は社長の創立記念スピーチがメインになるから、今日、春緋はくるみとして僕たちの隣にいる。
「では、プレオープン記念のくす玉を割って頂きましょう。どうぞ!」
司会者の声に従い、主賓が勢いよく紐を引く瞬間、僕はとてつもなく嫌な予感がして、少し後ろにいる秋たちを見た。
「あ!」
僕の予想通り、くす玉は割れず、軽やかに主賓の頭上に落ちた。そして為す術もなく、ただ弾んで転がっていくくす玉を静かに見守っていた。
「おしい!もうちょっと!」
転がってきたくす玉に反応し、発動してしまったゴミ箱の声に招待客たちが爆笑したことは容易に想像がつくだろう。そんな騒ぎの中、あろうことか秋と春緋がハイタッチをし、健太は力強くガッツポーズをしていた。
北條さんと僕は頭を抱え、呆れるしかなかった。
「で、では、皆様夢の旅をお楽しみください。」
司会者が入国を促し、動き出した招待客のおかげでとりあえず彼らのイタズラはうやむやになってくれた、と思いたい。
終日大きなトラブルもエラーも起こらず、笑顔いっぱいの旅行者たちを見送り、僕たちの怒涛な一日が終わった。
パーク内の最終点検をして、中央部にあるスタッフルームへ向かうとすでにみんな戻ってきていた。
「あー。つかれたぁ。」
ソファーにもたれて秋が文句を言いながら項垂れている。その隣では健太が珍しく疲れた表情をしていた。
北條さんと春緋はノートパソコンと向き合い、何かの打ち合わせをしているようだ。僕は空いているソファーに座り、タブレットで報告書の仕上げを始める。
「直、ちょっといいか?」
静かな室内で報告書を書いていると、急に立ち上がった秋が僕に声を掛ける。
「うん?何?」
無言でドアの方を見やる彼に促され、僕は後を追うように部屋を出た。
ゆっくり階段を上がり建物の屋上に着いた。よく来ていたのか、秋は迷うことなくパークを一望出来る場所で立ち止まり、フェンス越しに眺めている。
「何か、あったのか?」
ぼくが尋ねても『別に』と呟くだけで、また僕らの間に静かな時間が流れていく。話があると言われたわけではないし、会話がなくても良いかと考え、隣に並んでパークに目を向けた時、秋がニヤリと笑った気がした。
「え?」
「びっくりしたか?」
その問い掛けに返事をするのを忘れて、僕はゆっくりと頷いた。
「俺さぁチビん時、兄貴の事がよくわかんなかったけど…どんだけ時が経っても関係なかったわ。やっぱり俺にはわかんねーわ。」
眼下に広がるパーク全体に大きなトランクが浮かび上がり、持ち手のところに結ばれているスカーフの色がランダムにエリア毎の旗の色に変化している。そして『Wonder Dreams Park』の文字が描かれていた。
「こんな仕掛け、誰が?」
「バカ兄貴しかいないじゃん?パークが本格的に始動する前に、おまえに見せたかったんだ。」
フェンスに背を預けて笑う秋の姿は、とても嬉しそうに見えた。
「一緒にいたはずなのに、何を考えているのかわからない兄貴のこと、なんか怖くなって気付いたらいつも避けてた。」
もしかしたら、兄貴の才能に憧れていただけなのかもしれないと言って、秋は照れたように笑う。
幼い頃の春緋はよく両親に怒られていたらしい。そんな兄の姿を見て学んだのは、バカなことはしないでおこう、だったと言う。それでも懲りずにイタズラを繰り返しては怒られ、使っていない部屋とか物置きとかに閉じ込められても、いつだって平気な顔で笑っていた春緋が、簡単に大人の思惑通りになるはずもなく、邪魔されない貴重な時間ができたと嬉しそうに話したいたらしい。
「あの頃から兄貴は…ずっと理想鏡のことを考えていたのかもしれない。」
「え?」
少し苦しそうに話す秋の方を見る。
「おまえの身体的な違和感を少しでも軽減させたかったんだろうな。」
もしかして、理想鏡って僕のために…?
「でも、俺はそんな兄貴のことが嫌いだった。見た目がどんな姿であっても、その存在を認めるべきなんだ。無理矢理本来の姿を変えてまで周囲に溶け込む必要なんてないだろって、反発したこともある。」
見た目が、どんな姿であっても?
あの頃の僕は、その見た目が原因で誰にも認めてもらえなかったんだ。誰にも、必要とされてもいなかった…
彼に、春緋に出会うまでずっと…
「誰が何を言っても、俺はおまえのことキレイだって思ってる。人と違うことが悪いことなのかよ?なんか間違ってんのか?」
今、みんなと一緒にいるこの世界は、僕にとっても少しずつ生きやすくなってきたけどね。でも、ずっと僕が砦の中で生きていた世界では、みんなと違うことは、間違い(Error)でしかなかったんだよ。
「だから俺は理想鏡なんて必要ないって何度も何度も言ったんだ。それなのに、兄貴は…アイツは言った。本…」
「本人がそれを願っているのなら、叶えるべきだろう?ってね。」
「春、緋…」
秋の言葉の続きは春緋自身が語ってくれた。
「二人で出て行ったから気になってついて来ちゃった。出るタイミングを逃しまくったけど。」
悪びれる様子もなく、そう言って春緋はクスッと笑う。
「趣味悪。盗み聞きかよ!」
強い口調で言い、秋は僕たちに背を向ける。
「直、オレが理想鏡を作った本当の理由、知りたい?本当の理由はね…」
静かに僕に近付いてきて、そっと耳元で話し出した。
「T2Wを設立して、不動の地位が欲しかったから、だよ。」
「え…?」
冷たい笑みを浮かべながら告げられた言葉は、僕に届いているはずなのに、意味がわからなかった。
自分の会社を設立し、地位や名誉が欲しかったという認識で良いのだろうか。その考えを否定するつもりなんてないけれど、でも…信じたくない気持ちの方が強いのは何故だろう。
「オレの存在を世界に認めさせるきっかけとして、研究発表のために直のことを利用していただけだ。」
その言葉に反応したのは、僕じゃなかった。
「おい!それ、どういう意味だよ!」
秋はすごい勢いで春緋の胸ぐらを掴んで、じっと睨みつけている。
「今、言った。もしかして聞いてなかった?研究目的のために、いつも一人でいた直と仲良くなって、望みを叶えたらどうなるのかを知りたかった。」
真実を語っているはずの春緋の言葉にも、表情にも感情が込められていないことに気付いた僕は、胸の奥が締め付けられているように痛くなった。
「テメェ、本気で言ってんのか!」
秋の目に怒りが露わになり、握り締めている拳が震えている。
「もちろん。だから、これで良いんだ。だって、直の望みもオレの夢も叶えられたから。もう、良いんだよ。」
春緋は何かを決意するかのように、そっと薬指のリングに触れている。
もう、良い?もういらないって事?
『おまえなんかいらない』
あ…もしかしてまた何か間違えたのかな?昔から僕は何をやっても上手くいかないんだ。きっと、また間違いだったんだ…ねぇ?誰か教えて?
何もかもわからなくなって、急に目の前が真っ暗になった時、不意にあの頃の事を思い出した。
二人で作った秘密基地で交わした約束。
― 約束だよ、春ちゃん。僕、待ってるからね。
再会して、一緒に語り合った夢の国を作る事。それが僕たちの約束だ。
― いつか夢の国を作って、一緒に旅をしような。
どちらからともなく、小指を絡めてゆびきりをした。
あの時の僕たちは、嘘じゃない。
たとえ、間違いでもいい。
僕は…それでもいいんだ。
「っこの…!」
秋が拳を振り上げ、春緋に殴りかかろうとしたとき、僕はやっと何かの呪縛から解き放たれた。
「僕は、春緋を信じてるよ。」
何を言われようと、何があろうと、僕の中に刻まれた記憶が真実なんだ。
― いつか忘れてしまう記憶(メモリー)なんていらないよ?
幼い頃の僕が哀しそうに問い掛ける。
そうじゃない。
― どうせいつか忘れてしまうのに…
幼い僕が淋しそうに俯く。
だから、そうじゃないんだよ。
― 僕は、いつか忘れ去られる記憶なんていらないんだ!
幼い頃の僕は泣き叫ぶ。
違う。違うんだよ。いらないものなんてないんだ。
僕は小さなその身体をぎゅっと抱きしめて優しく微笑む。
だって何があったって…
「僕は春緋との大切な記憶を、なくしたりしない。」
ずっと心の奥にしまっていたけれど、あの日のゆびきりと交わした約束も、大切な記憶なんだ。
「な…お。」
春緋が抱えているものが何なのかわからない。でも、彼がいつだって僕のことを大切に思ってくれているんだって信じている。
僕がまっすぐに見つめていることに気付いた彼は、ずっと触れていた薬指のリングから手を離した。
「直、オレ…」
思いつめた表情で首にかけているネックレスをぎゅっと握り締め何かを言おうとする彼に、優しく微笑んでゆっくりと頷く。
その言葉は…いらない。
「ねぇ、秋。迷子のダンジョンって絶対に出られなくなったりしない?」
「は?」
あの後僕は秋の怒りを鎮め、落ち込む春緋を慰め、やっと落ち着きを取り戻した僕たちは今、三人並んでパークを眺めている。
「僕でも平気かなぁ?」
方向音痴を極めていると言っても過言ではないと自負している僕は、アトラクションといっても、かなり心配だった。
「じゃあ。オレが直と一緒に行く。」
「はあ?」
さっきよりも不躾なほど呆れた声で秋が言う。
「二人とも、極度の方向音痴のくせに何考えてんだよ。俺の作ったアトラクションで迷宮入りすんなよ!このバカどもが!」
僕と春緋はそんな秋の姿を見て笑った。
「だって春緋のエリアは、僕ちょっと…」
「え?」
「ん?」
実は絶叫系が大の苦手な僕はそっと辞退するつもりでいたのだ。
「なんでだよー。」
残念だとばかりに詰め寄る春緋に対し、言葉を濁している僕を見て秋が笑い出す。
「直、おまえ絶叫系が苦手だったのか。」
からかうように笑いながら言う秋を見て、春緋が驚いている。
「えっマジか!じゃあ無理じゃん。」
そう言ってかなり落ち込んでしまった。
こんな時、僕のことを考えて無理強いしない春緋が好きだ。
「あ、じゃあ。オレが隣に乗ってやるわ。大丈夫!絶対怖くないよ。」
と言って無邪気に笑う彼が、悪魔に見えてきた。
…無理強いしない春緋が、好きだったなぁ…
「ムリ。絶対に乗らないって!」
残念なことに僕の言葉なんて届いていないようだ。二人は楽しそうに僕をネタにして笑い合っている。
「あ。オレ、直んとこのエリアで遊びたい。」
「お子様かよ。」
間髪入れずに秋が素っ気無く言うが、得意げな笑みを浮かべて春緋が煽る。
「へぇ。ゲームの世界って憧れるよなぁって言ってるのはお子様じゃないんだ。」
「お、おまえな!いつの話だよ。」
なんだか微笑ましい光景だなあと嬉しくなって言い合う二人を眺める。
「僕、健太のコーヒーカップが気になってるんだ。」
ソーダ水の入ったグラスはカラフルに色が変化するらしい。
「オレも。」
それぞれが担当して作り上げたエリアの魅力を、制作側ではなく思い切り楽しみたいと思っているのは僕だけではないようだ。
「でも、兄貴。一日スタッフの貸切りって…何の儲けにもならないだろう?いいのか?」
「もちろん。だってオレらのWonder Dreams Parkだもん。」
プレオープンの翌日、つまり明日は、スタッフ貸切りでパークのアトラクションを実体験しよう、という提案が社長自ら発表され、みんな驚きのあまり一瞬静まり返ったが、状況を理解した途端に歓喜の声が湧き上がった。
「明日は自動運転に切り替えて、みんなで遊びまくろう!」
一番楽しみにしているのは、やっぱり社長である春緋なのかもしれない。彼の嬉しそうな笑顔を見てそう思った。
そして迎えた当日。
参加したスタッフたちも、もちろん僕たちも不思議な夢の旅を楽しんだ。
最後にセイさんが担当してくれた中央部のフォトステージで記念撮影をすることになり、僕たちも特設広場でチーム全員の写真を初めて撮った。
この一瞬はきっと、どれだけの時が過ぎようとも忘れることのない記憶となるだろう。
「じゃ、お疲れー。」と秋が手を振る。
「また明日な。」と少し笑って健太が言う。
「全員、遅刻するなよ。」セイさんは常に真面目な人なのかも。
「おやすみー。」
そう言って疲れを知らない元気な笑顔で手を振る春緋は、なぜか僕の隣にいる。そのまま一緒にみんなを見送った後、春緋は僕と向き合った。
「直、いろいろとごめん。」
急に真剣な表情で頭を下げる彼に、僕はふわりと優しく笑う。
「だから、その言葉は…」
「いらなくない。ちゃんと謝るのは大切なことだ。」
僕はそんな彼のまっすぐな瞳を見つめ返すのがやっとで、何も言えなくなった。
「それから…ん。」
彼は言葉少なに顔を逸らし、小指を出した手を僕に向ける。
「え?」
「次の夢も、一緒に叶える約束。」
次の夢も…
「春緋…うん。約束、しよう。」
僕はそっと彼の小指に自身の小指を絡めた。ゆびきりを終え、解けた小指が名残惜しそうに離れかけた時、ぎゅっと手を握られた。
「な、に?」
「この手を離したりしない。何があってもオレは絶対に離さない、だから直、おまえも…この先何があっても、オレの手を離すな。」
その言葉の真意はわからないけれど、僕は迷わずに笑顔で応える。
「うん。離さない。春緋…ありがとう。」
彼の手のぬくもりとリングの冷たさが僕の記憶(メモリー)に深く刻み込まれた。
「今回ご依頼頂いた研究内容と結果報告書です。」
― 主たる生命体においての相違型、同系型への対応と順応性について ー
ケース1 相違型生命体への対応と順応性について。
外観に強い違和感が生じる場合、やはり順応しにくい傾向有り。今回『アルビノ』の特性を持つ個体にて経過観察を行い、ほぼ予想通りの結果を得た。
ケース2 類似型生命体への対応と順応性について。
ほぼ同系型だと視覚的ストレスは少ないが、性質や思考が異なる(正反対や同等などいくつかのタイプで実施)場合、反発が見られた。
これらの対象が集団で同じ空間を共有し、同じ目標(目的)を持って行動する中、どのような環境や心境の変化が生じるのかを観察対象とした。
たとえば水面に投石した時に広がる波紋のように、平穏な世界に異なる種を生存させることで発生するものがあるのか、あるのならば、一体何なのかという疑問を調査した。
結果としては概ね、予測していたパターンに該当したが、想定外の思考や行動を起こす対象が数名存在したことは貴重な結果といえよう。
何度もプログラムを修正、補強を繰り返すも根本的改善は見込めず、現在原因解明には至っていない。
不明瞭な部分が目立つため更なる改善が必要であるとの意見を頂いたが、この事案について今後検討する予定なし。
尚、正常プログラム起動の際に発生するいくつかの想定外の事柄を、我々は『誤作動(Error)』ではなく『進化(Evolution』であると考えている。
「報告書、確かに受領致しました。ご苦労様です。」
「ありがとうございます。」
執務秘書に深々と一礼をし、そのまま執務室のドアへ向かおうとした時、呼び止められた。
「ああ。言い忘れていた。本案件に関しては、この報告書の提出にて研究完了とする。今後、報告の義務はないので、後の判断はいつも通り君に委ねよう。」
知りたい情報は得たから、証拠隠滅しておけってか?相変わらず、やり方が自分勝手な事で…
「承知、致しました。では、失礼いたします。」
無表情で返答し、静かに退室した。
「終わりましたか?」
「うん。」
閉ざしたドアを見つめて、もう二度と来たくないなと思いながら、そっと息を吐く。
今回のこの研究について発表すれば、異論を唱える者たちが数多くいるだろう。だからこそ、執行部はあの報告書の存在を決して公にしない。
でも、きっと、それが一番良いんだ。
「今後の予定は?」
「理想としては現状維持、かな。」
まだ、しばらくの間はこのままでいたい。
研究対象であったはずの彼らに近づきすぎたのだろうか。手放すには惜しいと感じる居場所になっているようだ。
「なるほど。」
感慨深げに言いながら彼の視線が何かを見つめて留まった。
「それで?結局、教授と博士、どちらでお呼びすればよろしいですか?」
長期で取り組んで得た貴重な研究結果を公表すれば、それなりに高い評価を受けられるとわかっていても、そんなものに何の価値もない。それでも、いつだって執行部が勝手な解釈をするんだ。
報告書提出と引き換えに、口止め料の意味を込めて『特別教授』の胸章が授与された。
「どっちもいらない。」
真剣な顔で問う意味があるのだろうか?呼びたいのなら、好きに呼べばいい。
「相変わらず、欲のない方だ。」
胸章から視線を外し、呆れた声で言った彼は軽く溜め息を吐き、また同じ質問を繰り返す。
「教授と博士、どちらがよろしいですか?」
答えずに、しばらくじっと彼を見つめて、無言のまま顔を背ける。
「そっか。もう…直って呼んでくれないんだ。」
「え?」
予想外の僕の言葉を聞いて、やっと彼の表情にいつもの柔らかさが戻った。
「ばーか。おまえはずっと『なお』だよ。」
彼は優しく言って笑った。
「じゃ、帰ろうか。直。」
窮屈そうに止めていたジャケットのボタンを全部外し、ポケットに手を突っ込んで見慣れた笑顔を見せる彼の背中を追いかける。
「あ、春緋。待って。」
ゆっくり歩いても、僕が間に合わないことを把握しているのだろう。振り向いて僕の位置を確かめもしない。
そして僕に背を向けたまま、躊躇いながらも彼はそっと薬指のリングを外した…
「プログラムを停止します。」
無機質な音声がして、動作が止まった。
「直、ちょっとだけ眠っててな。」
オレは振り返り、さっき外したリングを直の指にはめた。そしてゆびきりをする代わりにその手をぎゅっと握る。
今回、オレに課せられた依頼は「岡崎直哉」の行動観察。アルビノの特性を持つ彼が周囲から拒まれ、一人きりの状態でどうやって生きていくのか…そして外見に関係なく受け入れられた時、何が変化するのかを見定める役割だった。
彼はもちろん、何も知らない。
知らないままに「岡崎直哉」として生きている。結果として、何度もErrorを起こしながら、執行部の思惑なんて物ともせず、彼はまっすぐに素直な感情と確かな仲間を手に入れた。
「ざまあないな。」
そう言ってオレは微笑みながらそっと直の頬に触れる。
滅びかけの世界を再建、保持していく為だという表向きの名目を引っさげて、執行部は今までも、好き勝手に異質な境遇設定し、その中で生き抜く生命体の様を研究させられてきたが、今回ばかりは私情を挟まずにはいられなかった。自分自身もまた、執行部の観察対象であると気付いていたから…
いつまでも、アイツらの勝手にはさせない。
「今回も、いつもどおり処分すれば良いのか?」
すでに数え切れないほど繰り返したやり取りと、聞き慣れているはずの声に、何故かゾクッとした。
「…しない。」
「ん?何だって?」
オレの声が届いていないらしく、彼は眉間にシワを寄せて聞き返す。
「処分しない。セイ、勝手なことするなよ?ちゃんと直を部屋に連れて行って。わかった?社長命令だからね。オレは一旦自室に戻る。」
今になって、知らなかった『大切なものを失う恐怖』という感情と出会ってしまった。それを必死に振り払おうとしているのだと気付かれたくなくて、できるだけ平静を装う。
もう間違った判断なんてしたくないから…
誰がなんと言おうと、これから先も絶対に彼らを…直を処分なんてさせない。
「…セイ。直を部屋に連れて行って。」
「次の会議は午後三時です。」
呆れた表情で大袈裟なため息とともに告げられ、反射的に腕時計を確認する。
あと三十分もないじゃん…
束の間の休息、てか?ため息を吐きたいのはオレだわ…
「了解。覚えてたら行くわー。」
「来なかったらお迎えに参ります。」
壁にもたれたまま話す、ちょっと傲慢なオレの信頼できる相棒に手を振り、歩き出す。
「なぁ春緋。」
彼の前を通り過ぎる刹那、珍しく名前を呼ばれた。
「なあに?」
「厳重注意の重要機密プロジェクト、なんじゃないのか?」
オレは歩みを止め、怪訝な顔で尋ねる彼に笑顔を向ける。
「うん。そうだな。」
「なら、どうして処分を拒む?」
理解できないって表情をしているけれど、オレはわかってる。だってその瞳の奥にある想いはきっとオレと同じだから。大切なものを失いたくはないよな。
「春緋?」
何も答えずただ微笑んでいるオレを不思議に思ったのか、不気味に思ったのかはわからないけれど、彼は不安そうにもう一度オレの名前を呼んだ。
「処分する必要ないから。」
十分な理由だ。
それだけを伝えて、再び自室へと歩き出した。
部屋へ戻り、ドアを閉めてオレはその場に倒れ込んだ。
「はぁ…」
― いつか忘れてしまう記憶(メモリー)なんていらない。
「どうせ、いつか忘れるのに…」
― 僕は、いつか忘れ去られる記憶なんていらないんだ。でも、何があったって本当に大切な記憶を失ったりはしないんだよ。
「直の、ばーか。」
オレはおまえに感情チップを組み込んでいないのに、どうしてあんなふうに何度も誤作動(Error)を起こしたのだろうか。あの時だって…
― 僕は春緋を信じてるよ。
あの時オレは、直を…直の記憶をリセットしようとしていたのに。
中間報告の度に執行部から、制御できなくなると厄介だという不可解な理由だけで、繰り返し破棄しろと指示が出ていたが、できなかった。破棄できないから、せめて記憶をリセットしようと思ったんだ。でも、それさえもできなかった。できるはずがないんだ。
だって…
「だって、オレたちは不完全な最高傑作だもんな。」
そう言って微笑んでみる。
自分の意思を持って、いろんなことを感じて生きているんだから、間違いだらけで良いんだよ。
「早く、直に会いたい…」
でも…少し眠らないとな。オレも、おまえも。
直と過ごした時間を思い出しながら、オレはわずかな休息をとるためにゆっくりと目を閉じた。
閉ざしたはずの視界に文字が浮かび上がる。
『エラー 再起動しますか?』
耳鳴りのように数秒鳴り響いた警告音が止まり、部屋は静まり返っている。
再び浮かんだ文字が、ゆっくりと点滅している。
『エラー 再起動しますか?』
「社長、そろそろ会議のお時間です。」
遠くで聞き覚えのある声がした。
「社長?」
ドアを叩く音が聞こえる。
「おい、春緋!いるんだろ?おい!」
ドア越しに焦りを含んだセイの声が聞こえたオレは、目を閉じたままクスッと笑った。
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