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-12-(終)
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不法侵入から一晩経っても私たちへの追っ手が尋ねて来ることはなかった。きっと、あのコンクリートの分厚い層が巡回ロボットの通信機能を無効化していたのだろう。でなければ今頃お尋ね者だ。あのロボット自身も、あそこに閉じ込められて故障してしまったのかもしれない。ちょっと気の毒だ。
でもお陰で、私たちは出発の準備をのんびりすることができた。
のんびりしすぎ、とは思うけれど。
「体調は? 元気?」
「う、うぅん……」
うつ伏せの腰に圧し掛かっていた重みがなくなり、ずるりと抜け出ていく喪失感に体が震える。
空になった体が切なく疼いて、お尻が揺れてしまう。
「良くない? じゃあやめとくかな」
屹立したものの先端でつつかれて、一層そこがとろとろになっていくのを感じた。
サイトスからは全部見えているのだろう。枕をお腹の下に挟んだ体勢では、下半身を差し出してるようなものだ。
「げ、げんき、だから」
「そう?」
頭の部分が埋め込まれ、段差をあちこちに引っ掛けられる。じれったさに耐えられなくて、目が潤みさえする。
「もっと、深くして……」
脚を開いて欲の滴る場所を見せ付けると、待ち望んだ熱が性急に捻じ込まれた。
「はあぁんっ」
激しい突きが苦しいほど全身を揺さぶる。胸をシーツから離したくてもがいていたら、脇を抱え上げられてサイトスの膝の上に腰が乗った。
「あ、あうっ」
座ったままぽんぽんと軽やかに突き上げられ、不思議な感覚に頭がくらくらする。
「おてんばなお嬢さんだ、一体何回跳ねるのかな」
いつの間にかサイトスに合わせて腰を上下させていたことに気づくけれど、意識すればするほど高ぶっていった。
「んあ、ああぁっ!」
「うっ……くぅ」
ぱちゅん、と肌をぶつけ合い、緊張と弛緩を感じ合う。
疲労も爽やかに感じながら、二人で縺れながらシーツに崩れ落ちた。
頭のてっぺんに硬い顎が乗る。
「今日も健康だな、アイビー」
「…………」
今更恥ずかしくなって、抱きしめる腕を叩いた。
シャワーで汗を流したり、洗濯乾燥機に突っ込んだままだった服をようやく取り出して身につけたり、ベッド上のごちゃごちゃをできるだけ片付けたりしていたら、チェックアウト時刻ぎりぎりに部屋を出ることになった。
郊外の町は特区施設員用の居住区からも外れているためか、休日にも関わらず大して賑わいはなかった。適当なダイナーに入って、昼食を兼ねた一日の最初の食事をすることにした。もちろん、私だけ。
「そういえば、前おごってくれたことがあったけど、お金はどうやって稼いでるの?」
尋ねる相手は、ボックス席の向かいでペーパーナプキンを弄んでいる。
「気になる?」
サイトスは悪戯っぽく首を傾げた。傷のない玉虫色のフェイスシールドが、窓からの朝日をきらりと受ける。
私は邪推をそのまま言った。
「女の人から貰ってる?」
「い、いや。違う」
否定の必死振りがちょっと面白かった。サイトスは肩を落とす。
「これでも真面目に働いてるんだよ。一応家もあるし」
「そうなの?」
「砂礫地帯の方に集落があるんだ。そこで機械修理の手伝いしてる」
噂に聞く、自己証明符号を捨てた人々の住む場所だろう。砂礫地帯は昔の文明の廃墟が残っている危険な場所だと学校では教えるけれど、お陰で人が寄り付かないから暮らしはのどかなのかもしれない。
「そこで腕をなおしてもらうの?」
「ああ。まあ、できるかどうかは分からないけど。綺麗に接着してくれればいいんだが」
時々、彼が機械だということを忘れてしまう。だからふとそれを思い出した時はいつも同じ疑問が浮かぶ。
「どうしてサイトスは感情を持ってるの?」
言った後に、なんだか不躾すぎた気がした。
「えっとつまり、どうしてサイトスのお父さんたちは……」
言い終わらないうちに店員さんがランチセットを持ってきた。ハンバーグセット、スープ付き。おいしそう……じゃなくて。
「感情は手では創れないさ」
カトラリーケースを私に寄せて、サイトスが答える。
「だけどファミリアーですら多少の感情を持ってる。もしかしたら基盤意識も。多分、俺たちは昔、『誰か』だったんだ」
頭の中で系譜が繋がる。
「でも、俺は俺さ。そうだろ?」
私は頷いた。
ハンバーグは柔らかくて美味しかった。
トラムを乗り継ぎ、見慣れた中心街へ戻ってきた。すっかり暗くなった空から小雨が降っている中、休日を楽しむ人々の姿が繁華街へ続く通りを行き交い、あちらこちらの店や路地へと消えていく。
通りの入り口になる歩道の脇には昨日と同じく人待ちの群れが出来ている。適当な場所もなくて、私たちはその中で向かい合った。
これからのことや今からのことは、お互い道すがら話し尽くしてしまった。あとは手を振って別れるだけ。
だけど、私の口は全然動かなかった。言うべきことは分かっているのに。
「寂しそうだ」
爪のない親指がそっと頬を撫でた。余計に自分の感情に意識が向いて、ますます寂しい。
――そばにいてほしい。
「そんな顔してると連れ去りたくなるな」
「……!」
「そんで家に連れて帰って、飯やって住まわせる」
「ペットじゃない」
「へへ。ごめん」
首を傾げる様子は、ホントに愛嬌がある。
……連れ去られても良い、と思ってしまったことは、今は胸に秘めておこう。
「大丈夫さ。近いうちにまた会える。なんなら次の週末でもいい」
思わず仰ぎ見た顔がそんなに面白かったのか、サイトスは肩をすくめて笑い、両手で私の頭を抱いた。
「本当だ!」
「う、うん……!」
わしわし髪をかき混ぜられたのには閉口したけど。
鼓動のない体から微かに聞こえる低い駆動音すら、今は心地よい。
それに聞き入っていると、硬質の頭が耳に擦り寄った。
「なあ。俺の親父たちが盗んだものはもう一つあるんだ」
「え?」
「反物質」
理解して、咄嗟に飛びすさった。
「あっはっは!」
サイトスは両手を広げて面白がった。……彼は嘘は言わない気がする。
驚きで半開きだった私の唇に、フェイスシールドがちょん、と触れた。
「だから……またな、アイビー」
雨に濡れたアスファルトから、彼の靴が雫を跳ね上げる。
夜空を映した黒い地面を照らすのはネオンだ。
色とりどりの光が、彼の行く先でベールになって幻想的に折り重なる。
もしオーロラが見えたら、こんな風だろうか。
サイトスが振り返った。
極彩色の中で手を振っている。
真実は私の呼吸を変えた。
判で押したような日常は、誰かの庇護の賜物だということ。
狭くて苦しいこの世界は、仮初の現実であるということ。
それを知れば、意識が変わった。
冷たく凍ったままの心を溶かして、数年ぶりに両親と会った。
何を喋ったかなんて、ほとんど忘れてしまったけれど。
でも、また家族として話せるようになったことが大事なのだと思う。
誰かが予言した。人はいつかドームを出て行くのだと。
その時に天を壊すのは、真実を知る者の系譜だと。
ドームを創った人々はそれを信じて、自分たちを肉体から取り出して機械へ託したのだ。
彼らの夢はいつ叶うのか。サイトスだって、どれほど生きるのか。
何も分からない。
だけど、もしその時が本当に来るのなら。
私はその時、彼と一緒にいたい。
〈終〉
でもお陰で、私たちは出発の準備をのんびりすることができた。
のんびりしすぎ、とは思うけれど。
「体調は? 元気?」
「う、うぅん……」
うつ伏せの腰に圧し掛かっていた重みがなくなり、ずるりと抜け出ていく喪失感に体が震える。
空になった体が切なく疼いて、お尻が揺れてしまう。
「良くない? じゃあやめとくかな」
屹立したものの先端でつつかれて、一層そこがとろとろになっていくのを感じた。
サイトスからは全部見えているのだろう。枕をお腹の下に挟んだ体勢では、下半身を差し出してるようなものだ。
「げ、げんき、だから」
「そう?」
頭の部分が埋め込まれ、段差をあちこちに引っ掛けられる。じれったさに耐えられなくて、目が潤みさえする。
「もっと、深くして……」
脚を開いて欲の滴る場所を見せ付けると、待ち望んだ熱が性急に捻じ込まれた。
「はあぁんっ」
激しい突きが苦しいほど全身を揺さぶる。胸をシーツから離したくてもがいていたら、脇を抱え上げられてサイトスの膝の上に腰が乗った。
「あ、あうっ」
座ったままぽんぽんと軽やかに突き上げられ、不思議な感覚に頭がくらくらする。
「おてんばなお嬢さんだ、一体何回跳ねるのかな」
いつの間にかサイトスに合わせて腰を上下させていたことに気づくけれど、意識すればするほど高ぶっていった。
「んあ、ああぁっ!」
「うっ……くぅ」
ぱちゅん、と肌をぶつけ合い、緊張と弛緩を感じ合う。
疲労も爽やかに感じながら、二人で縺れながらシーツに崩れ落ちた。
頭のてっぺんに硬い顎が乗る。
「今日も健康だな、アイビー」
「…………」
今更恥ずかしくなって、抱きしめる腕を叩いた。
シャワーで汗を流したり、洗濯乾燥機に突っ込んだままだった服をようやく取り出して身につけたり、ベッド上のごちゃごちゃをできるだけ片付けたりしていたら、チェックアウト時刻ぎりぎりに部屋を出ることになった。
郊外の町は特区施設員用の居住区からも外れているためか、休日にも関わらず大して賑わいはなかった。適当なダイナーに入って、昼食を兼ねた一日の最初の食事をすることにした。もちろん、私だけ。
「そういえば、前おごってくれたことがあったけど、お金はどうやって稼いでるの?」
尋ねる相手は、ボックス席の向かいでペーパーナプキンを弄んでいる。
「気になる?」
サイトスは悪戯っぽく首を傾げた。傷のない玉虫色のフェイスシールドが、窓からの朝日をきらりと受ける。
私は邪推をそのまま言った。
「女の人から貰ってる?」
「い、いや。違う」
否定の必死振りがちょっと面白かった。サイトスは肩を落とす。
「これでも真面目に働いてるんだよ。一応家もあるし」
「そうなの?」
「砂礫地帯の方に集落があるんだ。そこで機械修理の手伝いしてる」
噂に聞く、自己証明符号を捨てた人々の住む場所だろう。砂礫地帯は昔の文明の廃墟が残っている危険な場所だと学校では教えるけれど、お陰で人が寄り付かないから暮らしはのどかなのかもしれない。
「そこで腕をなおしてもらうの?」
「ああ。まあ、できるかどうかは分からないけど。綺麗に接着してくれればいいんだが」
時々、彼が機械だということを忘れてしまう。だからふとそれを思い出した時はいつも同じ疑問が浮かぶ。
「どうしてサイトスは感情を持ってるの?」
言った後に、なんだか不躾すぎた気がした。
「えっとつまり、どうしてサイトスのお父さんたちは……」
言い終わらないうちに店員さんがランチセットを持ってきた。ハンバーグセット、スープ付き。おいしそう……じゃなくて。
「感情は手では創れないさ」
カトラリーケースを私に寄せて、サイトスが答える。
「だけどファミリアーですら多少の感情を持ってる。もしかしたら基盤意識も。多分、俺たちは昔、『誰か』だったんだ」
頭の中で系譜が繋がる。
「でも、俺は俺さ。そうだろ?」
私は頷いた。
ハンバーグは柔らかくて美味しかった。
トラムを乗り継ぎ、見慣れた中心街へ戻ってきた。すっかり暗くなった空から小雨が降っている中、休日を楽しむ人々の姿が繁華街へ続く通りを行き交い、あちらこちらの店や路地へと消えていく。
通りの入り口になる歩道の脇には昨日と同じく人待ちの群れが出来ている。適当な場所もなくて、私たちはその中で向かい合った。
これからのことや今からのことは、お互い道すがら話し尽くしてしまった。あとは手を振って別れるだけ。
だけど、私の口は全然動かなかった。言うべきことは分かっているのに。
「寂しそうだ」
爪のない親指がそっと頬を撫でた。余計に自分の感情に意識が向いて、ますます寂しい。
――そばにいてほしい。
「そんな顔してると連れ去りたくなるな」
「……!」
「そんで家に連れて帰って、飯やって住まわせる」
「ペットじゃない」
「へへ。ごめん」
首を傾げる様子は、ホントに愛嬌がある。
……連れ去られても良い、と思ってしまったことは、今は胸に秘めておこう。
「大丈夫さ。近いうちにまた会える。なんなら次の週末でもいい」
思わず仰ぎ見た顔がそんなに面白かったのか、サイトスは肩をすくめて笑い、両手で私の頭を抱いた。
「本当だ!」
「う、うん……!」
わしわし髪をかき混ぜられたのには閉口したけど。
鼓動のない体から微かに聞こえる低い駆動音すら、今は心地よい。
それに聞き入っていると、硬質の頭が耳に擦り寄った。
「なあ。俺の親父たちが盗んだものはもう一つあるんだ」
「え?」
「反物質」
理解して、咄嗟に飛びすさった。
「あっはっは!」
サイトスは両手を広げて面白がった。……彼は嘘は言わない気がする。
驚きで半開きだった私の唇に、フェイスシールドがちょん、と触れた。
「だから……またな、アイビー」
雨に濡れたアスファルトから、彼の靴が雫を跳ね上げる。
夜空を映した黒い地面を照らすのはネオンだ。
色とりどりの光が、彼の行く先でベールになって幻想的に折り重なる。
もしオーロラが見えたら、こんな風だろうか。
サイトスが振り返った。
極彩色の中で手を振っている。
真実は私の呼吸を変えた。
判で押したような日常は、誰かの庇護の賜物だということ。
狭くて苦しいこの世界は、仮初の現実であるということ。
それを知れば、意識が変わった。
冷たく凍ったままの心を溶かして、数年ぶりに両親と会った。
何を喋ったかなんて、ほとんど忘れてしまったけれど。
でも、また家族として話せるようになったことが大事なのだと思う。
誰かが予言した。人はいつかドームを出て行くのだと。
その時に天を壊すのは、真実を知る者の系譜だと。
ドームを創った人々はそれを信じて、自分たちを肉体から取り出して機械へ託したのだ。
彼らの夢はいつ叶うのか。サイトスだって、どれほど生きるのか。
何も分からない。
だけど、もしその時が本当に来るのなら。
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〈終〉
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