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第三章
霊猿の怪 4
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「……情報?」
「そうだよ。とりあえずこれを見てみろって!」
恭は押し付けられた携帯端末に目を落とし、そこに打ち込まれた短い文章に目を走らせた。途端、驚きで目を丸くする。
「どうだ? 有用な情報だろ?」
「なるほど……。そういうことだったのか。道理でこの近くに妖気を感じない訳だ……」
「感謝してくれてもいいんだぜ?」
与一が誇らしげに胸を反らせたので、恭は渋い表情になった。
「調子に乗るな。――でも、今回は素直に負けを認めるぜ」
「なーに。お互い様ってやつよ」
与一はニヤリと笑って携帯端末をポケットに仕舞う。恭は内心舌を巻いた。
全く。こいつには敵わねえな……。
「よし。それじゃあ、一旦山を下りて、麓の方で猿の妖怪を探そう」
与一は明るい声でぽんと手を打った。
*
黄昏時。二人は桂川の水音が聞こえるくらいの山裾で、林の中を歩き回っていた。
少し下れば道路があるはずだが、すでに薄暗く、通行人に見られる心配はない。
恭の足元には光を放つ三尾の狐がいて、猟犬のように妖気を嗅ぎ回っている。
湿った森の独特の匂いが辺りに満ちていた。
「うわっ!」
後ろで与一が足を滑らせる気配がしたので、恭は振り返った。
「大丈夫か?」
「大丈夫だけど、靴とズボンがどろっどろだよ。最悪」
与一は小さく舌打ちした。その隣で小鬼が口に手を当てて笑っているのが恭の目に入ったが、与一は気が付いていないようである。恭はあえて何も言わずに与一を助け起こした。
こういう場面を見ていると、果たして与一が小鬼を使役しているのか、小鬼が与一に取り憑いているだけなのか分からないと思う。
そもそも式神というものは、術者の好きな時に呼び出したり引っ込めたりできるはずなのだ。それなのに、この小鬼はずっと与一の近くをうろちょろしているのである。
もっとも、小鬼程度の弱い妖怪ならそれほど気にならないし、無視していれば害はないのだが――。
「そういえば、お前ってどこでその小鬼と出会ったんだ?」
ふと気になって恭は尋ねた。
「あれ? 言ったことなかったっけ? こいつは五年前に化野で拾ったんだよ。……というか、気が付いたら勝手について来てたんだけど」
やっぱり憑き物じゃねーか。
心の中で突っ込む。
「恭の狐ちゃんは、物心ついた時から傍にいたんだって?」
質問を返されたので恭が頷くと、与一は深くため息をついた。
「いいなあ。羨ましい……。ゲームで最初から最強キャラクターでプレイしてるみたいなもんじゃん」
「あのな、キャラクターが良くても、プレーヤーが俺みたいなポンコツだったら意味がないんだよ。……行くぞ」
恭は会話を打ち切り、与一に背を向けて再び歩き出した。
木々の梢の間から見える空には分厚い雲が垂れこめている。急がないと、雨に降られてしまうかもしれない。
二人は木の根に躓かないように足元に気を付けながら、黙々と歩き続けた。
それからさらに三十分は経っただろうか。
恭が今夜の捜索はそろそろ諦めようかと思い始めたその時、不意に生温い風が吹き、妖気が強まった。
先頭の三尾の狐が足を止め、耳をぴんと立てて警戒の姿勢を取る。
出たか!?
妖狐の視線の先を目で追った恭は、林の奥の樹上に淡い光が灯っているのを見つけた。
「いたぞ!」
恭は後ろの与一に向かって手を伸ばし、止まれと合図しながら囁いた。
目を凝らすと、光は猿の形をしていて、素早く枝を伝って移動しているのが分かる。
「噂の妖怪か……。子どもを探しているのか?」
与一が声を殺して尋ねてきたので、恭は頷いた。
「ああ……。たぶんな」
「どうする? 追いかけるか?」
「いや……。あいつを追いかけても簡単に祓うことはできない。それよりも未練を取り除いてやることが必要だ」
そう言って、恭はしゃがんで三尾の狐の耳元に口を近づけた。妖狐は尻尾を揺らし、猿の妖怪から目を逸らして再び動き始める。
「恭、何を指示したんだ?」
「ついて行けば分かるよ」
二人は猿の霊を横目に、三尾の狐を追って山の斜面を登っていった。
……程なくして、恭の「目当てのもの」は見つかった。
「あたりだな」
恭は携帯端末のライトで木の根元を照らしながら呟いた。腐敗が進んでいて形が崩れているが、そこにあったのは――
「赤ん坊を抱いた母猿の死体……か」
与一はTシャツの袖で鼻を覆いながら顔をしかめた。恭は眉一つ動かさずに死体を見下ろし、その状態を入念に観察する。
「……何か分かったか?」
与一に問われ、恭は真顔で首を横に振った。
「いや……。残念ながら死因までは特定できなかった。だけど、あの猿の霊を祓う材料はこれで揃ったぜ」
「えっ? もう祓う方法を思いついたのか?」
「ああ……」
恭は三尾の狐を呼び寄せると、実体のないその額に軽く触れて言った。
「三尾、あの猿の霊をこちらに誘導してきてくれるか?」
恭の指示に妖狐は甲高い声で答え、その場でくるりと宙返りしたかと思うと、たちまち白い光の毛玉となって宙に舞い上がる。
「まじかよ。変幻自在だな」
与一は目を見張った。妖狐は球体になったまま、ふわふわと猿の霊を追って森の奥へ消える。
「さて……」
恭は小さく息をつくと、死体に向き直った。
「なあ、恭、何をするつもりなんだ? 教えてくれよ」
「そうだよ。とりあえずこれを見てみろって!」
恭は押し付けられた携帯端末に目を落とし、そこに打ち込まれた短い文章に目を走らせた。途端、驚きで目を丸くする。
「どうだ? 有用な情報だろ?」
「なるほど……。そういうことだったのか。道理でこの近くに妖気を感じない訳だ……」
「感謝してくれてもいいんだぜ?」
与一が誇らしげに胸を反らせたので、恭は渋い表情になった。
「調子に乗るな。――でも、今回は素直に負けを認めるぜ」
「なーに。お互い様ってやつよ」
与一はニヤリと笑って携帯端末をポケットに仕舞う。恭は内心舌を巻いた。
全く。こいつには敵わねえな……。
「よし。それじゃあ、一旦山を下りて、麓の方で猿の妖怪を探そう」
与一は明るい声でぽんと手を打った。
*
黄昏時。二人は桂川の水音が聞こえるくらいの山裾で、林の中を歩き回っていた。
少し下れば道路があるはずだが、すでに薄暗く、通行人に見られる心配はない。
恭の足元には光を放つ三尾の狐がいて、猟犬のように妖気を嗅ぎ回っている。
湿った森の独特の匂いが辺りに満ちていた。
「うわっ!」
後ろで与一が足を滑らせる気配がしたので、恭は振り返った。
「大丈夫か?」
「大丈夫だけど、靴とズボンがどろっどろだよ。最悪」
与一は小さく舌打ちした。その隣で小鬼が口に手を当てて笑っているのが恭の目に入ったが、与一は気が付いていないようである。恭はあえて何も言わずに与一を助け起こした。
こういう場面を見ていると、果たして与一が小鬼を使役しているのか、小鬼が与一に取り憑いているだけなのか分からないと思う。
そもそも式神というものは、術者の好きな時に呼び出したり引っ込めたりできるはずなのだ。それなのに、この小鬼はずっと与一の近くをうろちょろしているのである。
もっとも、小鬼程度の弱い妖怪ならそれほど気にならないし、無視していれば害はないのだが――。
「そういえば、お前ってどこでその小鬼と出会ったんだ?」
ふと気になって恭は尋ねた。
「あれ? 言ったことなかったっけ? こいつは五年前に化野で拾ったんだよ。……というか、気が付いたら勝手について来てたんだけど」
やっぱり憑き物じゃねーか。
心の中で突っ込む。
「恭の狐ちゃんは、物心ついた時から傍にいたんだって?」
質問を返されたので恭が頷くと、与一は深くため息をついた。
「いいなあ。羨ましい……。ゲームで最初から最強キャラクターでプレイしてるみたいなもんじゃん」
「あのな、キャラクターが良くても、プレーヤーが俺みたいなポンコツだったら意味がないんだよ。……行くぞ」
恭は会話を打ち切り、与一に背を向けて再び歩き出した。
木々の梢の間から見える空には分厚い雲が垂れこめている。急がないと、雨に降られてしまうかもしれない。
二人は木の根に躓かないように足元に気を付けながら、黙々と歩き続けた。
それからさらに三十分は経っただろうか。
恭が今夜の捜索はそろそろ諦めようかと思い始めたその時、不意に生温い風が吹き、妖気が強まった。
先頭の三尾の狐が足を止め、耳をぴんと立てて警戒の姿勢を取る。
出たか!?
妖狐の視線の先を目で追った恭は、林の奥の樹上に淡い光が灯っているのを見つけた。
「いたぞ!」
恭は後ろの与一に向かって手を伸ばし、止まれと合図しながら囁いた。
目を凝らすと、光は猿の形をしていて、素早く枝を伝って移動しているのが分かる。
「噂の妖怪か……。子どもを探しているのか?」
与一が声を殺して尋ねてきたので、恭は頷いた。
「ああ……。たぶんな」
「どうする? 追いかけるか?」
「いや……。あいつを追いかけても簡単に祓うことはできない。それよりも未練を取り除いてやることが必要だ」
そう言って、恭はしゃがんで三尾の狐の耳元に口を近づけた。妖狐は尻尾を揺らし、猿の妖怪から目を逸らして再び動き始める。
「恭、何を指示したんだ?」
「ついて行けば分かるよ」
二人は猿の霊を横目に、三尾の狐を追って山の斜面を登っていった。
……程なくして、恭の「目当てのもの」は見つかった。
「あたりだな」
恭は携帯端末のライトで木の根元を照らしながら呟いた。腐敗が進んでいて形が崩れているが、そこにあったのは――
「赤ん坊を抱いた母猿の死体……か」
与一はTシャツの袖で鼻を覆いながら顔をしかめた。恭は眉一つ動かさずに死体を見下ろし、その状態を入念に観察する。
「……何か分かったか?」
与一に問われ、恭は真顔で首を横に振った。
「いや……。残念ながら死因までは特定できなかった。だけど、あの猿の霊を祓う材料はこれで揃ったぜ」
「えっ? もう祓う方法を思いついたのか?」
「ああ……」
恭は三尾の狐を呼び寄せると、実体のないその額に軽く触れて言った。
「三尾、あの猿の霊をこちらに誘導してきてくれるか?」
恭の指示に妖狐は甲高い声で答え、その場でくるりと宙返りしたかと思うと、たちまち白い光の毛玉となって宙に舞い上がる。
「まじかよ。変幻自在だな」
与一は目を見張った。妖狐は球体になったまま、ふわふわと猿の霊を追って森の奥へ消える。
「さて……」
恭は小さく息をつくと、死体に向き直った。
「なあ、恭、何をするつもりなんだ? 教えてくれよ」
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