テーラーのあれこれ

アキノナツ

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後1.小部屋の鍵.2 ※

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シーツがサラサラしている。
背中に温もりが…。香苗かなえか。
すっぽり毛布が掛かっているが、私たちは裸のままだ。脚が絡んで、香苗のものが私の尻に当たっている。

視線を巡らせると、寝室の床の隅に布がこんもりと山になってる。洗濯が大変そうだな。

夜も深く、静かだ。
後ろでスースーと寝息が聞こえる。

喉が渇いた。
サイドテーブルにまだ水が残っていた。
手を伸ばすが手が届かない。

絡まった腕と脚を順に外すと、身体を起こした。自分の身体が間接照明のルームランプに照らされる。まだ後ろに入ってるような妙な感覚だ。
ペットボトルに手を伸ばして、ギョッとした。
腕の皮膚の薄いところにいくつも色の変わった箇所が散ってる。この痕は知ってる。
キスマーク。
自分の身体を見回して、呆れた。

胸にも腹、脚、腕もついてる。この調子だと、背中や首にも付いてかもしれない。
横ですやすや寝てる香苗を見たら、何も言えなくなった。
幸せそうな顔をして寝てる。

水を含んで、ゆっくり飲み込む。
喉をやってる気がする。
ーーーあの感覚が快感だったのか。
自分の知ってるものとは別物のような波だった。

緩く腰に腕が回った。
見ると、香苗くんがモソモソしてる。眠いだろうに。
「寝てなさい」
酷い掠れ具合だ。

「タロさん、冷えてる」
もともと体温が低いのだが、心配してくれるのだ。無下にもできないだろう。
ホントはもう少しこうしてたかったのだが、声を出すのが辛いので、ペットボトルを戻すと、潜り込む。

私の様子に満足げな表情で抱きついて、スースーと眠ってしまった。
首筋に鼻を埋める。寝息を聞き、香りを嗅いでるうちに眠ってしまっていた。



くすぐったい。
耳をハムハム甘噛みされて、舐められてた。
身体を弄られてる。乳首をサワサワと触って乳輪をゆっくり円を描くように軽く撫でて触ってる。

「……ぅふぅん……はぁ……」
鼻にかかるこの甘ったるい声は……私?

朝?

「タロさん、おはよう。朝からしちゃう? それとも、何か食べる?」
香苗が耳元で囁く。
太腿に硬いのが当たってる。もうその気なのだろう。

寝ぼけて身体に力が入らない。されるがままにさせていた。
散々嬲られたと思われる後ろがズクンと疼いた。自分には素質があるというにはその通りかもしれない。

脚を絡めて、尻を擦り付けて誘う。

抗いたいが、流されてやると決めたんだ。

決めたら事はきちんとしないと。

寝起きで思うように動かない身体だから、香苗の好きにしてもらおう。マグロだな。

夢うつつの私が気に入らないのだろうか。
身体を弄りながら、「起きて」と何度も呼びかけ、身体中にキスをしてる。
あー、またキスマークが増えるな。
やりたい放題でいいだろうに、何故呼びかける。

「…ん、はぁ……んはぁん……」

この声もどうにかしたいけど。……どうにでもなれ。

孔が疼く。奥を擦られたあの感覚をまた味わいたい。
寝ぼけて箍が外れたのか。
自ら尻を開き、さっきから身体にペタペタと触れる肉棒に擦り付ける。
ほら、挿れろよぉ。

ピリッとコンドームの袋を開ける音がした。
少しひんやりしたローションが塗り付けられ、後孔に香苗の指がゆっくり這入って、擽ぐるように蠢かさせれる。

「はぁぁぁ……ん…はぅぅん…」

声が抑えれない。
あーん、広がってるぅぅぅ。
窄まりを指で広げてるのが、ハッキリと意識させられる。
昨夜の情交で熟れきっているであろう孔は、今すぐにでも受け入れる状態だと思うのに、こんなにもひとつひとつ確かめるように……。

体温がが急激に上がってる気がする。
頭がはっきりしてきた気がする。
首筋に鼻を擦りつけられてる。匂いを嗅がれてる。

羞恥心でどうにかなりそうだ。
さっきまで尻を割り開いてた私が、何を恥ずかしくなっているのか!

思わず、顔をシーツに押しつけ隠す。

唐突にズプズプと押し這入ってくる。

「んんぅぅぅん……!」

「タロさん、声聞かせて? 顔を上げて? ーーー顔見たいな?」

耳元で甘く囁く。
私のナカが締まって香苗の形を感じさせられる。
完全に香苗くんペースで私を翻弄する。
悔しいが、気持ちよくて、揺れていた。

あぁん? 私から動いてるぅ?

奥に導こうと押し込み、敏感なところに擦れて、喘ぎ声が漏れて、また恥ずかしくなって止まってしまった。

クスッと笑われ、悪戯な手が抱きしめながら、擽ぐるように弄り、寝バックに持ち込んでいく。
ゆるく腰を上げられて、奥に這入ってきて止まった。

止まってる……。
焦れて、腰を動かしていた。私の身体はどうなったぁん?

胸の下に猫の箱座りのように腕を入れて、尻を香苗に押し付ける。
陰毛も陰嚢の感触をはっきり感じている。
足が閉じていては奥には受け入れにくい。もっと奥に、脚を開いて、その硬い肉棒を押し込んで欲しい。。。

あー、なんて思考なんだぁ。
私の矜持はどこ行ったぁ。

嘆きと共に淫靡な疼きが湧き上がって混乱していた。

シーツと私の身体の間に手を滑り込ませて、胸の頂に到達すると、胸ごとムニムニと揉み始めた。

「はぁぁん、やぁッ、ぁん……ぅぅんん、あ…」

自然と腰が上がっていく。抵抗無く動いている。香苗は邪魔する事なく、私の動きに合わせて動いているようだ。
嗚呼、なんて淫らに、私の身体は。

胸の尖りに指がかかる。
身体を捩り、ナカの雄が蠢きに悶え、背を逸らせ、脚を開いて、香苗を奥に咥え込もうとしていた。

「…はぁぁぁんん……ぁ、ぁぁああ…」

私を操るように、乳首を弄る悪戯な指は容赦無く、摘み、捏ねて、引っ張り、責めてくる。

「…あ、ぁああん……やぁぁん…ん……」

腰が畝り、肉筒が香苗を絞り取ろうとしてるのが分かる。自分で自分が分からなくなって、溺れていくように快感の波に飲まれた。

「タロさん、もっと腰振ってもいいよ」
香苗の声で、意識が浮上してくる。

「…あぁぁああん、あん、あ、ぁう…ぅん…」

私は…。
何時しか身体が自由に動ける。
伸しかかれれた身体が無い。
膝立ちの香苗に向かって腰を振って、自ら彼を挿し入れ、引き出し…してた…。
シーツに擦り付ける頬が湿っていた。口端から垂れた唾液で濡れてる。
その口からは、絶え間なく出る喘ぎ声。

「やぁぁん、あ、あぅぅん、やらぁぁ……」

腰を思いっきり引いて香苗を引き抜く。

「はぁぁぁあああん!」
ブルンと抜けて、それも快感になる。
ポスンとベッドに落ちる。

「タロさん、自分で動いてるのすっごく色っぽくて、良かった」
後ろから抱きつきてきた香苗に身体が震える。快感が突き抜け悶えたのだ。
あぁ、私の何かが変わったのか…壊れたのか。

「こうしたら、動きやすい?」
断続的にピリピリとした感覚が身体を苛みに悶える私を香苗は抱き上げると、向かい合わせて抱きしめてくれた。

首に腕を回し、縋り付く。

「…んふぅ……はあん、あ……」

くったりしてる私の脚を大きく開かせると自分を跨らせる。
全身で抱きつく姿勢は、私を安堵の空気が包み込んでくれた。

背中を摩る手の些細な動きさえも悦びを産むのだと、漏れでる喘ぎが証明する。

下へ伸びた手が尻肉を更に割り開くと、肉棒を挿し込んできた。

「あ、あ、あぁぁ……ぅはぁぁ……んんぅぅ……」

深く埋まっていく肉棒に身悶えながら、受け入れていく。

「ふぁぁ…あん……。ふかぁぁいぃぃん…」

やがて止まる。
肉筒は香苗を包み撫でる。

腹の奥を撫でる先が、ムズムズともっと奥にと愉悦の波紋を起こす。

あぁぁぁ、じっとできないぃぃ……。

クイッと控え目に腰を動かすと、奥を撫でる先がグニュんと連動した。

「はぁぁん……」

快感がドミノ倒しのように、次々と広がっていき、動きが止まらなくなってきた。

クイン、クッ、クイッと腰を動かし、その動きで起こる感覚に、腰を持ち上げ、下ろした。

「やぁぁぁん……」

「嫌じゃないよ。ほらもっと動いてみて…。気持ちいいよぉ」

遠くで香苗が何か言ってる。
気持ちいいの?

香苗の雄をもっと感じたくて、きゅっと締めて、ズルズルと腰を持ち上げ、ズプズプと下ろしていく。
肉筒全体が擦れて、気持ちいい。

「あぁん、ぃぃ…きもぉ、ちぃぃ…あ、いぃぃいい……ん、んふぅ…」

何度も繰り返すうちに、尻を前後に揺すったり、根元まで押し込んで、円を描いたりと動かしてるうちに、香苗が呻いて震えて感じてくれてるのが分かった。

嬉しい……。

ぽやんとした頭にもっと激しく動きたいと唐突に湧き上がって、止まらない。

「かなえぇぇ、よこにぃぃ、なぁってぇぇ……」

伝わったみたいだ。
私を抱えたまま、横になった。
ナカに当たる角度が変わって、ビクンと身体が跳ねた。
雄を押し出すような勢いで締め上げていた。

「タロさん……、ちょいキツイわぁ。射精そうだったよ」
戯けた口調だが、苦痛が滲む。

ピクピクする身体が少し落ち着いたところで、胸に張り付いていた身体を起こした。

ズプッと雄芯を押し込む。

「はぁぁ……」
ナカの香苗を改めて味わい感じた。

視線を上げると香苗のそれと絡む。

ズクンとナカが疼く。

自分の勃ち上がってる雄に手を添える。
扱くと、肉襞が伸縮し、香苗が膨張した。

香苗の腹に両手を付くと、前後に腰を揺する。

「タロ、さぁぁぁん」

腰を持ち上げ、下ろし、徐々に抽挿の速度を上げていく。

「はぁ、あぁ、はぁぁん!」
時折、下から突き上げられる。

香苗が笑ってる。悪い顔だ。悪戯な男だ。

身体が反った時、手が腹から離れた。
香苗の手が腰を支えながら、撫でてくる。

後ろに手を着く。腿を掴み、大きくM字に股を開き全てを晒して、抽挿する。

肉杭が出入りしている様子も丸見えだろう。
想像するだけで、イきそうだ。

自分の雄が揺れてる。
ペタン、ペタンと香苗の腹と自分の間を叩き往復する。

ナカを香苗の雄が行き来して、私の前立腺を抉り擦る。
ブシュンと軽く白濁が漏れ出た。

あぁ、振り撒いちゃうぅぅ。
香苗の手が包んで、撫で広げて、雄に塗りつけられていく。
亀頭を、カリ首を、撫でられ、また漏れ出た。

腰の動きは止まらない。止めれなかった。

私の雄を握られ、香苗の雄を私が包み、扱き、二人して昂みへ向けて昇っていく。

「あぁ、あ、あぁぁん……ぁっ! ぁはあぁぁぁあああんんん……」
「ぅ、ぅんん、うぐぅぅ…….ッ!」

共に弾けた。

奥に香苗の熱を感じる。
幸福とはこれを指すのか……。

脚から力が抜ける。
ズルズルと崩れるように香苗に倒れ込む。

息が上がって喋れない。暫く動けそうにない。

ぐったりしてる私の尻肉を揉んで撫でてる。
ヌルついてる。
ローション? 否、私の吐露した精液だ。ツンとした臭いが塗りつけられてる。

香苗の手に付いた精液が私に塗りつけられてた。たぶん、香苗は意識してない。
私を撫でてるだけだ。

呼吸が落ち着いたところで、声出してみた。

「香苗…」
酷い掠れっぷり。

「タロさん?」
満足そう声。

「抜いてくれ。それから、風呂に入りたい。精液でベタベタだ。香苗は、動く前に手を拭いた方が良いかもな」

前半はうんうんと上機嫌で聞いてたが、後半は、キョトンとしてた。だが、手を見て、苦笑いしてる。

私から萎れた雄芯を抜こうとして、ゴムがズレた。ゴムを押さえつつ、ズルズルとは抜けていく。香苗の胸に縋りながら、吐息を漏らして、微かに悶えた。

ゴムを始末すると、私をそっとベッドに残して、タオルで手拭きながら、全裸で寝室を出ていった。去っていく引き締まった尻を見送った。

スッと抱き上げられた時、眠っていた事に気づいた。少し眠っていたようだった。
「タロさん、お待たせ」
香苗が楽しそうだ。

風呂場は入浴剤の匂いで満たさせてた。

気づけば、香苗がボディソープを泡立てて私を洗い出してた。
おいおい。
「自分で出来る」
抱き込まれながら洗われる。

「遠慮しないで。俺がしたいの」
鼻歌でも歌いそうだ。

仕方なく身を任せる。
粗方終わって、香苗も洗ってやろうと言うと、湯の準備をしながら洗ったと言う。
泡を流して貰いながら、
「じゃあ、湯船に入るか、出ていってくれないか?」
「一緒に入りましょうよ」
「あー、少し洗いたい…ところが…あって」
言いにくい。

「洗いますよ」
「自分でする」
ん?
ん?
見合ってしまった。仕方がない。

「中のローション流したいんだ」
中の洗浄をしたいのだ。
ニヤッと笑われた。
???

ボディソープを泡立ててる。
泡を香苗の雄に塗り付けてる。洗ったんだよな?
何故なにゆえ勃ってる?

「タロさん、壁に手ついて……。そうそう。脚開いて腰を上げて」
まだ頭がふわふわしたからか、言われるままに従って、途中で気づいた時には、腰を掴まれ動けなかった。

「こうしたら、奥まで洗える。射精さないから。洗うだけだよ」

爽やかに言ってるけど、コレはいやらし過ぎる。私の前が兆し出してた。

生がコレって!

「タロさん、洗うだけなのに、勃たせちゃダメじゃん」
「香苗とのハツ生がコレって、なんか、あぁぁァァん!」
泡まみれの香苗が這入ってくるぅぅぅ。

「締めると洗えないから、緩めて……そうだよ。上手……洗うね」
絶対楽しんでやがる!

ビクビクと反応する身体を押さえつつ、奥まで届くように筒の奥まで緩めるように、意識して力を抜いて広げる。

す、擦れてるぅぅ。掠ってるってぇぇ……。
「タロさん、腰揺れてる……」

きゅっ唇を噛んでないと、声が漏れるんだが、香苗が「緩めて」というので、力が入るから、唇を噛めなくて、開く口からは断続的に声が漏れ出てた。

ナカに残ってたローションとボディソープが混ざって、ぐちゅぐっちゅと音を立ててナカを行き来して肉棒で洗われてる。

コレは洗われてるのぉ???

「タロさん…タロさん。やっぱ、出していい?」
あぁぁん! やっぱりそうなるじゃん!

「あぅん! あ、やぁん! あぅ…」
ダメって言いたいんだけど、私の奥が熱を欲して蠢く。

「タロさん、いい? ねぇ、いい?」
動きながら訊かないでぇぇぇ。

「あ、あぅ……いぃい! だしぃぃ、てぇぇんぅぅん」
きゅっと筒を締めて、扱いて、射精を促した。
焦れたゆっくりとした動作から、セックスの本格的な打ち込む動作に変化した。

肉が打ちつけられる音が浴室に反響する。

パンパンという刺激的な音と甲高い声と呻き声が混じり合う。

肉杭が打ち込まれ、もっと打ち込んで、奥に打ち込んでと、尻を開いて擦り付け振った。

むきゅっと入った!
「あはぁぁぁぁんあんあん……あぁぁあんん!」

生で射精は気持ちいいのは知ってる。
突き抜ける、壁のない、抜け切る快感。
アレはイイ!
香苗に感じて欲しい!

むきゅん、クリュん、むきゅん、クリュんと最奥が開いて、抜けて、開く。

ウネる。
奥の扉が開いて、香苗を更に奥に招く。

「奥に、出すよ!」
声が出ないが、コクコクと頷き、肉筒を締めて返事をする。

白くなる。
チカチカと視界に光が散って、頭の中が白くなって、奥に熱が広がった。




気づいた時、香苗の首に鼻を擦り付けて、下から入ってくるものに震えた。
「今、お湯入れてるから」
カクカク頷く。

私は香苗に跨って縋り付いて、洗浄してもらってた。

もうどうでもよくなって、絡めた腕を更に絡めて甘えた声が漏れた。

湯船で、二人でぷかぷかしてると、腹が鳴った。
二人で笑った。

ブランチを迎え酒と共にとって、ソファーで再び紡ぎ絡んでいた。

正常位で突かれ乱れ、片腿を抱えられ、奥に捩じ込まれる。
「香苗ぇ……、そこ、気に入ったのかぁぁん?」

「ここ気持ちいいよね…。タロさんも好きでしょ?」
腰を押しつけ、グリッと円を描く。奥のプニプニを亀頭で撫でる。

ピリリと刺激が電撃となって背中を脳天まで突き抜ける。

「それ……刺激がぁん、つよ……凄すぎるゥン。頭がァァ……とぶうぅん.……ッ!」

口を開くが、声なく啼いた!

また、抜けたようだ。
あーーーーッ! ダメェェ!

私の前はもう勃つ事なく垂れ流すようにイっていた。

ああ、またイきっぱなしになる。
快感の頂点から降りてこれなくなるぅぅぅ…。

奥の奥が擦れて、開いて閉じてを繰り返し、私を何処かに飛ばす。
イってるのにぃぃぃん! 動かさないでぇぇぇ!
ぁぁぁんん! 熱を感じる。今度はちゃんとゴムをしてくれてる。

そして、私は白い世界にダイブした。



夕方、目を覚ますと、全裸の香苗が寝室を出るところだった。
水のペットボトルを手に戻ってきた。

確かに爛れた休日だった。

香苗のアレが散々私を突きまくってくれた訳だ。
怖いぐらいの感覚だった。
乱れる私に何度も香苗が大丈夫と言っていた。

感覚の波に素直に乗ればいいのだと思うようになったのは、何度かイった後だったが。
そして、恐怖の正体はこの感覚の波に乗った後解った。至高の快感だった。

悦びを知ってしまった。

二人でシャワーを浴びて、身支度を整える。

「タロさん、送ってく」
「ひとりで帰れる」
身支度も整いソファで寛いでいるのに、私の腰に腕を回して撫でてくる。
鈍痛が酷い。
明日はコルセットして動いてないとギックリ腰でも起こしかねない疲労感だ。
声の掠れは、なんとか誤魔化すか。

「香苗くん。近々、店に人が入るから、店には来ないでくれないか」
「誰がくるんです?」
鼻先を髪に突っ込んでる。匂いを嗅ぐな。体温が上がってる。

「甥っ子クンだよ。弟子にする事になった。色々教えないといけないから、すまないね」
事実と嘘を織り交ぜて、必要な事だけを告げる。

「分かりました。電話はいいですか?」
「ーーー出れるか怪しいな。私は器用な人間じゃないんだ。メッセージも返事が遅れるかもしれないが」
「分かりました。我慢します。俺、我慢強くて、粘り強いんです」
手を握ると口元に寄せて、指一本一本にキスしていく。
擽ったい。胸は痛い。

「そろそろ行くね」
唇を軽く重ねて、リップ音と共に離れた。

ーーーーコレが最後だ。





約束通り香苗は、店に来なくなった。

私は甥っ子に実践の指導をしながら、引き継ぎを行い、同時に自分のマンションの改装を行なった。元々物が少なかったので、作業場に改装するのは簡単だった。
リモートで店と繋いだ。

大学を卒業と同時に、代を譲った。
今日もカルテを繰りながら、お客さまの特徴などを伝える。
もう粗方終わった頃、ひとつのカルテを出した。

「このお客さまのスーツは、全て終わったから、年に一度ぐらいだろう。私の作ったのが草臥れた頃くるよ。ーーーひとつお願いしたいんだが」
そこで言葉を切った。
「店長がお願いですか? 怖いなぁ。ーーーこの『香苗さま』ってたまにお茶してる人?」
「そうだよ。それから、店長は君だ。スーツはウチので揃えてくれてる。上客だけど、ちょっと親密になり過ぎた」
「おじさん、ひとりの方が好きだもんね。いいよ、お願いって何?」
ニッコリ笑ってくれてる。

「死んだ事にして欲しい」
無言だ。

「他のお客さまには、生きてるでいいよ、嘘なし。香苗さまが私について訊いてきたら、死んだと伝えて欲しいんだ」
表情が固い。

「大丈夫。死なないから。店にも時々立つ。サポートするから。ーーーーゆっくりさせてくれないか?」
笑って伝えると、いつもの笑顔が帰ってきた。

「いいですよ。アレですね。嘘を上手く付く練習でしょ?」
「うふふ……。ちょっと違うが、違わないか。秘密を漏らさない練習だよ」

甥っ子クンと悪戯を共有した子供のように笑い合った。




私が死んだ事になって、3年ぐらい経っただろうか。
口寂しくて、再び金平糖を食べるようになっていた。
どうも心の安定にコレが欠かせなかったらしい。

金平糖を味わいながら雑誌を読んでた私に、甥っ子クン、もとい、店長から電話が入った。
仕立てならもう済んだが、何か問題だろうか。こんな時間に掛かる事はないのに..。

『おじさん、ごめん。バレちゃった』
ビデオ通話に変える。顔が見たくなった。

「あー、君は嘘がつけないからな。私が悪かった。変なお願いした」

『上手くいってたんだよ。香苗さんがカマ掛けてくるんだもん』
膨れっ面。コロコロ表情が変わる。可愛いんだが、もう少し落ち着いて行動して貰わないと。ま、経験を積んで行くしかないか。

「言葉遣い。お客さまは『さま』付け。それだけでも落ち着いて行動出来る」

私の言葉には構わず、甥っ子は話を続ける。
『「おじさんは元気か?」ってカルテ書いてる時に声かけてくるんだよ』
図太くなった。

「で?」
『「はい、元気ですよ」ってうっかり答えてました。あーもー』
悔しそうだ。

あはは…
笑いが止まらない。

甥っ子クンが目を丸くして画面の向こうで固まってる。
あー、こういう姿は見た事ないね。
涙が出てきた。笑いが止まらない。

お客さまの秘密は、知り得た事も、何があっても明かさないのを信念にしてる我が店。いい経験になっただろう。思った以上に頑張ったと思うよ。

笑いが治まった。

香苗くんならやりかねない。
「やられたね。ちなみにココはバレてないんだろ?」
『そうなんですけど……』

「いいよ。自然に任せて。君は口チャック。これも練習だよ。君は腕がいい。あとは経験だけだ。お客さまは君の素直さに好感を持ってるけど、明け透けとは違うからね」

『分かってます』
キリッとして話す彼に嘘はない。
あの兄の子だ。上手くやれるさ、大丈夫。

通話を切って、思う。
香苗の笑顔が浮かぶ。エクボが可愛い。
諦めてくれなかったのか……。

『俺は、我慢強くて、粘り強いんです』
声が聞こえた気がした。

ーーーこの部屋の鍵を開けれるかい?

どうすれば、諦めてくれるかなぁ。

ーーー開けれないさ。私にも分からないんだ。鍵がどこにあるのか。分からないんだ。
だから、開かないよ。




暫くして、再会した彼は、鍵を開けるどころか、こじ開けるなどは可愛いく感じると思った状態で、ぶち壊すように叩き壊して入ってきて、私を引き摺り出したのだ。

今でも、思い出しても、身体を熱くしてしまう。爛れた休日以上の事がこの身に起こるとは……。

あ、私のマンションは無事だよ。私の心の小部屋の話。
鍵は必要ないって反則だと思う……。



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