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こもれび
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どんな時でも穏やかな眼差しで優しく世界を見つめている者がいた。
「永久(とこしえ)の安らぎとは、たとえ非常なものであったとしても、自然がもたらす偉大なものなのだ。」
…とその花は語る。
毎年、日差しが強くなる季節を迎える前に『雨期』と呼ばれる時期がくる。
どこかの国ではそれを『梅雨』と言っているのだとじいちゃんが教えてくれた。
通常はほとんど雨が降らないこの地での雨期は、だいたい二、三ヶ月ほど続く。乾ききった大地を潤し、作物や動物たちの生命をも満たしてくれているのだ。
ただ…長期の雨は街を深い眠りに導いているかのように、ゆっくりゆっくりと薄い水のヴェールで包み込んでいく。
静かにしとしとと雨が振り続けるこの時期は街の活気が失われてしまい、だんだん静まり返り眠る街へと姿を変える。だからそうなる前に、先代たちと同じくオレも毎年旅に出ることにした。
旅と言っても、主に店で必要な材料を買い付けに行くだけなのだが。
店というのは、じいちゃんが始めたこの街で唯一のパン屋のことだ。父の代からパンだけでなく、雨期に備えて長期保存できるようにと、いろいろな種類のジャムやビスケット、クッキーも作るようになった。そのおかげでこの小さな街で数える程しかいない子供たちも、喜んで店に来るようになり、オレとしては楽しい日々を送っている。
五年前、長雨の影響により地盤が緩んでいた事が原因となり、起こってしまった不慮の事故で父が亡くなった。それをきっかけにオレが三代目としてこの店を受け継いだ。
当時は完璧なまでに失敗ばかりの日々で、奇跡的に焼きあがったとて…食べられるものではなかった。正直、未熟なまま受け継ぐことに対して不安だらけだったが、先代たちの思いをこのまま終わらせるわけにはいかないと、がむしゃらになった。そしてやっと父のように、じいちゃんのように…とまではまだいかないが、それなりに評判の良いパン屋として常連客が増えてきた。
決して豊かとは言えない街だからこそ、多くの人の笑顔が見たいのだと、じいちゃんが始めたこの店を大切に守ってきた父の思いと、お客さんたちの嬉しそうな笑顔をオレ自身も失いたくはなかった。
「なぁ、おっちゃん。このパンいくらー?これで買えるー?」
店を開ける準備をしていると、最近よく見かける男の子が小さな手のひらに硬貨を握り締めて聞いてきた。
「だから、おっちゃんじゃねぇって。はぁ…んー?どれだ?」
苦情交じりにそう言ってオレが傍にしゃがむと、男の子は大切そうに硬貨を見せてくれる。
「弟たちにやるんだー。おっちゃん、これで買えるかー?」
手のひらには小さなパンをやっとひとつ買えるほどの硬貨しかなく、男の子が欲しいパンを買うには到底足らない。もちろん、笑顔で『おう。大丈夫だ。』と言ってやることはできる。だけど、それが良い事ではないとわかっているオレは、どうするべきかと悩んだ。
「あー。ちょっと待ってな。」
「うん。」
元気よく返事をする男の子を店に残し、オレは裏の作業場へ向かう。
「おい、坊主。これ、持って帰ってくれないか?」
オレはトレイにいくつかのパンを乗せ、店にいる男の子に声を掛けた。
「わぁ。すごい!いろんな形のパンがいっぱいあるー!」
ちょっと歪な形になってしまったパンや試作品のパンを見て、嬉しそうに笑ってくれた。
「実は…昨日ちょっと失敗してな。これ、店では売れないパンだから持って帰ってくれると助かるんだけど、どうだ?やっぱ、ダメか?」
キョロキョロと辺りを見回してそっと耳打ちするように語りかけると、男の子も真似をして小さな声で返してきた。
「いいよ。でも、こんなにたくさんはいらない。」
そう言って男の子は持っている硬貨をオレに差し出す。
「これで買える分だけ、ちょうだい。」
呆れるくらい真っ直ぐで、いい子だな…
「わかった。じゃあ、好きなの選んでくれるか?」
全部渡してやろかと思ったが、悩みながら選んだ数個のパンだけ袋に入れてやった。
「おっちゃん、ありがとう!」
男の子はしっかりと支払いをし、パンの入った袋を大切そうに抱えて大きく手を振りながら帰っていった。
「ありがとうございました。また…来いよな。」
小さくなった後ろ姿を見送り、オレはそう言って頭を下げた。
「あ、あの坊主…またおっちゃんって言った…」
何度言ってもオレのことを『おっちゃん』と呼ぶ男の子が、未だにどこの家の子なのか知らない。住人のほとんどと知り合いだと言っても過言ではないような小さな街なのに、誰に聞いてもどこから来ているのかわからなかった。
「さてと、今日の分の仕込みでもするかな。」
あくびをしながら身体を伸ばし、作業をするため店に戻ろうとした時、背後から声をかけられる。
「おはよう、連。毎日頑張るねぇ。」
店の裏に住んでいるおばさんがカゴを抱えて立っていた。
「ああ、おはよう。ははは。まあねー。おばちゃん、いつものバケットならもうすぐ焼きあがるよ。」
決まって毎朝バケットを数本買っていってくれるおばちゃんのために、焼き立てを渡せるよう仕込んでいる分だ。
「いつも悪いね。ありがとう、今日は三本もらおうかな。」
嬉しそうに笑って言い、持っていたカゴから袋を取り出した。
「これ、ウチの果樹園で取れたオレンジなんだけど、不格好で売り物にならないから貰ってくれないかい?」
どこかで聞いたようなセリフだなぁと思い苦笑した。
「え?こんなに?」
受け取った袋には思った以上にたくさんのオレンジが入っている。
「捨てるなんてもったいないだろう?」
そう言って豪快に笑って見せるおばちゃんは、急に困った顔でため息を吐く。
「もしかすると、今年の雨期は長いかもしれないね。」
確かに雨は乾いた地面を潤してくれるが、時に植物たちの根を腐らせてしまう。この辺りの土地ではよくあることだとは言っても、否応なく育てている作物が影響を受けるのは重要な問題なのだ。
「まぁ、お互いに、何とか乗り切るしかないんだけどな。」
オレは苦笑ながら返事をし、焼きあがったパンを袋に入れておばちゃんに渡す。
「はい。これはオレンジのお礼。」
言いながら、ジャムの小瓶とビスケットをカゴの中に入れた。
「あらあら。ありがとね。」
おばちゃんは嬉しそうに笑って帰っていった。
「こちらこそ、いつも助かってるよ。」
言いながら貰ったオレンジを手に取ると、柑橘の甘酸っぱい香りが広がった。
店に来てくれるお客さんたちみんなとそんなやり取りをするわけではないが、ちょっとした他愛のない会話や小さなおまけで、憂鬱な気持ちが少しでも軽くなるのなら喜ばしいことだ。
「ま、いいんじゃね?」
商売なんだから、もちろん売り上げも大切なことではあるが、勝手気ままな一人暮らしだからこそ自由で良いんじゃないかと思っている。
「せっかくだし…オレンジピールを使って新作パンを作るかな。あ、ジャムサンドクッキーもいいなぁ。」
オレンジの入った袋を抱え、オレはご機嫌で作業場へと向かった。
それから数日後の夕方…
「おっちゃん、また出かけるのか?」
少し早めに店を閉め、旅支度をしていると、いつも一人で店に来る男の子が窓から顔を覗かせた。
「おう。…おっちゃんじゃねぇけどな。」
その子はそれきり何も言わずに店の中を見ていた。
「また…隣町まで行くの?」
小さな声でつまらなさそうに呟く。
「ああ。恒例の同じルートだよ。」
荷物を適当に詰め込みながら返事をすると、窓枠に頬杖をついて『ふーん。』と気のない素振りをされた。
「なんだよ。」
鬱陶しいくらいの視線を感じて思わず声をかける。
「別に!」
なんだ、その明らかに不機嫌な態度は。
「おまえさぁ、せめてもう少しマシな対応…ってまぁいいか。」
子共ながらに不満さを懸命にアピールしている姿があまりにも健気で、思わず苦笑した。
「おっちゃん、早く帰って来いよな!」
ただ淋しいだけなんだとわかっているからこそ、やんちゃなクソガキが可愛く思えてしまう。
「おう。ありがとな。」
もし…オレに子供がいたら、あの子ぐらいなのかもしれないなぁとあり得ない未来を想像してみた。
「悪ガキが。」
精一杯の強がりがなんだかくすぐったくて、オレは無意識に笑顔になっていた。
同年代のヤツらは既にみんな結婚して家族がいる。気が付けばいつまでも一人でいるのはオレだけになってしまった。
「家族、か…」
ほんの少し憧れる気持ちはあるが、なんというか…今更、なんだよな。子供の頃を思い出しても母はオレが生まれてすぐ亡くなったらしいし、父は店のことで忙しかったこともあり、家族の関係性というものがあまりよくわかっていないのかもしれない。結局店が落ち着いてきた頃には誰もいなくなっていたし…家族で一緒に過ごす時間ってなかったかもしれない。
「ん?…アイツ…」
さっきまで男の子がいた窓のところに青い羽根が置いてある。まさかと思いながら手にしてみると、それは古くから言い伝えられている『導きの青い羽根』だった。昔、長旅に出る者へのお守りとして贈られていた、とひ―じいちゃんから聞いた覚えがある。
「こんなものどこで?ってか、これ、オレに…だよな?」
オレだって一度しか本物を見たことがないのに、一体あの子はどうやって手に入れたのだろうか。
「ホント、不思議なヤツだなぁ。」
そう言ってふと空を仰ぐと、雲がゆっくりと月を隠し始めていた。
「はぁ。少し時期は早いが、明日発つか。」
置き去りにされた贈り物である『お守り』を布に包み、大切にそっと荷物の中へと忍ばせた。
そして、まだ街も太陽さえも眠っている頃、オレは荷物を背負い静かに店を出た。
毎年変わらない恒例のルート。それは普段から誰も通らないようなけもの道を歩き、雨期にだけ遭遇できるかもしれない景色があるという噂を信じているオレの特別なものだ。まだ事実かどうかを実証することはできないが、オレはそのおかしな噂話を信じている。
噂話の発端は…常々、周囲の意見なんて聞きもせず、自由気ままに放浪していたというオレのひーじいちゃんなのだ。もちろんいい加減な話もたくさんあった。もしかしたらほとんどの話が嘘なのかもしれないと疑いたくなることもある。
ただ、オレが『あるもの』を興味深く覗き込んでいる様子を見たひ―じいちゃんは嬉しそうに笑って、今までとは違うことを教えてくれた。
「連、おまえにだけ、特別に教えてやるよ。」
そう言って『あるもの』をオレに手渡し得意げに語り始めた。
部屋に無造作に置いてあったそれは『水中花』と呼ばれているらしかった。水の中で育ち花を咲かせるという珍しい植物で、ひーじちゃん曰く…昔、大きな白蛇を助けた時にもらったもので、ある満月の夜にだけ真っ白な光を放つらしい…が、どこまで真実なのかは定かではない。
ひ―じいちゃんの部屋には所狭しと不思議なものが飾ってあるから、説明のつかないものがあっても別段気にならない。でもオレは何故かその『水中花』の存在に惹かれた。
じっと小瓶に入った花を見ていると、プクプクと細かい気泡を吐き出し、まるで呼吸しているようだ。
オレの中で唯一、ある意味尊敬できる偉大な放浪者の特別な話は、どこまでも壮大で魅力的なのにどこか淋しかった…
「あ、やっぱり降ってきたか。」
出発してまだ殆ど進んでいないのに、空からポツポツと雫が零れ落ちてくる。予定では雨期を迎えるには早いはずだが、なんとなく今年はいつもと違うような気がしていた。ここ最近、風が湿っていたから気にはなっていたのだけれど、まさか本当に雨期がズレるなんて予想外だった。
「半月も早く雨期が来るなんて、初めてだな。」
オレが知っている限り、今までに雨期がズレたことはない。
「ひ―じいちゃんは、何か知ってんのか?」
答えがないとわかっていながらも空に向かって問いかけたオレは、そっと目を閉じて久しぶりの雨を感じていた。
音もなく降り始めた雨が急に勢いを増し強くなった。
「やべぇなぁ。」
とりあえず一時的にでも雨を凌げる場所を探していると、今まで通ったことのない道に迷い込んでしまったらしく、知らない場所に辿り着いた。
「すんません。ちょっとだけ、休憩させてもらいます。」
見上げてもてっぺんが見えない程の大木に向かって手を合わせ、一礼をしてから雨宿りさせてもらうことにした。
「木々には想像もできない、あふれる程の生命が宿っているのだ…って言ってたよなぁ。」
気ままな放浪者でもたまにはまともなことを教えてくれる時だってあったんだな。
「あったか…」
そっと大木の幹に触れてみると、優しいぬくもりと微かな鼓動が感じられる気がして、そんな穏やかさに誘われたオレはいつの間にか微睡み始めた。
どのくらい眠っていただろうか。雷鳴を合図に本降りとなった雨が、知らないうちに止んで雲の切れ間から月が顔を覗かせている。
「今夜はピンクムーンだったのか…」
四月の満月を『ピンクムーン』と呼ぶのだと教えてくれたのも放浪者だったな。そんなことを思い出し、どうやらオレは自分で思ってる以上に放浪者のことを尊敬しているらしいことが判明した。
「まったく、どこまでも厄介なヤツだよな。」
文句を言いつつも口元が緩んでしまっていることが、何よりの証拠かもしれない。
足元に咲いているシバザクラたちを優しく照らしている月明かりを感じながら、昔の人たちが『ピンクムーン』と名付けた意味を改めて考えていた。
かつて、それぞれの暦に姿を見せてくれる神聖な満月に対して、その土地の種族が名前を付けたのだと教えてもらった。
春が近づくこの頃に山や丘を淡いピンクに染め上げていく、シバザクラやクサキョウチクトウなどの小さく可愛い花たちが月光に照らされ、一面が幻想的なピンク色の世界に見えることから『ピンクムーン』と呼ばれるようになったらしい。
「きっと昔の人たちは感受性が強いんだろうな。」
確かにそう名付けたくなる気持ちはオレにも理解できるかもしれない。せめてもう少しだけこの幻想的な世界にのんびり浸っていたいが…
「さてと、雨が降り出す前に進んでおかないとな。」
そう思って荷物を担いだ時、悪ガキにもらったお守りがふわりと零れ落ちた。
「おっと。閉め忘れてたか。」
地面に落ちかけた羽根に手を伸ばして受け止める。
「良かった。…ん?」
青い羽根を手のひらで包みこんだ時、不意に大木の裏側から微かな光を感じてゆっくりと近づいてみた。
「何…だ?これ。」
落雷の傷跡だろうか…深く幹に入った亀裂からあふれ出している光に、まるで誘われているかのようにゆっくりと手を伸ばす。
「あっ羽根が!」
もう少しで手が届くと思った瞬間、羽根がオレを光の中へと導くかのように入っていった。
「え?まさか…」
本当に導きの青い羽根、なのか?
― おかえり。待ってたよ。 ―
誰…だ?
オレを待っていた、のか?
声に誘われてそっとあふれる出る光に触れた刹那、オレの意識は薄れていき、そのまま大木の中へと吸い込まれていった。
無機質だけど、どこかぬくもりを感じるような規則正しい音が耳に届いてくる。でも、それ以外は何も聞こえてこない。
ここはどこだろう…
まだはっきりとしない意識の中、目に映る風景をゆっくりと確認していく。
どれも止まっているが、大小様々な時計がたくさん壁に掛かってある。自然のぬくもりを感じるのは部屋全体が木製だからだろうか。それともこの空間そのものがもたらしている何かがあるのだろうか。
「おや?目が覚めましたか?」
突然声をかけられ驚いたものの、不思議と不快ではなかった。
「どこか痛みますか?」
落ち着きのある静かな声は、長年の共に語りかけるような優しさが込められている。
「あ、ああ。どこもケガしていないし…大丈夫、です。」
問われて反射的に身体を確認したオレは躊躇いながら答えた。
「それは良かった。」
思わず見惚れてしまう程に美しい笑顔を向けられドキッとした。
「貴方に…ひとつ謝らなければならないことがあります。」
静かに目を伏せて申し訳なさそうに言うと、ゆっくり歩み寄ってオレの手を取り、青い羽根を乗せた。
「これ…」
半分ほどの大きさになってしまったが、間違いなくオレのお守りだとわかった。
「大切なものなのでしょうね。貴方を見つけた時にずっと胸に抱えていらしたので…」
かなり傷んでしまっていた為、勝手なことだと思いつつ、キレイに加工して革ひもをつけたのだと話してくれた。
「これなら、もう落としたりしねぇな。ありがとう。」
オレは革ひもを首にかけ、お守りにそっと触れながら笑顔でお礼を伝えると静かに頷き返してから、少し席を外すと言って部屋を出て行った。
「ここに、導いたのは…おまえなのか?」
一人部屋に残されたオレは、返事がないとわかっているのに、青い羽根に問いかけてみる。
それからしばらくして軽やかな足音が聞こえ、さっきの人がトレイを持って戻ってきた。
「紅茶を淹れました。如何ですか?」
「ありがとうございます。」
ベッドに座り、受け取ったカップからふわりとオレンジの香りがした。
「紅茶?」
不思議そうに呟くオレを見てクスクスと楽しそうに笑っている。
「フォートメイソンという紅茶です。こうしてオレンジの花を加えると香りも楽しめるのですよ。お好みでミルクもどうぞ。」
言われるままに紅茶を口にすると、柑橘の甘酸っぱい香りが広がり、口当たりも柔らかくて飲みやすかった。疲れた身体にはちょうど良い甘さで思わずホッと息を吐く。そんなオレの姿を相変わらず嬉しそうな笑顔で見つめている視線に気づき、わざとらしく咳払いをした。
「あ、お気になさらずに。」
終始穏やかな笑顔で対応されていることに耐えきれなくなったオレは、つい普段の口調で返してしまう。
「って、そんなに見られてたら、イヤでも気になるだろうが。」
一瞬、その人の動きが止まったが、また目を細めてクスッと笑われた。
「あー!もうやめた。なんか面倒くせぇ。」
慣れないことはするもんじゃないな、と改めて思い深いため息を吐いた。
「ふふ。貴方らしくて良いと思いますよ。」
オレらしいって、どういうことだ?
「はっ。ガラの悪いおっさんだってか?」
そもそも会ったばかりじゃないのか?いきなり『貴方らしくて』と言われるのはどう考えたっておかしいだろう?オレはコイツのことも、この場所のことも何も知らない。
会話の途切れた部屋に規則正しい時を刻む音だけが響いていた。
「なぁ。」
「はい。」
視線を感じる方を向き問いかけると、待っていたかのようにすぐに返事をされた。
「あんたは、オレを知ってんのか?」
「貴方は私を覚えていないのですね…」
ずっと優しい眼差しで見つめていた瞳がゆっくりと閉じられていく様は、たとえようもなく儚くて、ほんの少し淋しかった。
「あ、そうだ。」
何故かこれ以上続けてはいけない話のような気がしたオレは、おもむろに自分の荷物を探り始める。
「あ、あった。ほれ。これやるよ。紅茶のお礼だ。」
そう言って視線を合わさず、出発前に焼いたパンとスコーンを手渡した。
「ありがとう…ございます。」
不思議そうな表情で受け取ったパンを大切そうにそっと胸に抱え、優しく微笑んでくれた。
「おう。」
一息ついた後、案内されて階段を下りていくと店内らしき空間にもたくさんの時計が飾られているのが見える。
「ああ。古い建物ですから、足元には気を付けてくださいね。」
そう言われた瞬間、タイミング良くギシッと階段の軋む音がして振り返り微笑まれた。この人は一体誰なんだ?大体、オレとは初対面のはずなのにどうしてこんなにも優しく穏やかな笑顔ができるのだろう。まるで親しい相手にするような懐かしい表情だ。オレの知らない何かを知っているようで気になって無意識のうちに視線を向けてしまう。しかも外見が女性に見えるわけでもないのに、何気ない仕草に繊細な美しさを感じてつい必要以上に見惚れてしまっている。
「ここは、時計屋なのか?」
不躾にいつまでも見ているわけにもいかず、ぐるりと部屋を見渡して聞いてみた。
「まぁ、そんなところでしょうか。今となってはお客様が来ることなんて殆どないのですがね。」
そっと視線を壁の方に向け、何かを思い出すような口調でそう言って目を閉じた。そんな様子を見て、もしかしたら昔を思い出して懐かしんでいるのかもしれないと思ったオレは、なんとなく窓の外へと視線を移した。
そういえば雨、降ってないんだな…
「なぁ。勝手に見ても良いか?」
手持無沙汰になったオレが部屋の壁際にある棚を指差して問いかけると、まだ目を閉じて一人掛けのソファーに座っている彼は無言で頷いてくれた。
店内には時計だけではなく、木製の皿やアクセサリー、その他にもいろいろな雑貨が並んでいた。本当に全部手作りなのかと思いたくなる程ひとつひとつがとても丁寧な仕上がりだ。
「うん?」
商品棚の奥に伏せてある写真立てを見つけたオレは腕を伸ばして取り出してみた。色褪せた古い写真には二人の男性と数人の子どもたちが写っている。かなり古い写真だと思うが、ここに写っているのは…間違いなく…
「なぁ。この写真って…」
「おやおや。懐かしいですね。それは…」
そう言いかけた彼は不意にオレを見て、何かを納得した感じでそのまま言葉を止めた。
「さて…いつの頃だったでしょうか…私も忘れてしまいました。」
はにかんだ笑みを浮かべて言い、それ以上詳しく話してくれそうにはなかった。ただひとつ、どうしても確認したいことがあるとすれば、何も知らないオレが見ても写真の中にいる男性と彼が同じなのではないかと思ってしまう程、そっくりだということくらいだ。
その時、カチリッと時計の針が合わさった音がして、それと同時に部屋に音楽が流れ出す。
「オルゴール?」
微かに響いてくる音はオルゴールに似ているが、聴いたことのない音色を奏でていた。
「ええ。木製の、ですが。まぁ作り方は同じだと思いますよ。」
彼はオレの前を横切ると、さっき下りてきた階段とは反対側にある、壁伝いに上へと続いている螺旋状の階段を上るように促された。
「どうぞ。ご案内します。」
彼の後ろを歩いていく。反対側の部屋は日当たりが良くて明るい感じがしたけれど、着いた場所は薄暗かった。
「ここの時計たちには絶対に触れないでくださいね。」
重要な注意事項のように真剣な眼差しでそう言うと、またすぐに微笑みを浮かべてそっと扉を開けてくれた。
「触れなければ何を見て頂いても構いませんよ。」
それだけを言い残し、彼は部屋の中央にあるロッキングチェアに身を委ねている。
扉を開けた正面の壁のほぼ中央位置に大きな時計が掛けられている。その周囲にも大きさの違う時計たちが掛けられていて、それぞれに繊細な飾りや仕掛けが施されていた。
「すげぇ…どれも年季の入った逸品だなぁ。これ全部仕掛け時計なのか?」
部屋の中には、ざっと見ただけでも二十個以上の時計たちがある。それらすべてが手作りなのは当然だろうが、まさか全部に何かしら仕掛けが施されているのだろうか。
「さすがに全部ではないですよ。仕掛けを組み込んであるのは壁に掛けているものだけです。」
彼は心地良く椅子を揺らしながら笑顔で答えてくれた。
「壁にって…それだけでも十個近くあるけど?」
何でもないことのように言われ、唖然としてしまった。
「ふふふ。長い時間をかけて、こだわって作っているうちに出来上がったようなものですから。」
「長い、時間…」
まぁこれだけ飾りや仕掛けを施して作り上げるのだから、相当な時間を費やしているだろうな。
「一番古いものは、そうですねぇ…三百年くらい前になるでしょうか。」
そんなことをサラッと告げる彼は、変わらず椅子に揺られ、優雅に寛いでいた。
「さ、三百年?」
驚きのあまり言葉を失い、オレはじっと時計を眺めた。
「ええ。たぶん。」
静かに…だけど規則正しく決まったリズムで時を刻んでいる。いつもは慌ただしく感じるだけの音が、何故か今は緩やかに思えてしまう。感じ方はこんなに違うのに、いつだって同じように時は流れているんだ。
ん?時が…流れて…?
「オレ、街へ行くんだった!」
こんな大事なこと、なんで忘れていたんだろうか。雨期の間にやっておくべきことが山のようにあるというのに。
「ですが、今日はもう遅いので。発つのは明日になさった方がよろしいですよ。」
現在地がわかっていないオレとしては、彼の心遣いを素直に受け入れるしかなく、促されるままに二階の部屋を出て階段を下りると、今度は奥にある部屋へと案内された。
「荷物は後ほどお届けしますね。」
静かに扉を閉められ、オレはそっと息を吐く。
「やっぱりなんか…不思議な感じ、だよな。」
少しして彼が荷物を運んできてくれたが、特に話すこともなくお互いに『おやすみ』だけを伝えた。
「はぁ…」
何が起こっているのかさえよくわかんねぇけど、いつも以上に疲れた気がする。
常に優しい笑顔でいてくれる彼が、時折不意に見せる淋しそうな表情や、言葉を濁した時の哀しそうな表情…
「気になることだらけなのに、聞けねぇし!」
言葉にしてはいけないのだと、何かに止められている気がして、疑問だけが増えていき消化不良を起こし始めている。
「あー。やめた。」
不安定な頭の中を無理やり抑え込むように、ベッドに倒れ込んで強く目を閉じた。
「陽の匂いだ…」
ふわりと陽だまりの匂いに包まれ、オレは眠りの中へと落ちていった。
その夜、何年かぶりに夢を見た…
「キミに言われなくとも、そんなことはわかっています。」
口調は穏やかだけれど、なんとなく冷ややかな印象の声が聞こえる。
「じゃあなんであんなガキにいつまでも拘ってんだよ。」
今度は明らかに不機嫌そうな声だ。
「別に、拘っているわけでは…」
穏やかな声の人は何かを躊躇っているように口ごもった。
「へぇー。じゃあ何だよ。」
不機嫌そうだった声の人は、少し揶揄い交じりに言っているが、ちゃんと向き合おうとしているように思えた。
オレのいる場所からだと残念ながら逆光になってしまい、姿ははっきり見えないが二人の男性が何かを言い合っているみたいだった。
なんだかそのまま放っておくこともできず、気付かれないようにそっと近付いてみる。
「あの子が彼じゃないことはちゃんと理解していますよ。私は彼から話を聞いていましたから。」
頭では理解していても、割り切って考えられないこともあるだろう…
「じゃあ、尚更、もういいんじゃないのか?」
呆れているというより、心配しているみたいだ。
物音を立てないようにゆっくり進んでいくと、少しずつ彼らの姿が見えてきた。
大木の前で長身の男が二人、向き合って話をしている。
一人は銀に近い白髪を後ろで雑に束ねていて、もう一人は灰褐色の髪を肩くらいの位置で綺麗に切り揃えている。
「なぁ。また、ひとつに戻るのも悪くはないだろう?」
白銀の髪の男がニヤリと笑って手を差し出す。
「そんな考えは微塵もありませんのでご心配なく。」
差し出された手から視線を外した灰褐色の髪の男は、冷たく言い放ち顔を背ける。
「ふん。相変わらず可愛くねえなぁ。」
「おやおや。それはお互い様でしょう。」
正反対の印象を持つ二人の関係性はもちろん不確かだけれど、何故か説明のできない強い繋がりがあるような気がした。
何に対してなのかわからないけど、意見の食い違いが生じて言い合っている…というよりは、たぶん白銀の髪の男が相手を説き伏せたいようだ。
「やっぱり食えねえヤツだなぁ。」
その言葉に灰褐色の髪の男はクスッと余裕の笑みを浮かべている。
そんな二人の間にわずかな沈黙が訪れた時、遠くの方で何かの鳴き声が響いた。
キョキョキョキョ…
少し高めの連続して鳴く声は、今まで聞いたことのないものだった。
「おかえり。待っていたよ。」
― え? ―
それは大木に誘われた時に聞こえたものと同じ声だった。唯一違っているのはオレに向けられた言葉ではないということだけだ。
灰褐色の髪の男は、空を見上げて優しい笑顔でもう一度『おかえり』と告げている。
上空から一羽の大きな鳥がゆっくりと舞い降りてくる。その姿は幻のようで…まるで澄み渡る空を切り抜いたのかと錯覚するほど美しい青い翼を優美に翻し、風を操りながら降りてきた。
「ケツァール…?」
オレの知っている姿とは違っているが、目の前にいるのは間違いなく『導きの羽根』を持つ神獣、幻の鳥ケツァールだ…色も大きさもかなり異なっているが、頭部から背にかけて光沢のある濃い青と腹部の鮮やかな赤。そして何より一番の特徴である、体長の二~三倍はあると言われている尾部の長い飾り羽を見れば同種だと確信せざるを得ない。
異色のケツァールは大きな翼を広げたかと思うと、そっと目の前にいる男を包みこんだ。
「え…?」
瞬きをしたほんのわずかな間に様変わりした情景にオレは困惑した。
幻の鳥は跡形もなく姿を消し、二人の男もいなくなってしまった。今オレの視界にいるのは…白銀の狐と灰褐色の狐。そして…オレだ。
「元気そうだな。」
『オレ』は嬉しそうに言い、懐かしい笑顔で狐たちからの歓迎を受け入れている。だがそんな彼の視線はあろうことかまっすぐにこちらを見つめ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ようこそ。おっちゃん。」
「は?」
嘘だろ?でも、その顔…忘れるわけがない。無邪気に狐たちと戯れている彼の笑顔と、オレの記憶の中にある、最近よく店に来ていたあの悪ガキの姿が重なった。
カチリッ
時計の針が重なる音で不意に目が覚めた。
「あー。なんなんだ?サイアクな目覚めだわ…」
何ともやりきれない思いで深いため息を吐き、二度寝する気にもなれないオレは仕方なく起きることにした。
「よく眠れましたか?」
扉を開けると楽しそうに紅茶を淹れている姿と遭遇した。
「おかげ様で?」
クスクスと笑う彼を見て、イラっとした勢いのまま嫌味を込めて返したつもりだったのだが上機嫌な彼の様子は変わらず、ゆらゆらと四本の尾を揺らしている。
「夢…だと思った。」
「ふふふ。夢かも、しれませんよ。ねぇ?」
明らかに語尾の『ねぇ?』はオレではない者に向けられている言葉だった。
「人の気持ちも考えないで、よくそんなことが言えるな!」
騙されたことに腹を立てているというよりは、何だか妙な疎外感のようなものが原因なのかもしれないが…結局オレの機嫌が悪いことに変わりはない。
「ははは。いつまでも怒んなよ、おっちゃん。」
この平和ボケしたような対応は一体なんだ?コイツはこの状況を誰のせいだと思っているんだ?当たり前のように部外者面しているけれど、きっと一番の要注意人物はコイツだと思う。
「うるさい!」
これは絶対に夢だ。いや…半分くらいは夢なのかも知れないと思いたい。でも現状、目の前に存在している彼らを否定する術が見つからないのだ。白銀の長髪を無造作に束ねた狐耳の男と灰褐色の四本の尾を揺らしている男…そして左頬に傷のある『オレ』にそっくりな男。信じたくはないが…この男は間違いなく、昔父に見せてもらった写真に写っていた若き日の放浪者…そんなオレの葛藤なんて気付きもしないで三人は呑気に談笑している。
「たとえ夢でも、これはきっと悪夢だよな…」
小さく呟いたオレの声が聞こえたのか、ひ―じいちゃんはこっちを見て面白そうに笑っていた。
「ひーじいちゃんは、若返りの秘薬でも飲んだのか?」
皮肉を込めて言ったはずが…軽く躱されてしまう。
「よくそんな昔の話を覚えているなぁ。」
と憎たらしい口調で言い、豪快に笑われる始末だ。
「なぁ、ひーじいちゃん…」
「坊主。おまえは俺の名前を知らんのか?」
殺気を感じる程の真剣な表情で問われ、一瞬言葉に詰まったオレは素直に言い直した。
「一蓮…」
「おう。何だ?」
満足したようで、ニカッと破顔し返事される。
「はぁ…」
目を閉じて深くため息を吐いたオレは、それ以上言葉が見つからず無言のまま席を立つ。どう考えたってこの状況はきっと何も進展しそうにないだろうし、そもそもこんなところで遊んでいる場合ではないんだ。オレはこの雨期の間にやっておくべきことがある。
そう、先へ進もう。
いつまでもよくわからない場所で留まっているわけにいかない。これじゃ、せっかく早めに出発した意味がなくなってしまう。できるだけ早く街に戻り、待っていてくれる人たちのために店を開けなければならない。
みんなの嬉しそうな笑顔のために。
何も言わずに席を立ったオレが部屋で旅支度を整えていると、ひーじいちゃん…基、一蓮が腕組みをして入口に立っていた。
「オレ、行くわ。」
荷物を担ぎ素っ気なく言うといきなり腕を掴まれた。
「おまえの力を借りたい。」
何の話をされているのかわからず、じっと一蓮を睨みつける。
「離せよ。オレにはやることがあんだよ。」
掴まれている腕を力任せに振り解こうとしたが、バカ力相手に悔しいが微動だにしない。
「おまえにしか、頼めないんだ。話を聞いてくれないか?」
無言で顔を背けるオレの腕を掴んでいる手に力が込められる。
「蓮…どうしてもアイツらを救いたいんだ。そのために、おまえの力が必要なんだ。頼む。」
ひーじいちゃんの…一蓮の瞳には迷いなんて存在していなかった。そしてこの時、オレははっきりとわかったことがある。街を出る時に『導きの青い羽根』を贈られた本当の、意味…
大切な存在を守るため、救うために力を貸して欲しいと伝えるために、自らの妖力を削ってまでオレのいる時代に危険を承知で来ていたんだ。そこまでされて、断れるわけ…ないだろうが。
「腕、離せよ。痛てぇんだよ。このバカ力。」
オレは深く息を吐き、担いでいる荷物を床に落とす。
「蓮…」
そっと腕を解放され自由を取り戻した両腕を高く上げ、わざとらしく伸びをした。
「で?何をすれば良いんだ?」
早まった決断なのだろうか…一蓮がニヤリと笑った気がした。
もしかしたら一蓮に嵌められたかもしれない…何度もそんな疑念が頭に過ぎったが、流れ的に引き受けてしまった以上は、案内されるまま山道を歩くしかなかった。
深い霧を抜けた頃から、少しずつ見覚えのある景色になっていることに気付いたオレは、不意に前を行く背中に問いかけてみる。
「ここ、じいちゃんの山か?」
「本来俺の山だがな。」
どっちでも大差のないことなのに、本人には重要なことなのだろうか?でも結構小さいことにいちいち突っかかってくるよな。所有者がじーちゃんでもひーじいちゃんでもどっちでも良いだろうに…
「ガキかよ。」
そんな言葉を吐き捨てたオレはハッとする。
「んー?なんだ?今、何か言ったかぁ?」
地獄耳だったの、すっかり忘れてた。
「べ、別に。」
しっかり聞き取っているはずなのに、知らん顔してやり過ごそうとするそんな姿もガキだわ…と思い笑ってしまった。
「おい。ことの顛末を簡単に話すから、ちゃんと聞けよ。」
一蓮はそう言ってわざわざオレのペースに合わせて歩く。どうやら本当に目的地に向かうまでの間ですべてを語るつもりのようだ。
話は百年ほど前の出来事から始まった…
街がまだ村と呼ばれ、店よりも田畑の方が多かった頃、人間もそうでない存在も互いに尊重し合い、自然に共存していたという。もちろん一蓮も例外ではなく、既に彼らとともに過ごしていた。そしてそれは特別なことなどではなかったんだ。ただ…共存と言っても何も問題がなかったわけではない。外見に囚われ真意を理解しようともせず無碍な態度を取る人間がいたり、その対応が原因で卑屈な考えに陥ってしまったりするヤツらもいたそうだ。
上手く噛み合わない関係から悪さをする者たちも出てきて、仲良く助け合いながら生活をすることは、難しくなっていった。一蓮はどの村にも拠点を置かず、ずっと旅を続けながら、様々な土地で起こっている問題事を解決する手助けを担っていたらしい。
きっと、類い稀なる強い霊力を持った放浪者の存在は、村人たちにとって何よりも大きな救いの手だっただろう。
その日も村を荒らされているとの報告を受けた一蓮たちは、悪さをしている者が数人の人間に追い詰められ慌てて逃げ込んだという場所に向かっていた。
「一蓮さん、あの森…あの森の奥です!」
呼びに来た村人は少し離れた森を指し示して叫んだ。
「おう。ふん、なるほどな。」
示された方へと視線を向けるなり、怪訝な表情を浮かべてため息を吐く。
「了解した。あんたは先に帰っときな。」
怯えて後退っている村人にそう告げると、一蓮は禍々しい妖気を帯びている森を睨みつけた。
「は、はい。お気をつけて。」
一秒でも早く立ち去りたい気持ちは理解できるが…言葉を発しながらも既に踵を返している村人の姿に少々呆れた。
「おう。」
背を向けたままで軽く返事をして、気付かれない程度に肩を竦める。
「悪さを仕出かしたヤツは問題じゃないが…」
聞いた報告から察するに、村を荒らしていたヤツというのは野生の獣か低俗なモノノケの類だろう。だが…
「この気配は…」
静かに呟きながらも眉間に深くシワを刻んで顔をしかめた。
「まったく…イヤな気配ですね。」
一蓮の頭上で寛ぎながら灰褐色の狐が言う。
「面倒くせぇ。さっさと片付けようぜ。」
不機嫌に大きな欠伸をしながら白銀色の狐が吐き捨てる。
「そうだな。」
森の奥から感じる醜悪な気配を警戒しつつ、今回の標的を捕らえるために戸惑うことなく三人は先へと向かった。
この辺りの土地は、小さい頃から走り回っていた一蓮にとって庭のようなものだ。だからこそ、誰がどこへ逃げ込もうとも、迷うことなく即座に発見し追い詰め、捕獲することができるのだ。
「ほい。任務完了っと。」
一蓮は捕まえた小鬼と目を合わせるとニッと笑った。
「おまえら、村には行かないって約束だったよな?」
その約束は昔、鬼一族と交わしたものだった。
「でも…仕方ないんだ。この森はダメなんだ。」
仕方がない?森がダメというのは…この気配を放っている主の影響か?
「小鬼、他のヤツらはどうした?」
この森はモノノケたちの棲み処として護ると定め、かつて共に結界を張った場所のはずだった。周囲に意識を巡らせても結界は感じられない。そして…ここで暮らしている者たちの気配が、僅かしか感じられない。
「おい、侵入者は何者だ?」
唸るような声に小鬼は身体を震わせ、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「おいらは知らねぇ!何も知らねぇよ!」
なるほど。醜悪な気配の正体を突き止めればすべてがわかるってことか。
「この先…だな。」
小鬼を解放した一蓮は森の奥を見据えて呟いた。
「約束はちゃんと守らねえとな。」
不敵な笑みを浮かべて歩き出すと、背後からスッと二つの影がすり抜ける。
「あ、おい。おまえら止まれ!って素直に聞くわけないってかぁ?」
クスクスと笑いながら先を行く二人はゆっくりと振り返る。
「そりゃそうだろ?」
「先に行きますよ。」
追い抜かれた一蓮は両手を腰に当てため息を吐いた。
「天、空。油断すんなよ。」
一応人間である一蓮よりも狐である彼らの方が素早い動きをするのは当然のことで、二人は声を掛けられる前に動いてくれる。ただ…その分、自分よりも先に危険と遭遇することも必須となってしまう。長きに渡り共に旅をしている仲間としては回避したいことだ。
あらゆるものを見通す千里眼を持つ、四本の尾がある灰褐色の狐『天狐(てんこ)』天界より遣わされた神獣と呼ばれ、神通力を持つ尾がない白銀色の狐『空狐(くうこ)』。本来彼らはひとつの魂となり、『九尾の狐』になるはずだった存在だ。だが、一蓮が原因で現状、別個体として生きている。
「おいおい。」
二人の姿を見つけた途端、明らかな苦悶の表情を浮かべた。
「よりによって、今回の相手は…九尾かよ。」
やっと追いついた一蓮は眉間にシワを寄せ、胸元で揺れるふたつの勾玉をギュッと握りしめた。
それは…天狐と空狐と共に生きていくと決めた時に交わした約束の証。
― この命、尽きるまで共に ―
あの時そう誓い、天狐とは翡翠を…空狐とは瑪瑙の勾玉を分かち合った。
「無事か?」
静かに彼らの傍へ行き、空中に浮かんでいる二人に声を掛け無事を確認した後、自らも進んで九尾に向き合う。
「ふん。小賢しい。人間如きが何用だ?」
醜悪な気配を漂わせ、威圧感のある声で九尾が問う。
「さあな。」
素直に話し合いに応じるはずのない相手を前に、どうしたものかとのんびり思案している暇なんてない。
「封印、しかねぇよな。」
面倒くさいが、他に手段はなさそうだ。
間合いを詰め、九尾に気付かれない仕草でそっと白翡翠の数珠を取り出した一蓮は、念仏のような、呪文のような言葉を唱え始める。だんだん九尾の動きが鈍くなり、呪縛に囚われ始めた時を見計らって九尾を石に封印しようと試みる。その時、呪縛の苦しみから逃れようと暴れ狂った九尾の攻撃を受け、一蓮は左腕と頬に深い傷を負った。
「一連!」
仲間が目の前で負傷した姿を見て憤怒した天狐と空狐は互いの力を解き放ち、なんとか荒れ狂う九尾を抑え込んで封印を成功させた。
「天、空!大丈夫か!」
一番深手を負っているはずの一蓮は腕を押さえながら、急いで二人に駆け寄る。
「ははは。何だそのザマは!カッコ悪ぃ…」
空狐が強がって笑いながら言う。
「よく、言えますね…貴方も、大概、ですよ。」
珍しく息の上がった天狐が苦笑交じりに呟いた。
どれほどの魂や同族を喰らったのかと思う程に力を得ていた九尾は、今まで戦ってきた中でも群を抜いての強敵だった。そしてそれを語るには十分すぎる程、三人は傷だらけで疲れ切った表情をしている。
「あー。疲れたぁ。」
一蓮がそう言ってその場に勢いよく倒れ込むと、つられるようにして二人も地面に身を投げた。
「天狐、空狐。ありがと、な…」
微かに口角を上げ優しい声で言うと、一蓮は静かに目を閉じた。
「…一蓮?」
微動だにしないことに不安を感じた天狐が彼の名を口にする。
「おいっ」
余力なんて残っていないはずの空狐も異変を感じて跳ね起きる。
急に訪れた想像以上の静けさと、戦いで負った傷の深さを思い返し、二人はハッと息を飲んで顔を見合わせた。そしてどちらともなく心配そうな表情で一蓮の顔を覗き込む。
「ぐぅ…」
そんな二人の心配なんてまったく感じていないであろう一蓮は安らかな夢の中にいた。
「コイツ…殺してやろうか…」
空狐は冷たく言い放ち、拳を握り締める。
「やれやれ…まったく。」
ため息交じりに言葉を零し、呆れている天狐。
対照的な態度の二人だけれど、心底心配している気持ちは同じだ。しかしそんな二人の事なんて気にすることもなく、当事者である一蓮は爆睡していた。
「はっ平和な顔しやがって。」
「ふふ。少し寝かせておきましょう。」
俄然そんなマイペースな姿に呆れつつも二人は、深手を負ったが、生きていることにホッと胸を撫で下ろしていた。
それから百年余りの時が流れた。きっとその時の封印石に何らかの異変が起こっているのだろうと一蓮は告げた。
「封印した石ってことは…もしかして祠に祀ってる殺生石か?」
ふと、オレがまだ小さかった頃にじいちゃんから聞いた『殺生石』の話を思い出した。
「御名答!」
じいちゃんは、ご先祖様が九尾を退治して石に封印したのだと語ってくれた。その時に生まれた九尾の怨念ごと封じたため殺生石そのものが毒気を放っているという。それを知らずに近付いてしまった多くの生き物たちが強い毒の影響を受け、命を落としたそうだ。今も尚、近付くだけで命を奪われるほどであると教えてもらった。
当時はよくわからなくて、子供の理解力では、とりあえず近付かなければ怒られないんだという認識しかなかった。
「それで?殺生石の異変って何だ?」
長年に渡って驚異的な力を封印している石だからこそ、何かあってからでは遅い。
「さあな。結界が壊れかけているのか、もしくは石そのものに何かあったのか…それを確かめるためにここに来たんだよ。」
原因がどちらだとしても、最悪の事態を想定するならば…九尾が現世に解き放たれている可能性があるということだ。悠長に話している場合ではないのに、ひーじいちゃんはどこまでも飄々とした態度を崩さない。こんないい加減なヤツが本当に偉業を成し遂げたのか?
「なぁ。もうひとつ聞きたいんだけど。」
山道を歩きながらずっと感じていた疑問を、少し躊躇いながら言葉にしてみた。
「一蓮って…現状、死人なのか?」
その言葉に動きを止めた一蓮の肩が跳ね、背が震えている…
やっぱり、触れてはいけないことだったのだろうか。
「あ、あのさ。別にオレとしてはどうでも良いんだけどな。その…」
明らかにするべき事実ではなかったんだ。現状、一緒に時を重ね行動を共にしているのだから、生存しているか否かなど大した問題ではないはずだ。
「一蓮、あの…」
慌てて付け足した言葉にさえ返事がないことに若干狼狽えながら、そっと一蓮の様子を覗き込もうとしたと同時に彼は耐えきれなくなって大笑いした。
「な、なんだよ!そんなに笑うことじゃねぇだろ!」
「ははは!悪い。真剣な顔して何を言い出すかと思えば!そんなどうでも良いことを、今更質問されるとはなぁ。わははは。」
目に涙を溜めながら必死に笑いを堪えようとしている姿を見ていて、なんだかだんだん腹が立ってきた。
「もういい。知らねぇ。どうでもいい。」
投げやりにそう言ってそっぽを向く。我ながら子供じみた対応だとは思ったが、やりきれない気持ちの方が強かった。
「あー。すまん。茶化すつもりじゃねぇんだ。悪かったな。」
潔く頭を下げて謝罪した一蓮は、深く息を吐き出し静かな声で続ける。
「すでに生涯を全うして死期を迎えた。つまり…当の昔に死んでいるよ。だから今の俺は天狐と空狐のおかげでこの姿を維持できているだけなんだ。」
後に聞いた話だが…怨念が強くなり人間を襲っていたモノノケとの戦いで瀕死状態だった天狐と空狐を、自身の妖力と引き換えに救ったことがあったらしい。当時暴れ回る妖を退治する者が重要視されていた時代だったため、そして二人にとってもかけがえのない一蓮の魂を繋ぎ止めたのだという。
きっと彼らは共に過ごした時間の中で、一番大切だった頃の姿を望んで維持しているのだと直感的に思ったのは、三人が一緒にいる時、すごく幸せそうに笑っているからだろう。
「まぁ…そういうことだから、たとえいつ消えたとて、何ら不思議じゃないってことだなぁ。」
その言葉を聞いて、なんとなく一蓮が飄々とした態度を決して崩そうとしない理由がわかった気がした。
「あのさ…理由がどうであれ、ちゃんと実在してんだからさ、消えるまでは生きてりゃいいんじゃねえ?」
「そう、だな。」
フッと少し淋しそうに笑った一蓮は、常にずっと何かを覚悟して生きてきたのだろうと感じた。確かにお調子者でいい加減なところも多々あるけれど、でも…もしかしたら通常の一生涯以上の時間を生きているからこそ知ってしまった痛みや苦しみ、そして哀しみを乗り越えてきたことへの反動なのかもしれない。だからこそ尋常ではない程の深くてあたたかい心を持っているんだろうか。
その時、背後から大きくて黒い影が飛び出してきた。
「昔話は終わりのようだ。」
「ああ。そうみたいだな。」
黒い影はだんだんはっきりと姿を現していく。
「やっぱり封印が解けたのか。」
微塵も臆することなく、相変わらず飄々とした態度で呟く一蓮とは逆に、思わず一歩退き息を飲んで様子を伺ってしまっていた。そんなオレたちの目の前には漆黒の九尾がいる。見たこともない程の大きさと禍々しい異様な妖気を感じて身体が動かない。
「蓮!しっかりしろ!」
畏怖を抱いていることに気付いた一蓮が声を掛ける。
「お、おう。」
本当に今までずっとこんなモノノケたちと向き合ってきたのかと思うと、普段の姿が信じられなくなりそうだ。自分の何倍も大きくてどんな能力を持っているのかさえわからない相手を退治するのか?下手をすれば待っているのは間違いなく…死、だろう。
「一蓮、久しいのぅ。」
「俺は再会なんてしたくなかったよ。」
長年の封印から解き放たれて自由を得た九尾は、この状況を心から楽しんでいるのか、嬉しそうに大声で笑っている。
オレはせめて邪魔にならないように一蓮の少し後ろで二人を見守ることしかできず、ただ黙って立ち尽くしている。
「蓮、私と…同化してみますか?」
姿を消したままの天狐が耳元で囁きかけてきた。
「そんなことができるのか?」
不安げに問いかけた時、不意にクスッと笑われたオレは天狐の柔らかな笑顔を思い出した。
「私一人の力では難しいかもしれませんが、貴方が協力してくれるなら…ほんのわずかでも九尾の動きを封じることは可能でしょう。如何でしょうか?」
オレにできることがあるのなら、どんなことでもやってやる。
「…わかった。」
迷っている暇なんてないんだ。たとえわずかでも尊敬する放浪者の助けになるのなら…
「天狐!」
「いきます。」
身体の中にスッと何かが入り込んでくるのがはっきりとわかった。
「くっ…」
天狐の妖力が熱となり身体中を暴れ回っている。これを抑え込まなければ、同化ではなく憑依されたことになってしまう。それでは何の意味も成さないのだ。
熱を帯びた身体は一気に鼓動が速くなり、立っていることも難しいほどの息苦しさに耐える。片膝をついて辛うじて意識を保ちつつ顔を上げると、一蓮と九尾が戦っている姿が見えた。
「蓮、無理するな!」
天狐との会話を聞いていたであろう一蓮は、一瞬オレの方に視線を向けた後、心配して叫ぶ。
「誰に…誰に、言ってん、だよ!」
深く息を吐いて呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がったオレは、身体が軽くなっていることに気付いた。
「待たせたな。一蓮、行くぞ!」
どうやら無事に天狐と同化できたらしく、内側から力があふれてくる。
「おう。一気に片付けるか。」
そう言ってニヤリと余裕ある笑みを浮かべた。
だが…殺生石に封印されていた期間ずっと他の生き物の命や妖気を奪い、吸収していた漆黒の九尾は昔とは比較できない程の妖力を手に入れてしまっている。
「チッこのままじゃ、キリがねぇなぁ。」
いつものように苦笑する余裕もなく、表情を歪めている一蓮を見てオレはある決意をした。その考えが有効なのかわからない。ただ、付け焼き刃でしかないオレの戦力なんかでは、悔しいがどうすることもできないことだけは事実だ。
「天狐、オレから出られるか?」
オレ自身の体力的な問題もあって最悪の場合、このままだと天狐の存在まで消えてしまうかもしれない。弱いくせに…現状何もできないくせに、バカみたいな意地を張ってそんなことをさせるわけにはいかないんだ。
「出られます。…が、どうするおつもりですか?」
不審そうに問いかけられたが、きっと反対されるだろうことを事前に話すわけにはいかない。
「大丈夫だから、一度出てきてくれないか?」
一蓮を真似てオレがニッと笑いながら言うと、天狐はわざとらしくため息を吐く。
「答えになっていませんけどね。」
天狐は呆れながら文句を言うと仕方なさそうに同化を解いてくれた。身体から熱が抜けると同時にそれまでの軽さが消え、重力が戻ってきた。
こんなにも短時間の同化で思い知った自分の無力さに腹が立つ。
「情けねぇ…」
つい声になってしまったその小さな呟きが、誰の耳にも届いていないことを願った…
「一蓮。」
今、やるべきことは…漆黒の九尾を再び封印することだ。その為に次の手段へと進むべく、オレは歩き出す。
「何だ?」
これだけ戦っているのに、未だ九尾の得た妖力は計り知れない。ダメージを喰らっているのはお互い様のはずだが、ヤツは余裕ありげにうすら笑いを浮かべている。
「なあ、オレの力がいるんだよなぁ?」
「ああ?」
さすがの一蓮も疲労の色が隠しきれず、少し息が上がっていて表情が険しい。それ以上に自分の姿が、見るも無残なくらい傷だらけでボロボロなのは百も承知だ。だが、せめてこんな時くらい…ちょっとだけカッコつけたって良いよな?
「貸してやるよ。オレの身体、使って良いぜ。」
「蓮…おまえ…」
オレの言葉を聞いた一蓮は驚いた表情でわずかに振り向いた。
「ははは。今更迷ってんじゃねぇよ!」
危険なことだとしても、それを選択する以外方法がない。きっと一蓮の迷いは…オレの身を案じているからだろう。提案したオレだとて不安がない、とは嘘でも言えない。でも…
「一蓮!」
でも、オレは…残念ながらアンタの血をしっかり受け継いでいるんだよ。破天荒で恐怖すら顧みないバカみたいな…最高に仲間思いで優しい放浪者、アンタの血をな。
「おう!」
覚悟を決め差し出した一蓮の手に自らの手を合わせた。
天狐と同化した時よりも自然に、一連の熱が…魂が入ってきた。まるで燃え盛る炎のような熱を感じながらもスッと吸い込み、満たされていく何かを感じた。オレの身体で一蓮の魂が生きているのが伝わってくる。
「蓮、しばらく借りるぞ。」
いつもの余裕のある不敵な笑みを受かべた一蓮は、改めて最強の敵、漆黒の九尾の姿を睨みつけた。
「天、空。さあて…行こうか!」
「行くかぁ。」
「はい!」
士気の上がった三人は互いの動きを一瞬で理解し、先手を取って動いていく。さっきまでとはまるで違う一蓮の俊敏な攻撃に迷うことなく余裕でついていく。
「これが本来の力、なのか…」
「笑止!まだまだ序の口だぜ?」
意識はしっかりあるのに、身体が勝手に動いている。鍛えぬき、数えきれない程の戦いの中で得てきた一蓮の動きはしなやかでいて無駄がなく…風を舞う羽根ように綺麗だ。そして自然な流れで白翡翠の数珠を取り出し九尾へと翳す。
「さて九尾。そろそろ眠る時間だろう?」
「おのれ一蓮…小癪な!」
深い傷を負い心身共に弱ってきた九尾は険しい表情でこちらを凝視しているが、思うように動けない様子だった。
「子守歌でも歌ってやろうか?」
そう言って一蓮はニヤリと笑うと静かに目を閉じた。
「ぐっ…ううう…ぐはっ…一、蓮…」
封印の呪文に、言霊の念を強く込めて漆黒の九尾を再び黒曜石に封じた後、オレたちはそれを厳重に祠に納めた。
「仕上げだな。」
一蓮は自らの血で呪符を記した封印の札を祠の四方と正面に張り、更に強力な結界を張った。
「お疲れ様でございました。」
穏やかな声で言いながら、天狐がそっと一蓮に寄り添い身体を支える。
こうしてオレたちは九尾との死闘に幕を下ろしたのだった。
「じゃあな、九尾。」
支えられたまま、片方の口角を上げて苦笑しながら告げる一蓮の身体がぐらりと揺れた刹那、その場に崩れ落ちた。
「一蓮!」
ハッと息を飲み、慌てた天狐が叫ぶ。
「ははは。ざまあ…ねぇ、なぁ…」
最後の力を振り絞って笑顔で言い、一蓮の意識がオレの中で途絶えた…
同化している間、オレに負担を掛けないようにと妖力を必要以上に消費しすぎたせいだろう、身体から抜け出した彼の姿は少し透けているように見える。もしかしたらこのまま消えてしまうのではないかという考えが脳裏に浮かび、ゾッとした。
「おいっ消えんじゃねぇよ!」
込み上げてくる感情を抑えきれず、震える手でそっと一蓮の手を握る。
「まだ生きてんだから、生きろよな!」
そう言うと、静かに目を閉じていた彼が儚く微笑んだ。
「はは…バカなひ孫を、置き去りには、できねぇよなぁ…」
きっと息をするのもつらいはずなのに、なんとか片目を薄く開けて笑っているのは、たぶん精一杯の強がりだ。
「一蓮!」
天狐と空狐も彼の名前を呼んだ。
「あー、疲れたぁ…」
「え?」
一体どこにそんな力が残っているのかと思う程の強さで三人を引っ張り倒した。
「ははは。おまえら、ひでぇツラだなぁ。」
起き上がることさえできない程ボロボロな状態である自分のことは棚に上げ、痛みに顔を歪めながらも嬉しそうに笑っている姿にオレたちは顔を見合わせて心底呆れた。
「一番ひでぇツラしてんのはアンタだろうが。…でも、最高にカッコ良かったぜ。」
嬉しそうに笑いながら再び目を閉じている一蓮には聞こえないよう、そっと本音を呟いたオレの手を隣に寝転んでいる天狐が微笑みながらギュッと握りしめる。
達成感に浸り、幸せそうな一蓮の笑顔につられてオレたちも笑みを浮かべていた。
頭上の空は雲ひとつなく、ケツァールの翼のような深く澄んだ青に彩られている。
静寂がゆっくりとオレたちを包んでいく。
死闘の果て、疲れ果てた身体は想像以上に重くてまだ思うように動いてはくれない。それでも苛立ちを感じることなく穏やかな気持ちでいられるのは、不思議なめぐり逢いによって得られた、信頼し合える仲間たちと同じ時間を生きていることが嬉しかった。
目を閉じたオレの頬をそっと撫でる心地良い風に誘われ、ゆっくりと眠りの中へと落ちていった。
遠い昔の話はさておき、現状は当然、モノノケや妖として生きている彼らの回復力の速さなんて人間にはおおよそ想像できないだろう。
「さて。もう一仕事するか。」
つい先ほどまで消滅しかけていたとは思えない動きで彼らに振り返る。
「本当に良いのですか?」
灰褐色の髪の男が心配げに問いかける。
「淋しくてピーピー泣くなよ。」
白銀色の髪の男が揶揄い交じりに言う。
「ああ。良いんだ。」
そんな彼らに構わず、彼はとびきり幸せそうな、輝く笑顔を見せる。
「行こう。」
「ああ。」
「はい。」
そう返事をする彼らもまた、この上ない幸せそうな笑顔だった。
何かに呼ばれた気がして不意に空を仰いだ。
「あ、今夜はピンクムーンだったのか…」
そう言えば、四月の満月を『ピンクムーン』と呼ぶのだと教えてくれたのも放浪者だった。雨期に満月が見られるなんて珍しいこともあるものだと感慨深く眺めていたオレは、急に振り出した雨を凌ぐため大木で雨宿りしていたはずだったが、どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
「街まであと半分くらいだな。」
出来るだけ早く住み慣れた街に戻るためにも、雨がやんでいるうちに少しでも進んでおく必要がある。雨期の間は作物が育たないため、少しでも必要なものを蓄えておきたい。オレは荷物を担いで歩き出した。
歩きながら不自然な気配を感じていたが、こんな人が避けて通るようなけもの道なのだから人間ではない生き物がいたとしても何ら不思議なことではない。気にはなったが、気配に振り返ることなくそのまま先を急ぐことにした。
一定の距離を保ちながらついて来ていた気配は街の手前で忽然と途絶えた。
「森の住人だったのかもな。」
滅多に人間なんて来ない場所だから珍しくてついて来たのかもしれない。行き先が街だとわかり帰っていったようだ。そう思いつつも消えた気配を辿って振り返ってみた。
「あ、れ…?」
そこにはたった今歩いてきたはずの道はなく、木々たちに守られるように祀られている祠が見える。
「こんなとこに祠なんて、あったか?」
気になってゆっくりと祠の方へ歩いていくと、またさっきと同じ気配を感じた。
「誰か、いるのか?」
思わず声を掛けてみるが返事はない。
「いるわけ…ないよなぁ。」
いつもなら些細な異変があっても立ち止まらないのに、今日に限って何かが引っかかる。現状の自分の不可解な行動が理解できないまま、少しの間こもれびを浴びている祠を眺めていた。
「何…だ?」
不意にこもれびの中を走り回っている白銀色の狐と灰褐色の狐の姿が浮かび上がる。そして…
「一…れ、ん…?」
オレの小さな呟きに気付いたのは狐たちだった。耳をピクンと動かし、こっちを見て嬉しそうに笑っているような気がした。
「一蓮!」
今度は『彼』に届くほどの声で叫んだ。
オレの声に気付いた彼は一瞬、驚きの表情を見せたが、それはすぐに笑顔に変わった。
「一蓮…なん、で…」
彼のガキみたいな笑顔を見て、閉じこめられていた記憶があふれ出す。
間違いなく、さっきまで一緒にいたんだ。それなのにどうして何も覚えていなかったんだ?
「どうして…?」
そう問いかけながらも、本当はちゃんと理由はわかっていた。
オレたちは同じ時間の流れの中に存在してはいけないのだということくらい、理解しているんだ。
「蓮、泣いてんじゃねぇよ。」
手を伸ばせば届きそうな場所に彼がいる。
「うるせぇ。泣いてねぇよ。」
乱暴に目元を擦って涙を誤魔化しているオレを見て、彼は優しく微笑んでいる。
「おまえは、おまえの時間を生きろ。」
まっすぐな眼差しでオレを見つめながら静かに言った。
「わかってる!」
オレの強がりな性格も、きっとアンタ譲りだな…
「そうか。なら、良い。」
笑いをかみ殺しながら満足げに言われた。
「アンタも!生きてる限り、生きろよな!」
その言葉を聞いて彼はニヤリと笑う。
「おう、望むところだ。」
よく通る聞き覚えのある声で嬉しそうに言った。
「じゃあな。」
軽く手を挙げて笑顔をくれる。
「ああ。」
オレも応えるように手を挙げて去っていく背中を見送った。
ゆっくりと霧に覆われるようにしてこもれびは消えた。そして、静かに降り出した雨と共に一蓮達も姿を消してしまった。
「さて。行くとするか。」
暗い山道を抜けて街に差し掛かった時、ふと足を止めて空を見上げてみた。
「そうか。今夜はきっと、ブルームーンだったんだな…」
さっき空に浮かんでいた月を思い出し、そう言ってオレはクスッと笑う。
『ひと月に満月が二回ある場合、二回目の満月のことをブルームーンって呼ぶんだ。もしそれに遭遇し、水中花が光を放つ時、奇跡が起こるかもなぁ。』
昔…誰かが得意げな笑顔でそんなことを言っていたっけ。
「なぁ。ひーじいちゃん。」
相変わらず降り続いている霧雨の中、微かな月明かりを感じて再び空を仰ぐ。
「きつねの嫁入り?てかぁ。」
クスクスと笑いながら呟き、もし天狐と空狐がここにいたら…不機嫌極まりない表情をするんだろうなと、想像してみた。
「雨の中の満月ってのも、悪くねぇな…」
薄闇の中、ほの白く浮かぶ月に霧雨の薄い靄(もや)がかかり、幻想的な情景を生み出している。
「オレは、オレの時間を生きる…か。」
そう言った時の放浪者の優しい微笑みを思い浮かべ、胸の奥があったかくなった。
カシャン…
どこかで時計の針が重なる音が聞こえた…
遠くから静かに、オルゴールの音色が響いてくる…
「木製の、オルゴールですよ。」
そんな言葉を、また聞きたくなった…
その昔…どんな時でも穏やかな眼差しで優しく世界を見つめている者がいた。
「永久(とこしえ)の安らぎとは、たとえ非常なものであったとしても、自然がもたらす偉大なものなのだ。そして、与えられし業を乗り越えた者たちが知り得た情は、何よりも尊くあたたかいもの…」
…とその花は語り、一枚の花びらを風の中へと解き放った。
「いつの時代であっても縁(えにし)とは本当に不思議なものだ。さて…次はどんな世界が見られるだろう…」
花はそよ風に揺られながら、次の世界のはじまりを待っている…
「永久(とこしえ)の安らぎとは、たとえ非常なものであったとしても、自然がもたらす偉大なものなのだ。」
…とその花は語る。
毎年、日差しが強くなる季節を迎える前に『雨期』と呼ばれる時期がくる。
どこかの国ではそれを『梅雨』と言っているのだとじいちゃんが教えてくれた。
通常はほとんど雨が降らないこの地での雨期は、だいたい二、三ヶ月ほど続く。乾ききった大地を潤し、作物や動物たちの生命をも満たしてくれているのだ。
ただ…長期の雨は街を深い眠りに導いているかのように、ゆっくりゆっくりと薄い水のヴェールで包み込んでいく。
静かにしとしとと雨が振り続けるこの時期は街の活気が失われてしまい、だんだん静まり返り眠る街へと姿を変える。だからそうなる前に、先代たちと同じくオレも毎年旅に出ることにした。
旅と言っても、主に店で必要な材料を買い付けに行くだけなのだが。
店というのは、じいちゃんが始めたこの街で唯一のパン屋のことだ。父の代からパンだけでなく、雨期に備えて長期保存できるようにと、いろいろな種類のジャムやビスケット、クッキーも作るようになった。そのおかげでこの小さな街で数える程しかいない子供たちも、喜んで店に来るようになり、オレとしては楽しい日々を送っている。
五年前、長雨の影響により地盤が緩んでいた事が原因となり、起こってしまった不慮の事故で父が亡くなった。それをきっかけにオレが三代目としてこの店を受け継いだ。
当時は完璧なまでに失敗ばかりの日々で、奇跡的に焼きあがったとて…食べられるものではなかった。正直、未熟なまま受け継ぐことに対して不安だらけだったが、先代たちの思いをこのまま終わらせるわけにはいかないと、がむしゃらになった。そしてやっと父のように、じいちゃんのように…とまではまだいかないが、それなりに評判の良いパン屋として常連客が増えてきた。
決して豊かとは言えない街だからこそ、多くの人の笑顔が見たいのだと、じいちゃんが始めたこの店を大切に守ってきた父の思いと、お客さんたちの嬉しそうな笑顔をオレ自身も失いたくはなかった。
「なぁ、おっちゃん。このパンいくらー?これで買えるー?」
店を開ける準備をしていると、最近よく見かける男の子が小さな手のひらに硬貨を握り締めて聞いてきた。
「だから、おっちゃんじゃねぇって。はぁ…んー?どれだ?」
苦情交じりにそう言ってオレが傍にしゃがむと、男の子は大切そうに硬貨を見せてくれる。
「弟たちにやるんだー。おっちゃん、これで買えるかー?」
手のひらには小さなパンをやっとひとつ買えるほどの硬貨しかなく、男の子が欲しいパンを買うには到底足らない。もちろん、笑顔で『おう。大丈夫だ。』と言ってやることはできる。だけど、それが良い事ではないとわかっているオレは、どうするべきかと悩んだ。
「あー。ちょっと待ってな。」
「うん。」
元気よく返事をする男の子を店に残し、オレは裏の作業場へ向かう。
「おい、坊主。これ、持って帰ってくれないか?」
オレはトレイにいくつかのパンを乗せ、店にいる男の子に声を掛けた。
「わぁ。すごい!いろんな形のパンがいっぱいあるー!」
ちょっと歪な形になってしまったパンや試作品のパンを見て、嬉しそうに笑ってくれた。
「実は…昨日ちょっと失敗してな。これ、店では売れないパンだから持って帰ってくれると助かるんだけど、どうだ?やっぱ、ダメか?」
キョロキョロと辺りを見回してそっと耳打ちするように語りかけると、男の子も真似をして小さな声で返してきた。
「いいよ。でも、こんなにたくさんはいらない。」
そう言って男の子は持っている硬貨をオレに差し出す。
「これで買える分だけ、ちょうだい。」
呆れるくらい真っ直ぐで、いい子だな…
「わかった。じゃあ、好きなの選んでくれるか?」
全部渡してやろかと思ったが、悩みながら選んだ数個のパンだけ袋に入れてやった。
「おっちゃん、ありがとう!」
男の子はしっかりと支払いをし、パンの入った袋を大切そうに抱えて大きく手を振りながら帰っていった。
「ありがとうございました。また…来いよな。」
小さくなった後ろ姿を見送り、オレはそう言って頭を下げた。
「あ、あの坊主…またおっちゃんって言った…」
何度言ってもオレのことを『おっちゃん』と呼ぶ男の子が、未だにどこの家の子なのか知らない。住人のほとんどと知り合いだと言っても過言ではないような小さな街なのに、誰に聞いてもどこから来ているのかわからなかった。
「さてと、今日の分の仕込みでもするかな。」
あくびをしながら身体を伸ばし、作業をするため店に戻ろうとした時、背後から声をかけられる。
「おはよう、連。毎日頑張るねぇ。」
店の裏に住んでいるおばさんがカゴを抱えて立っていた。
「ああ、おはよう。ははは。まあねー。おばちゃん、いつものバケットならもうすぐ焼きあがるよ。」
決まって毎朝バケットを数本買っていってくれるおばちゃんのために、焼き立てを渡せるよう仕込んでいる分だ。
「いつも悪いね。ありがとう、今日は三本もらおうかな。」
嬉しそうに笑って言い、持っていたカゴから袋を取り出した。
「これ、ウチの果樹園で取れたオレンジなんだけど、不格好で売り物にならないから貰ってくれないかい?」
どこかで聞いたようなセリフだなぁと思い苦笑した。
「え?こんなに?」
受け取った袋には思った以上にたくさんのオレンジが入っている。
「捨てるなんてもったいないだろう?」
そう言って豪快に笑って見せるおばちゃんは、急に困った顔でため息を吐く。
「もしかすると、今年の雨期は長いかもしれないね。」
確かに雨は乾いた地面を潤してくれるが、時に植物たちの根を腐らせてしまう。この辺りの土地ではよくあることだとは言っても、否応なく育てている作物が影響を受けるのは重要な問題なのだ。
「まぁ、お互いに、何とか乗り切るしかないんだけどな。」
オレは苦笑ながら返事をし、焼きあがったパンを袋に入れておばちゃんに渡す。
「はい。これはオレンジのお礼。」
言いながら、ジャムの小瓶とビスケットをカゴの中に入れた。
「あらあら。ありがとね。」
おばちゃんは嬉しそうに笑って帰っていった。
「こちらこそ、いつも助かってるよ。」
言いながら貰ったオレンジを手に取ると、柑橘の甘酸っぱい香りが広がった。
店に来てくれるお客さんたちみんなとそんなやり取りをするわけではないが、ちょっとした他愛のない会話や小さなおまけで、憂鬱な気持ちが少しでも軽くなるのなら喜ばしいことだ。
「ま、いいんじゃね?」
商売なんだから、もちろん売り上げも大切なことではあるが、勝手気ままな一人暮らしだからこそ自由で良いんじゃないかと思っている。
「せっかくだし…オレンジピールを使って新作パンを作るかな。あ、ジャムサンドクッキーもいいなぁ。」
オレンジの入った袋を抱え、オレはご機嫌で作業場へと向かった。
それから数日後の夕方…
「おっちゃん、また出かけるのか?」
少し早めに店を閉め、旅支度をしていると、いつも一人で店に来る男の子が窓から顔を覗かせた。
「おう。…おっちゃんじゃねぇけどな。」
その子はそれきり何も言わずに店の中を見ていた。
「また…隣町まで行くの?」
小さな声でつまらなさそうに呟く。
「ああ。恒例の同じルートだよ。」
荷物を適当に詰め込みながら返事をすると、窓枠に頬杖をついて『ふーん。』と気のない素振りをされた。
「なんだよ。」
鬱陶しいくらいの視線を感じて思わず声をかける。
「別に!」
なんだ、その明らかに不機嫌な態度は。
「おまえさぁ、せめてもう少しマシな対応…ってまぁいいか。」
子共ながらに不満さを懸命にアピールしている姿があまりにも健気で、思わず苦笑した。
「おっちゃん、早く帰って来いよな!」
ただ淋しいだけなんだとわかっているからこそ、やんちゃなクソガキが可愛く思えてしまう。
「おう。ありがとな。」
もし…オレに子供がいたら、あの子ぐらいなのかもしれないなぁとあり得ない未来を想像してみた。
「悪ガキが。」
精一杯の強がりがなんだかくすぐったくて、オレは無意識に笑顔になっていた。
同年代のヤツらは既にみんな結婚して家族がいる。気が付けばいつまでも一人でいるのはオレだけになってしまった。
「家族、か…」
ほんの少し憧れる気持ちはあるが、なんというか…今更、なんだよな。子供の頃を思い出しても母はオレが生まれてすぐ亡くなったらしいし、父は店のことで忙しかったこともあり、家族の関係性というものがあまりよくわかっていないのかもしれない。結局店が落ち着いてきた頃には誰もいなくなっていたし…家族で一緒に過ごす時間ってなかったかもしれない。
「ん?…アイツ…」
さっきまで男の子がいた窓のところに青い羽根が置いてある。まさかと思いながら手にしてみると、それは古くから言い伝えられている『導きの青い羽根』だった。昔、長旅に出る者へのお守りとして贈られていた、とひ―じいちゃんから聞いた覚えがある。
「こんなものどこで?ってか、これ、オレに…だよな?」
オレだって一度しか本物を見たことがないのに、一体あの子はどうやって手に入れたのだろうか。
「ホント、不思議なヤツだなぁ。」
そう言ってふと空を仰ぐと、雲がゆっくりと月を隠し始めていた。
「はぁ。少し時期は早いが、明日発つか。」
置き去りにされた贈り物である『お守り』を布に包み、大切にそっと荷物の中へと忍ばせた。
そして、まだ街も太陽さえも眠っている頃、オレは荷物を背負い静かに店を出た。
毎年変わらない恒例のルート。それは普段から誰も通らないようなけもの道を歩き、雨期にだけ遭遇できるかもしれない景色があるという噂を信じているオレの特別なものだ。まだ事実かどうかを実証することはできないが、オレはそのおかしな噂話を信じている。
噂話の発端は…常々、周囲の意見なんて聞きもせず、自由気ままに放浪していたというオレのひーじいちゃんなのだ。もちろんいい加減な話もたくさんあった。もしかしたらほとんどの話が嘘なのかもしれないと疑いたくなることもある。
ただ、オレが『あるもの』を興味深く覗き込んでいる様子を見たひ―じいちゃんは嬉しそうに笑って、今までとは違うことを教えてくれた。
「連、おまえにだけ、特別に教えてやるよ。」
そう言って『あるもの』をオレに手渡し得意げに語り始めた。
部屋に無造作に置いてあったそれは『水中花』と呼ばれているらしかった。水の中で育ち花を咲かせるという珍しい植物で、ひーじちゃん曰く…昔、大きな白蛇を助けた時にもらったもので、ある満月の夜にだけ真っ白な光を放つらしい…が、どこまで真実なのかは定かではない。
ひ―じいちゃんの部屋には所狭しと不思議なものが飾ってあるから、説明のつかないものがあっても別段気にならない。でもオレは何故かその『水中花』の存在に惹かれた。
じっと小瓶に入った花を見ていると、プクプクと細かい気泡を吐き出し、まるで呼吸しているようだ。
オレの中で唯一、ある意味尊敬できる偉大な放浪者の特別な話は、どこまでも壮大で魅力的なのにどこか淋しかった…
「あ、やっぱり降ってきたか。」
出発してまだ殆ど進んでいないのに、空からポツポツと雫が零れ落ちてくる。予定では雨期を迎えるには早いはずだが、なんとなく今年はいつもと違うような気がしていた。ここ最近、風が湿っていたから気にはなっていたのだけれど、まさか本当に雨期がズレるなんて予想外だった。
「半月も早く雨期が来るなんて、初めてだな。」
オレが知っている限り、今までに雨期がズレたことはない。
「ひ―じいちゃんは、何か知ってんのか?」
答えがないとわかっていながらも空に向かって問いかけたオレは、そっと目を閉じて久しぶりの雨を感じていた。
音もなく降り始めた雨が急に勢いを増し強くなった。
「やべぇなぁ。」
とりあえず一時的にでも雨を凌げる場所を探していると、今まで通ったことのない道に迷い込んでしまったらしく、知らない場所に辿り着いた。
「すんません。ちょっとだけ、休憩させてもらいます。」
見上げてもてっぺんが見えない程の大木に向かって手を合わせ、一礼をしてから雨宿りさせてもらうことにした。
「木々には想像もできない、あふれる程の生命が宿っているのだ…って言ってたよなぁ。」
気ままな放浪者でもたまにはまともなことを教えてくれる時だってあったんだな。
「あったか…」
そっと大木の幹に触れてみると、優しいぬくもりと微かな鼓動が感じられる気がして、そんな穏やかさに誘われたオレはいつの間にか微睡み始めた。
どのくらい眠っていただろうか。雷鳴を合図に本降りとなった雨が、知らないうちに止んで雲の切れ間から月が顔を覗かせている。
「今夜はピンクムーンだったのか…」
四月の満月を『ピンクムーン』と呼ぶのだと教えてくれたのも放浪者だったな。そんなことを思い出し、どうやらオレは自分で思ってる以上に放浪者のことを尊敬しているらしいことが判明した。
「まったく、どこまでも厄介なヤツだよな。」
文句を言いつつも口元が緩んでしまっていることが、何よりの証拠かもしれない。
足元に咲いているシバザクラたちを優しく照らしている月明かりを感じながら、昔の人たちが『ピンクムーン』と名付けた意味を改めて考えていた。
かつて、それぞれの暦に姿を見せてくれる神聖な満月に対して、その土地の種族が名前を付けたのだと教えてもらった。
春が近づくこの頃に山や丘を淡いピンクに染め上げていく、シバザクラやクサキョウチクトウなどの小さく可愛い花たちが月光に照らされ、一面が幻想的なピンク色の世界に見えることから『ピンクムーン』と呼ばれるようになったらしい。
「きっと昔の人たちは感受性が強いんだろうな。」
確かにそう名付けたくなる気持ちはオレにも理解できるかもしれない。せめてもう少しだけこの幻想的な世界にのんびり浸っていたいが…
「さてと、雨が降り出す前に進んでおかないとな。」
そう思って荷物を担いだ時、悪ガキにもらったお守りがふわりと零れ落ちた。
「おっと。閉め忘れてたか。」
地面に落ちかけた羽根に手を伸ばして受け止める。
「良かった。…ん?」
青い羽根を手のひらで包みこんだ時、不意に大木の裏側から微かな光を感じてゆっくりと近づいてみた。
「何…だ?これ。」
落雷の傷跡だろうか…深く幹に入った亀裂からあふれ出している光に、まるで誘われているかのようにゆっくりと手を伸ばす。
「あっ羽根が!」
もう少しで手が届くと思った瞬間、羽根がオレを光の中へと導くかのように入っていった。
「え?まさか…」
本当に導きの青い羽根、なのか?
― おかえり。待ってたよ。 ―
誰…だ?
オレを待っていた、のか?
声に誘われてそっとあふれる出る光に触れた刹那、オレの意識は薄れていき、そのまま大木の中へと吸い込まれていった。
無機質だけど、どこかぬくもりを感じるような規則正しい音が耳に届いてくる。でも、それ以外は何も聞こえてこない。
ここはどこだろう…
まだはっきりとしない意識の中、目に映る風景をゆっくりと確認していく。
どれも止まっているが、大小様々な時計がたくさん壁に掛かってある。自然のぬくもりを感じるのは部屋全体が木製だからだろうか。それともこの空間そのものがもたらしている何かがあるのだろうか。
「おや?目が覚めましたか?」
突然声をかけられ驚いたものの、不思議と不快ではなかった。
「どこか痛みますか?」
落ち着きのある静かな声は、長年の共に語りかけるような優しさが込められている。
「あ、ああ。どこもケガしていないし…大丈夫、です。」
問われて反射的に身体を確認したオレは躊躇いながら答えた。
「それは良かった。」
思わず見惚れてしまう程に美しい笑顔を向けられドキッとした。
「貴方に…ひとつ謝らなければならないことがあります。」
静かに目を伏せて申し訳なさそうに言うと、ゆっくり歩み寄ってオレの手を取り、青い羽根を乗せた。
「これ…」
半分ほどの大きさになってしまったが、間違いなくオレのお守りだとわかった。
「大切なものなのでしょうね。貴方を見つけた時にずっと胸に抱えていらしたので…」
かなり傷んでしまっていた為、勝手なことだと思いつつ、キレイに加工して革ひもをつけたのだと話してくれた。
「これなら、もう落としたりしねぇな。ありがとう。」
オレは革ひもを首にかけ、お守りにそっと触れながら笑顔でお礼を伝えると静かに頷き返してから、少し席を外すと言って部屋を出て行った。
「ここに、導いたのは…おまえなのか?」
一人部屋に残されたオレは、返事がないとわかっているのに、青い羽根に問いかけてみる。
それからしばらくして軽やかな足音が聞こえ、さっきの人がトレイを持って戻ってきた。
「紅茶を淹れました。如何ですか?」
「ありがとうございます。」
ベッドに座り、受け取ったカップからふわりとオレンジの香りがした。
「紅茶?」
不思議そうに呟くオレを見てクスクスと楽しそうに笑っている。
「フォートメイソンという紅茶です。こうしてオレンジの花を加えると香りも楽しめるのですよ。お好みでミルクもどうぞ。」
言われるままに紅茶を口にすると、柑橘の甘酸っぱい香りが広がり、口当たりも柔らかくて飲みやすかった。疲れた身体にはちょうど良い甘さで思わずホッと息を吐く。そんなオレの姿を相変わらず嬉しそうな笑顔で見つめている視線に気づき、わざとらしく咳払いをした。
「あ、お気になさらずに。」
終始穏やかな笑顔で対応されていることに耐えきれなくなったオレは、つい普段の口調で返してしまう。
「って、そんなに見られてたら、イヤでも気になるだろうが。」
一瞬、その人の動きが止まったが、また目を細めてクスッと笑われた。
「あー!もうやめた。なんか面倒くせぇ。」
慣れないことはするもんじゃないな、と改めて思い深いため息を吐いた。
「ふふ。貴方らしくて良いと思いますよ。」
オレらしいって、どういうことだ?
「はっ。ガラの悪いおっさんだってか?」
そもそも会ったばかりじゃないのか?いきなり『貴方らしくて』と言われるのはどう考えたっておかしいだろう?オレはコイツのことも、この場所のことも何も知らない。
会話の途切れた部屋に規則正しい時を刻む音だけが響いていた。
「なぁ。」
「はい。」
視線を感じる方を向き問いかけると、待っていたかのようにすぐに返事をされた。
「あんたは、オレを知ってんのか?」
「貴方は私を覚えていないのですね…」
ずっと優しい眼差しで見つめていた瞳がゆっくりと閉じられていく様は、たとえようもなく儚くて、ほんの少し淋しかった。
「あ、そうだ。」
何故かこれ以上続けてはいけない話のような気がしたオレは、おもむろに自分の荷物を探り始める。
「あ、あった。ほれ。これやるよ。紅茶のお礼だ。」
そう言って視線を合わさず、出発前に焼いたパンとスコーンを手渡した。
「ありがとう…ございます。」
不思議そうな表情で受け取ったパンを大切そうにそっと胸に抱え、優しく微笑んでくれた。
「おう。」
一息ついた後、案内されて階段を下りていくと店内らしき空間にもたくさんの時計が飾られているのが見える。
「ああ。古い建物ですから、足元には気を付けてくださいね。」
そう言われた瞬間、タイミング良くギシッと階段の軋む音がして振り返り微笑まれた。この人は一体誰なんだ?大体、オレとは初対面のはずなのにどうしてこんなにも優しく穏やかな笑顔ができるのだろう。まるで親しい相手にするような懐かしい表情だ。オレの知らない何かを知っているようで気になって無意識のうちに視線を向けてしまう。しかも外見が女性に見えるわけでもないのに、何気ない仕草に繊細な美しさを感じてつい必要以上に見惚れてしまっている。
「ここは、時計屋なのか?」
不躾にいつまでも見ているわけにもいかず、ぐるりと部屋を見渡して聞いてみた。
「まぁ、そんなところでしょうか。今となってはお客様が来ることなんて殆どないのですがね。」
そっと視線を壁の方に向け、何かを思い出すような口調でそう言って目を閉じた。そんな様子を見て、もしかしたら昔を思い出して懐かしんでいるのかもしれないと思ったオレは、なんとなく窓の外へと視線を移した。
そういえば雨、降ってないんだな…
「なぁ。勝手に見ても良いか?」
手持無沙汰になったオレが部屋の壁際にある棚を指差して問いかけると、まだ目を閉じて一人掛けのソファーに座っている彼は無言で頷いてくれた。
店内には時計だけではなく、木製の皿やアクセサリー、その他にもいろいろな雑貨が並んでいた。本当に全部手作りなのかと思いたくなる程ひとつひとつがとても丁寧な仕上がりだ。
「うん?」
商品棚の奥に伏せてある写真立てを見つけたオレは腕を伸ばして取り出してみた。色褪せた古い写真には二人の男性と数人の子どもたちが写っている。かなり古い写真だと思うが、ここに写っているのは…間違いなく…
「なぁ。この写真って…」
「おやおや。懐かしいですね。それは…」
そう言いかけた彼は不意にオレを見て、何かを納得した感じでそのまま言葉を止めた。
「さて…いつの頃だったでしょうか…私も忘れてしまいました。」
はにかんだ笑みを浮かべて言い、それ以上詳しく話してくれそうにはなかった。ただひとつ、どうしても確認したいことがあるとすれば、何も知らないオレが見ても写真の中にいる男性と彼が同じなのではないかと思ってしまう程、そっくりだということくらいだ。
その時、カチリッと時計の針が合わさった音がして、それと同時に部屋に音楽が流れ出す。
「オルゴール?」
微かに響いてくる音はオルゴールに似ているが、聴いたことのない音色を奏でていた。
「ええ。木製の、ですが。まぁ作り方は同じだと思いますよ。」
彼はオレの前を横切ると、さっき下りてきた階段とは反対側にある、壁伝いに上へと続いている螺旋状の階段を上るように促された。
「どうぞ。ご案内します。」
彼の後ろを歩いていく。反対側の部屋は日当たりが良くて明るい感じがしたけれど、着いた場所は薄暗かった。
「ここの時計たちには絶対に触れないでくださいね。」
重要な注意事項のように真剣な眼差しでそう言うと、またすぐに微笑みを浮かべてそっと扉を開けてくれた。
「触れなければ何を見て頂いても構いませんよ。」
それだけを言い残し、彼は部屋の中央にあるロッキングチェアに身を委ねている。
扉を開けた正面の壁のほぼ中央位置に大きな時計が掛けられている。その周囲にも大きさの違う時計たちが掛けられていて、それぞれに繊細な飾りや仕掛けが施されていた。
「すげぇ…どれも年季の入った逸品だなぁ。これ全部仕掛け時計なのか?」
部屋の中には、ざっと見ただけでも二十個以上の時計たちがある。それらすべてが手作りなのは当然だろうが、まさか全部に何かしら仕掛けが施されているのだろうか。
「さすがに全部ではないですよ。仕掛けを組み込んであるのは壁に掛けているものだけです。」
彼は心地良く椅子を揺らしながら笑顔で答えてくれた。
「壁にって…それだけでも十個近くあるけど?」
何でもないことのように言われ、唖然としてしまった。
「ふふふ。長い時間をかけて、こだわって作っているうちに出来上がったようなものですから。」
「長い、時間…」
まぁこれだけ飾りや仕掛けを施して作り上げるのだから、相当な時間を費やしているだろうな。
「一番古いものは、そうですねぇ…三百年くらい前になるでしょうか。」
そんなことをサラッと告げる彼は、変わらず椅子に揺られ、優雅に寛いでいた。
「さ、三百年?」
驚きのあまり言葉を失い、オレはじっと時計を眺めた。
「ええ。たぶん。」
静かに…だけど規則正しく決まったリズムで時を刻んでいる。いつもは慌ただしく感じるだけの音が、何故か今は緩やかに思えてしまう。感じ方はこんなに違うのに、いつだって同じように時は流れているんだ。
ん?時が…流れて…?
「オレ、街へ行くんだった!」
こんな大事なこと、なんで忘れていたんだろうか。雨期の間にやっておくべきことが山のようにあるというのに。
「ですが、今日はもう遅いので。発つのは明日になさった方がよろしいですよ。」
現在地がわかっていないオレとしては、彼の心遣いを素直に受け入れるしかなく、促されるままに二階の部屋を出て階段を下りると、今度は奥にある部屋へと案内された。
「荷物は後ほどお届けしますね。」
静かに扉を閉められ、オレはそっと息を吐く。
「やっぱりなんか…不思議な感じ、だよな。」
少しして彼が荷物を運んできてくれたが、特に話すこともなくお互いに『おやすみ』だけを伝えた。
「はぁ…」
何が起こっているのかさえよくわかんねぇけど、いつも以上に疲れた気がする。
常に優しい笑顔でいてくれる彼が、時折不意に見せる淋しそうな表情や、言葉を濁した時の哀しそうな表情…
「気になることだらけなのに、聞けねぇし!」
言葉にしてはいけないのだと、何かに止められている気がして、疑問だけが増えていき消化不良を起こし始めている。
「あー。やめた。」
不安定な頭の中を無理やり抑え込むように、ベッドに倒れ込んで強く目を閉じた。
「陽の匂いだ…」
ふわりと陽だまりの匂いに包まれ、オレは眠りの中へと落ちていった。
その夜、何年かぶりに夢を見た…
「キミに言われなくとも、そんなことはわかっています。」
口調は穏やかだけれど、なんとなく冷ややかな印象の声が聞こえる。
「じゃあなんであんなガキにいつまでも拘ってんだよ。」
今度は明らかに不機嫌そうな声だ。
「別に、拘っているわけでは…」
穏やかな声の人は何かを躊躇っているように口ごもった。
「へぇー。じゃあ何だよ。」
不機嫌そうだった声の人は、少し揶揄い交じりに言っているが、ちゃんと向き合おうとしているように思えた。
オレのいる場所からだと残念ながら逆光になってしまい、姿ははっきり見えないが二人の男性が何かを言い合っているみたいだった。
なんだかそのまま放っておくこともできず、気付かれないようにそっと近付いてみる。
「あの子が彼じゃないことはちゃんと理解していますよ。私は彼から話を聞いていましたから。」
頭では理解していても、割り切って考えられないこともあるだろう…
「じゃあ、尚更、もういいんじゃないのか?」
呆れているというより、心配しているみたいだ。
物音を立てないようにゆっくり進んでいくと、少しずつ彼らの姿が見えてきた。
大木の前で長身の男が二人、向き合って話をしている。
一人は銀に近い白髪を後ろで雑に束ねていて、もう一人は灰褐色の髪を肩くらいの位置で綺麗に切り揃えている。
「なぁ。また、ひとつに戻るのも悪くはないだろう?」
白銀の髪の男がニヤリと笑って手を差し出す。
「そんな考えは微塵もありませんのでご心配なく。」
差し出された手から視線を外した灰褐色の髪の男は、冷たく言い放ち顔を背ける。
「ふん。相変わらず可愛くねえなぁ。」
「おやおや。それはお互い様でしょう。」
正反対の印象を持つ二人の関係性はもちろん不確かだけれど、何故か説明のできない強い繋がりがあるような気がした。
何に対してなのかわからないけど、意見の食い違いが生じて言い合っている…というよりは、たぶん白銀の髪の男が相手を説き伏せたいようだ。
「やっぱり食えねえヤツだなぁ。」
その言葉に灰褐色の髪の男はクスッと余裕の笑みを浮かべている。
そんな二人の間にわずかな沈黙が訪れた時、遠くの方で何かの鳴き声が響いた。
キョキョキョキョ…
少し高めの連続して鳴く声は、今まで聞いたことのないものだった。
「おかえり。待っていたよ。」
― え? ―
それは大木に誘われた時に聞こえたものと同じ声だった。唯一違っているのはオレに向けられた言葉ではないということだけだ。
灰褐色の髪の男は、空を見上げて優しい笑顔でもう一度『おかえり』と告げている。
上空から一羽の大きな鳥がゆっくりと舞い降りてくる。その姿は幻のようで…まるで澄み渡る空を切り抜いたのかと錯覚するほど美しい青い翼を優美に翻し、風を操りながら降りてきた。
「ケツァール…?」
オレの知っている姿とは違っているが、目の前にいるのは間違いなく『導きの羽根』を持つ神獣、幻の鳥ケツァールだ…色も大きさもかなり異なっているが、頭部から背にかけて光沢のある濃い青と腹部の鮮やかな赤。そして何より一番の特徴である、体長の二~三倍はあると言われている尾部の長い飾り羽を見れば同種だと確信せざるを得ない。
異色のケツァールは大きな翼を広げたかと思うと、そっと目の前にいる男を包みこんだ。
「え…?」
瞬きをしたほんのわずかな間に様変わりした情景にオレは困惑した。
幻の鳥は跡形もなく姿を消し、二人の男もいなくなってしまった。今オレの視界にいるのは…白銀の狐と灰褐色の狐。そして…オレだ。
「元気そうだな。」
『オレ』は嬉しそうに言い、懐かしい笑顔で狐たちからの歓迎を受け入れている。だがそんな彼の視線はあろうことかまっすぐにこちらを見つめ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ようこそ。おっちゃん。」
「は?」
嘘だろ?でも、その顔…忘れるわけがない。無邪気に狐たちと戯れている彼の笑顔と、オレの記憶の中にある、最近よく店に来ていたあの悪ガキの姿が重なった。
カチリッ
時計の針が重なる音で不意に目が覚めた。
「あー。なんなんだ?サイアクな目覚めだわ…」
何ともやりきれない思いで深いため息を吐き、二度寝する気にもなれないオレは仕方なく起きることにした。
「よく眠れましたか?」
扉を開けると楽しそうに紅茶を淹れている姿と遭遇した。
「おかげ様で?」
クスクスと笑う彼を見て、イラっとした勢いのまま嫌味を込めて返したつもりだったのだが上機嫌な彼の様子は変わらず、ゆらゆらと四本の尾を揺らしている。
「夢…だと思った。」
「ふふふ。夢かも、しれませんよ。ねぇ?」
明らかに語尾の『ねぇ?』はオレではない者に向けられている言葉だった。
「人の気持ちも考えないで、よくそんなことが言えるな!」
騙されたことに腹を立てているというよりは、何だか妙な疎外感のようなものが原因なのかもしれないが…結局オレの機嫌が悪いことに変わりはない。
「ははは。いつまでも怒んなよ、おっちゃん。」
この平和ボケしたような対応は一体なんだ?コイツはこの状況を誰のせいだと思っているんだ?当たり前のように部外者面しているけれど、きっと一番の要注意人物はコイツだと思う。
「うるさい!」
これは絶対に夢だ。いや…半分くらいは夢なのかも知れないと思いたい。でも現状、目の前に存在している彼らを否定する術が見つからないのだ。白銀の長髪を無造作に束ねた狐耳の男と灰褐色の四本の尾を揺らしている男…そして左頬に傷のある『オレ』にそっくりな男。信じたくはないが…この男は間違いなく、昔父に見せてもらった写真に写っていた若き日の放浪者…そんなオレの葛藤なんて気付きもしないで三人は呑気に談笑している。
「たとえ夢でも、これはきっと悪夢だよな…」
小さく呟いたオレの声が聞こえたのか、ひ―じいちゃんはこっちを見て面白そうに笑っていた。
「ひーじいちゃんは、若返りの秘薬でも飲んだのか?」
皮肉を込めて言ったはずが…軽く躱されてしまう。
「よくそんな昔の話を覚えているなぁ。」
と憎たらしい口調で言い、豪快に笑われる始末だ。
「なぁ、ひーじいちゃん…」
「坊主。おまえは俺の名前を知らんのか?」
殺気を感じる程の真剣な表情で問われ、一瞬言葉に詰まったオレは素直に言い直した。
「一蓮…」
「おう。何だ?」
満足したようで、ニカッと破顔し返事される。
「はぁ…」
目を閉じて深くため息を吐いたオレは、それ以上言葉が見つからず無言のまま席を立つ。どう考えたってこの状況はきっと何も進展しそうにないだろうし、そもそもこんなところで遊んでいる場合ではないんだ。オレはこの雨期の間にやっておくべきことがある。
そう、先へ進もう。
いつまでもよくわからない場所で留まっているわけにいかない。これじゃ、せっかく早めに出発した意味がなくなってしまう。できるだけ早く街に戻り、待っていてくれる人たちのために店を開けなければならない。
みんなの嬉しそうな笑顔のために。
何も言わずに席を立ったオレが部屋で旅支度を整えていると、ひーじいちゃん…基、一蓮が腕組みをして入口に立っていた。
「オレ、行くわ。」
荷物を担ぎ素っ気なく言うといきなり腕を掴まれた。
「おまえの力を借りたい。」
何の話をされているのかわからず、じっと一蓮を睨みつける。
「離せよ。オレにはやることがあんだよ。」
掴まれている腕を力任せに振り解こうとしたが、バカ力相手に悔しいが微動だにしない。
「おまえにしか、頼めないんだ。話を聞いてくれないか?」
無言で顔を背けるオレの腕を掴んでいる手に力が込められる。
「蓮…どうしてもアイツらを救いたいんだ。そのために、おまえの力が必要なんだ。頼む。」
ひーじいちゃんの…一蓮の瞳には迷いなんて存在していなかった。そしてこの時、オレははっきりとわかったことがある。街を出る時に『導きの青い羽根』を贈られた本当の、意味…
大切な存在を守るため、救うために力を貸して欲しいと伝えるために、自らの妖力を削ってまでオレのいる時代に危険を承知で来ていたんだ。そこまでされて、断れるわけ…ないだろうが。
「腕、離せよ。痛てぇんだよ。このバカ力。」
オレは深く息を吐き、担いでいる荷物を床に落とす。
「蓮…」
そっと腕を解放され自由を取り戻した両腕を高く上げ、わざとらしく伸びをした。
「で?何をすれば良いんだ?」
早まった決断なのだろうか…一蓮がニヤリと笑った気がした。
もしかしたら一蓮に嵌められたかもしれない…何度もそんな疑念が頭に過ぎったが、流れ的に引き受けてしまった以上は、案内されるまま山道を歩くしかなかった。
深い霧を抜けた頃から、少しずつ見覚えのある景色になっていることに気付いたオレは、不意に前を行く背中に問いかけてみる。
「ここ、じいちゃんの山か?」
「本来俺の山だがな。」
どっちでも大差のないことなのに、本人には重要なことなのだろうか?でも結構小さいことにいちいち突っかかってくるよな。所有者がじーちゃんでもひーじいちゃんでもどっちでも良いだろうに…
「ガキかよ。」
そんな言葉を吐き捨てたオレはハッとする。
「んー?なんだ?今、何か言ったかぁ?」
地獄耳だったの、すっかり忘れてた。
「べ、別に。」
しっかり聞き取っているはずなのに、知らん顔してやり過ごそうとするそんな姿もガキだわ…と思い笑ってしまった。
「おい。ことの顛末を簡単に話すから、ちゃんと聞けよ。」
一蓮はそう言ってわざわざオレのペースに合わせて歩く。どうやら本当に目的地に向かうまでの間ですべてを語るつもりのようだ。
話は百年ほど前の出来事から始まった…
街がまだ村と呼ばれ、店よりも田畑の方が多かった頃、人間もそうでない存在も互いに尊重し合い、自然に共存していたという。もちろん一蓮も例外ではなく、既に彼らとともに過ごしていた。そしてそれは特別なことなどではなかったんだ。ただ…共存と言っても何も問題がなかったわけではない。外見に囚われ真意を理解しようともせず無碍な態度を取る人間がいたり、その対応が原因で卑屈な考えに陥ってしまったりするヤツらもいたそうだ。
上手く噛み合わない関係から悪さをする者たちも出てきて、仲良く助け合いながら生活をすることは、難しくなっていった。一蓮はどの村にも拠点を置かず、ずっと旅を続けながら、様々な土地で起こっている問題事を解決する手助けを担っていたらしい。
きっと、類い稀なる強い霊力を持った放浪者の存在は、村人たちにとって何よりも大きな救いの手だっただろう。
その日も村を荒らされているとの報告を受けた一蓮たちは、悪さをしている者が数人の人間に追い詰められ慌てて逃げ込んだという場所に向かっていた。
「一蓮さん、あの森…あの森の奥です!」
呼びに来た村人は少し離れた森を指し示して叫んだ。
「おう。ふん、なるほどな。」
示された方へと視線を向けるなり、怪訝な表情を浮かべてため息を吐く。
「了解した。あんたは先に帰っときな。」
怯えて後退っている村人にそう告げると、一蓮は禍々しい妖気を帯びている森を睨みつけた。
「は、はい。お気をつけて。」
一秒でも早く立ち去りたい気持ちは理解できるが…言葉を発しながらも既に踵を返している村人の姿に少々呆れた。
「おう。」
背を向けたままで軽く返事をして、気付かれない程度に肩を竦める。
「悪さを仕出かしたヤツは問題じゃないが…」
聞いた報告から察するに、村を荒らしていたヤツというのは野生の獣か低俗なモノノケの類だろう。だが…
「この気配は…」
静かに呟きながらも眉間に深くシワを刻んで顔をしかめた。
「まったく…イヤな気配ですね。」
一蓮の頭上で寛ぎながら灰褐色の狐が言う。
「面倒くせぇ。さっさと片付けようぜ。」
不機嫌に大きな欠伸をしながら白銀色の狐が吐き捨てる。
「そうだな。」
森の奥から感じる醜悪な気配を警戒しつつ、今回の標的を捕らえるために戸惑うことなく三人は先へと向かった。
この辺りの土地は、小さい頃から走り回っていた一蓮にとって庭のようなものだ。だからこそ、誰がどこへ逃げ込もうとも、迷うことなく即座に発見し追い詰め、捕獲することができるのだ。
「ほい。任務完了っと。」
一蓮は捕まえた小鬼と目を合わせるとニッと笑った。
「おまえら、村には行かないって約束だったよな?」
その約束は昔、鬼一族と交わしたものだった。
「でも…仕方ないんだ。この森はダメなんだ。」
仕方がない?森がダメというのは…この気配を放っている主の影響か?
「小鬼、他のヤツらはどうした?」
この森はモノノケたちの棲み処として護ると定め、かつて共に結界を張った場所のはずだった。周囲に意識を巡らせても結界は感じられない。そして…ここで暮らしている者たちの気配が、僅かしか感じられない。
「おい、侵入者は何者だ?」
唸るような声に小鬼は身体を震わせ、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「おいらは知らねぇ!何も知らねぇよ!」
なるほど。醜悪な気配の正体を突き止めればすべてがわかるってことか。
「この先…だな。」
小鬼を解放した一蓮は森の奥を見据えて呟いた。
「約束はちゃんと守らねえとな。」
不敵な笑みを浮かべて歩き出すと、背後からスッと二つの影がすり抜ける。
「あ、おい。おまえら止まれ!って素直に聞くわけないってかぁ?」
クスクスと笑いながら先を行く二人はゆっくりと振り返る。
「そりゃそうだろ?」
「先に行きますよ。」
追い抜かれた一蓮は両手を腰に当てため息を吐いた。
「天、空。油断すんなよ。」
一応人間である一蓮よりも狐である彼らの方が素早い動きをするのは当然のことで、二人は声を掛けられる前に動いてくれる。ただ…その分、自分よりも先に危険と遭遇することも必須となってしまう。長きに渡り共に旅をしている仲間としては回避したいことだ。
あらゆるものを見通す千里眼を持つ、四本の尾がある灰褐色の狐『天狐(てんこ)』天界より遣わされた神獣と呼ばれ、神通力を持つ尾がない白銀色の狐『空狐(くうこ)』。本来彼らはひとつの魂となり、『九尾の狐』になるはずだった存在だ。だが、一蓮が原因で現状、別個体として生きている。
「おいおい。」
二人の姿を見つけた途端、明らかな苦悶の表情を浮かべた。
「よりによって、今回の相手は…九尾かよ。」
やっと追いついた一蓮は眉間にシワを寄せ、胸元で揺れるふたつの勾玉をギュッと握りしめた。
それは…天狐と空狐と共に生きていくと決めた時に交わした約束の証。
― この命、尽きるまで共に ―
あの時そう誓い、天狐とは翡翠を…空狐とは瑪瑙の勾玉を分かち合った。
「無事か?」
静かに彼らの傍へ行き、空中に浮かんでいる二人に声を掛け無事を確認した後、自らも進んで九尾に向き合う。
「ふん。小賢しい。人間如きが何用だ?」
醜悪な気配を漂わせ、威圧感のある声で九尾が問う。
「さあな。」
素直に話し合いに応じるはずのない相手を前に、どうしたものかとのんびり思案している暇なんてない。
「封印、しかねぇよな。」
面倒くさいが、他に手段はなさそうだ。
間合いを詰め、九尾に気付かれない仕草でそっと白翡翠の数珠を取り出した一蓮は、念仏のような、呪文のような言葉を唱え始める。だんだん九尾の動きが鈍くなり、呪縛に囚われ始めた時を見計らって九尾を石に封印しようと試みる。その時、呪縛の苦しみから逃れようと暴れ狂った九尾の攻撃を受け、一蓮は左腕と頬に深い傷を負った。
「一連!」
仲間が目の前で負傷した姿を見て憤怒した天狐と空狐は互いの力を解き放ち、なんとか荒れ狂う九尾を抑え込んで封印を成功させた。
「天、空!大丈夫か!」
一番深手を負っているはずの一蓮は腕を押さえながら、急いで二人に駆け寄る。
「ははは。何だそのザマは!カッコ悪ぃ…」
空狐が強がって笑いながら言う。
「よく、言えますね…貴方も、大概、ですよ。」
珍しく息の上がった天狐が苦笑交じりに呟いた。
どれほどの魂や同族を喰らったのかと思う程に力を得ていた九尾は、今まで戦ってきた中でも群を抜いての強敵だった。そしてそれを語るには十分すぎる程、三人は傷だらけで疲れ切った表情をしている。
「あー。疲れたぁ。」
一蓮がそう言ってその場に勢いよく倒れ込むと、つられるようにして二人も地面に身を投げた。
「天狐、空狐。ありがと、な…」
微かに口角を上げ優しい声で言うと、一蓮は静かに目を閉じた。
「…一蓮?」
微動だにしないことに不安を感じた天狐が彼の名を口にする。
「おいっ」
余力なんて残っていないはずの空狐も異変を感じて跳ね起きる。
急に訪れた想像以上の静けさと、戦いで負った傷の深さを思い返し、二人はハッと息を飲んで顔を見合わせた。そしてどちらともなく心配そうな表情で一蓮の顔を覗き込む。
「ぐぅ…」
そんな二人の心配なんてまったく感じていないであろう一蓮は安らかな夢の中にいた。
「コイツ…殺してやろうか…」
空狐は冷たく言い放ち、拳を握り締める。
「やれやれ…まったく。」
ため息交じりに言葉を零し、呆れている天狐。
対照的な態度の二人だけれど、心底心配している気持ちは同じだ。しかしそんな二人の事なんて気にすることもなく、当事者である一蓮は爆睡していた。
「はっ平和な顔しやがって。」
「ふふ。少し寝かせておきましょう。」
俄然そんなマイペースな姿に呆れつつも二人は、深手を負ったが、生きていることにホッと胸を撫で下ろしていた。
それから百年余りの時が流れた。きっとその時の封印石に何らかの異変が起こっているのだろうと一蓮は告げた。
「封印した石ってことは…もしかして祠に祀ってる殺生石か?」
ふと、オレがまだ小さかった頃にじいちゃんから聞いた『殺生石』の話を思い出した。
「御名答!」
じいちゃんは、ご先祖様が九尾を退治して石に封印したのだと語ってくれた。その時に生まれた九尾の怨念ごと封じたため殺生石そのものが毒気を放っているという。それを知らずに近付いてしまった多くの生き物たちが強い毒の影響を受け、命を落としたそうだ。今も尚、近付くだけで命を奪われるほどであると教えてもらった。
当時はよくわからなくて、子供の理解力では、とりあえず近付かなければ怒られないんだという認識しかなかった。
「それで?殺生石の異変って何だ?」
長年に渡って驚異的な力を封印している石だからこそ、何かあってからでは遅い。
「さあな。結界が壊れかけているのか、もしくは石そのものに何かあったのか…それを確かめるためにここに来たんだよ。」
原因がどちらだとしても、最悪の事態を想定するならば…九尾が現世に解き放たれている可能性があるということだ。悠長に話している場合ではないのに、ひーじいちゃんはどこまでも飄々とした態度を崩さない。こんないい加減なヤツが本当に偉業を成し遂げたのか?
「なぁ。もうひとつ聞きたいんだけど。」
山道を歩きながらずっと感じていた疑問を、少し躊躇いながら言葉にしてみた。
「一蓮って…現状、死人なのか?」
その言葉に動きを止めた一蓮の肩が跳ね、背が震えている…
やっぱり、触れてはいけないことだったのだろうか。
「あ、あのさ。別にオレとしてはどうでも良いんだけどな。その…」
明らかにするべき事実ではなかったんだ。現状、一緒に時を重ね行動を共にしているのだから、生存しているか否かなど大した問題ではないはずだ。
「一蓮、あの…」
慌てて付け足した言葉にさえ返事がないことに若干狼狽えながら、そっと一蓮の様子を覗き込もうとしたと同時に彼は耐えきれなくなって大笑いした。
「な、なんだよ!そんなに笑うことじゃねぇだろ!」
「ははは!悪い。真剣な顔して何を言い出すかと思えば!そんなどうでも良いことを、今更質問されるとはなぁ。わははは。」
目に涙を溜めながら必死に笑いを堪えようとしている姿を見ていて、なんだかだんだん腹が立ってきた。
「もういい。知らねぇ。どうでもいい。」
投げやりにそう言ってそっぽを向く。我ながら子供じみた対応だとは思ったが、やりきれない気持ちの方が強かった。
「あー。すまん。茶化すつもりじゃねぇんだ。悪かったな。」
潔く頭を下げて謝罪した一蓮は、深く息を吐き出し静かな声で続ける。
「すでに生涯を全うして死期を迎えた。つまり…当の昔に死んでいるよ。だから今の俺は天狐と空狐のおかげでこの姿を維持できているだけなんだ。」
後に聞いた話だが…怨念が強くなり人間を襲っていたモノノケとの戦いで瀕死状態だった天狐と空狐を、自身の妖力と引き換えに救ったことがあったらしい。当時暴れ回る妖を退治する者が重要視されていた時代だったため、そして二人にとってもかけがえのない一蓮の魂を繋ぎ止めたのだという。
きっと彼らは共に過ごした時間の中で、一番大切だった頃の姿を望んで維持しているのだと直感的に思ったのは、三人が一緒にいる時、すごく幸せそうに笑っているからだろう。
「まぁ…そういうことだから、たとえいつ消えたとて、何ら不思議じゃないってことだなぁ。」
その言葉を聞いて、なんとなく一蓮が飄々とした態度を決して崩そうとしない理由がわかった気がした。
「あのさ…理由がどうであれ、ちゃんと実在してんだからさ、消えるまでは生きてりゃいいんじゃねえ?」
「そう、だな。」
フッと少し淋しそうに笑った一蓮は、常にずっと何かを覚悟して生きてきたのだろうと感じた。確かにお調子者でいい加減なところも多々あるけれど、でも…もしかしたら通常の一生涯以上の時間を生きているからこそ知ってしまった痛みや苦しみ、そして哀しみを乗り越えてきたことへの反動なのかもしれない。だからこそ尋常ではない程の深くてあたたかい心を持っているんだろうか。
その時、背後から大きくて黒い影が飛び出してきた。
「昔話は終わりのようだ。」
「ああ。そうみたいだな。」
黒い影はだんだんはっきりと姿を現していく。
「やっぱり封印が解けたのか。」
微塵も臆することなく、相変わらず飄々とした態度で呟く一蓮とは逆に、思わず一歩退き息を飲んで様子を伺ってしまっていた。そんなオレたちの目の前には漆黒の九尾がいる。見たこともない程の大きさと禍々しい異様な妖気を感じて身体が動かない。
「蓮!しっかりしろ!」
畏怖を抱いていることに気付いた一蓮が声を掛ける。
「お、おう。」
本当に今までずっとこんなモノノケたちと向き合ってきたのかと思うと、普段の姿が信じられなくなりそうだ。自分の何倍も大きくてどんな能力を持っているのかさえわからない相手を退治するのか?下手をすれば待っているのは間違いなく…死、だろう。
「一蓮、久しいのぅ。」
「俺は再会なんてしたくなかったよ。」
長年の封印から解き放たれて自由を得た九尾は、この状況を心から楽しんでいるのか、嬉しそうに大声で笑っている。
オレはせめて邪魔にならないように一蓮の少し後ろで二人を見守ることしかできず、ただ黙って立ち尽くしている。
「蓮、私と…同化してみますか?」
姿を消したままの天狐が耳元で囁きかけてきた。
「そんなことができるのか?」
不安げに問いかけた時、不意にクスッと笑われたオレは天狐の柔らかな笑顔を思い出した。
「私一人の力では難しいかもしれませんが、貴方が協力してくれるなら…ほんのわずかでも九尾の動きを封じることは可能でしょう。如何でしょうか?」
オレにできることがあるのなら、どんなことでもやってやる。
「…わかった。」
迷っている暇なんてないんだ。たとえわずかでも尊敬する放浪者の助けになるのなら…
「天狐!」
「いきます。」
身体の中にスッと何かが入り込んでくるのがはっきりとわかった。
「くっ…」
天狐の妖力が熱となり身体中を暴れ回っている。これを抑え込まなければ、同化ではなく憑依されたことになってしまう。それでは何の意味も成さないのだ。
熱を帯びた身体は一気に鼓動が速くなり、立っていることも難しいほどの息苦しさに耐える。片膝をついて辛うじて意識を保ちつつ顔を上げると、一蓮と九尾が戦っている姿が見えた。
「蓮、無理するな!」
天狐との会話を聞いていたであろう一蓮は、一瞬オレの方に視線を向けた後、心配して叫ぶ。
「誰に…誰に、言ってん、だよ!」
深く息を吐いて呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がったオレは、身体が軽くなっていることに気付いた。
「待たせたな。一蓮、行くぞ!」
どうやら無事に天狐と同化できたらしく、内側から力があふれてくる。
「おう。一気に片付けるか。」
そう言ってニヤリと余裕ある笑みを浮かべた。
だが…殺生石に封印されていた期間ずっと他の生き物の命や妖気を奪い、吸収していた漆黒の九尾は昔とは比較できない程の妖力を手に入れてしまっている。
「チッこのままじゃ、キリがねぇなぁ。」
いつものように苦笑する余裕もなく、表情を歪めている一蓮を見てオレはある決意をした。その考えが有効なのかわからない。ただ、付け焼き刃でしかないオレの戦力なんかでは、悔しいがどうすることもできないことだけは事実だ。
「天狐、オレから出られるか?」
オレ自身の体力的な問題もあって最悪の場合、このままだと天狐の存在まで消えてしまうかもしれない。弱いくせに…現状何もできないくせに、バカみたいな意地を張ってそんなことをさせるわけにはいかないんだ。
「出られます。…が、どうするおつもりですか?」
不審そうに問いかけられたが、きっと反対されるだろうことを事前に話すわけにはいかない。
「大丈夫だから、一度出てきてくれないか?」
一蓮を真似てオレがニッと笑いながら言うと、天狐はわざとらしくため息を吐く。
「答えになっていませんけどね。」
天狐は呆れながら文句を言うと仕方なさそうに同化を解いてくれた。身体から熱が抜けると同時にそれまでの軽さが消え、重力が戻ってきた。
こんなにも短時間の同化で思い知った自分の無力さに腹が立つ。
「情けねぇ…」
つい声になってしまったその小さな呟きが、誰の耳にも届いていないことを願った…
「一蓮。」
今、やるべきことは…漆黒の九尾を再び封印することだ。その為に次の手段へと進むべく、オレは歩き出す。
「何だ?」
これだけ戦っているのに、未だ九尾の得た妖力は計り知れない。ダメージを喰らっているのはお互い様のはずだが、ヤツは余裕ありげにうすら笑いを浮かべている。
「なあ、オレの力がいるんだよなぁ?」
「ああ?」
さすがの一蓮も疲労の色が隠しきれず、少し息が上がっていて表情が険しい。それ以上に自分の姿が、見るも無残なくらい傷だらけでボロボロなのは百も承知だ。だが、せめてこんな時くらい…ちょっとだけカッコつけたって良いよな?
「貸してやるよ。オレの身体、使って良いぜ。」
「蓮…おまえ…」
オレの言葉を聞いた一蓮は驚いた表情でわずかに振り向いた。
「ははは。今更迷ってんじゃねぇよ!」
危険なことだとしても、それを選択する以外方法がない。きっと一蓮の迷いは…オレの身を案じているからだろう。提案したオレだとて不安がない、とは嘘でも言えない。でも…
「一蓮!」
でも、オレは…残念ながらアンタの血をしっかり受け継いでいるんだよ。破天荒で恐怖すら顧みないバカみたいな…最高に仲間思いで優しい放浪者、アンタの血をな。
「おう!」
覚悟を決め差し出した一蓮の手に自らの手を合わせた。
天狐と同化した時よりも自然に、一連の熱が…魂が入ってきた。まるで燃え盛る炎のような熱を感じながらもスッと吸い込み、満たされていく何かを感じた。オレの身体で一蓮の魂が生きているのが伝わってくる。
「蓮、しばらく借りるぞ。」
いつもの余裕のある不敵な笑みを受かべた一蓮は、改めて最強の敵、漆黒の九尾の姿を睨みつけた。
「天、空。さあて…行こうか!」
「行くかぁ。」
「はい!」
士気の上がった三人は互いの動きを一瞬で理解し、先手を取って動いていく。さっきまでとはまるで違う一蓮の俊敏な攻撃に迷うことなく余裕でついていく。
「これが本来の力、なのか…」
「笑止!まだまだ序の口だぜ?」
意識はしっかりあるのに、身体が勝手に動いている。鍛えぬき、数えきれない程の戦いの中で得てきた一蓮の動きはしなやかでいて無駄がなく…風を舞う羽根ように綺麗だ。そして自然な流れで白翡翠の数珠を取り出し九尾へと翳す。
「さて九尾。そろそろ眠る時間だろう?」
「おのれ一蓮…小癪な!」
深い傷を負い心身共に弱ってきた九尾は険しい表情でこちらを凝視しているが、思うように動けない様子だった。
「子守歌でも歌ってやろうか?」
そう言って一蓮はニヤリと笑うと静かに目を閉じた。
「ぐっ…ううう…ぐはっ…一、蓮…」
封印の呪文に、言霊の念を強く込めて漆黒の九尾を再び黒曜石に封じた後、オレたちはそれを厳重に祠に納めた。
「仕上げだな。」
一蓮は自らの血で呪符を記した封印の札を祠の四方と正面に張り、更に強力な結界を張った。
「お疲れ様でございました。」
穏やかな声で言いながら、天狐がそっと一蓮に寄り添い身体を支える。
こうしてオレたちは九尾との死闘に幕を下ろしたのだった。
「じゃあな、九尾。」
支えられたまま、片方の口角を上げて苦笑しながら告げる一蓮の身体がぐらりと揺れた刹那、その場に崩れ落ちた。
「一蓮!」
ハッと息を飲み、慌てた天狐が叫ぶ。
「ははは。ざまあ…ねぇ、なぁ…」
最後の力を振り絞って笑顔で言い、一蓮の意識がオレの中で途絶えた…
同化している間、オレに負担を掛けないようにと妖力を必要以上に消費しすぎたせいだろう、身体から抜け出した彼の姿は少し透けているように見える。もしかしたらこのまま消えてしまうのではないかという考えが脳裏に浮かび、ゾッとした。
「おいっ消えんじゃねぇよ!」
込み上げてくる感情を抑えきれず、震える手でそっと一蓮の手を握る。
「まだ生きてんだから、生きろよな!」
そう言うと、静かに目を閉じていた彼が儚く微笑んだ。
「はは…バカなひ孫を、置き去りには、できねぇよなぁ…」
きっと息をするのもつらいはずなのに、なんとか片目を薄く開けて笑っているのは、たぶん精一杯の強がりだ。
「一蓮!」
天狐と空狐も彼の名前を呼んだ。
「あー、疲れたぁ…」
「え?」
一体どこにそんな力が残っているのかと思う程の強さで三人を引っ張り倒した。
「ははは。おまえら、ひでぇツラだなぁ。」
起き上がることさえできない程ボロボロな状態である自分のことは棚に上げ、痛みに顔を歪めながらも嬉しそうに笑っている姿にオレたちは顔を見合わせて心底呆れた。
「一番ひでぇツラしてんのはアンタだろうが。…でも、最高にカッコ良かったぜ。」
嬉しそうに笑いながら再び目を閉じている一蓮には聞こえないよう、そっと本音を呟いたオレの手を隣に寝転んでいる天狐が微笑みながらギュッと握りしめる。
達成感に浸り、幸せそうな一蓮の笑顔につられてオレたちも笑みを浮かべていた。
頭上の空は雲ひとつなく、ケツァールの翼のような深く澄んだ青に彩られている。
静寂がゆっくりとオレたちを包んでいく。
死闘の果て、疲れ果てた身体は想像以上に重くてまだ思うように動いてはくれない。それでも苛立ちを感じることなく穏やかな気持ちでいられるのは、不思議なめぐり逢いによって得られた、信頼し合える仲間たちと同じ時間を生きていることが嬉しかった。
目を閉じたオレの頬をそっと撫でる心地良い風に誘われ、ゆっくりと眠りの中へと落ちていった。
遠い昔の話はさておき、現状は当然、モノノケや妖として生きている彼らの回復力の速さなんて人間にはおおよそ想像できないだろう。
「さて。もう一仕事するか。」
つい先ほどまで消滅しかけていたとは思えない動きで彼らに振り返る。
「本当に良いのですか?」
灰褐色の髪の男が心配げに問いかける。
「淋しくてピーピー泣くなよ。」
白銀色の髪の男が揶揄い交じりに言う。
「ああ。良いんだ。」
そんな彼らに構わず、彼はとびきり幸せそうな、輝く笑顔を見せる。
「行こう。」
「ああ。」
「はい。」
そう返事をする彼らもまた、この上ない幸せそうな笑顔だった。
何かに呼ばれた気がして不意に空を仰いだ。
「あ、今夜はピンクムーンだったのか…」
そう言えば、四月の満月を『ピンクムーン』と呼ぶのだと教えてくれたのも放浪者だった。雨期に満月が見られるなんて珍しいこともあるものだと感慨深く眺めていたオレは、急に振り出した雨を凌ぐため大木で雨宿りしていたはずだったが、どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
「街まであと半分くらいだな。」
出来るだけ早く住み慣れた街に戻るためにも、雨がやんでいるうちに少しでも進んでおく必要がある。雨期の間は作物が育たないため、少しでも必要なものを蓄えておきたい。オレは荷物を担いで歩き出した。
歩きながら不自然な気配を感じていたが、こんな人が避けて通るようなけもの道なのだから人間ではない生き物がいたとしても何ら不思議なことではない。気にはなったが、気配に振り返ることなくそのまま先を急ぐことにした。
一定の距離を保ちながらついて来ていた気配は街の手前で忽然と途絶えた。
「森の住人だったのかもな。」
滅多に人間なんて来ない場所だから珍しくてついて来たのかもしれない。行き先が街だとわかり帰っていったようだ。そう思いつつも消えた気配を辿って振り返ってみた。
「あ、れ…?」
そこにはたった今歩いてきたはずの道はなく、木々たちに守られるように祀られている祠が見える。
「こんなとこに祠なんて、あったか?」
気になってゆっくりと祠の方へ歩いていくと、またさっきと同じ気配を感じた。
「誰か、いるのか?」
思わず声を掛けてみるが返事はない。
「いるわけ…ないよなぁ。」
いつもなら些細な異変があっても立ち止まらないのに、今日に限って何かが引っかかる。現状の自分の不可解な行動が理解できないまま、少しの間こもれびを浴びている祠を眺めていた。
「何…だ?」
不意にこもれびの中を走り回っている白銀色の狐と灰褐色の狐の姿が浮かび上がる。そして…
「一…れ、ん…?」
オレの小さな呟きに気付いたのは狐たちだった。耳をピクンと動かし、こっちを見て嬉しそうに笑っているような気がした。
「一蓮!」
今度は『彼』に届くほどの声で叫んだ。
オレの声に気付いた彼は一瞬、驚きの表情を見せたが、それはすぐに笑顔に変わった。
「一蓮…なん、で…」
彼のガキみたいな笑顔を見て、閉じこめられていた記憶があふれ出す。
間違いなく、さっきまで一緒にいたんだ。それなのにどうして何も覚えていなかったんだ?
「どうして…?」
そう問いかけながらも、本当はちゃんと理由はわかっていた。
オレたちは同じ時間の流れの中に存在してはいけないのだということくらい、理解しているんだ。
「蓮、泣いてんじゃねぇよ。」
手を伸ばせば届きそうな場所に彼がいる。
「うるせぇ。泣いてねぇよ。」
乱暴に目元を擦って涙を誤魔化しているオレを見て、彼は優しく微笑んでいる。
「おまえは、おまえの時間を生きろ。」
まっすぐな眼差しでオレを見つめながら静かに言った。
「わかってる!」
オレの強がりな性格も、きっとアンタ譲りだな…
「そうか。なら、良い。」
笑いをかみ殺しながら満足げに言われた。
「アンタも!生きてる限り、生きろよな!」
その言葉を聞いて彼はニヤリと笑う。
「おう、望むところだ。」
よく通る聞き覚えのある声で嬉しそうに言った。
「じゃあな。」
軽く手を挙げて笑顔をくれる。
「ああ。」
オレも応えるように手を挙げて去っていく背中を見送った。
ゆっくりと霧に覆われるようにしてこもれびは消えた。そして、静かに降り出した雨と共に一蓮達も姿を消してしまった。
「さて。行くとするか。」
暗い山道を抜けて街に差し掛かった時、ふと足を止めて空を見上げてみた。
「そうか。今夜はきっと、ブルームーンだったんだな…」
さっき空に浮かんでいた月を思い出し、そう言ってオレはクスッと笑う。
『ひと月に満月が二回ある場合、二回目の満月のことをブルームーンって呼ぶんだ。もしそれに遭遇し、水中花が光を放つ時、奇跡が起こるかもなぁ。』
昔…誰かが得意げな笑顔でそんなことを言っていたっけ。
「なぁ。ひーじいちゃん。」
相変わらず降り続いている霧雨の中、微かな月明かりを感じて再び空を仰ぐ。
「きつねの嫁入り?てかぁ。」
クスクスと笑いながら呟き、もし天狐と空狐がここにいたら…不機嫌極まりない表情をするんだろうなと、想像してみた。
「雨の中の満月ってのも、悪くねぇな…」
薄闇の中、ほの白く浮かぶ月に霧雨の薄い靄(もや)がかかり、幻想的な情景を生み出している。
「オレは、オレの時間を生きる…か。」
そう言った時の放浪者の優しい微笑みを思い浮かべ、胸の奥があったかくなった。
カシャン…
どこかで時計の針が重なる音が聞こえた…
遠くから静かに、オルゴールの音色が響いてくる…
「木製の、オルゴールですよ。」
そんな言葉を、また聞きたくなった…
その昔…どんな時でも穏やかな眼差しで優しく世界を見つめている者がいた。
「永久(とこしえ)の安らぎとは、たとえ非常なものであったとしても、自然がもたらす偉大なものなのだ。そして、与えられし業を乗り越えた者たちが知り得た情は、何よりも尊くあたたかいもの…」
…とその花は語り、一枚の花びらを風の中へと解き放った。
「いつの時代であっても縁(えにし)とは本当に不思議なものだ。さて…次はどんな世界が見られるだろう…」
花はそよ風に揺られながら、次の世界のはじまりを待っている…
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「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
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