京都もふもふ、けもののけ 〜ひきこもり陰陽師は動物妖怪専門です〜

ススキ荻経

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第三章

霊猿の怪 2

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 そう言う与一の口元は見るからに緩んでいた。

「結局は金目当てかよ」

 恭は馬鹿馬鹿しくなって「はあ」と肩を落とす。

「おいおい。何言ってんだ。資本主義社会に生きている俺らにとって、金銭欲は本能みたいなもんだろ?」

「じゃあ、俺はその本能が壊れてるんだろうな。……でも、悔しいことに、俺も金が必要なのは事実だ。それに、その『猿』が何のために人の子どもを攫っているのかも気になる」

 恭は自分の両頬を叩き、すっくと立ち上がった。与一は顔を輝かせる。

「おっ。やってくれるのか?」

「ああ……。仕方ない。俺にとっては貴重な仕事だからな」

 そう答えた恭の目には生気が戻っていた。



「『嵐山モンキーパーク いわたやま』――か」

「ああ。嵐山で猿と言ったらまずはここだろう」

 阪急嵐山線の電車に揺られながら、恭は与一にパークに関する観光ガイドを携帯端末で検索して見せていた。

 観光地に向かう電車だけあって、車内には観光客が多い。恭は窓にもたれかかるように立ち、なるべく外の景色に意識を向けて気を紛らわせていた。

「へえー。研究のために野生の猿が餌付けされていた場所がそのまま観光地になってるんだね」

 与一が興味深そうに呟く。恭は外に目を向けたまま頷いた。

「今も研究は続けられてるぜ? 学生の実習とかもやってたりするし」

「ふーん。そんな施設が京都にあったとはね。地元なのに知らないもんだなあ」

「近場に住んでいると、かえって観光地には行かなかったりするからな。特にモンキーパークは動物好きじゃなければスルーするスポットだろう」

「確かにそうかもねー。でも、俺は結構楽しみだよ。猿を間近で見るのははじめてだから」

 うきうきしている与一を横目で見て、恭はふっと意味ありげな微笑を浮かべる。

「そうか……。それは良かった。それなら途中で心が折れることはなさそうだな」

「…………え?」

「着いた。嵐山駅だ。行くぞ」

 恭は与一を促し、開いたドアからホームへと降りて行った。

 嵐山駅を出た観光客たちはぞろぞろと列をなして桂川を目指す。しかし、その大半は桂川の中州にある中之島公園に向かう流れである。

 そちらも甘味処などの飲食店が軒を連ねていて楽しいスポットではあるのだが、モンキーパークへは橋を渡ると遠回りになってしまう。二人は観光客の群れから外れ、川沿いの道を山の方に向かった。

 嵐山駅から徒歩五分。モンキーパークの看板と山に入って行く階段が姿を現す。

「結構にぎわってるんだね」

 与一がちょうど入口にいた外国人観光客の団体を見て意外そうに言った。

「ああ。モンキーパークは外国人に人気のスポットだからな」

「そうなんだ?」

「ニホンザルは英語でスノーモンキー。人を除く霊長類では最北端に生息する種だ。欧米の人からすると、野生の猿は珍しいんだろう」

「へえー。知らなかった」

 二人は入ってすぐの料金所で入場料を払い、外国人観光客に続いてゲートを通り抜けた。

 そして、その道の先に目を向けるや、

「うえー。上り坂!?」

 与一が悲痛な叫び声を上げた。

「猿がいる餌場まで、たったの二十分だ。行くぞ」

 恭はすでに覚悟を決めていたようで、表情一つ変えずにずんずんと階段を上って行く。

「嘘だろ……? このクソ暑い中を二十分……?」

 与一が愕然とした表情で呟くと、数段先の恭が振り返った。

「どうした? まさかお前が帰宅部の俺に体力で負けてるなんてことはないだろ?」

「うるせえ。軽音部に体力を求めるんじゃねえよ。それに、これは体力じゃなくてやる気の問題だ」

「それなら、さっき猿を近くで見てみたいって自分で言ってたじゃねーか。しかも、上は展望台になっているから眺めも最高だぜ」

「あーなるほど……。さっきお前が『俺の心が折れないで済みそう』って言ってたのはこのことだったのか……。分かった。行くよ」

 与一は渋々といった様子で頷き、やっと重たい足を踏み出したのだった。



 頂上に着く頃には、二人はすっかり汗だくになっていた。

「やっと着いた……」

 息を切らして階段を上りきると、茶色い土の広場と一軒の小屋が彼らの目に飛び込んでくる。二人に気が付いたパークのスタッフが愛想よく挨拶をしてくれた。

「すごいな。猿だらけだ」

 与一は額の汗を拭い、子どものように顔を輝かせて言った。

 猿は地面の上から屋根や木の上にまでいて、そこかしこを自由に動き回っている。

「あの小屋の中から金網越しに、観光客が外の猿に餌をあげられるようになってるんだよ」

 恭は解説しながら、小屋とは反対側の広場の隅にそそくさと移動した。そちらは市街地側で見晴らしがよく、ベンチや双眼鏡も設置されている。恭は囲いのロープが張られた杭の上に腰かけて小さく息をついた。

「えっ!? 折角ここまで来たのに餌やり体験しないのか?」

 与一が信じられないという口調で尋ねてくる。恭は顔を上げて眉根を寄せた。

「なんでわざわざあんな人混みに近づかなきゃならないんだよ。大体、俺たちは遊びに来たわけじゃないんだぜ?」 

「えーっ? 俺はここに来たのは初めてなんだよ。ちょっとくらい楽しんでもいいだろー?」

「そんなに行きたいなら行って来いよ。俺は小屋の外から猿たちを見てる」

 恭がそう言うと、与一はニヤッと笑って小屋へと駆けて行った。
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