甘夏みたいな恋をしたい

滝川 海老郎

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第3話 子供の遊び

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「明日香、虫取り網あるぞ」
「えぇ」
「セミ取りしよう、セミ取り」
「いいよー」

 明日香と母屋を飛び出す。
 手には虫取り網だ。
 もちろんこの歳になると、持って帰ったりしないけど、捕まえるだけはしたい。

「えっとどっちかな?」
「右だろ? 右」
「こっちね、ふむ」

 明日香が耳に手を当てて、方向を探っている。
 ちょっと猫耳みたいでかわいらしい。
 夏のワンピースに虫取り網で、大変絵になった。

「こっち、ほら」
「おお、さすが明日香」
「でしょ。ミンミンゼミはちっちゃいんだね」
「そうだよ」

 アブラゼミのほうが大きい。
 アブラゼミは翅が茶色だけど、ミンミンゼミは茶色の半透明だ。

「そっとそっと、だよ」
「わかってるって」

 こそこそと会話をしつつ、木の下まで移動する。

「えい」

 ミミミミ、ジジ、ミミミミ。

「おぉぉ、秀ちゃん、すごい」
「だろ、へへーん」
「あははは」

 明日香がこんなふうに笑うのは珍しい。
 学校ではお澄ましお嬢様だから、地を出せるのは俺といるときくらいなのかもしれない。

「さて、観察もしたし、逃がすよ」
「うん。ばいばい」

 セミにさよならを告げる明日香はなんだか優しかった。

 声を出したからか、虫取り網を振った後、セミは一斉に飛んで行ってしまった。

「いなくなっちゃったな」
「戻ろおっか、秀ちゃん」
「おう」

 とぼとぼと歩く。
 村の道は人がほとんど通らない。
 俺たちだけだ。

「それにしても暑い」
「そうだね。昔は沢で遊んだりしたけど」
「いいね、行ってみる?」
「え? う、うん」

 ということで家に戻らず、沢の方へ。
 集落のすぐ脇を流れているのだ。

「いるかなぁ」
「いるんじゃない、ほら」
「おうぉ、明日香はやい。サワガニちゃん」
「赤いから見つけやすいもん」
「カワエビとかは難しいもんな」
「そうだよね」

 ちょっと深い場所には魚の影なんかも見える。
 ささっと移動して、すぐに見えなくなる。

 サワガニは発見したけど、一度掴まえてすぐに逃がした。
 昔は食べようと思ったこともあるんだけど、あんまり適していないらしい。
 まあ小さいころってなんでも食べてみようと思うじゃん。
 思ったほどではないというか。

 一方、カワエビは半透明なので見えにくい。
 しかもちょっと深い所が好きみたいで、採りにくい。

「小さい魚ならたくさんいるんだけどね」
「ああ、このメダカ未満みたいなやつ」
「名前とかよく分かんないよね」
「分からん」
「ふふふ」

 まあいいんだ。こういう時間が楽しいのであって、動植物観察がメインではないので。
 水に手を付けたりして、涼む。

「涼を楽しむって感じがして、好きだよ」
「お、おう」

 好きとか言われると、一瞬ドキッとするよな。
 しかもこんな美少女に。俺は慣れてるから平気だけど。

「さすがにこの歳になると、水掛け合ったりしないけどね」
「本当? やってみる?」
「お、お前、透けるけどいいのか」
「ダメに決まってるでしょ」
「だよな」

 そのワンピースでびしょぬれになったら、下が見えてしまう。
 俺はいいが、さすがにね。
 その後、どんな顔して一緒にいたらいいか分からんし。

 手を水に浸けて、ぺちぺちと水を飛ばしたりしてみる。
 なんとなく楽しい。
 沢なので石を飛ばす「水切り」とかはできないのだ。

「さて、そろそろ戻ろうか」
「おう、ばあちゃん心配するとまずいしな」
「そうね」

 沢から二人で上がり、また道をとぼとぼと歩いておばあちゃんちに戻る。

「ただいま~」
「おかえり~」
「丁度いい時間だべぇ、お祭り、いくでしょぅ」
「お祭りなんだ」

 明日香がうれしそうに笑う。

「そうだよぉ、それに合わせて戻ってきてもらったんだからぁ」
「へぇ、そうだったんだ」

「浴衣、着て行くでしょ?」
「え、あるの?」
「私の分もですか?」
「もちろんだよぉ」

 おばあちゃんもニコニコだった。

 俺の浴衣を出すと、おじいちゃんと一緒に居間に放り出された。
 そこでいそいそと着替える。
 なんでも昔、お父さんの小さい頃の服らしい。
 でもって、明日香のは妹の分だそうだ。

「お待たせ」
「おぉぉおお、馬子にも衣裳どころじゃないな、こりゃ」

 明日香が照れて頬を赤くしているが、それだけでもかわいい。
 そして白ベースに青の流線、赤い金魚がところどころに泳いでいる。
 俺のは濃紺に蛍だろうか。

「かわいい?」
「おおう、めっちゃかわいい」
「もう、秀ちゃん」
「なんだ、照れるのか」
「まぁさすがにね」

 一周ぐるっと回ってくれる。
 プロポーションがいいからモデルみたいだ。
 古い絵柄なのになんだか、逆にそれが新鮮で、すごく似合っている。

「草履はないけどね、靴でごめんね」
「いいですよ~」
「俺も大丈夫」

 浴衣だけでもありがたい。
 すでに十分堪能したけど、これからお祭りなのだった。
 そうここからが本番というわけだ。

「なに神社だっけ」
「白山神社だよぉ」
「お、おう、そうそう」

 白い大蛇が出たという伝説の話だっけ。

「では、行ってきます」
「行ってらっしゃい」

 じいちゃんとおばあちゃんに見送られて二人で夕日に照らされて神社へ向かう。

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