保健師は考える

アキノナツ

文字の大きさ
5 / 10

5.保健師の混乱

しおりを挟む

この天井、見覚えがあるな。

私の部屋じゃないね。

えーと、なんでこうなってます?

ゴリラのベッドでぼんやり天井見て考えた。

間接照明で薄っすら明るいけど、たぶん今は夜。夜中だね。

手足に違和感。
ああ、発作起こしたのか。

もう、ゴリラが追い詰めるから、気持ちの置き場所が保てなかったよ。
まだまだコントロールが未熟ですかね。

「よいしょっと」
声が掠れてる。
喉渇いたな。
起き上がりは出来たが…。

手を握ったり開いたりと感覚を確かめる。
うん、大丈夫そうだ。
脚も感覚鈍いけど、手と同じだな。

頭がちょっとぼんやりするな。
全力疾走後の酸欠みたいな感じだ。

服はそのまま。ベッド汚れたな。
ごめんね、ゴリラ。

白衣は見当たらない。
保健室に置いてくれたのかな。

で、部屋の主のゴリラさんは何処かしらね。

ううっ、嫌な汗かいたから気持ち悪い。
とっとと帰ってシャワーでも浴びたよ。

ベッドを降りて足踏み。
歩けるね。

キッチンこっちだったな。
以前の記憶を頼りに薄闇の中、寝室を出てキッチンに向かう。
水が飲みたい。

リビングに出る。
リビングダイニング。
ソファに部屋の主がいました。
毛布もあるから、そこで寝てた?
占拠してすまんね。

私の気配で起きたようだ。

「起きたか」
あまり明るくない照明です。
夜用? 寝起きでも目が痛くなくていいけど。

「どうもご迷惑をお掛けしました」
適当にコップを手に取ると、水道に向かう。
ガチャンと冷蔵庫が開いて、ペットボトルを渡された。
スポーツ飲料ですな。
水道水でいいんだけど…。

「座れよ」
偉そう…。
なんか立場上? まぁ、部屋の主だし。
でも、なんか腹立ってきた。
そもそも、この状況あんたの所為でしょうが。

大人しく座る。
くぴくぴと喉が潤う。
うっまぁ!

「どういう事?」
「とは?」
「過呼吸。驚いたんだけど」
ちょっと表情に陰が。
迷惑掛けたね。お疲れ様。

「えっと…ちょっとコントロールミスった感じ?」
ちょっと戯けてみたけど、空気固いな。

「ミスったって…」
苛ついてる?

「あの後、呼びかけても目覚さないし、仕方なく、ココに連れてきた。
……汗かいてて、気持ち悪そうだと思って、拭いてやろうかと脱がそうとしたら、めっちゃ唸られるし。
そのまま寝かしたのは、俺が悪い訳じゃないからな」

ゴリラ、ものクソ言い訳してます。
なんだか思い通りにさせてやれなかったらしい。ごめんね。

「ごめんね。迷惑ついでにタクシー呼んでもらえる?」

「あんた、何抱えてんだよ」

「あはは、あんたよりちょっと長く生きてたらそんだけ色々あるさ。そうだな……静かに生きてたらなんともない感じの状態なんで。だから、絡まないでくれるとありがたいんだけど?」

「俺が悪いのか?」
苛立ってる。
「んー、悪くないけど悪いかも?」
ちょっと意地悪。

場所と状況が悪かったかな。

「あんたさ、この前、ラーメン食いに行った時もだったけど、過剰防衛って感じだったけど、俺じゃなかったら、不味くなかったか?」
おっと、自信家だね。まぁ、アレ受け止めたし。
社会科だけど、ガタイいいもんね。

「暴漢相手にはあれぐらいでいいんじゃない? 手加減してたら、こっちがやられる。手出してきたんだ。やられる前にやる。自分は自分で守らないとね。か弱い女子じゃなくておじさんだから、猶予はないでしょ?」
喋り過ぎた。

「タクシー呼んでくれない? 明日学校行かないと。打ち合わせもあるし、休めない」
身体気持ち悪い。早くサッパリしたい。

「わかった」
スマホ弄ってる。呼んでくれてるみたいだ。

「私の荷物とかどうなってるのかな?」
キョロキョロ周り見まわすが、自分の鞄は見当たらない。
「あ、玄関に置きっぱなしだった」
スマホを操作しながら、玄関に向かった。
暫くして鞄を手に戻ってくると、おずおずと渡してくる。

可愛いな!

「そんなにあんたが触れるぐらいで発作は起きないよ。怖がらなくて大丈夫。…びっくりさせてごめんね」

中の財布を確認すると、身につけてた鍵とスマホがない事に気づいた。

「ごめん。鍵とスマホ知らない?」

「ああ、寝室のサイドテーブルに置いてたんだけど」

持って来てくれた。
…しおらしいな。

もう! ちょっと可愛くなってくるだろ!

ポンポンと横を叩いて促す。
大きな身体を小さくして、横に収まった。

手を握ってやると目を丸くする。
面白いな!
スルッと首に手を回して抱き締めて、耳元で
ありがとうと囁いた。

身体を離そうとするとぎゅっと抱きしめ返してきて、慌てて緩めてたけど。

「あはは、大丈夫。何も起きないだろ? じゃ、明日。学校で」

なんか頭抱えてる男を放置して、タクシーが待ってるであろう外に出た。






いつもと変わらず業務をこなします。

今日も生徒たちは喧しいぐらい元気です。
保健室も賑やかです。
少し静かにして貰いたいぞ。

「みのりん先生」
その呼び方短縮になってないよね? それでいいの?
最近は下の名前をアレンジ加えてくる生徒も出て来た。
みのるイコールみのりんなのだそうだ。

『みのたん』じゃなくて良かったよ。なんか焼かれて食べられそうだ。

ゴリラはあれ以来来てません。
思ったより繊細だったようです。
強姦魔なのに。

今回の事で、真剣に考えてます。
短期採用じゃないから、名前を覚えるまで待ってても困る事も出て来そうなので覚える方法を考えてます。
気になる生徒は減るにこしたことはない訳で。
そうなると、先生方と交流もする事もあるだろうし。
困りましたね。

職員室の私の席にこれまで以上に座ってみる事にしました。

暫くすると、色々見えてきて、先生方にも交友関係がある訳で。
教科の関わりとか部活とか出身地や色んな関わりから繋がるものなんですね。

名前を覚えた先生を中心にしていけば、なんとか覚えられそうな手応えを得る事ができて、私は再び保健室に籠る事が出来ました。

紙に名前を繋げながら紹介冊子と見比べながら抜けがないか確認。
埋まったかな。

出来上がった用紙を見る。
暫く頭の中が混線しそうだ。

そう言えば、ゴリラって繋がり多いのね。
書き込まれた用紙をぼんやり眺める。

ゴリラが小宮こみやだとちゃんと認識出来るようになりました。

疲れた。

用紙を折々して鞄に。
部屋の壁にでも貼っておこう。覚えるだろう。

コーヒーが飲みたい。

ぐったりと目を瞑って事務椅子にもたれて、だらけていると、頬に冷たい物が触れてびっくりした。
と言っても、人の気配は感じてたのでそれ程ではないけど。

重い瞼を開ければ、ゴリラがいた。
「びっくりしたな…小宮先生でしたか」
缶コーヒーを手に驚く顔は見てて楽しい。

お久しぶりですね。

机に缶を二つ乱暴に置くと、いきなり手を掴まれて、掌を確認された。
これは本気でびっくりした。な、何?

「カンペじゃないんだ」
なんで知ってるの?
動揺してしまいそうだ。

さっきまで目を閉じてぐったりでしたから、カンニングできる隙はなかったですよ。

平静を装って返す。
「カンペって?」

「倒れた時、掌が黒くなってただろ? 怪我でもしてるかと確認してたら、俺の名前書いてあった」
あんなに消えかかってても、自分のはわかるか。

「バレたかぁ」
言い訳すると面倒だから、早々に白旗。
戯けて言ってみたけど絞まんないな。

「これ貰っていいの?」
話を変えたくて缶コーヒーに手を伸ばす。
「どうぞ。たまにはいいでしょ?」

カリュッと金属が擦れる音と共に缶コーヒー特有の香りが漂う。
程よい糖分。脳に補給。効くなぁ。

「あんた、いや、佐々木先生は名前覚えるのが苦手?」
そうしとこうか。詳しく話すと自分自身も混乱しそうだ。

「そんなとこかな…」
ん? なんだ。雰囲気違うな。…ああ、名前か。

「小宮先生に佐々木先生って呼ばれるようになったの最近ですね」
砂糖うまい。

「あんたが呼ばないから意地になってた。呼ばれたら呼ぼうと思ってたのに、全然呼んでくれないから」
ムフフ。
『あんた』呼びの方がしっくりくるな。


「あれから考えた。やっぱり俺、あんたが好きだ。付き合ってくれないか?」
缶コーヒーごと手を包まれた。
手も大きいのね。

んー、嫌悪は少ないけど、ゴリマッチョは嫌いなんだよな。
年下てのも引っ掛かるし。

ちゃんと真面目に告白してくれたし…。
「考えとく」
保留!
もう私の頭を悩ませないで!
疲れた!
缶コーヒーの糖分如きで補えない。
年寄りを労われ。

おお! いい笑顔。ゴリラだけど。

「じゃ! 食事行きましょう?」
「嫌」

「えっ…」
固まった。面白いな。

「定食屋さんみたいなとこ知ってる?」
「知ってます!」
「金曜の夜のご飯はそこでよろしく」
「はい!」
金曜の夜ご飯は決まったな。
その後は…その時考えるか。

スケジュール帳書き込んでるよ。
嬉しそうだね。
可愛いかも…。ゴリだけどね。

さて、仕事しよう。

「小宮先生も仕事に戻る」
キッと見ても、ニコニコして見てるし、大丈夫か?

シッシ! と手を振ったら、シュンとなって出ていった。

大きな背中のジャージが去っていく。

ゴリラを可愛く思う自分はどうかしてる。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

年下幼馴染アルファの執着〜なかったことにはさせない〜

ひなた翠
BL
一年ぶりの再会。 成長した年下αは、もう"子ども"じゃなかった――。 「海ちゃんから距離を置きたかったのに――」 23歳のΩ・遥は、幼馴染のα・海斗への片思いを諦めるため、一人暮らしを始めた。 モテる海斗が自分なんかを選ぶはずがない。 そう思って逃げ出したのに、ある日突然、18歳になった海斗が「大学のオープンキャンパスに行くから泊めて」と転がり込んできて――。 「俺はずっと好きだったし、離れる気ないけど」 「十八歳になるまで我慢してた」 「なんのためにここから通える大学を探してると思ってるの?」 年下αの、計画的で一途な執着に、逃げ場をなくしていく遥。 夏休み限定の同居は、甘い溺愛の日々――。 年下αの執着は、想像以上に深くて、甘くて、重い。 これは、"なかったこと"にはできない恋だった――。

だって、君は210日のポラリス

大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺 モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。 一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、 突然人生の岐路に立たされた。 ――立春から210日、夏休みの終わる頃。 それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて―― 📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。  エピローグまで公開いたしました。14,000字程度になりました。読み切りの形のときより短くなりました……1000文字ぐらい書き足したのになぁ。

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

処理中です...