京都もふもふ、けもののけ 〜ひきこもり陰陽師は動物妖怪専門です〜

ススキ荻経

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第三章

霊猿の怪 3

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「はあ……。全く」

 恭は独り呟くと、腰を上げて小屋に背を向ける。眼下に広がるのは曇天に覆われた京都の街である。

 恭は景色を眺めるふりをしながら胸の前で印を結ぶと、口の中で小さくしゅを唱えた。すると、たちまち白く輝く三尾さんびの妖狐が恭の肩の上に浮かび上がる。

三尾みお、妖怪探しだ。手を貸してくれるか?」

 恭は視線を動かさず、囁くようにさりげなく話しかけた。妖狐は「クウ」と短く鳴くと、尻尾を一振りしてサッと姿を消す。いつものことながら、恭の指示を汲み取るのが早い。優秀な式神である。

「さて。それじゃあ俺も、猿たちに異常がないかを見て回りますかね」

 恭は再び小屋の方に向き直ると、ゆっくりと歩きながら猿たちの観察を始めた。

 屋根の端に座り、辺りを見回しながら脇腹を掻いている猿、他の猿の背中を熱心に毛繕いしている猿、追いかけっこをしている子猿たち……。なにしろ数が多いので、小屋の近くはてんやわんやである。

 金網には猿が十匹近く張り付き、観光客が差し出す餌を手で受け取っては次々に口に運んでいた。餌を待ってちょこんと座っている子猿の後姿が可愛らしい。時々猿の間で喧嘩が起こり、キャーキャーと声が上がる。

「賑やかな奴らだな」

 恭は苦笑した。猿だけでなく、人間も集まっているのでなかなかに騒々しい。

 恭が小屋から少し離れたところから眺めていると、金網の向こうで餌をあげ終わった観光客と入れ代わりで、与一が最前列に出てくるのが見えた。その手にはしっかりと餌を握っている。

 ちぇっ。フツーに観光してやがんな。あいつ。

 恭は心の中でそうこぼした。こちらに気が付いた与一が手を振ってきたが、恭は顔を逸らして他人のふりをする。

 そのまま小屋の奥の芝生の坂に目を向けると、ちょうど背中に赤ん坊をのせた母猿が下りてくるところだった。赤ん坊は小さな手足で毛皮にしがみついている。おそらく今年生まれの子どもだろう。

 そうか。そういえばニホンザルは今頃が出産期だったな……。

 恭はその親子を目で追う。母猿は金網の下に移動してくると、地面に落ちている餌を拾って食べ始めた。

 恭の近くに立っていた若い女性二人組が背中の赤ん坊に携帯端末のカメラを向け、黄色い声を上げる。

 やっぱり赤ん坊は人気なんだな。

 恭がそう思って与一がいた場所に目を戻すと、与一の正面の金網にはガタイの大きなオス猿がどんと陣取っていた。与一は見るからにビビった顔になっている。恭は吹き出しそうになった。

 あそこから見る猿の迫力は半端じゃないからな……。俺も子どもの頃に来た時は、半泣きになって美鵺子にからかわれたっけ。

 恭は笑いを堪えながら、そっとその場から離れた。注意深く観察してみたが、結局、小屋の周りでは妖気が全く感じられなかったからだ。

 さて……と。

 もう一度観光客から距離を取り、ゆっくりと周囲を見回す。

 どちらを向いても猿、猿、猿……。こんなに大きな群れの中にいるのに、猿の妖怪の気配すら感じないというのはどうしたことだろう。

 恭は首を傾げた。

 この周辺の猿なら、餌を求めてこの場所に来るはずだ。ここに来れば、何か手掛かりの一つくらいは手に入ると思っていたのに……。

 まさか行方不明になった子どもたちが証言した「猿」は、ニホンザルのことではなかったということか? 

 ひとしきり考え込んでから恭が顔を上げると、小屋から出たところで与一がスタッフと楽しそうに談笑しているのが見えた。

 あの野郎、なんでこんなすぐに初対面の人と打ち解けられるんだよ。……じゃなくて、あいつ、完全にここに来た目的を忘れてやがるな。

 ついうっかり感心しそうになったが、ここは怒って良いところである。何しろ、報酬の一部は手数料としてしっかりあいつに持って行かれるのだ。

 恭がため息をつくと、彼の頭の横に白い光がぱっと浮かび上がり、三尾の狐の姿となって、肩の上に音もなく降り立った。

「おっ、お疲れ。三尾、どうだった?」

 恭の問いに三尾の狐は首を振って答える。どうやら何も見つからなかったようだ。

「そうか、やっぱりな……。ありがとう」

 恭が礼を言うと、三尾の狐はフワッと尻尾で彼の頬を撫で、また一瞬で姿が見えなくなった。

「はあ……。無駄足か。与一に声をかけてさっさと帰ろう」

 恭は諦めて小屋へと足を向ける。すると、与一がこちらの姿に気が付き、スタッフとの会話を切り上げて笑顔で駆け寄ってきた。

「よお、そっちはどうだった? その様子だと収穫なしっぽいな?」

「お前さあ……。自分だけ遊んでおいて、よく悪びれもせずにそんなことが聞けるな?」

 流石の恭も、この言いぐさにはむっとした表情を浮かべた。

「いやー。ごめんごめん。スタッフさんの話が面白くてさ。あの人たち、ここにいる猿を一匹一匹見分けられるんだって。すごいよな」

「知ってるよ。そのくらい。個体識別はニホンザル研究の基本だろ」

「あれ? 恭、もしかして怒ってる?」

 恭が黙殺して歩き出したので、与一は慌ててその後を追った。

「待てって! 俺だって、ただ観光を楽しんでたわけじゃないんだよ! さっきもスタッフさんから情報を仕入れて、ちゃんとここにメモってたんだ」

 そう言って与一が差し出した携帯端末の画面には、メモ機能のアプリが表示されていた。
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