指南役とお妃教育

甘寧

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売り言葉に買い言葉

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 グィード・ヘルウィグ。この国の宰相を務めている人物。

 少しの不正も見逃さず、誤魔化しが一切効かない。騎士団なんて、軍事予算を提出する度に文句をつけられ、まともに通った事がないで有名。だが、その分仕事が出来るので誰も文句が言えない。
 ──というか言い返したら最後、淡々とした態度で教示し、泣いて許しを乞うても尚、微笑みながら相手のメンタルを粉砕していく。

 まあ、そんな事を繰り返しているので、皆は彼の事を『人の皮を被った悪魔』だと言っている。

(そんな人物が私の相手!?)

 いや、本来ならまず、屋敷に来た時点で噂の宰相殿だと気付くべきだった。普通に気付ける要素はありありだった。しかし、気付けなかった……

 そう言えばこの人、使とだけ言って、自分の身分も名前も明かさなかったわ。

(どこまでも狡賢い人)

 出来れば他の人と替えて欲しい所だが……

 チラッと横目で周りを見てみる。

 子爵家のクララの相手は優しそうな文官。同じ伯爵家のアネットは知的な司書官。公爵家のカルラは騎士団長。他の二人も穏やかで物腰の柔らかそうな執事や医官が相手。なんで私だけ!?という思いがひしひしと込み上げてくる。

 妃教育というのに、異性の相手を付ける時点で意図的なものを感じるが、そんなこたぁ今はどうでもいい。とにかく誰でもいいから相手を替えてくれと視線を送るが、私と目を合わせまいと視線を逸らす者ばかり。

「はいはい。それでは各自部屋へ戻り、これからの事を良く良く話し合ってください。仲を深めるために自己紹介から始めるでもいいですが、あまり深みにはまりませんように」

 パンパンと手を叩き、視線を集めると釘を刺すように言うグィードの言葉に、全員がゴクッと息を飲んだ。


 ***


 ロゼに用意された部屋は、日当たりの良い角部屋。大きな天蓋付きのベッドにふかふかのソファ。それよりも先に目がいったのは、机の上にはドサッと積み上げられた教材の山。

「えっと……これは?」
「これは貴女が覚えるべきマナーや国の歴史、更には他国の情勢を記したものですね」
「……これを覚えろと?私が?」
「他に誰が?」
「……」
「因みに、テーブルマナー講習やダンスのレッスン。ご自分の身を護る為の護身術等もありますよ。その辺りはしっかりとした講義の先生が──」

 困惑するロゼを無視して話を進めるグィード。

 後半何を言っているのか良く分からない。分かっていることは、妃教育と名の付いた魔界の入口だと言うこと。甘い蜜に釣られてやってきた蝶は、蜘蛛の糸に捕らわれて骨の髄まで吸われる……ここはそんな場所だ。

「騙された……ッ!」

 テーブルに突っ伏しながら文句を口にした。まあ、文句のひとつも言いたくもなる。

「心外ですね。私は騙してはいませんよ?三食昼寝付きの特典が付いてくると言ったまでです」
「言い方!!」

 苛立ちをぶつける様にダンッ!とテーブルに拳を叩きつけた。

「いけませんねぇ……ご自分の勘違いミスを他人へ責任転嫁するなど、妃としては以ての外ですよ?」
「じゃあ、私は辞退します」

 薄ら涙を浮かべた目で睨みつけながら言うが「おやまあ」とわざとらしい驚き方をしてくる。

「いいんですか?そんな事を簡単に口にして?」
「別に、私が一人いなくなって困る人はいませんよ。むしろ喜ばれると思いますが?」

 ライバルが一人減るのは喜ばしい事だろう。こうなればとことん開き直ってやる。

「それは候補者だけの問題。私は貴女のご両親の心配をしているんですよ」
「え?」
「あれだけ盛大に送り出されて、トンボ帰りですか?私なら恥ずかしくてとてもとても……」
「ぐっ」

 そこを突かれると痛い。

「それに、貴女はご両親の想いも背負っているのでは?」
「……」
「貴女を信じて送り出したのに、当の本人はあれは嫌だこれは無理だと言い、挙句の果てに努力もしないで逃げ出そうとする。子供の癇癪の方がまだ可愛げがありますよ」
「……」

 随分と勝手な事を言ってくれるが、言い返す言葉が見つからない。

「正直、私は貴女が妃になれるとは思っておりません」

(………は?)

 あまりの言い草に思わず顔を上げてグィードの顔を見た。

「貴女は妃の器じゃない。万が一にもその様な事があれば、城下を裸で闊歩しながら歌まで歌ってあげますよ」

(ほぉ~……?)

 唇が弧を描き、下卑た笑みを浮かべるグィードを見た瞬間、妃を諦めて両親の待つ伯爵邸へ戻るよりも今、目の前にいる男をギャフンと言わせてやりたい!という感情が勝った。

「それでは、辞退する旨を伝えて──」
「……る……よ」
「え?」

 踵を返して部屋を出て行こうとするグィードの耳に微かに声が聞こえた。

「妃になってやるって言ってんの!!」

 勢い良く立ち上がり、グィードに向けて力強く指をさした。

「……それは願望?それとも覚悟?でしょうか」
「覚悟よ。妃になって、絶対にあんたのその鼻へし折ってやるから!」

 ふんっと鼻を鳴らしながら言うロゼを見て、グィードは「ふっ」と小さく笑みを零した。

(ようやく、いい顔付きになりましたね)

 理由はどうあれ、覚悟を決めた者は一気に強くなる。脆く崩れそうな彼女はもういない。

「それは楽しみですね。是非とも折って見せて下さい」

 煽るような言葉をかけるグィードをロゼは鋭い目付きで睨みつけた。
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