愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした。

矢間カオル

文字の大きさ
32 / 110

32話 オタク談義

しおりを挟む
「私は、王太子アーサー・ブランシェットです。ご令嬢、私と一曲踊っていただけませんか?」

腰をかがめてダンスに誘うアーサーを驚きの目で見つめ、言葉を失うスザンヌであったが、「スザンヌ?」とアーサーに催促されて我に返った。

王族からの誘いを断るなんて不敬そのもの。

「は、は、はい。」

スザンヌが手を恐る恐る差し出すと、アーサーはその手をとり、軽くキスをする。

ビクッと手を引っ込めそうになるスザンヌの手をアーサーはぐっと握り、下からスザンヌの顔を覗き込む。

見上げると、スザンヌは額からうなじまで真っ赤になっている。

ふふっと微笑み、アーサーはスザンヌの手を握ったまま、「さあ、行こう!」とダンスエリアの中央へといざなった。

しばらく、その様子を皆は驚きの声を漏らしながら見ていたが、皆もそれぞれのパートナーの手をとり、ダンスエリアへと進んだ。

「ああ、上手くいって良かったわ。」

ローズがほっとしてジェフに呟く。。

「じゃあ、俺たちも踊ろうか。」

二人は手をとりダンスエリアへと進んだのだが・・・

怒りと憎しみに溢れた目で、ジェフとローズを、アーサーとスザンヌを見ている令嬢がいた。

扇子をギュッと握りしめているメリッサである。

上手くいったですって? 

今まで一度も参加したことがなかったスザンヌを、ここに呼んだのは、ローズなの?


音楽が鳴りだすと、皆は一斉にダンスを踊り出す。

アーサーとスザンヌも音楽に合わせて華麗に舞う。

「スザンヌ、来てくれてありがとう。本当に嬉しかった。」

「あ、あの・・・、アールが王子様だったなんて知らなくて・・・、びっくりしました。」

心臓の高鳴りはまだ収まっていないが、スザンヌはなんとか言葉を返すことができた。

「今まで黙っていてごめん。後でゆっくり話したいんだ。舞踏会が終わるまで、俺はこの場を離れられない。だから、終わったら、応接室で待っていて欲しい。場所ならジェフとローズが知っているから、一緒に待っていてくれたら良いから。」

スザンヌは、すぐにでも聞きたいことがたくさんあったが、周りの人に聞かれたくないこともあるのだろうと推察する。

今はダンスに専念するべきなのだ。

この国の王子に、恥をかかせるわけにはいかない。

ローズの特訓のお陰で、スザンヌは他の令嬢に見劣りすることなく踊ることができ、ぶれない体幹の良さと、姿勢の美しさから、踊る姿は他の人以上に華麗に見える。

「スザンヌ、ダンスが上手だ。とても気持ちよく踊れる。」

「それは、アール・・・いえ、殿下がお上手だからですわ。」

アーサーは、この手を離さず最後まで何度も踊っていたいと思った。

だが、背中にどす黒い炎のような熱を感じる・・・。

熱の方向をちらりと見たら、メリッサが扇子で顔を半分隠し、茶色の瞳をこちらに向けて憎々し気にじーっと睨んでいる。

おそらくメリッサは今、プライドが傷ついているだろう。

そんなことは知ったことではないと、切り捨てるのは可能だが・・・

アーサーの脳裏に、メリッサが孤児院に押しかけ、殿下を出せとスザンヌに詰め寄っていた姿が浮かぶ。

このまま切り捨ててしまったら、スザンヌに害を及ぼすかもしれない・・・。

ふう・・・

アーサーは小さなため息をついた。

「スザンヌ。俺は仕事でこの後も他の令嬢と踊らなければならない。でも、これはあくまでも仕事だからな。仕事!」

仕事だと何度も強調するアーサーを、スザンヌはなんだか可愛いと思った。

「ふふっ、何度も言わなくてもわかってますよ。あなたは王子様だもの。好き勝手に生きられるわけではありませんものね。」

曲は無情にも終わりを告げ、スザンヌとアーサーは終わりの挨拶をしてダンスを終えた。

スザンヌはそのまま壁の花へと移って行ったが、アーサーは次の仕事にかからなければならない。

アーサーは渋々ではあるが、それを顔に出さずに、メリッサに次のダンスを申し込んだ。

それまで顔を扇子で隠して鬼のように睨んでいたメリッサであったが、アーサーが申し込んで来たことで、なんとか体面は保たれたようで、いつもの作られた笑顔を見せてアーサーの誘いを受けた。

踊りながらメリッサは問う。

「どうして私よりも先に、男爵令嬢と踊られたのですか?」

にこやかな笑みを浮かべて問うのだが、言葉の端々に怒りを感じる。

「彼女は、おばあさまの福祉事業を任されているからね。今日初めて来たから、そのお礼を言いたかったのだ。」

「そうですか・・・」

会話はたったこれだけで、アーサーはメリッサの心の内がわからない。

ただただ、どうかスザンヌに危害を加えないでくれと祈るばかりであった。

メリッサと踊り終わった後は、いつも通りに婚約者候補のリリアーナとカロリーヌ  と踊ったが、このときほど、婚約者候補が三人いて良かったと思ったことはない。

二位のリリアーナも三位のカロリーヌも、メリッサのように怒りを露わにすることはなく、順番が遅くなったことを、かえって喜んでいるようだった。

アーサーは少しほっとした気持ちを抱き、いつものように、王族用の椅子に座って、人々の挨拶を受けた。

アーサーは王族スマイルを絶やすことなく来る者に接していたが、心の中は、早く終ってスザンヌに会いたいとばかり思っていたのだった。



アーサーと踊り終わったスザンヌは、ダンスエリアから離れ、同じく踊り終わったローズと一緒にいた。

スザンヌの頬は、まだ熱が冷めずに紅潮している。

アーサーを目で追うと、メリッサにダンスを申し込んでいる姿が見えた。

これも王族の仕事なのね・・・、スザンヌは小さなため息を漏らす。

「ご令嬢、私と踊っていただけませんか?」

名前も知らぬ青年が、スザンヌにダンスを申し込んできた。

たった今までアーサーに握られていたこの手を、他の男性に握られたくはなかった。

でも、メイブリックのゴムの宣伝になるのなら、踊った方が良いのだろうか・・・。

困った顔でローズを見ると、ローズにその気持ちが伝わったようで、ローズが代わりに断りを入れた。

「すみませんが、少し疲れてしまったので、私たち、しばらく休憩するつもりなんです。」

青年は残念そうな顔で、その場を去った。

ジェフを見ると、ジェフは新事業のことで、男性数人に囲まれている。

しばらく待っていたが、一向に話が終りそうにないので、ローズはスザンヌと二人で動くことにした。

「ジェフ、私たち、テラスで休憩してきますね。」

ローズはジェフに伝えると、スザンヌを連れてテラスに向かう。

テラスに出ると誰もいなくて、ローズとスザンヌの貸し切り状態だ。

そよそよと流れる夜風が気持ち良く、ダンスで火照った身体を冷ましてくれる。

「ローズ、今日は舞踏会に誘ってくれてありがとう。ローズは知っていたのね。アールのこと・・・。」

「うん、黙っていてごめんなさい。」

ローズは、申し訳なさそうに頭を下げた。

「あ、謝らないで。黙っていてくれて良かったと思っているの。アールから、自分は王太子だと告白されて、びっくりしたけど、すごく・・・、嬉しかったから・・・。」

スザンヌは、口づけされた手の甲を見て、嬉しそうに微笑んだ。

「もしかしたら、メイブリック領の新事業をジェフに勧めてくれたのも、私を舞踏会に誘うためだったのかしら?」

「ふふ、さすがスザンヌ。でも、私は何か方法はないかしらってジェフに相談しただけよ。事業のことは私にはわからないもの。ただ、あなたの腕の中でのお話みたいに、身分違いの恋でも結ばれて欲しいと思ったの。」

「えっ?」

スザンヌがローズの言葉に、驚きの声を上げた。

「あなたの腕の中で・・・ローズも読んだの?」

その言葉にローズも驚く。

「えっ? スザンヌも?」

「うん。実は・・・、私、恋愛小説、大好きなの。」

「わあ、私もよ。嬉しい。趣味が同じ人に会えるなんて! ねえ、あなたの腕の中でで、どのシーンが良かった?」

お互いに恋愛小説オタクだとわかると話が盛り上がり、二人は自分の感想を相手に聞いて欲しくて、おしゃべりが止まらない。

スザンヌは、うっとりとした表情で一番好きなシーンはね・・・と語りだす。

「私・・・、男爵令嬢だと思っていたのに、本当は隣国の王女様だとわかって、とっても嬉しかったの。ああ、これで王子様と結婚できるんだって思うと、ほっとしたわ。」

「わかるわ。その気持ち。」

「こんなこと誰にも言えなくて・・・、ローズとお友達になれて良かったわ。」

「殿下には言ってないの?」

「話したのはローズだけよ。アールには言ってないの。」

「ふふふ、じゃあ、二人だけの秘密ね。」

ローズは二人だけの秘密という言葉が嬉しくて、スザンヌの両手を握りしめる。

「そうね。二人だけの秘密ね。」

スザンヌも嬉しそうにローズの手を握り返した。

「じゃあ、スザンヌは、フローラの心臓、読んだ?」

「もちろん! 最後のシーンは泣けて泣けて・・・」

二人だけの恋愛小説オタク談義は、まだまだ続き、ジェフが迎えに来たところでようやく終止符を打ったのだが、他愛もない二人の会話が、後々に恐ろしい事件を招くことになるとは、この時は知る由もなかったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、 魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

〘完〙なぜかモブの私がイケメン王子に強引に迫られてます 〜転生したら推しのヒロインが不在でした〜

hanakuro
恋愛
転生してみたら、そこは大好きな漫画の世界だった・・・ OLの梨奈は、事故により突然その生涯閉じる。 しかし次に気付くと、彼女は伯爵令嬢に転生していた。しかも、大好きだった漫画の中のたったのワンシーンに出てくる名もないモブ。 モブならお気楽に推しのヒロインを観察して過ごせると思っていたら、まさかのヒロインがいない!? そして、推し不在に落胆する彼女に王子からまさかの強引なアプローチが・・ 王子!その愛情はヒロインに向けてっ! 私、モブですから! 果たしてヒロインは、どこに行ったのか!? そしてリーナは、王子の強引なアプローチから逃れることはできるのか!? イケメン王子に翻弄される伯爵令嬢の恋模様が始まる。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...