愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした。

矢間カオル

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7話 緊急事態

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ジェフにどうして泣いているのと尋ねられたローズは、一瞬何と答えて良いか戸惑った。

この流れでこの状況で、泣いてしまうのはごく普通のことだと思うのだが、ジェフには言わなければ、わからないのだろうか・・・。

「あなたのことを、心配したからよ。」

「どうして? 俺は服を切られただけで、ケガはしていないのに。」

「ジェフ、ジェフ、よく聞いて。私はあなたを愛しているの。だからあなたのことが心配でならないの。たとえケガをしていなくても泣いてしまうのは、あなたを愛しているからだわ。」

ジェフは、ローズが話している間も、じーっとローズの顔を見ていた。

「ローズ、俺のために泣いてくれてありがとう。」

その後、連絡を受けた警察官がやって来て、四人を逮捕した。

四人の自供によりオルソンも捕まり、彼は今後一切ローズに関わらないという誓約書を書かされた。

オルソンとの一件は何とか落着したが、結局、この日のレストランでの食事はキャンセルすることになってしまった。



グローリー侯爵家の令息ジェフリーが、日頃問題を起こしていた暴漢四人をやっつけたというニュースは新聞にも載り、世間を騒がせた。

ただし、伯爵令息オルソンについては、オルソンの父親が多額の金を使って裏から手を回したので、記事になることはなかった。

この新聞報道は、遠い領地にいるグローリー侯爵の弟アロンの目にも触れることになる。

「ふん、何が町の英雄だ。あの病弱で死にぞこないのジェフリーが・・・。それにしても・・・、本当にあいつはジェフリーなのか?」

そもそも、屋敷の使用人を外に出している間に健康になったと言うのも、怪しすぎる。

アロンは、ジェフが偽物ではないかと疑っているのだが、残念なことに、その思いを確信するにはいたらなかった。

婚約式で兄の屋敷に行った際、ジェフに過去の話を尋ねたら、すらすらと気味が悪いほど正確に答えた。

アロンは屋敷の使用人たちにも、それとなくジェフのことを聞いてみた。

すると皆、半年ほど有給休暇で屋敷におらず、久しぶりに屋敷に戻ったらジェフリー様が元気になっていて驚いたと言うだけで、別人だと言う使用人はいなかった。

それよりも、元気になったジェフの優秀なことや、使用人に対する優しさを褒め称え、お坊ちゃまは良い後継者になられたと喜んでいる。

その言葉の端々に、アロンに対する牽制が含まれていることは、口に出さなくてもアロン自身が感じ取っていた。

「こうなったら、消えてもらうしかない。だが、四人の暴漢を相手にしても勝ってしまうようなヤツだから、何か打つ手を考えないとな。」



暴漢事件の後も、ジェフはいつも通り、グローリー家の仕事が終るとローズに会いに行った。

ローズは、オルソンとの関係を暴露されて、ジェフの態度が変わらないかと心配していたのだが、ジェフは一度もそれに触れることはなく、態度も全く変わらず優しいジェフのままだった。

ある日、ローズが読書をしている最中に、ジェフが部屋に入って来た。

「ローズ、会いに来たよ。」

「ふふ、嬉しいわ。」

ローズはにっこり微笑んだが、目には涙があふれていて、ジェフに顔を向けた拍子にツーと涙が頬を流れ落ちた。

「ローズ、どうして泣いているの?」

「あっ、これ? ふふっ、実はこの本を読んでて・・・。まだ途中なんだけど、とっても悲しいお話だったから思わず涙が出ちゃった。」

ローズが大好きな恋愛小説を読んでいたのだが、愛し合っている二人なのに、ヒロインが別れようと決意するシーンがとても悲しく、思わず涙が零れたのだ。

「悲しい涙?」

会話をしている間、ジェフはじっとローズの顔を見ていた。

だがすぐに、ジェフはつかつかとローズのそばに来て、抱きしめてキスをした。

キスが終わるとローズが不思議そうに言う。

「今日はキスをして欲しいって思ってなかったのに、キスしてれたのね。」

「思ってなかった?」

―バグ発生・解析中・・・解析完了:バグの原因不明―

「ローズ・・・嫌じゃなかった?」

「ううん。とっても嬉しかった。」

ジェフはその後も解析を重ねたが、原因はわからなかった。

「ねえ、ジェフ、あなたが好きな物は何?」

ローズはいつも助けてくれるお礼に、何かプレゼントをしたくてジェフに尋ねた。

「俺が好きな物? ローズだよ。」

その言葉に、ローズはポッと赤くなる。

でも、聞きたいことはそれじゃない。

「うーん、そうじゃなくて、物。物質。」

「ローズが好きな物が好きだよ。」

「うーん、困ったわね・・・。」

―解析中・・・ローズガコマッテイル、コマラセタクナイ・・・解析完了:男物の装飾品を述べる―

「じゃあ、カフスボタンがいい。ローズと同じ瞳の色のカフス。」

「ふふっ、わかったわ。楽しみにして待っててね。」



翌日、ローズは開店時間に合わせて宝石店に行き、エメラルドのカフスボタンを買った。

午後から来るジェフに渡そうと思って、早めに家を出たのだ。

自分の瞳と同じ色のカフスボタンを付けているジェフを想像すると、自然と顔がにやけてしまう。

帰る道中、人に見られて変な人と思われては大変だと思い、顔を引き締めた。

いつもなら買い物は馬車で来るのだが、今日は母親が馬車で出かけたので歩いてきた。

徒歩で往復一時間ほどの道のりだから、運動にはちょうどいい。

使用人も一緒に連れて行こうかと迷ったが、荷物はカフスボタンだけで、ポケットに入るほど小さい物だ。

それに、オルソンが接触してくることはないだろうと思い、一人で出かけることにした。

これが実は大きな油断だった。

宝石店からの帰り道、たまたま誰も周りにいなかったそのときに、いきなり後ろから抱きつかれ、薬をかがされて意識を失ってしまった。



その日の午後、仕事が終わったジェフは、ローズに会うためにクレマリー伯爵の屋敷に向かっていた。

そこへフードを深く被った男が近づいてきて、ジェフの横にぴったりとついた。

男は、周りに誰もいないことを確認し、ジェフの耳元で囁く。

「あんたの恋人の命が惜しければ、今すぐ俺について来い。」

「えっ? ローズの命?」

「そうだ。ローズが死んでもいいのか?」

そう言って男は、ローズのお気に入りの髪飾りをジェフに見せた。

―緊急事態発生・・・緊急事態モードにチェンジ・・・攻撃スタンバイ完了―

尽くし型ロボットは管理者に命の危険が迫ったときに限り、自動でモード変換することがあらかじめプログラミングされている。

何よりも管理者の命を守ることが優先されるのだ。

「おとなしくしていれば命まではとらん。だから言うことを聞け。」

「わかった。何もしないから、早くローズのところまで連れて行け。」

「絶対に何もするなよ。もし何かしたらローズの命はないからな。」

男はジェフを馬車に乗せ、抵抗できないように腕を縛り、馬車を走らせた。

馬車は、町から離れた人気のない場所まで移動すると、ボロボロの小屋の前で止まった。



依頼人から頼まれたことは、ローズとジェフを殺すことだった。

男たちにとって、ジェフは新聞にも載るほどの強くて勇敢な男であり、噂は噂を呼んで、ジェフの武勇伝は、刃物を持った暴漢十人を瞬殺したとまで大きくなっていた。

そんな男を町で殺そうとしても、こっちがやられてしまうかもしれない。

だから確実な方法をとった。

ローズをエサにしておびき出し、動けないようにして二人を殺してしまうことだった。

そして二人を殺した後は、小屋ごと焼けばいい。

成功したら、一生遊んで暮らせる金が手に入ることになっている。



「この小屋の中に、お前の恋人がいる。」

「お前たちは、俺たちをどうするつもりだ?」

「身代金を受け取ったら解放してやる。それまでこの小屋の中にいてもらう。」

ジェフが小屋に入ると、ローズが椅子に縛られていた。

その横に、刃物を持った男が一人。

ローズは薬の効果がまだ切れておらず、意識を失ったままだ。

ジェフの後ろには、ジェフを連れてきた男と御者の男、二人とも、刃物をジェフの背中に突き付けている。

―敵を解析中・・・―

「動くと女の命はないぞ。」

ローズの横にいる男が、ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、ジェフを脅す。

―・・・解析完了:敵の殺意100%・・・ローズハコロサレル・・・イヤダ!:電撃ビーム発射―

ジェフの目から光線が飛び出し、ローズの横にいた男の心臓を貫いた。

「ウッ!」

男は、ばたりと崩れるように倒れた。

「お前、いったい何をした?」

後ろにいた男が、驚いてジェフに切りかかったが、ジェフは瞬時に刃物を避け、男たちが次の攻撃を仕掛けるよりも早く、心臓を電撃ビームで貫く。

「ウウッ・・・」

二人の男は、その場で膝から崩れ落ちた。

静かになった小屋の中で、三人の男はそれ以上、ピクリとも動かなくなった。

ジェフはパワー出力を上げて、縛られていた縄を自力でブチ切り、意識のないローズの縄をほどいて抱き上げた。

―ローズの生存確認完了・・・緊急事態モード終了・・・ヨカッタ・・―

ジェフはローズを馬車に乗せ、馬を走らせローズの屋敷に戻った。

ローズが目覚めたのは、ジェフにお姫様抱っこをされて屋敷の中に入ったときだった。

使用人たちは何事?と一瞬驚いたが、二人が仲良くしているのを見て、いつものイチャイチャだと思い、見ないふりをする。

「ジェフ、私どうしてお姫様抱っこされているの? 家に向かって歩いていたことは覚えているんだけど、途中から何も覚えてないの。気分が悪くなったような気がするんだけど・・・。」

「ローズは椅子に座って眠っていたんだ。だから俺がここまで運んで来たんだよ。」

「まあ、そうだったの。私ったら気分が悪くなって、通りのベンチで眠ってしまったのね。そんなことも覚えていないなんて・・・、私ってダメね。」

ローズの部屋に入ると、ジェフはローズを椅子に座らせ、自分は隣に腰かけた。

「ジェフ、助けてくれてありがとう。」

ローズはにっこりとジェフに微笑んだ。

―ローズカワイイ―

「あのね。私ジェフにプレゼントを買って来たのよ。」

ローズはスカートのポケットから小さな箱を取り出し、それをジェフに手渡す。

「開けてみて。」

ジェフが箱を開けると、エメラルドのカフスボタンが入っていた。

「あなたに似合うと思って選んだけど、どう?」

ローズは次の言葉が知りたくて、うずうずしながら、じっとジェフを見つめた。

「可愛い。」

「えっ?可愛い? カッコいいと思って選んだのだけど・・・。」

「カフスボタンじゃなくて、ローズが可愛い。」

ジェフはローズを抱きしめてキスをした。

いきなりのキスに目を丸くしたローズだったが、実はとても嬉しい。 

「ふふっ、また私が思ってなかったのにキスしてくれた。」

「思ってなかった?」

―バグ発生・バグの原因解析中・・・解析完了:バグの原因不明―

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