オーロラ・オーバル

nsk/川霧莉帆

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 地上に出ると、既に日付も変わって随分経った頃だった。中心街へ戻るためのトラムはとっくのとうになくなっていたから、私たちは適当なホテルで一泊することにした。
 部屋に入る前から疲れも眠気もこれ以上ないくらいだったけど、埃や汗にまみれたことを考えたらお風呂に入らないわけにはいかなかった。
 サイトスはその間に私のためのおつかいに出てくれた。出掛けに、足を滑らせるなとか風呂で寝るなとか、心配されたけれど。
 洗濯乾燥機に服を全部放り込んだら、体に鞭打ってせっせと全身を洗う。
 着る物はバスローブ一枚だけだけど、別に気にすることもない。
 髪を乾かしたり備え付けの化粧品を少し使ったりして身づくろいを終えたら、糸が切れたように限界が来て、ベッドに転がったなり眠ってしまった。


『君の親、ナチュラリストなんだろう』
 一つの傘からはみ出した自分の肩を平気で濡らしながら、彼は冷静に言った。
 私はかっとなった。
『私は違うよ』
『でも、君の両親は僕のことを許さない』
『じゃあ言わないでいればいい』
 私を見る彼の目は、小さな子供を相手にしているようだった。私も自分を幼稚だとは感じていた、けどその時の私には他にどうすることもできなかった。
 彼は金属の手で柄を握り直す。
『それでもいいけど、隠し続けることはできないよ』
 大人びた声が予言した。
 両親はそのうち感づいて、彼との縁を切れと命令するようになった。
 そのことを彼に打ち明けたことはなかったけれど、私のぎこちない態度を見れば何があったか想像はついていたはずだ。
 だけど彼は去ってしまった。
『アイビーのためだよ』
 子供の私は彼を引きとめようと『自分のためでしょ!?』感情的に泣いて叫んでいた。それを後ろで見ている私は、彼の言葉に嘘がなかったことを、もう分かっているのだけれど。


「ん……」
 物音がして目が覚めた。
 起こした上半身から掛けた覚えのない布団がしなだれ落ちる。明るいままの部屋に、風呂場の方から黒い人影がぬっと現れた。
 下着一枚のサイトスだ。
 バスタオルで拭っていた頭がこちらを向く。
「あ、起きたのか」
 彼には生活感というものが全然似合わなくてちょっとおかしい。
 そんなことを思われているとは露も知らないサイトスは、私をソファとテーブルの方へ手招きした。
「こんな時間まで開いてる店がなかなかなくてさ。ちょっと時間掛かって冷めちまったけど」
 ハンバーガーのファストフードショップのロゴがついた紙袋が、一人分とは思えない量並んでいた。隣に座ったサイトスがどんどん中身を出してゆく。
「スポーツドリンクとオレンジジュース、バーガーはチーズとフィッシュ、あとポテトとチキンナゲットとチョコパイ」
 盛り沢山の晩餐にお腹がぐうと返事する。羞恥心より食欲が勝って、バーガー一つとサイドメニュー三品をあっという間にお腹に収めてしまった。
 人心地ついたら、サイトスの腕のことを思い出した。
 見てみると、お風呂上りに自分で巻きなおしたせいか、結び目が少し緩んでいる。
「その腕はなおせるの?」
 サイトスは自分の左腕を見下ろした。
「んん。まあ、アテはある」
「そうなの? ならよかった」
 手を伸ばしてハンカチを結びなおす。包帯か何かがあればよかったけど。
「なあ……」
 自分で呼びかけておきながら、サイトスは逡巡した。
「なに?」
「俺は、人じゃない」
 何かと思えば。
「人だよ」
「そ、即答?」
「人じゃなかったら、助けたりしないもの」
 ぐいっと首が傾いた。人間だったら呆れた表情をしてるかな。
「でも、俺には沈黙が分からない」
「時間が経てば分かるんじゃないかな」
 自分の思いつきはあながち間違ってない気がした。
 考え込み始めたサイトスをそっとしておいて、寝る支度をする。
 シングルベッドの布団に再び潜り込んだところに、案の定、サイトスも入ってきた。
「もう眠い?」
 首を横に振る。部屋の明かりが消されると、窓とカーテンの隙間から差し込むどこかのネオンの色が目だった。
 それを仰向けに見ていた視界に、反対側から伸びてきた手が入り込んで首を回させる。
 ネオンよりずっと色とりどりの闇が私を覗き込んだ。
 キスもなく見つめ合うと、夜のしじまが聞こえる。
「そっと、して」
 夜闇で大胆になれるのはなぜだろう。
 滑らかな人工皮膚が唇や耳を掠めて摘む。その手がシーツの下に潜って、バスローブの綿生地ごと胸を柔らかく揉みしだくと、ふわふわした感触が擦れる度に背筋を心地よい何かが這い上がっていく。
 腕を、腰を、太腿を何度も撫で回され、体の中心は期待して甘い熱を篭らせる。
 ローブの中に忍び込んだ手が素肌を滑って頂点をつつく、それだけで、痺れるような感覚がした。
「……熱帯魚」
 ぼそりとした一言に、夢見心地が羞恥心に変わる。
「それはもう言わないでよっ」
 手の甲で硬い胸を叩くと、「んふふ」と頭上で笑い声がした。
「啄ばんであげようか」
 指先が胸の尖りを摘み、軽やかに引っ張った。じん、と後に残る刺激に、吐息が漏れる。
 なすがままの私の体をサイトスは自分の上に乗り上げさせると、背後から腕を回して両方の胸を好きなようにし始めた。
「はぁ……」
 膨らみの輪郭を撫でたり、手のひらで転がしたり、優しくつねったりと、緩急つけて弄ぶ一挙一動に、サイトスの上で腰がはしたなく悶えてしまう。次第に、押し付けてしまっているお尻の下に、彼自身の興奮を感じるようになった。
 両手がするりと下降して、ローブを肌蹴させ太腿に指を掛ける。それに促されるまま、開いた脚でサイトスを跨いだ。
 あちこち探りながらじりじりと中心へ迫った手が、一番敏感な芯をゆっくりと撫で回す。
「んうぅ……っ!」
 しなる体を受け止めながら、繊細な指があらゆる動きで一点を攻め立てる。脚が勝手に縮こまってサイトスの体を挟み込むと、硬いものの存在を一層意識してしまう。
「サイトス、もうっ……」
「ん……」
 短い返事をしたサイトスがごそりと動き、熱いものがお尻に当たった。力強い腕が互いの位置を擦り合わせる。
 サイトスの膝に両脚を割り開かれて無防備な場所にそれが触れると、ゆっくりと道を確かめながら繋がっていった。
「ああぁっ」
 奥底から来るものに全身が震える。
 抱きかかえられて動かない上半身の下で、揺りかごのようなゆったりとしたペースで掻き撫でられた中が、熱く蕩けていく。
 仰け反った頭が硬いものぶつかる。上げた両腕でそれを抱えると、人工の後頭部の熱がじんわりと伝わってきた。
「サイトス……!」
 シーツの中から水音が響いてくる。電子音の短い声が聞こえ始めて、一緒に高ぶっていくのが分かる。
 全身が緊張していって、全部が彼を締め付けて、やがて真っ白に弾けた。
「……あっ! はぁ、あ……」
 余韻でびくびく跳ねる体から、そっと彼が離れる。
 息が落ち着いた頃、シーツの上に寝かされて、二人で並んで横になった。
 静寂が戻ってきても、熱はまだ心地よく残っている。
 腕と腕が触れ合ってどちらからともなく絡み合い、戯れた。
「私が寝てる間、何するの?」
「うーん」
 サイトスは眠らない。便利だとも思うけれど、寝てる人の横で起き続けるのってどんな感じだろう。
 そう思いながら見つめると、まるで心を読んだようにくっついてきた。
「今までの幸せなことでも思い出して過ごすよ」
 硬質な頭がこつんとおでこにぶつかる。
「おやすみ、アイビー」

 ――このまま、ずっとそばにいてほしい。
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