百鬼夜恋~後宮の陰陽師~

甘寧

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昭義

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燗杰の襲撃から二日後、瑞蘭は九嬪の中でもっとも位の高い昭儀である嶺依リョウレイに呼ばれ、楼景宮の一番南にある嶺依の自室を訪れている。

北向きにある瑞蘭の部屋とは違い、陽の当たる部屋は明るい雰囲気で風通しも良い。
調度品も値が張りそうなものばかりだった。

そんな部屋の主である嶺依は一言で言うと気品漂う女性。

瑞蘭は部屋に入り軽い挨拶を交わすと、目の前の椅子に座るように促された。

「失礼致します」

軽く会釈をし腰を下ろすと、お茶と一緒に茶菓子が差し出された。
出されたのは寿桃包。
邪気を払い魔除の力があるとされる桃を象った菓子だ。
この菓子を出てきたと言うことは、少なくとも敵視はされていないようだ。

チラッと嶺依を見るが、穏やかに微笑みながらこちらを見ているだけ。

流石九嬪を纏めるだけの器がある者は違うなと思いながら茶を啜った。

「本日はありがとうございます。実は……つい先日、瑞蘭様の部屋の方から激しい物音と怒鳴り声が聞こえたという訴えがありまして、その事についてお聞きしたくお呼びいたしましたの」
「ん゛ぐッ──!!」

ゆっくりと丁寧に言う嶺依の言葉に瑞蘭は口に含んだ茶を吹き出しそうになった。
嶺依は微笑んでいるがその目は笑っていない。
鋭い眼光で真実を暴こうとしている。こういう者は尋問に適している。
瑞蘭は静かに息を吸い、嶺依に向き合った。

「大変お騒がせしてしまったようで申し訳ありません。……実は猫が入り込んでしまって……それはそれは元気のよい猫でして捕まえるのに部屋中を駆け回ってしまって……」

嘘を見破られないように、しっかりと目を見ながら説明した。
嶺依はその目を一切逸らさずしっかりと見据えていた。

「──……して、その猫は?」
「呼びましょうか?」

瑞蘭が扉に向かって「月鈴ユーヒン」と呼ぶと、すぐに「にゃ~」と猫の鳴き声と共に真っ白な愛らしい猫が現れ瑞蘭の足元にすり寄って来た。
瑞蘭が抱きかかえこれ見よがしに嶺依に見せつけた。

「この猫が犯人です。すっかり懐かれてしまって勝手に名を付けてしまったのですが、どなたかの猫でしょうか?」
「いいえ。この宮に猫を飼っている者はおりませんよ。……そうですか。その猫が犯人なのですね」
「ええ、まさか皆様を怖がらせているとは露知らず、大変申し訳ないことをしました」
「いいのよ。皆には私から話しておきましょう」
「お心遣い痛み入ります」

膝の上の月鈴を撫でながらお礼を述べると、嶺依がなにやら落ち着きがなくなっていることに気が付いた。

「いかがなさいました?」
「……あの、迷惑でなければ、その……わたくしにも撫でさせてくれないかしら?」

恥じらうように頬を染めながら言う嶺依は先ほどの緊迫した表情とは打って変わって愛らしい表情だった。

その表情に思わず「クスッ」と笑みがこぼれた。
この姿が本来の嶺依なのだろうと。

瑞蘭は腕の中にいる月鈴をゆっくり嶺依に渡すと、これまた幼い子供のように顔を輝かせ腕の中の月鈴を撫でていた。

その日は月鈴を嶺依に貸し出し、瑞蘭は自室へと戻った。




楼景宮に静けさが訪れた頃、ガチャッと扉の開く音がし瑞蘭が目を覚ました。
扉の前にいたのは絹のように美しい髪を夜風に靡かせている女だった。

「月鈴。おかえり」

瑞蘭はその女を月鈴と呼んだ。

「ほんに、お主は人使いが荒いわ」
「ふふっ、助かったわ。ありがとう」

疲れた表情で椅子に座った月鈴。
この月鈴も瑞蘭の式神の一人だ。

「ところで、先ほどの嶺依とやらに微かだがもののけの臭いがついとったぞ?」
「それは本当?」
「ああ、もしかしたらすれ違った程度かもしらんが、注意したほうがいい」
「そう……」

魁からの連絡はまだない。
瑞蘭がこの後宮に来て以降、被害があったという話は聞こえてこない。

陰陽師瑞蘭が後宮内にいるという事はもののけ達の間でも噂になっているようだし、どちらが先に動くか根競べというところか……

「月鈴。悪いけど、定期的に嶺依妃の元に行ってくれる?」
「なんと!!またか!?魁のヤツは何をしておる!?妾の手まで煩わせるとは!!」

頬を膨らませて怒る月鈴に瑞蘭は思わずクスッと笑みを浮かべ、茶箪笥の中から昼間取っておいた菓子を差し出した。

それは月鈴が好きな山桃を乾燥させ砂糖漬けにしたもの。

月鈴は仕方ないと言いつつ、山桃を口に運びご満悦の様だった。
その姿が可愛らして面白くて、瑞蘭は笑みが止まらなかった……



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