愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした。

矢間カオル

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78話外伝 あなたの腕の中で16 フィオナとの出会い

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その日は良く晴れた日の午後のこと、病院で働いているアデルを、果物売り場の老婆が訪ねてきた。

老婆が病気で寝込んでいたとき、アデルが無償で薬を届けてくれたことに対する感謝と、薬の代金を支払いに来たのである。

「先生、私はすっかり良くなりましたよ。これも先生が薬を届けてくれたおかげです。本当にありがとうございました。」

礼を言い、帰る老婆をアデルは病院の外に出て見送った。

そして老婆の姿が見えなくなるまで手を振り見守っていたのだが・・・

「キャー、お嬢様!」

すぐそばで叫び声が聞こえた。

アデルが驚いて声のする方を見ると、高級そうなドレスを身にまとった令嬢が胸を押さえてしゃがみ込み、苦しそうにしている。

令嬢の横にいる女性の付き人が、おろおろしながら「お、お嬢様、だ、だ、大丈夫ですか?」と声をかけている。

アデルはすぐに令嬢に走り寄り、声をかけた。

「私は医者です。どうぞ、病院の中にお入りください。」

「ど、どうも・・・すみません。」

令嬢は苦しそうにかすれた声でそれだけ言うと、ふっと意識を失ってしまった。

「あっ、危ない!」

意識を失い倒れかけた令嬢をアデルが支えたので、倒れることはなかったが、アデルは付き人と一緒に令嬢を抱きかかえるようにして病院に入り、個室のベッドに寝かせた。

令嬢は意識を失っている間も息遣いは荒く、苦しそうに顔を歪めている。

水色の髪色と、声をかけた際に一瞬見えたピンク色の瞳、透けるように白い肌。

本来ならば目を瞠るほどの美人であろうに、苦しそうに喘ぐ姿は見ている方が辛くなるほどである。

「あなたのお陰で本当に助かりました。ありがとうございます。」

付き人がアデルに感謝の言葉を述べた後、令嬢の身元を明かした。

「このお方は、ラードナー侯爵家のご息女、フィオナ・ラードナー様でございます。」

「フィ、フィオナ様?」

アデルは一瞬、驚きのあまり、目を瞠った。

「さようでございますが・・・?」

アデルの驚き方に不信を抱いた付き人は、警戒するようにアデルをじろりと見る。

「あ、あの、気分を悪くさせてしまったのならごめんなさい。ラードナー侯爵家のような身分の高い方に、このような場所でお会いできたことに、驚いてしまったのです。」

「そうでしたか・・・。」

「ここでお会いできたのも何かの御縁。誠心誠意看病いたします。」

アデルの言葉を聞き、付き人は安心したようであった。

それにしても、この方が、エドの婚約者様だなんて・・・。

目の前の女性が、エドの婚約者なのだと思うと、複雑な気持ちになるのだが、今は医師と患者として真剣に向き合わねばと、アデルは心を切り替える。

フィオナのドレスの締め付けを緩め、脈と熱を測り異常がないか確認する。

「令嬢は、何か持病がおありなのですか?」

アデルの問いに、付き人は首を振る。

「お体は弱い方なのですが、このように意識を失ってお倒れになったのは初めでです。」

「何か思い当たることはありますか?」

「いえ、今日は買い物に行く予定でしたが、いつもと変わらないご様子でしたので、いったい何が原因なのかは、私には・・・」

結局、何もわからぬまま、苦しそうに眠る令嬢の前で時間だけが過ぎて行く。

その間、アデルはフィオナの額ににじみ出る汗を拭き、脈を測って看病に徹した。

ちょうど患者が少なく、父親一人でも患者に対応できたお陰で、アデルはフィオナのそばを離れることなく看病ができた。

初めのうちは異常に早かった脈拍が徐々に落ち着き、しばらくたつとフィオナが目を覚ました。

美しいピンクの瞳で天井を見たフィオナが声を出した。

「ここは?」

「病院ですよ。フィオナ様が倒れたので、こちらに運びました。」

アデルの言葉を静かに聞いていたフィオナであったが、その瞳に、見る見る涙が溢れてきた。

そしてその涙は、はらはらと目尻からこぼれ落ち、枕を濡らした。

「フィオナ様?」

アデルは驚いてフィオナを見ていたのだが、フィオナは、むくりと身体を起こし、アデルの手を両手で掴んだ。

「あなたはアデルさんですね。」

「は、はい。そうですが・・・、私のことを知っているのですか?」

「ええ。」

そしてフィオナは、ピンクの瞳でしっかりとアデルを見つめた。

「私は、あなたの幸せを願っています。」

フィオナは、ぎゅっとアデルの手を握り締めたまま、涙をこぼしてそう言った。

「私の幸せ・・・?」

何故そんなことを言うの?

私はあなたの婚約者を奪ったのに・・・

それに、幸せを願うと言いながら、何故あなたは泣いているの・・・?

もしかしたら、あなたは、エドのことが・・・?

「フィオナ様、あの・・・」

アデルが何か言いかけたのだが、フィオナは、その言葉にはっとして、頬にこぼれていた涙を指で拭う。

「私の涙は気にしないでください。悪夢から目覚めてほっとしただけですから・・・。」

気にしないでと言われても・・・とアデルは思うのだが、フィオナはそれ以上話す気はないようで、唐突に帰ると言い出した。

「本当にお世話になりありがとうございました。もう歩けるようになりましたから、私、帰りますね。今日のお代は、後ほど使用人に届けさせますわ。」

フィオナは、付き人に緩めた衣服を整えさせると、 アデルに礼を言い、足早に病院を出ていった。

残されたアデルは、なんとも言えないモヤモヤとした気持ちが残ってしまった。

エドワードから聞いていたフィオナは、笑顔がなく、エドワードを避けてばかりで、とても冷たい印象であった。

だが、今日初めて会ったフィオナは、感情豊かに涙を流し、婚約者を奪った女の幸せを願う心の優しい令嬢なのだ。

決してエドワードが言うような冷たさは、微塵も感じられなかった。



次の休日も、エドワードはアデルに会いに来た。

フィオナに会ったことを言おうか言うまいか迷っていると、エドワードの方から聞いてきた。

「何かあった? なんだかいつもと違う気がする・・・。」

「あっ、ごめんなさい。少し考え事をしていたの。」

「どんなこと?」

「・・・実は・・・、私、フィオナ様にお会いしました。」

「フィオナ嬢に?」

「はい。フィオナ様が病院の前でお倒れになったのです。それで、病院の中に運び、私が介抱したのです。」

「そうか、フィオナ嬢が・・・。何か言ってなかったか?」

「それが・・・、私の手を握り、私の幸せを願っていると言ってくれたのです。」

「そうか、フィオナ嬢がそんなことを・・・。」

「でも・・・、どうしてフィオナ様は、私のことを知っていたのでしょう? お会いしたことはないのに・・・。」

「ラードナー侯爵家ともなれば、優秀な諜報員をたくさん抱えている。俺との婚約が白紙に戻ろうとしているのだ。おそらく彼女は既に情報を得ていたのだろう。王都にいる女医はあなたしかいないのだから、一目見ただけでわかったと思うぞ。」

「そう・・・なのですね・・・。」

「だが、俺が言った通りだろう? フィオナ嬢は俺のことなんて、何とも思っていないのだ。政略結婚の相手と言うだけで、彼女を縛っていたのは俺の方なのかもしれないな・・・。」

エドワードは、いつもと変わらない口調で話すようにしているのだが、アデルの表情は暗い。

「フィオナ様は冷たい方ではなく、とてもお優しいお方でした。婚約者を奪った私のことを気にかけてくれるような・・・。それがとても申し訳なくて・・・」

しゅんとして話すアデルに、エドワードはわざと明るく言った。

「フィオナ嬢がアデルの幸せを願ってくれたのなら、その言葉を素直に受け取れば良い。だから、彼女のことは、もう気にするな・・・。」

エドワードに話して少し心は軽くなったが、それでも、フィオナに対する罪悪感がアデルの心から消えることはなかった。



二人はいつものように町に出て公園を散歩したり、お店を見て回って過ごしていたが、アデルは鎮痛用の薬草が少なくなっていることを思い出した。

「エド、前に薬草を採りに行った場所に、また行けるかしら。薬草が少し足りなくて・・・。あの場所にたくさん生えていたことを思い出したの。」

「ああ、それなら大丈夫だ。今からでも行こうか?」

「本当に? 嬉しいわ。でも、遠いんじゃないの?」

「ははっ、実は、あの場所は王家の森だったんだ。歩いて行ける距離なのだが、ばれないようにわざと馬車を遠まわりさせて行ったんだよ。」

エドワードは指で頬をかきながら、バツの悪そうな顔をする。

「まあ、そうだったのですね。」

「もう、俺が王家の者だとわかっているから、隠す必要もない。今から行こう。」

二人は歩いて王家の森に向かった。

しかし、二人だと思っているのはアデルだけで、実際は護衛のフレッドとカイルもいるから四人で向かっていることになる。

フレッドとカイルは、二人から見えない位置で護衛を続けているのである。



王家の森に到着すると、入り口の門には常駐している門番がいた。

前回は馬車に目隠しをしていたので、アデルは気付かなかったのである。

エドワードは門番に薬草を採りに来たことを告げて門を開けてもらい、二人は中に入った。

前回はうっかり番犬を放さないように伝えておくのを忘れていたので、アデルに怖い思いをさせてしまったが、今回は管理人にそれも伝えるように言っておいたので安心である。

それからもう一つ、エドワードはここからはフレッドとカイルの護衛は必要ないと伝えて欲しいと門番に頼んだ。

町の中なら雑踏に紛れ隠れる場所も多々あるが、森の中では難しい。

アデルと二人でいる空間を邪魔されたくなかった。

二人がしばらく森の中を歩いていると、ログハウスが見えてきた。

木の木目を上手く利用して作られたそれは、美しくとてもおしゃれに見えた。

「まあ、素敵なログハウスね。」

「ああ、これは、王族専用のログハウスなんだ。政務に疲れた王族がここで自然に触れて心を癒せるようにと、数代前の王妃が建てたのだが、俺も気に入ってちょくちょく休みに来るんだ。籠とハサミも置いているよ。」

二人はログハウスの中に入った。



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