京都もふもふ、けもののけ 〜ひきこもり陰陽師は動物妖怪専門です〜

ススキ荻経

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第二章

恭の脱ひきこもり作戦 寺町商店街編 2

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 今出川駅から地下鉄に乗り、南へ三駅。四条駅を降りて地上に出ると、四条烏丸交差点は人でごった返していた。

 日差しが暑い……。頭がくらくらする……。

 恭はギラギラ輝く太陽から逃れるように、一旦道の端に寄って、扇子で首元を煽いだ。

 考えてみれば、こんな人混みに来るのは久しぶりである。突然の環境の変化に体がついて行かないのも無理はない。

 恭は早くも美鵺子の誘いにのったことを後悔し始めながら、自身を落ち着かせるために、ぼんやりと人の流れを目で追った。

 あー……。やっぱりいるよなあ。怨霊……。

 人に交じって流れている黒い影を浮かない顔で眺める。人が集まる場所、それはすなわち、人ならざるものが集まる場所でもある。怨念の多くが人に由来することを考えれば当然だろう。

 嫌だな……。なるべく情報をシャットアウトして、悪影響を受けないようにしないと……。

 恭は両耳にイヤホンを押し込んで音楽をかけ、キャップを目深に被り、シャツの胸ポケットに護符を忍ばせた。ここから寺町商店街までは歩いて十分ほどである。とりあえず待ち合わせ場所のアーケードの入り口に向かわないといけない。

 恭は意を決して人波に突撃した。

 東洞院通り、高倉通り、堺町通り、柳馬場通り……。時々信号に足止めされながら東へと進むと、程なくして寺町通りが正面に見えてきた。

 寺町商店街は四条通りの北側から始まり、日中は歩行者専用道路となっている。恭は首を伸ばし、前を行く通行人の肩の間から美鵺子の姿を探した。

 あ、いた。

 遠くからでもすぐに分かった。肩にかかる濡れ羽色の髪と、端正ながらも、どこか愛嬌のある顔立ち。そして何より目立っているのは、その背後から白く細長い布切れが明らかに物理法則を無視して、彼女の身長の二倍ほどの高さに伸び上がっているからだった。一反木綿いったんもめんという妖怪である。

 美鵺子の式神は付喪神つくもがみをはじめとする、「物」由来の妖怪たちなのだった。

 といっても、その正体の多くは物に宿ったかつての持ち主や作り手の残留思念が形になったものである。他の妖怪と同じで実体はなく、その姿は霊能力のある者にしか見えない。

 美鵺子は所在なさげに携帯端末をいじっていた。

「おっす。お待たせ」

 イヤホンを耳から外して恭が声をかけると、美鵺子は顔を上げた。

「おつかれ。暑いねー。今日は」

「うん」

「一反木綿、ご苦労様」

 美鵺子が囁くと、一反木綿は目にもとまらぬ速さでシュルシュルと縮み、ブレスレットのように彼女の手首に巻き付いた。

「へえ。便利だね」

「いいやろ? 先週、西陣で見つけてん」

 美鵺子は自慢げに手首を見せびらかしながら無邪気に笑う。

「それじゃあ、行こうか?」

「はーい」

 二人は並んで歩き始めた。

 寺町商店街に入っても、相変わらず眩暈がするくらいの人出だった。有名な観光地だから仕方ないのだが……。あちこちから外国語が聞こえてくる。

 すると、美鵺子が恭を見上げて悪戯っぽく微笑んだ。

「結構混んでるけど、霊能力を制御する訓練にはちょうどいいんちゃう?」

「この鬼め……。とんだ荒療治だよ」

 恭は口元を歪めた。美鵺子の言う「霊能力を制御する訓練」とは、感受性を環境に応じて鈍らせることを意味する。を鍛える訓練とも言い換えられるだろうか。

 そのためには時間をかけて刺激に慣れる必要があるのだが、その過程は苦行以外の何物でもないのである。

「まあまあ、そう言わず。これも恭を一人前の社会人にするためやねんから」

「ちぇっ。誰もそんなこと頼んでねえってのに……」

「えー? 幼馴染の行く末を心配してるんやで?」

「はいはい。そりゃどーも。でも、俺だって何もしてない訳じゃないんだからな? ほら」

 恭は携帯端末を美鵺子の目の前に差し出して言った。それを見た美鵺子は目を丸くする。

「えっ。これ、京都陰陽師組合の電子組合員証やん。いつの間に入会したん?」

「驚いただろ。これからはお前と同業者だぜ?」

「え、いや、でも待って? 恭はいつも妖怪祓いする度に倒れてたやん。大丈夫なん?」

 美鵺子は困惑した様子で自慢げな恭に聞き返す。

「ああ。どうやら俺は動物妖怪が相手だと平気みたいなんだ。だから、動物妖怪に限って依頼を受け付けることにしたんだよ」

「へー。動物妖怪ねー。なるほど……。やっぱり……」

「やっぱり?」

「いや、何でもない! 恭は昔から動物好きやったし、ぴったりやと思うよ。それより、ほら、古着屋さん!」

「こら。引っ張るな!」

 恭は引きずられるようにして店内に連れ込まれていった。



 それからは服屋をのぞきながら通りを北上し、三軒ほど回った頃には、恭はすでにへとへとになっていた。

「うーん。なかなか欲しいのが見つからへんなあ」

 美鵺子はそんなことを呟いて残念そうに眉尻を下げている。彼女は物に込められた記憶を読み取ることができる一種のサイコメトリーなので、品物選びに対するこだわりは呆れるほど強い。何より時間がかかるから、付き合わされる方も大変である。

「ちょっと待って。疲れた。一旦座ろう?」

 恭はついに耐えかねて、次に入る店をきょろきょろと探している美鵺子を呼び止めた。
 
「あっ。ごめん。夢中になってた。それにしても、相変わらず恭の体力はおじいちゃん並やねえ」

「こら待て。誰がおじいちゃんだ」

「じゃあ、『ろっくんプラザ』まで行く?」

 恭の抗議はスルーである。

「ろっくんプラザ……? ああ、六角通りを曲がったとこにある公園か」
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