崖っぷち令嬢の生き残り術

甘寧

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5回目の婚約破棄

 月明かりが照らす一室──……

「お、おまっ……!!」
「婚約破棄、するんですよね?」

 ギシッと音を立てるベッドの上で、不敵な笑みを浮かべ獣のように獰猛な眼で男に跨る女……この屋敷の主人。リディア・ベルフォートだ。

 迫られている男性は、数日前に婚約を結んだばかりの伯爵家の子息だったが、本日婚約破棄を申し出された。

 婚約破棄も5度目となれば慣れたもの。

「構いませんよ?子種だけ頂けたら…ね」

 顔面蒼白で震える子息の太腿を、白くきめの細かい長い指が這う。子息の視線の先には、形の良い豊満な胸が存在を強調するように、自分の脚に押し付けてくる。艶かしい雰囲気が漂う状況に、子息の喉も大きく鳴る。

 いよいよズボンのボタンに手がかかり、覚悟を決めた様にギュッと目を瞑る。その姿を見てリディアはニヤッと微笑んだ。

(やっと…!!)

「そこまでぇぇぇ!!」

 勝ちを確信した瞬間、鍵をかけていたはずの扉がバンッ!!と大きな音を立てて開かれた。

 大声で扉を開けたのは、この屋敷の侍女であるニコルと執事の爺や。コックのマックスはフライパン、庭師であるイェンスは箒を手にしながら現れた。

「お嬢様!!何度目ですか!?殿方を襲ってはいけないと言ってるでしょうが!!」

 ニコルの怒号が部屋に響き渡る。子息の方は、安堵から涙を浮かべている所を、マックスとイェンスが無事に保護。宥めるように肩をさすりながら、部屋の外へと連れ出した。

「いくら令嬢とは言え、お嬢様がやってる事は立派な犯罪です。分かりますか?犯罪者ですよ!?貴女は私達を路頭に迷わす気ですか!?」
「だって…」
「だってもヘチマもありません!!」

 仁王立ちで叱るニコルに萎縮して小さくなるリディア。その肩を優しくポンッと叩いたのは、長年仕えてくれている執事の爺や。

「ニコルの言っていることは最もです。淑女たるもの、簡単に股を開いてはいけません」

 優しく言ってはくれているが、眼鏡の奥の目は笑っていない。

「聞いてますか?」
「はいはい」
「お嬢様がそんなでは、亡くなった旦那様と奥様に申し訳ない…爺は悲しい…」

 あぁ~…始まった。爺やの泣き落とし。

 リディアはあからさまに面倒臭そうに顔を顰めた。

 ──このリディアの奇行が始まったのは一年ほど前…

 ここベルフォート子爵邸は郊外にあり、周りは森や林ばかり。リディアの両親は二年前に他界。不慮の事故だと聞いた。残されたのは一人娘のリディアと、片手で数えれる程度の使用人達。

 一応爵位は持っているものの、いつ潰れてもおかしくない貧乏貴族。このまま潰れて行くのを待つばかりと思っていた。そんなある日、両親が隠していた広大な土地の存在を知った。

 爺や曰く

「代々この家を受け継ぐ際に知らされる事です」

 そこで明らかにされたのは、土地の事情。
 その土地は少々特殊らしく、しか足を踏み入れられない。もしも、選外の者が足を踏み入れれば、即座に体に不調が現れる。下手をすれば死に至る場合もあるとかないとか…
 そんな土地を野放しにも出来ず、困り果てた前国王が目を付けたのがこのベルフォート家。

 リディアの両親といい先代といい、お人好しが人の皮を被っているような人達だ。良く話を聞かずに二つ返事で承諾。いわく付きの土地を体良く押し付けられた。

 幸か不幸か、ベルフォート家とその土地の相性は抜群だった。偵察に連れ添った騎士が倒れる中、平然と土地を見て回ったらしい。

 当然、主人となったリディアも例外では無い。

 初めてその土地を訪れた時は寒い時期にも関わらず、花が咲き誇り、暖かい風が吹いていた。まるで、そこだけ春が来たような…そんな感じがした。

 不思議に思いつつ足を進めていくと、髪が風に巻き上げられた。靡く髪の隙間から見えたのは一人の人影。

(誰?)

 人は元より、気配すら感じなかった。それ以前に、この土地に足を踏み入れる人がいたことに驚いた。

 真っ白な装いに腰まである長い金色の髪。優しく微笑む姿は、とてもこの世の者とは思えない程の美しさを誇っていた。

(あぁ…女神って本当にいるんだ…)

 そう思った。

「そなたは、ベルフォート家の者か?」

 あまりの美しさに目を奪われて、声をかけられた時には頷く事しか出来なかった。

「そうか…そなたがここに来たという事は、カールは死んだか…」

「人とはあっけないものだな…」と悲痛な表情を浮かべながら小さく呟いた。
 父の名を口にし、死を悼み悲しんでくれる。一体、この人は何者なのだろう…謎が深まるばかりだが、少なくとも敵意はないように見える。

(人か魔物か……)

 正体が分からない以上、警戒しておくに越したことはない。

「ああ、すまない。少し感傷に浸ってしまった。何度経験しても、死というものに向き合うのは慣れない」

 そう言いながら、大岩に腰かけた。

「我はこの地に住まう精霊。名をレウルェと言う。そなたの名は?」

 綺麗な弧を描きながら、自分を精霊と名乗るレウルェ。

 ──このレウルェとの出会いが、リディアの運命を大きく変えることになるとは、この時のリディアはまだ知らない。
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