京都もふもふ、けもののけ 〜ひきこもり陰陽師は動物妖怪専門です〜

ススキ荻経

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第三章

霊猿の怪 4

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「……情報?」

「そうだよ。とりあえずこれを見てみろって!」

 恭は押し付けられた携帯端末に目を落とし、そこに打ち込まれた短い文章に目を走らせた。途端、驚きで目を丸くする。

「どうだ? 有用な情報だろ?」

「なるほど……。そういうことだったのか。道理でこの近くに妖気を感じない訳だ……」

「感謝してくれてもいいんだぜ?」

 与一が誇らしげに胸を反らせたので、恭は渋い表情になった。

「調子に乗るな。――でも、今回は素直に負けを認めるぜ」

「なーに。お互い様ってやつよ」

 与一はニヤリと笑って携帯端末をポケットに仕舞う。恭は内心舌を巻いた。

 全く。こいつには敵わねえな……。

「よし。それじゃあ、一旦山を下りて、麓の方で猿の妖怪を探そう」

 与一は明るい声でぽんと手を打った。



 黄昏時。二人は桂川の水音が聞こえるくらいの山裾で、林の中を歩き回っていた。

 少し下れば道路があるはずだが、すでに薄暗く、通行人に見られる心配はない。

 恭の足元には光を放つ三尾の狐がいて、猟犬のように妖気を嗅ぎ回っている。

 湿った森の独特の匂いが辺りに満ちていた。

「うわっ!」

 後ろで与一が足を滑らせる気配がしたので、恭は振り返った。

「大丈夫か?」

「大丈夫だけど、靴とズボンがどろっどろだよ。最悪」

 与一は小さく舌打ちした。その隣で小鬼が口に手を当てて笑っているのが恭の目に入ったが、与一は気が付いていないようである。恭はあえて何も言わずに与一を助け起こした。

 こういう場面を見ていると、果たして与一が小鬼を使役しているのか、小鬼が与一に取り憑いているだけなのか分からないと思う。

 そもそも式神というものは、術者の好きな時に呼び出したり引っ込めたりできるはずなのだ。それなのに、この小鬼はずっと与一の近くをうろちょろしているのである。

 もっとも、小鬼程度の弱い妖怪ならそれほど気にならないし、無視していれば害はないのだが――。

「そういえば、お前ってどこでその小鬼と出会ったんだ?」

 ふと気になって恭は尋ねた。

「あれ? 言ったことなかったっけ? こいつは五年前に化野あだしので拾ったんだよ。……というか、気が付いたら勝手について来てたんだけど」

 やっぱり憑き物じゃねーか。

 心の中で突っ込む。

「恭の狐ちゃんは、物心ついた時から傍にいたんだって?」

 質問を返されたので恭が頷くと、与一は深くため息をついた。

「いいなあ。羨ましい……。ゲームで最初から最強キャラクターでプレイしてるみたいなもんじゃん」

「あのな、キャラクターが良くても、プレーヤーが俺みたいなポンコツだったら意味がないんだよ。……行くぞ」

 恭は会話を打ち切り、与一に背を向けて再び歩き出した。

 木々の梢の間から見える空には分厚い雲が垂れこめている。急がないと、雨に降られてしまうかもしれない。

 二人は木の根に躓かないように足元に気を付けながら、黙々と歩き続けた。

 それからさらに三十分は経っただろうか。

 恭が今夜の捜索はそろそろ諦めようかと思い始めたその時、不意に生温い風が吹き、妖気が強まった。

 先頭の三尾の狐が足を止め、耳をぴんと立てて警戒の姿勢を取る。

 出たか!?

 妖狐の視線の先を目で追った恭は、林の奥の樹上に淡い光が灯っているのを見つけた。

「いたぞ!」
 
 恭は後ろの与一に向かって手を伸ばし、止まれと合図しながら囁いた。

 目を凝らすと、光は猿の形をしていて、素早く枝を伝って移動しているのが分かる。

「噂の妖怪か……。子どもを探しているのか?」

 与一が声を殺して尋ねてきたので、恭は頷いた。

「ああ……。たぶんな」

「どうする? 追いかけるか?」

「いや……。あいつを追いかけても簡単に祓うことはできない。それよりも未練を取り除いてやることが必要だ」

 そう言って、恭はしゃがんで三尾の狐の耳元に口を近づけた。妖狐は尻尾を揺らし、猿の妖怪から目を逸らして再び動き始める。

「恭、何を指示したんだ?」

「ついて行けば分かるよ」

 二人は猿の霊を横目に、三尾の狐を追って山の斜面を登っていった。

 ……程なくして、恭の「目当てのもの」は見つかった。

「あたりだな」

 恭は携帯端末のライトで木の根元を照らしながら呟いた。腐敗が進んでいて形が崩れているが、そこにあったのは――

「赤ん坊を抱いた母猿の死体……か」

 与一はTシャツの袖で鼻を覆いながら顔をしかめた。恭は眉一つ動かさずに死体を見下ろし、その状態を入念に観察する。

「……何か分かったか?」

 与一に問われ、恭は真顔で首を横に振った。

「いや……。残念ながら死因までは特定できなかった。だけど、あの猿の霊を祓う材料はこれで揃ったぜ」

「えっ? もう祓う方法を思いついたのか?」

「ああ……」

 恭は三尾の狐を呼び寄せると、実体のないその額に軽く触れて言った。

「三尾、あの猿の霊をこちらに誘導してきてくれるか?」

 恭の指示に妖狐は甲高い声で答え、その場でくるりと宙返りしたかと思うと、たちまち白い光の毛玉となって宙に舞い上がる。

「まじかよ。変幻自在だな」

 与一は目を見張った。妖狐は球体になったまま、ふわふわと猿の霊を追って森の奥へ消える。

「さて……」

 恭は小さく息をつくと、死体に向き直った。

「なあ、恭、何をするつもりなんだ? 教えてくれよ」
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