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第20話 真実
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「あなたが!」
シルヴェスは上ずった声を上げ、顔を引きつらせて数歩後ずさった。
「動くな」
サイベルは右腕を上げ、シルヴェスの心臓を真っ直ぐに狙い定めて命じる。
「僕の腐敗魔法の恐ろしさは知っているだろう? とりあえず僕の話を聞いてほしい」
「う……」
シルヴェスはサイベルの手を目を見開いて見つめた。口の中がからからに乾いている。
「僕だって、できればシルヴェスちゃんを手にかけたくはない。だから、僕がどうしてこんなことをしているのか、理由を説明する。そうすれば、きっとシルヴェスちゃんだって分かってくれるはずだ……」
サイベルは黒い仮面を脇に挟み、真剣な眼差しをシルヴェスへと向けた。気圧されたシルヴェスは、息を呑み無言でこくりと頷く。
口を閉ざして見つめ合う二人。
やがてサイベルはゆっくり手を下ろすと、落ち着いた口調で静かに語り始めたのであった……。
――僕の母方の祖母は、歴代最強と謳われる宮廷魔導士だった……。
といっても、僕が祖母と会ったのはほんの数回だけだったらしいけれどね。正直、顔も覚えていないんだ。
僕の母親は王都から遠く離れた僕の実家に嫁入りしていたし、この街に住む祖父母のところに里帰りするのも簡単ではなかったからね。
でも、そんな祖母の一つの行動が、僕の人生を大きく狂わせた。
事の起こりは僕が五歳の時。祖母は突然宮廷魔導士から除名されてしまう。
理由は、魔法ギャングのボス、アザンバークの一人息子を見逃してしまったこと。
当時、祖母はたった一人で魔法ギャングのアジトに潜入し、敵を全員拘束した上で、人質を残らず解放するという目覚ましい功績をあげた。
ところが、祖母はそこで生まれて間もない赤ん坊を一人、見つけてしまったんだ……。
この国は、魔法使いに対して容赦はしない。たとえ、それが赤ん坊であっても。
まだ自分の足で立つこともできない赤ん坊に、ギャングの罪を負わせて裁きにかけるのが耐え難かったんだろう……。祖母は、赤ん坊をこっそり人質の中の一人に託し、その子の素性を隠して育ててもらうように頼んだんだ。
そして、その赤ん坊――アザンバークの息子は、人質として拘束されていた善良な市民に紛れ、この街のどこかへと姿を消した。だが、祖母が捕らえたギャングの中に、件の赤ん坊がいないことが明らかになるのは時間の問題だった。
魔法ギャングのボスの息子が、王都のどこかで生き延びている――その事実は、人々の心に得体のしれない恐怖を植え付けた。
その息子は、いずれ大きく成長し、父の跡を継ぐような極悪人になってしまうかもしれない。父を殺したこの街に、復讐を始めるかもしれない……。
そんな懸念が世論を支配した。それと同時に僕の祖母に対する批判が高まり、彼女は王宮を追われる羽目になってしまったんだ。
しかし、本当の悪夢はそこからだった。
王宮を追われた宮廷魔導士は、国民に顔を知られてしまっているため、必ずと言っていいほど吊し上げに遭う。
だが、祖母はそれまでの宮廷魔導士とは比べ物にならないほどの圧倒的な強さを誇っていた。祖母を槍玉に挙げようにも、誰も彼女に敵わなかったんだ。
そこで、民衆はどうしたと思う?
代わりに祖母の娘――すなわち、僕の母親を標的にしたんだ。
誰かが僕の母親を嘘の情報で王都に呼び寄せた……そして……。
――そこまで話し、サイベルは言葉を切った。
その目には涙が溜まり、手はぶるぶると震えている。
「僕の母親は、この街の群衆の手によって殺されたんだ……」
かすれた声で言った。
――その日から、僕は非魔法使いに対する復讐心に駆られた……。
家が裕福だったお陰で生活には困らなかったけれど、いつも心には母親を失ってから埋まらない穴が空いていたんだ。
だが、そんな僕の感情も、成長とともに変化していった。魔法使い解放軍の理念に影響を受け、無闇な殺戮衝動から、魔法使いの復権という明確な目標を目指すようになった。
だから僕は魔法学校を卒業してすぐに、魔法使い解放軍の一員になった。でも、残念ながら、そこでも僕のやり方は受け入れられなかった。
解放軍メンバーは『魔法使いと非魔法使いの共存』などと寝ぼけたことを抜かすばかりで、実際には何も具体的な行動を起こさなかったんだ。
だから、僕は自分の腐敗魔法を使って、この世界の構造をひっくり返してやることに決めた。
それから僕は、この仮面をかぶって魔法使いを迫害している人間を地道に始末し始めたんだ。僕に感謝し、僕を応援してくれる人や猫たちと協力しながらね。
「……そうだったんですか」
シルヴェスは呆然として、呟くように言った。
……何という壮絶な半生だろう。
もはや、サイベルを非難する気持ちは、シルヴェスの心の中には残っていなかった。残っているのは、ただ、暗い同情と、深い悲しみだけだった。
サイベルは両の拳を固く握りしめて続ける。
「そして今、僕の計画は大詰めを迎えている。キャリアーを使えば、非魔法使いに裁きを下す効率は格段に上がるだろう。奴らに与えるインパクトはこれまでとは比べ物にならないほどに大きくなるはずだ。そうすれば、この街の力関係は確実に逆転する。魔法使いが虐げられてきた時代が、遂に終わりを迎えるんだ」
爛々と輝くサイベルの赤い瞳。シルヴェスは沈んだ気持ちでその目を見返した。
確かにサイベルの計画を実行すれば、この街を変えることはできるかもしれない……。でも、本当にそれでいいのだろうか?
シルヴェスの脳裏に、これまで猫カフェに来店してくれたお客さんたちの顔が次々によみがえる。
猫を前にした時の笑顔は、魔法使いも、一般の人も同じだった。どの笑顔も犠牲にはしたくない……。
しかし、サイベルの次の言葉はシルヴェスの思考を突き破り、彼女の頭の中に流れ込んでくる。
「――だから、シルヴェスちゃんには約束してほしいんだ。これから絶対に僕の邪魔はしないって……」
「嫌です」
シルヴェスは間髪入れず、きっぱりと断った。サイベルの口元が引きつり、その声が震える。
「な、なぜ……? 君も、僕が間違っていると言うのかい……?」
サイベルの両手からどす黒い魔力が溢れて滴り落ちた。シルヴェスは怯えた表情を浮かべながらも、気丈に声を張って答える。
「いいえ。でも、サイベルさんにサイベルさんの夢があるように、私には私の夢があるんです!」
「…………そうか」
短く呟き、サイベルは痛ましい表情でうつむいた。再び仮面を手に取ると、ゆっくりとそれを自分の頭にかぶせる。
「シルヴェスちゃんらしいよ……。多分、君がこう答えることは、心のどこかで分かっていたんだろうな……。きっと、君が命惜しさに嘘をついてこの場を切り抜けようとしても、その気持ちが本当でないことには、すぐに気が付いたと思うから……。正直に答えてくれてありがとう。でも、残念だよ……。君には生きててほしかった」
ゆらり。と、サイベルが右手をシルヴェスに向かって掲げる。
え。私、本当にここで死ぬの?
この期に及んで、そんな緊張感のない問いがシルヴェスの頭の中に浮かんだ。
シルヴェスの目にはその光景が、まるで現実味のない、もやがかかったような映像に見えた。
「さよなら」
サイベルの言葉がどこか遠くで聞こえる。刹那、
「にゃーーーーっ!」
鋭い鳴き声とともに、白い毛玉がシルヴェスに全速力で真横から突っ込んだ。
「へっ?」
頓狂な声を漏らし、シルヴェスは石畳の上に派手にひっくり返る。
サイベルの手から放たれた黒い魔力がシルヴェスを捉え損ない、ふっと闇に溶けて消え去った。
「白猫ちゃん!?」
倒れた彼女を飛び越えてサイベルの前に立ちふさがったのは、見覚えのある白い猫であった。
丸いガラスの奥で、サイベルの双眸が怒りに燃え上がる。
「路地を使って追手は撒いたと思っていたんだけどな。まさか、猫に変身して来る人がいるとは想定外だったよ」
「そりゃどうも」
ポンと音を立てて白猫が変身を解く。そこに立っているのは、黒と紫のコートを着た白銀の髪の青年――。
「ラーク!?」
顔をしかめながら身を起こし、シルヴェスは驚きの声を上げた。
「間に合って良かった。まさか、あんたが本当にカラス仮面だったとはな」
「ふーん。猫に変身できた宮廷魔導士がいたとは驚きだね……。猫嫌いの王にばれると、まずいんじゃないのかい?」
サイベルとラークの間に緊張が走る。「はあ」とラークは小さくため息をついた。
「ああ……。だから俺は、魔法学校時代から、変身術が使えることを隠し続けていたんだ。徹底して猫嫌いを偽り、誰にも疑われずに宮廷魔導士になることに成功した。そう言うあんただって、その危険な腐敗魔法を学校で見せることはなかったんじゃないのか?」
ラークが問うと、サイベルは思案げに顎に手を当てて首を傾げる。
「まあ、そうか……。そう言われてみれば、わざと力を隠すこと自体は珍しくはないのかもしれないね。僕も魔法学校では実力の半分も出していなかったわけだし。もっとも、どうして君がそこまでして宮廷魔導士になったのかは理解に苦しむけれど」
サイベルの右手から再び腐敗魔法が滲み出す。同時にラークの右手に大気が凍り付き、一本の氷の槍が姿を現した。
「そうだろうな。あんたには決して理解することはできないだろうよ。大罪人の息子として生まれついた俺のことなんてな」
「何だと……?」
仮面の内側で、サイベルの両目が大きく見開かれる。ラークは槍を斜めに構え、低い声で静かに言い放った。
「そう。俺の名はラーク。二十年前、あんたの祖母に命を救われた、アザンバークの息子だ!」
「そうか……君が……。あっはっは! これは傑作だね!」
サイベルが狂気じみた笑い声を上げる。
「おい。何をぼさっとしてる! この隙にさっさと逃げろ!」
ラークが後ろに首を回し、シルヴェスに向かって叫んだ。
「あっ! はい!」
「逃がすか! 二人ともこの場で葬ってやる!」
「させない!」
ラークとサイベルの魔法が空中で激突した。静寂を引き裂く爆音とともに、激しく雪煙が舞い上がる。
待って! 何にも見えない!
シルヴェスは真っ白になった視界の中で立ち往生してしまった。
焦って周囲を見回すが、どっちに向かって逃げたらいいのかも分からない。
そんな彼女の前に一本の腕がぬっと伸びてくる。
「捕まえた。まずは一人……」
サイベルの声が白いヴェールの向こうから聞こえた。雪煙の中で、二つの赤い瞳が燃え上がるのが見える。
やられる!
シルヴェスは底知れぬ恐怖に思わずすくみ上った。サイベルの手から、死の呪いがシルヴェスの喉元目がけて放たれる。しかし、次の瞬間――
パァン!
鋭い破裂音が鳴り響き、サイベルの黒い魔力がたちまち四散した。雪煙も一緒に吹き飛ばされ、カラスの仮面が露わになる。
「僕の腐敗魔法を打ち消しただと……!?」
サイベルの目に驚愕の色が浮かんだ。
「えっ?」
シルヴェスは何が起こったのか理解できていない表情である。
サイベルはいきなりシルヴェスの胸元に手を伸ばすと、もぎ取るようにガラスのペンダントを手に取った。チェーンに首を引っ張られ、シルヴェスはつんのめるようになって前に一歩踏み出す。
「これのせいか。僕の邪魔をするなとあれほど言い聞かせておいたのに、あの愚妹め……」
「えっ?」
「これはフェルからもらったんだろう? 僕の腐敗魔法の原理を知っているのは、あの妹だけだ」
「な、何のこと? やめて! それは大切な……」
シルヴェスは取り返そうと手を伸ばしたが、無情にもガラスの割れる音がサイベルの手の中から響く。
「シルヴェスに手を出すな!」
頭上からラークの声。サイベルが飛びさがると、シルヴェスの目の前に氷の槍が突き刺さった。氷の壁の上から飛び降りたラークは槍を引き抜いてサイベルを睨みつける。サイベルは肩をすくめた。
「やれやれ。僕に敵わないと分かっていても、君は抵抗を続けると言うのかい? よっぽどその子がお気に入りのようだ」
「黙れ!」
ラークが槍を振ると、その動きに合わせて無数の鋭利な氷の刃が地面から飛び出し、サイベルに襲い掛かった。しかし、サイベルの魔法はそれらを一瞬で粉々に砕く。
「お返しだ」
サイベルが短く呪文を唱え、その手の平から人の頭ほどの火の玉を撃ち出した。ラークは腐敗魔法が来ると予測して氷の壁を築いたが、火の玉はいともたやすくその守りを突き破ってラークに直撃する。
ラークは呻き声を上げて吹き飛び、背中から石壁に叩きつけられた。
「ラーク!」
シルヴェスが駆け寄ると、ラークの額には鮮血が筋となって流れている。その目は焦点が合っておらず、頭を打った衝撃で意識が朦朧としているようであった。
「ここまで来たら、もう後戻りすることはできないんだよ。僕は……」
サイベルは自分に言い聞かせるように呟きながら、シルヴェスとラークに向かって歩み寄っていく。
その時であった。
「待ちな!」
迫力のある声が路地の奥から響いた。サイベルは足を止めてそちらを振り返る。
「全く。今度は何だい? 本当に、次から次へと……」
足音が近づく。それにつれて暗闇にぼんやりと輪郭が浮かび上がり、白髪の女性が悠然と姿を現した。
ロウザさん!?
シルヴェスは目を疑った。
「危ない! 来ちゃ駄目です! 下がってください!」
シルヴェスは必死にロウザを追い返そうとする。ロウザは不服そうに口を尖らせた。
「流石にそれはあんまりじゃないかい? 私はフェルに直接あんたのことを頼まれちまったんだよ。娘の墓前でこいつを渡されてね」
ロウザは抗議すると、その手に収まった通信魔法石を掲げる。石は狂ったように甲高い音を繰り返し発していた。
「あんたのペンダントをよーく見てみな。その中には小さな通信魔法石が仕込まれている。そいつからこの石に危険信号が送られてきたんだよ。腐敗魔法を跳ね返す機能はあくまで時間稼ぎ。カラス仮面を騙すための囮だってさ」
シルヴェスがペンダントに目を落とすと、割れたガラスの中からのぞく通信魔法石が確かに見えた。
「やれやれ。二段構えとは恐れ入ったね……。でも、こんなばあさんを呼んだところで、何の意味もないよ。殺す相手が一人増えるだけの話さ」
サイベルはうんざりした様子でため息をつき、手の平をロウザに向けて構える。
「逃げて!」
シルヴェスが叫んだ。ロウザは苦笑し、肩をすくめて言う。
「おっと、見くびってもらっちゃ困るね。私も若い頃はこれでも結構活躍してたんだよ」
サイベルの手から腐敗魔法が放たれるが、ロウザはその場から一歩も動かない。どす黒い魔力がまともにロウザの体を捉えた。
「あっ!」
思わず悲愴な声を上げるシルヴェス。しかし次の瞬間、ロウザの姿が溶けるように跡形もなく消え失せた。
「今のは屈折光によって生み出した虚像だよ。あんたのものの見方がどれほど歪んでいるかってことだね」
ロウザの声が背後から聞こえたので、サイベルは驚いて振り返る。
「じゃあ、今度は私の番だよ」
ロウザが手を伸ばすと、暗かった路地に突然、四方八方から光が差し込んだ。
「眩しい!」
サイベルが目を押さえてのけぞり、ロウザはニヤッと笑いながら高らかに指を鳴らす。途端、光が無数の七色の線に分かれ、細い虹が縦横無尽に交錯し、狭い路地で生き物のように暴れまわった。
「あちっ!?」
途端、サイベルの服や仮面のあちこちが焼け焦げ始める。おそらく皮膚も火傷しているに違いない。
「光は束ねて増幅させると、熱を帯びた槍になるんだよ」
ロウザは手を動かして光の向きや太さを変えながら、世間話でもするようにサイベルに解説した。
圧倒的だ。サイベルは手も足も出ない。
「くっ。光を操る魔法……。ばあさん、まさか……」
「気が付いたかい」
ロウザが手を下ろすと、瞬時に光が消え、路地は再び闇の中に沈んだ。細い煙を上げている仮面が焦げた線に沿って割れ、乾いた音を立てて雪の上に落ちる。サイベルは戦意喪失した様子で、がっくりと膝をついた。
「はは……。因果な運命ですね。僕がこうして、他でもないあなたに、引導を渡されることになるとは……」
サイベルは力なく笑った。
「そうだね。私も『実の孫』とこんな形で戦うことになるとは思っていなかったよ」
ロウザは愁いを帯びた瞳でサイベルを見下ろす。
「う……ぐ……」
シルヴェスが呻き声の方を振り返ると、ラークが顔をしかめてよろめきながら立ち上がるところだった。
「大丈夫!?」
シルヴェスは慌てて肩を貸そうとする。しかし、ラークは手を上げて要らないという意思を示した。
「治癒魔法で応急処置をした。問題ない」
つっけんどんに言い放つと、壁際から離れ、跪いたサイベルのもとに向かう。シルヴェスもラークの後ろについてサイベルに駆け寄った。
「ロウザさん。ご協力感謝いたします。あなたに救われたのは、これで二回目ですね」
ラークは視線をサイベルに向けたまま、隣に並んだロウザに不意に声を掛けた。ロウザは束の間ラークを不思議そうに見つめたが、すぐに全てを理解したらしい。
「まさか、あんたがあの時の赤ん坊かい!? 大きくなったねえ」
ラークは小さく頷いてロウザの言葉に反応すると、今度はサイベルに向かってこう問いかける。
「おい。ところで、あんた、キャリアーに仕立てたネズミたちはどこに潜ませた?」
シルヴェスはその険しい口調にハッとした。
そうか。この人を捕まえても、キャリアーがこの街に腐敗魔法を蔓延させる脅威は残ったままなんだ。
サイベルはラークを見上げ、口元を歪めて小さく笑い声を上げる。
「僕が君に教えると思うかい? それが気になるなら、この街を隅から隅まで探せばいいじゃないか」
「やっぱりそうなるよな……。ちっ。めんどうくせえ……」
ラークはうなだれてため息をついた。
その言葉を耳にし、シルヴェスは胸がずきんと痛むのを感じる。
え……? これで……終わり? 最後までサイベルさんとは分かり合えないまま? 誰も救われることなく、この悲劇は幕を閉じるの……?
切ない思いが溢れた。
何とかしたい。サイベルさんの恨みを。ラークの罪の意識を。ロウザさんの後悔を……。
でも、私には猫カフェしかないんだ!
シルヴェスは意を決し、ずいとサイベルの目の前に進み出ると、出し抜けに言い放った。
「サイベルさん。お願いです。デートの最後に、私の猫カフェを見に来てくれませんか? ちょうど今夜は遅くまで、カウントダウンパーティーをやっているんです!」
「へっ?」
ラーク、ロウザ、サイベルの三人が声を揃え、目を点にしてシルヴェスを振り返る。
シルヴェスは胸を張り、努めて明るい口振りで続けた。
「サイベルさんの夢はよく分かりました。今度は、私がサイベルさんに夢を見せる番です! サイベルさんが決して叶わないと信じている夢が叶う場所――そんな別世界にあなたをお連れします。絶対に、サイベルさんの考えを改めてみせますよ!」
ぽかんと口を開ける一同。シルヴェスは構わず、精いっぱいの笑顔を三人に向けたのであった。
シルヴェスは上ずった声を上げ、顔を引きつらせて数歩後ずさった。
「動くな」
サイベルは右腕を上げ、シルヴェスの心臓を真っ直ぐに狙い定めて命じる。
「僕の腐敗魔法の恐ろしさは知っているだろう? とりあえず僕の話を聞いてほしい」
「う……」
シルヴェスはサイベルの手を目を見開いて見つめた。口の中がからからに乾いている。
「僕だって、できればシルヴェスちゃんを手にかけたくはない。だから、僕がどうしてこんなことをしているのか、理由を説明する。そうすれば、きっとシルヴェスちゃんだって分かってくれるはずだ……」
サイベルは黒い仮面を脇に挟み、真剣な眼差しをシルヴェスへと向けた。気圧されたシルヴェスは、息を呑み無言でこくりと頷く。
口を閉ざして見つめ合う二人。
やがてサイベルはゆっくり手を下ろすと、落ち着いた口調で静かに語り始めたのであった……。
――僕の母方の祖母は、歴代最強と謳われる宮廷魔導士だった……。
といっても、僕が祖母と会ったのはほんの数回だけだったらしいけれどね。正直、顔も覚えていないんだ。
僕の母親は王都から遠く離れた僕の実家に嫁入りしていたし、この街に住む祖父母のところに里帰りするのも簡単ではなかったからね。
でも、そんな祖母の一つの行動が、僕の人生を大きく狂わせた。
事の起こりは僕が五歳の時。祖母は突然宮廷魔導士から除名されてしまう。
理由は、魔法ギャングのボス、アザンバークの一人息子を見逃してしまったこと。
当時、祖母はたった一人で魔法ギャングのアジトに潜入し、敵を全員拘束した上で、人質を残らず解放するという目覚ましい功績をあげた。
ところが、祖母はそこで生まれて間もない赤ん坊を一人、見つけてしまったんだ……。
この国は、魔法使いに対して容赦はしない。たとえ、それが赤ん坊であっても。
まだ自分の足で立つこともできない赤ん坊に、ギャングの罪を負わせて裁きにかけるのが耐え難かったんだろう……。祖母は、赤ん坊をこっそり人質の中の一人に託し、その子の素性を隠して育ててもらうように頼んだんだ。
そして、その赤ん坊――アザンバークの息子は、人質として拘束されていた善良な市民に紛れ、この街のどこかへと姿を消した。だが、祖母が捕らえたギャングの中に、件の赤ん坊がいないことが明らかになるのは時間の問題だった。
魔法ギャングのボスの息子が、王都のどこかで生き延びている――その事実は、人々の心に得体のしれない恐怖を植え付けた。
その息子は、いずれ大きく成長し、父の跡を継ぐような極悪人になってしまうかもしれない。父を殺したこの街に、復讐を始めるかもしれない……。
そんな懸念が世論を支配した。それと同時に僕の祖母に対する批判が高まり、彼女は王宮を追われる羽目になってしまったんだ。
しかし、本当の悪夢はそこからだった。
王宮を追われた宮廷魔導士は、国民に顔を知られてしまっているため、必ずと言っていいほど吊し上げに遭う。
だが、祖母はそれまでの宮廷魔導士とは比べ物にならないほどの圧倒的な強さを誇っていた。祖母を槍玉に挙げようにも、誰も彼女に敵わなかったんだ。
そこで、民衆はどうしたと思う?
代わりに祖母の娘――すなわち、僕の母親を標的にしたんだ。
誰かが僕の母親を嘘の情報で王都に呼び寄せた……そして……。
――そこまで話し、サイベルは言葉を切った。
その目には涙が溜まり、手はぶるぶると震えている。
「僕の母親は、この街の群衆の手によって殺されたんだ……」
かすれた声で言った。
――その日から、僕は非魔法使いに対する復讐心に駆られた……。
家が裕福だったお陰で生活には困らなかったけれど、いつも心には母親を失ってから埋まらない穴が空いていたんだ。
だが、そんな僕の感情も、成長とともに変化していった。魔法使い解放軍の理念に影響を受け、無闇な殺戮衝動から、魔法使いの復権という明確な目標を目指すようになった。
だから僕は魔法学校を卒業してすぐに、魔法使い解放軍の一員になった。でも、残念ながら、そこでも僕のやり方は受け入れられなかった。
解放軍メンバーは『魔法使いと非魔法使いの共存』などと寝ぼけたことを抜かすばかりで、実際には何も具体的な行動を起こさなかったんだ。
だから、僕は自分の腐敗魔法を使って、この世界の構造をひっくり返してやることに決めた。
それから僕は、この仮面をかぶって魔法使いを迫害している人間を地道に始末し始めたんだ。僕に感謝し、僕を応援してくれる人や猫たちと協力しながらね。
「……そうだったんですか」
シルヴェスは呆然として、呟くように言った。
……何という壮絶な半生だろう。
もはや、サイベルを非難する気持ちは、シルヴェスの心の中には残っていなかった。残っているのは、ただ、暗い同情と、深い悲しみだけだった。
サイベルは両の拳を固く握りしめて続ける。
「そして今、僕の計画は大詰めを迎えている。キャリアーを使えば、非魔法使いに裁きを下す効率は格段に上がるだろう。奴らに与えるインパクトはこれまでとは比べ物にならないほどに大きくなるはずだ。そうすれば、この街の力関係は確実に逆転する。魔法使いが虐げられてきた時代が、遂に終わりを迎えるんだ」
爛々と輝くサイベルの赤い瞳。シルヴェスは沈んだ気持ちでその目を見返した。
確かにサイベルの計画を実行すれば、この街を変えることはできるかもしれない……。でも、本当にそれでいいのだろうか?
シルヴェスの脳裏に、これまで猫カフェに来店してくれたお客さんたちの顔が次々によみがえる。
猫を前にした時の笑顔は、魔法使いも、一般の人も同じだった。どの笑顔も犠牲にはしたくない……。
しかし、サイベルの次の言葉はシルヴェスの思考を突き破り、彼女の頭の中に流れ込んでくる。
「――だから、シルヴェスちゃんには約束してほしいんだ。これから絶対に僕の邪魔はしないって……」
「嫌です」
シルヴェスは間髪入れず、きっぱりと断った。サイベルの口元が引きつり、その声が震える。
「な、なぜ……? 君も、僕が間違っていると言うのかい……?」
サイベルの両手からどす黒い魔力が溢れて滴り落ちた。シルヴェスは怯えた表情を浮かべながらも、気丈に声を張って答える。
「いいえ。でも、サイベルさんにサイベルさんの夢があるように、私には私の夢があるんです!」
「…………そうか」
短く呟き、サイベルは痛ましい表情でうつむいた。再び仮面を手に取ると、ゆっくりとそれを自分の頭にかぶせる。
「シルヴェスちゃんらしいよ……。多分、君がこう答えることは、心のどこかで分かっていたんだろうな……。きっと、君が命惜しさに嘘をついてこの場を切り抜けようとしても、その気持ちが本当でないことには、すぐに気が付いたと思うから……。正直に答えてくれてありがとう。でも、残念だよ……。君には生きててほしかった」
ゆらり。と、サイベルが右手をシルヴェスに向かって掲げる。
え。私、本当にここで死ぬの?
この期に及んで、そんな緊張感のない問いがシルヴェスの頭の中に浮かんだ。
シルヴェスの目にはその光景が、まるで現実味のない、もやがかかったような映像に見えた。
「さよなら」
サイベルの言葉がどこか遠くで聞こえる。刹那、
「にゃーーーーっ!」
鋭い鳴き声とともに、白い毛玉がシルヴェスに全速力で真横から突っ込んだ。
「へっ?」
頓狂な声を漏らし、シルヴェスは石畳の上に派手にひっくり返る。
サイベルの手から放たれた黒い魔力がシルヴェスを捉え損ない、ふっと闇に溶けて消え去った。
「白猫ちゃん!?」
倒れた彼女を飛び越えてサイベルの前に立ちふさがったのは、見覚えのある白い猫であった。
丸いガラスの奥で、サイベルの双眸が怒りに燃え上がる。
「路地を使って追手は撒いたと思っていたんだけどな。まさか、猫に変身して来る人がいるとは想定外だったよ」
「そりゃどうも」
ポンと音を立てて白猫が変身を解く。そこに立っているのは、黒と紫のコートを着た白銀の髪の青年――。
「ラーク!?」
顔をしかめながら身を起こし、シルヴェスは驚きの声を上げた。
「間に合って良かった。まさか、あんたが本当にカラス仮面だったとはな」
「ふーん。猫に変身できた宮廷魔導士がいたとは驚きだね……。猫嫌いの王にばれると、まずいんじゃないのかい?」
サイベルとラークの間に緊張が走る。「はあ」とラークは小さくため息をついた。
「ああ……。だから俺は、魔法学校時代から、変身術が使えることを隠し続けていたんだ。徹底して猫嫌いを偽り、誰にも疑われずに宮廷魔導士になることに成功した。そう言うあんただって、その危険な腐敗魔法を学校で見せることはなかったんじゃないのか?」
ラークが問うと、サイベルは思案げに顎に手を当てて首を傾げる。
「まあ、そうか……。そう言われてみれば、わざと力を隠すこと自体は珍しくはないのかもしれないね。僕も魔法学校では実力の半分も出していなかったわけだし。もっとも、どうして君がそこまでして宮廷魔導士になったのかは理解に苦しむけれど」
サイベルの右手から再び腐敗魔法が滲み出す。同時にラークの右手に大気が凍り付き、一本の氷の槍が姿を現した。
「そうだろうな。あんたには決して理解することはできないだろうよ。大罪人の息子として生まれついた俺のことなんてな」
「何だと……?」
仮面の内側で、サイベルの両目が大きく見開かれる。ラークは槍を斜めに構え、低い声で静かに言い放った。
「そう。俺の名はラーク。二十年前、あんたの祖母に命を救われた、アザンバークの息子だ!」
「そうか……君が……。あっはっは! これは傑作だね!」
サイベルが狂気じみた笑い声を上げる。
「おい。何をぼさっとしてる! この隙にさっさと逃げろ!」
ラークが後ろに首を回し、シルヴェスに向かって叫んだ。
「あっ! はい!」
「逃がすか! 二人ともこの場で葬ってやる!」
「させない!」
ラークとサイベルの魔法が空中で激突した。静寂を引き裂く爆音とともに、激しく雪煙が舞い上がる。
待って! 何にも見えない!
シルヴェスは真っ白になった視界の中で立ち往生してしまった。
焦って周囲を見回すが、どっちに向かって逃げたらいいのかも分からない。
そんな彼女の前に一本の腕がぬっと伸びてくる。
「捕まえた。まずは一人……」
サイベルの声が白いヴェールの向こうから聞こえた。雪煙の中で、二つの赤い瞳が燃え上がるのが見える。
やられる!
シルヴェスは底知れぬ恐怖に思わずすくみ上った。サイベルの手から、死の呪いがシルヴェスの喉元目がけて放たれる。しかし、次の瞬間――
パァン!
鋭い破裂音が鳴り響き、サイベルの黒い魔力がたちまち四散した。雪煙も一緒に吹き飛ばされ、カラスの仮面が露わになる。
「僕の腐敗魔法を打ち消しただと……!?」
サイベルの目に驚愕の色が浮かんだ。
「えっ?」
シルヴェスは何が起こったのか理解できていない表情である。
サイベルはいきなりシルヴェスの胸元に手を伸ばすと、もぎ取るようにガラスのペンダントを手に取った。チェーンに首を引っ張られ、シルヴェスはつんのめるようになって前に一歩踏み出す。
「これのせいか。僕の邪魔をするなとあれほど言い聞かせておいたのに、あの愚妹め……」
「えっ?」
「これはフェルからもらったんだろう? 僕の腐敗魔法の原理を知っているのは、あの妹だけだ」
「な、何のこと? やめて! それは大切な……」
シルヴェスは取り返そうと手を伸ばしたが、無情にもガラスの割れる音がサイベルの手の中から響く。
「シルヴェスに手を出すな!」
頭上からラークの声。サイベルが飛びさがると、シルヴェスの目の前に氷の槍が突き刺さった。氷の壁の上から飛び降りたラークは槍を引き抜いてサイベルを睨みつける。サイベルは肩をすくめた。
「やれやれ。僕に敵わないと分かっていても、君は抵抗を続けると言うのかい? よっぽどその子がお気に入りのようだ」
「黙れ!」
ラークが槍を振ると、その動きに合わせて無数の鋭利な氷の刃が地面から飛び出し、サイベルに襲い掛かった。しかし、サイベルの魔法はそれらを一瞬で粉々に砕く。
「お返しだ」
サイベルが短く呪文を唱え、その手の平から人の頭ほどの火の玉を撃ち出した。ラークは腐敗魔法が来ると予測して氷の壁を築いたが、火の玉はいともたやすくその守りを突き破ってラークに直撃する。
ラークは呻き声を上げて吹き飛び、背中から石壁に叩きつけられた。
「ラーク!」
シルヴェスが駆け寄ると、ラークの額には鮮血が筋となって流れている。その目は焦点が合っておらず、頭を打った衝撃で意識が朦朧としているようであった。
「ここまで来たら、もう後戻りすることはできないんだよ。僕は……」
サイベルは自分に言い聞かせるように呟きながら、シルヴェスとラークに向かって歩み寄っていく。
その時であった。
「待ちな!」
迫力のある声が路地の奥から響いた。サイベルは足を止めてそちらを振り返る。
「全く。今度は何だい? 本当に、次から次へと……」
足音が近づく。それにつれて暗闇にぼんやりと輪郭が浮かび上がり、白髪の女性が悠然と姿を現した。
ロウザさん!?
シルヴェスは目を疑った。
「危ない! 来ちゃ駄目です! 下がってください!」
シルヴェスは必死にロウザを追い返そうとする。ロウザは不服そうに口を尖らせた。
「流石にそれはあんまりじゃないかい? 私はフェルに直接あんたのことを頼まれちまったんだよ。娘の墓前でこいつを渡されてね」
ロウザは抗議すると、その手に収まった通信魔法石を掲げる。石は狂ったように甲高い音を繰り返し発していた。
「あんたのペンダントをよーく見てみな。その中には小さな通信魔法石が仕込まれている。そいつからこの石に危険信号が送られてきたんだよ。腐敗魔法を跳ね返す機能はあくまで時間稼ぎ。カラス仮面を騙すための囮だってさ」
シルヴェスがペンダントに目を落とすと、割れたガラスの中からのぞく通信魔法石が確かに見えた。
「やれやれ。二段構えとは恐れ入ったね……。でも、こんなばあさんを呼んだところで、何の意味もないよ。殺す相手が一人増えるだけの話さ」
サイベルはうんざりした様子でため息をつき、手の平をロウザに向けて構える。
「逃げて!」
シルヴェスが叫んだ。ロウザは苦笑し、肩をすくめて言う。
「おっと、見くびってもらっちゃ困るね。私も若い頃はこれでも結構活躍してたんだよ」
サイベルの手から腐敗魔法が放たれるが、ロウザはその場から一歩も動かない。どす黒い魔力がまともにロウザの体を捉えた。
「あっ!」
思わず悲愴な声を上げるシルヴェス。しかし次の瞬間、ロウザの姿が溶けるように跡形もなく消え失せた。
「今のは屈折光によって生み出した虚像だよ。あんたのものの見方がどれほど歪んでいるかってことだね」
ロウザの声が背後から聞こえたので、サイベルは驚いて振り返る。
「じゃあ、今度は私の番だよ」
ロウザが手を伸ばすと、暗かった路地に突然、四方八方から光が差し込んだ。
「眩しい!」
サイベルが目を押さえてのけぞり、ロウザはニヤッと笑いながら高らかに指を鳴らす。途端、光が無数の七色の線に分かれ、細い虹が縦横無尽に交錯し、狭い路地で生き物のように暴れまわった。
「あちっ!?」
途端、サイベルの服や仮面のあちこちが焼け焦げ始める。おそらく皮膚も火傷しているに違いない。
「光は束ねて増幅させると、熱を帯びた槍になるんだよ」
ロウザは手を動かして光の向きや太さを変えながら、世間話でもするようにサイベルに解説した。
圧倒的だ。サイベルは手も足も出ない。
「くっ。光を操る魔法……。ばあさん、まさか……」
「気が付いたかい」
ロウザが手を下ろすと、瞬時に光が消え、路地は再び闇の中に沈んだ。細い煙を上げている仮面が焦げた線に沿って割れ、乾いた音を立てて雪の上に落ちる。サイベルは戦意喪失した様子で、がっくりと膝をついた。
「はは……。因果な運命ですね。僕がこうして、他でもないあなたに、引導を渡されることになるとは……」
サイベルは力なく笑った。
「そうだね。私も『実の孫』とこんな形で戦うことになるとは思っていなかったよ」
ロウザは愁いを帯びた瞳でサイベルを見下ろす。
「う……ぐ……」
シルヴェスが呻き声の方を振り返ると、ラークが顔をしかめてよろめきながら立ち上がるところだった。
「大丈夫!?」
シルヴェスは慌てて肩を貸そうとする。しかし、ラークは手を上げて要らないという意思を示した。
「治癒魔法で応急処置をした。問題ない」
つっけんどんに言い放つと、壁際から離れ、跪いたサイベルのもとに向かう。シルヴェスもラークの後ろについてサイベルに駆け寄った。
「ロウザさん。ご協力感謝いたします。あなたに救われたのは、これで二回目ですね」
ラークは視線をサイベルに向けたまま、隣に並んだロウザに不意に声を掛けた。ロウザは束の間ラークを不思議そうに見つめたが、すぐに全てを理解したらしい。
「まさか、あんたがあの時の赤ん坊かい!? 大きくなったねえ」
ラークは小さく頷いてロウザの言葉に反応すると、今度はサイベルに向かってこう問いかける。
「おい。ところで、あんた、キャリアーに仕立てたネズミたちはどこに潜ませた?」
シルヴェスはその険しい口調にハッとした。
そうか。この人を捕まえても、キャリアーがこの街に腐敗魔法を蔓延させる脅威は残ったままなんだ。
サイベルはラークを見上げ、口元を歪めて小さく笑い声を上げる。
「僕が君に教えると思うかい? それが気になるなら、この街を隅から隅まで探せばいいじゃないか」
「やっぱりそうなるよな……。ちっ。めんどうくせえ……」
ラークはうなだれてため息をついた。
その言葉を耳にし、シルヴェスは胸がずきんと痛むのを感じる。
え……? これで……終わり? 最後までサイベルさんとは分かり合えないまま? 誰も救われることなく、この悲劇は幕を閉じるの……?
切ない思いが溢れた。
何とかしたい。サイベルさんの恨みを。ラークの罪の意識を。ロウザさんの後悔を……。
でも、私には猫カフェしかないんだ!
シルヴェスは意を決し、ずいとサイベルの目の前に進み出ると、出し抜けに言い放った。
「サイベルさん。お願いです。デートの最後に、私の猫カフェを見に来てくれませんか? ちょうど今夜は遅くまで、カウントダウンパーティーをやっているんです!」
「へっ?」
ラーク、ロウザ、サイベルの三人が声を揃え、目を点にしてシルヴェスを振り返る。
シルヴェスは胸を張り、努めて明るい口振りで続けた。
「サイベルさんの夢はよく分かりました。今度は、私がサイベルさんに夢を見せる番です! サイベルさんが決して叶わないと信じている夢が叶う場所――そんな別世界にあなたをお連れします。絶対に、サイベルさんの考えを改めてみせますよ!」
ぽかんと口を開ける一同。シルヴェスは構わず、精いっぱいの笑顔を三人に向けたのであった。
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