15 / 23
15
しおりを挟む
ルイスが言う南の国と言うのは、ある一国を示している。
その名は『キュラサ皇国』
南地方にある国で最も大きく、最も権力を持ち、最も質の悪い連中が揃う国。どの国も関わりたくないと口を揃えて言うほど、頭のおかしい奴らが国を治めている。
そして、目の前で眠っている女性も皇国に関りがある人物。マントの留め具として使用されていたブローチが皇国の紋様が入っていた。それを目敏くルイスが見つけたのだ。
普段なら人助けで文句など言わないルイスだが、今回ばかりは相手が悪いと思ったのだろう。それはシャルルだって分かっている。だが、助けられる命を無駄には出来なかった。
(知られたら煩いだろうから黙っていましたのに……)
恨めしそうにルイスを睨みつけるが、睨み返されて小さくなる。
「今、あちらの国は干ばつで水不足が深刻な状態。そんな時期にこの国に足を踏み入れるなんて碌な事を考えていない証拠」
「そうは言っても、生きている者を見逃すことは出来ません」
「その考えは素晴らしいですが、時と相手と場所を考えてください」
シャルルとルイスの攻防は一方通行で中々決着がつかない。そんな中、ケレンが恐る恐る手を挙げた。
「あのぉ、ちょっといいですか?この人、もしかするとキュラサの皇女様では?」
「「は?」」
思わず声が被った。
「ほら、頭覚えてないか?何年か前に身分を偽って行商に紛れた事があったろ。そん時、皇女様の列に出くわして一瞬だけ顔が見えたじゃないか」
ケレンがダグに覚えているだろと訊ねると、しばらく呆けていたダグが「あぁ!」と声をあげた。
「そう言われればこんな綺麗な顔してたな……」
ダグが女性をまじまじ見つめながら呟いた。
キュラサの皇女と言えば、気性が荒く傲慢。気に入らない事があればすぐに癇癪を起し、罪のない者まで裁くという噂。
もし、この女性が件の皇女様となれば……言わなくてもその場にいる全員が分かっている。
──これはマズイ状況なのでは?……と。
(王族に関係ある者とは思ってましたけど……)
親切心で助けたはいいものの、この事態は想定外。
さて、どうしたものかと頭を悩ましていると、女性の瞼がゆっくりと開いた。
「……ここは……」
「ここは、私の隠宅です」
誰もが彼女に怯えて声をかけられない中、シャルルが優しく声をかけた。
「貴女は?」
「私はシャルル・デュラック。この国の聖女ですわ」
極めて冷静に、敵意はないと分かってもらわなければならない。背後ではダグがすぐに剣を抜けるように手を後ろに回している。
彼女はジッとシャルルの目を見ていたが、ゆっくり体を起こし頭を下げた。
「助けて頂いて感謝します。……紋章を見てお気付きかと思いますが、私はキュラサの皇女。名をリンファと申します」
丁寧で落ち着いた口調。噂で聞いていた人物と似ても似つかない様子に、誰もが驚き言葉を失ってしまった。
「あ、いえ、お礼など結構です。当然のことをしたまでですわ」
ハッとしたシャルルが慌てて言葉を返した。
シャルルの背後ではひそひそと「おい、本当に同一人物か?」「いや、まだ起きたばかりで混乱しているから」なんて話し声が聞こえる。
まあ、そう思うのも無理がない。私だって本人なのか疑っている。
肌の色からしてキュラサというのは間違いない。影武者という線も捨てきれないが、彼女が纏っている気品と雰囲気は簡単に演じれるものではない。
考えれば考えるほど沼にはまっていくように答えが浮かんでこない。
「私は自分の子を迎えに来たんです」
「子、供?」
キュラサの皇女が子を産んでいたなんて話は聞いたことない。チラッとケレンに視線を向けるが、首が取れそうなほど横に振っている。それはルイスも同様。
「ご存じないのも仕方ありません。彼は私の我儘でこの世に誕生したんです。後悔はありませんが、あの子には寂しい思いをさせてしまった」
目を伏せて憂い気に話す姿は、子を心配する親そのもの……とても作り話には聞こえない。
それに、この人には何故か妙な親近感がある。
「ねぇ……あの人、誰かに似てるっスよね」
「あ、俺も思った」
そんな会話が耳に入る。
整った顔立ちに、宝石のような綺麗な翡翠色の瞳……どことなく感じる親近感。
(………)
多分、この場にいる全員が察している。空気が信じられないほど重い。
「あの、貴方の子供のお名前は?」
聞きたくない。けど、確かめなければならない。
「リオネルです」
目の前が真っ暗に染まった。
その名は『キュラサ皇国』
南地方にある国で最も大きく、最も権力を持ち、最も質の悪い連中が揃う国。どの国も関わりたくないと口を揃えて言うほど、頭のおかしい奴らが国を治めている。
そして、目の前で眠っている女性も皇国に関りがある人物。マントの留め具として使用されていたブローチが皇国の紋様が入っていた。それを目敏くルイスが見つけたのだ。
普段なら人助けで文句など言わないルイスだが、今回ばかりは相手が悪いと思ったのだろう。それはシャルルだって分かっている。だが、助けられる命を無駄には出来なかった。
(知られたら煩いだろうから黙っていましたのに……)
恨めしそうにルイスを睨みつけるが、睨み返されて小さくなる。
「今、あちらの国は干ばつで水不足が深刻な状態。そんな時期にこの国に足を踏み入れるなんて碌な事を考えていない証拠」
「そうは言っても、生きている者を見逃すことは出来ません」
「その考えは素晴らしいですが、時と相手と場所を考えてください」
シャルルとルイスの攻防は一方通行で中々決着がつかない。そんな中、ケレンが恐る恐る手を挙げた。
「あのぉ、ちょっといいですか?この人、もしかするとキュラサの皇女様では?」
「「は?」」
思わず声が被った。
「ほら、頭覚えてないか?何年か前に身分を偽って行商に紛れた事があったろ。そん時、皇女様の列に出くわして一瞬だけ顔が見えたじゃないか」
ケレンがダグに覚えているだろと訊ねると、しばらく呆けていたダグが「あぁ!」と声をあげた。
「そう言われればこんな綺麗な顔してたな……」
ダグが女性をまじまじ見つめながら呟いた。
キュラサの皇女と言えば、気性が荒く傲慢。気に入らない事があればすぐに癇癪を起し、罪のない者まで裁くという噂。
もし、この女性が件の皇女様となれば……言わなくてもその場にいる全員が分かっている。
──これはマズイ状況なのでは?……と。
(王族に関係ある者とは思ってましたけど……)
親切心で助けたはいいものの、この事態は想定外。
さて、どうしたものかと頭を悩ましていると、女性の瞼がゆっくりと開いた。
「……ここは……」
「ここは、私の隠宅です」
誰もが彼女に怯えて声をかけられない中、シャルルが優しく声をかけた。
「貴女は?」
「私はシャルル・デュラック。この国の聖女ですわ」
極めて冷静に、敵意はないと分かってもらわなければならない。背後ではダグがすぐに剣を抜けるように手を後ろに回している。
彼女はジッとシャルルの目を見ていたが、ゆっくり体を起こし頭を下げた。
「助けて頂いて感謝します。……紋章を見てお気付きかと思いますが、私はキュラサの皇女。名をリンファと申します」
丁寧で落ち着いた口調。噂で聞いていた人物と似ても似つかない様子に、誰もが驚き言葉を失ってしまった。
「あ、いえ、お礼など結構です。当然のことをしたまでですわ」
ハッとしたシャルルが慌てて言葉を返した。
シャルルの背後ではひそひそと「おい、本当に同一人物か?」「いや、まだ起きたばかりで混乱しているから」なんて話し声が聞こえる。
まあ、そう思うのも無理がない。私だって本人なのか疑っている。
肌の色からしてキュラサというのは間違いない。影武者という線も捨てきれないが、彼女が纏っている気品と雰囲気は簡単に演じれるものではない。
考えれば考えるほど沼にはまっていくように答えが浮かんでこない。
「私は自分の子を迎えに来たんです」
「子、供?」
キュラサの皇女が子を産んでいたなんて話は聞いたことない。チラッとケレンに視線を向けるが、首が取れそうなほど横に振っている。それはルイスも同様。
「ご存じないのも仕方ありません。彼は私の我儘でこの世に誕生したんです。後悔はありませんが、あの子には寂しい思いをさせてしまった」
目を伏せて憂い気に話す姿は、子を心配する親そのもの……とても作り話には聞こえない。
それに、この人には何故か妙な親近感がある。
「ねぇ……あの人、誰かに似てるっスよね」
「あ、俺も思った」
そんな会話が耳に入る。
整った顔立ちに、宝石のような綺麗な翡翠色の瞳……どことなく感じる親近感。
(………)
多分、この場にいる全員が察している。空気が信じられないほど重い。
「あの、貴方の子供のお名前は?」
聞きたくない。けど、確かめなければならない。
「リオネルです」
目の前が真っ暗に染まった。
34
あなたにおすすめの小説
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
破滅フラグから逃げたくて引きこもり聖女になったのに「たぶんこれも破滅ルートですよね?」
氷雨そら
恋愛
「どうしてよりによって、18歳で破滅する悪役令嬢に生まれてしまったのかしら」
こうなったら引きこもってフラグ回避に全力を尽くす!
そう決意したリアナは、聖女候補という肩書きを使って世界樹の塔に引きこもっていた。そしていつしか、聖女と呼ばれるように……。
うまくいっていると思っていたのに、呪いに倒れた聖騎士様を見過ごすことができなくて肩代わりしたのは「18歳までしか生きられない呪い」
これまさか、悪役令嬢の隠し破滅フラグ?!
18歳の破滅ルートに足を踏み入れてしまった悪役令嬢が聖騎士と攻略対象のはずの兄に溺愛されるところから物語は動き出す。
小説家になろうにも掲載しています。
最初で最後の我儘を
みん
恋愛
獣人国では、存在が無いように扱われている王女が居た。そして、自分の為、他人の為に頑張る1人の女の子が居た。この2人の関係は………?
この世界には、人間の国と獣人の国と龍の国がある。そして、それぞれの国には、扱い方の違う“聖女”が存在する。その聖女の絡む恋愛物語。
❋相変わらずの、(独自設定有りの)ゆるふわ設定です。メンタルも豆腐並なので、緩い気持ちで読んでいただければ幸いです。
❋他視点有り。
❋気を付けてはいますが、誤字脱字がよくあります。すみません!
聖女は王子たちを完全スルーして、呪われ大公に強引求婚します!
葵 すみれ
恋愛
今宵の舞踏会は、聖女シルヴィアが二人の王子のどちらに薔薇を捧げるのかで盛り上がっていた。
薔薇を捧げるのは求婚の証。彼女が選んだ王子が、王位争いの勝者となるだろうと人々は囁き交わす。
しかし、シルヴィアは薔薇を持ったまま、自信満々な第一王子も、気取った第二王子も素通りしてしまう。
彼女が薔薇を捧げたのは、呪われ大公と恐れられ、蔑まれるマテウスだった。
拒絶されるも、シルヴィアはめげない。
壁ドンで追い詰めると、強引に薔薇を握らせて宣言する。
「わたくし、絶対にあなたさまを幸せにしてみせますわ! 絶対に、絶対にです!」
ぐいぐい押していくシルヴィアと、たじたじなマテウス。
二人のラブコメディが始まる。
※他サイトにも投稿しています
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
「偽聖女」と追放された令嬢は、冷酷な獣人王に溺愛されました~私を捨てた祖国が魔物で滅亡寸前?今更言われても、もう遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢フィーア・エメラインは、地味で効果が現れるのに時間がかかる「大地の浄化」の力を持っていたため、派手な治癒魔法を使う異母妹リシアンの嫉妬により、「偽聖女」として断罪され、魔物汚染が深刻な獣人族の国へ追放される。
絶望的な状況の中、フィーアは「冷酷な牙」と恐れられる最強の獣人王ガゼルと出会い、「国の安寧のために力を提供する」という愛のない契約結婚を結ぶ。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】経費削減でリストラされた社畜聖女は、隣国でスローライフを送る〜隣国で祈ったら国王に溺愛され幸せを掴んだ上に国自体が明るくなりました〜
よどら文鳥
恋愛
「聖女イデアよ、もう祈らなくとも良くなった」
ブラークメリル王国の新米国王ロブリーは、節約と経費削減に力を入れる国王である。
どこの国でも、聖女が作る結界の加護によって危険なモンスターから国を守ってきた。
国として大事な機能も経費削減のために不要だと決断したのである。
そのとばっちりを受けたのが聖女イデア。
国のために、毎日限界まで聖なる力を放出してきた。
本来は何人もの聖女がひとつの国の結界を作るのに、たった一人で国全体を守っていたほどだ。
しかも、食事だけで生きていくのが精一杯なくらい少ない給料で。
だがその生活もロブリーの政策のためにリストラされ、社畜生活は解放される。
と、思っていたら、今度はイデア自身が他国から高値で取引されていたことを知り、渋々その国へ御者アメリと共に移動する。
目的のホワイトラブリー王国へ到着し、クラフト国王に聖女だと話すが、意図が通じず戸惑いを隠せないイデアとアメリ。
しかし、実はそもそもの取引が……。
幸いにも、ホワイトラブリー王国での生活が認められ、イデアはこの国で聖なる力を発揮していく。
今までの過労が嘘だったかのように、楽しく無理なく力を発揮できていて仕事に誇りを持ち始めるイデア。
しかも、周りにも聖なる力の影響は凄まじかったようで、ホワイトラブリー王国は激的な変化が起こる。
一方、聖女のいなくなったブラークメリル王国では、結界もなくなった上、無茶苦茶な経費削減政策が次々と起こって……?
※政策などに関してはご都合主義な部分があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる