京都もふもふ、けもののけ 〜ひきこもり陰陽師は動物妖怪専門です〜

ススキ荻経

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第四章

恭の脱ひきこもり作戦 祇園祭編 2

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 心なしか元気のない声が恭の口から漏れた。

 俺たちはただの幼馴染に過ぎない。都合の良い遊び相手にされても不満に思う資格はないだろう。むしろ、気兼ねなく遊べる異性がいることを感謝すべきかもしれない……。

 そう恭は思った。

 美鵺子は少しうつむいた恭を見て曖昧に笑うと、カラコロと下駄を鳴らして彼の袖を引く。

「ああ……。悪い。行くか」

 恭は我に返ったように答えて苦笑を浮かべたのだった。



 コンチキチン。

 京阪祇園四条駅を降りて四条通に出ると、すごい人出だった。歩行者天国になった車道に観光客が溢れ、スピーカーからはお囃子が鳴り響き、歩道には紅白の提灯が明々と輝いている。

「これぞ祇園祭って感じ!」

 美鵺子は目を輝かせて早くもはしゃぎ出す。しかし、隣の恭はげんなりした表情だった。

「うわ……。宵山ってこんなに人多かったっけ……?」

 幼い時に親に連れらて来た時以来なので記憶は定かではないが、当時よりもごった返している気がする。あんな人波に飲み込まれたらあっという間にばててしまいそうだ。

「……『これはあかん』って顔やな?」

 美鵺子は恭を見上げてからかうように言った。

「うん。帰っていい?」

「ダメ。修行やろ?」

「この鬼め……」

「まあまあ。とりあえず四条大橋を渡って、それから一本北の通りに入ろう? 四条通から外れたら、だいぶ人は少なくなるし。ちょっとの辛抱やから」

「はあ……。分かったよ」

 説得されて、恭は不承不承首を縦に振る。二人は街の中心に向かう人の流れに飛び込んだ。

 ――やっと四条通から抜け出すと、二人は大きく息をついた。

「やれやれ。とんでもねえな」

 恭は額の汗を拭い、乱れた前髪を指ですく。

「この辺りは山鉾が立ってないから、まだ空いてるエリアやで?」

 と美鵺子。

「嘘だろ?」

 目をむく恭。

「大丈夫大丈夫。人が少ない道を選んで山鉾見て回るつもりやから」

 美鵺子に笑って肩を叩かれ、恭はうなだれた。

「俺にとっては受難の夜になりそうだな……」

「祇園祭効果で怨霊は減ってるはずやし、頑張って! いざとなったら私が守ってあげる!」

「俺を連れ出した張本人に言われてもなあ」

 二人は軽口を叩き合いながら並んで歩いて行った。四条通を離れてから、人は目に見えてまばらになっている。

「そういえば、恭、最近大口の依頼で手柄を立てたんやって?」

 美鵺子が話題を変えたので、恭は「ああ」と答えて頷いた。

「嵐山で猿の霊を祓った。どうして知ってるんだ?」

「陰陽師組合の集会で話題になってたから。『動物妖怪専門の新人凄腕陰陽師がいるらしい』ってね。ひょっとしたら、恭、今年のの候補に挙がるかもしれんで?」

「晴明賞?」

 恭は首を傾げて聞き返す。

「知らんの? 毎年全国で一番活躍した陰陽師に贈られる賞! これを取ったら陰陽師界で一気に知名度が上がるし、依頼も全国からじゃんじゃん舞い込むようになるんやって!」

「ふーん」

「ちょっとー。興味ないん?」 

「大して興味ないな。受賞したところで、注目されるのは気が重いだけだし」

「ええー? でも、収入は間違いなく安定するんやで?」

「まあ、確かにそれは魅力的だが……」

「それに陰陽師としての実力の証明にもなるんやで? 恭の親にも安心してもらえるんとちゃう?」

「それはどうかな。俺の親は陰陽道のことは何も分かっちゃいないから」

 恭は肩をすくめて言った。彼の両親は陰陽師ではない。それどころか、霊能力がこれっぽっちもないのだ。

 一般的に、霊能力は遺伝することが知られている。だからこそ、安倍家や賀茂家のような陰陽師の家系というものがあり、代々陰陽師業を世襲しているのだ。恭はかなりの特殊事例なのである。

 実は恭が安倍家の門弟になったのも、両親から陰陽道を学ぶことができないからであった。

「あー、そういえばそうやったね……」

 美鵺子は微かに表情を曇らせた。――話しているうちに、二人は次の交差点に差し掛かる。

「どっちに行く?」

 恭が問うと、美鵺子は迷わず左を指さした。

「あっち! 山鉾は四条烏丸周辺に集中してるから」

「ふーん。そうなんだ」

 だらだらと歩く恭を美鵺子は引っ張って急かした。

「ほら! 早く行こ! 動物好きの恭が気に入りそうな山鉾知ってんねん」

「へえ?」

 あまり気乗りがしていない様子だった恭も、これには少し関心を引かれたようだ。

「――何山? 何鉾?」 

「見てみてのお楽しみ!」

 恭が喰いついたのが嬉しかったようで、美鵺子は人差し指を口に当ててニヤッと笑った。



 烏丸通りを通り過ぎてさらに西。西洞院通にその山鉾はあった。

「『蟷螂とうろう山』……?」

 恭は人だかりの肩越しにその姿を捉えようとつま先立ちになる。

 長刀鉾などと比べて随分小さな山車と、その上にのった巨大なカマキリが目に入った。

 屋根いっぱいに脚を広げた鮮やかな緑のフォルム。羽や触覚の細部まで再現されていて、とてもリアルだ。ずらりと飾られた提灯にまでデフォルメされたカマキリの紋があしらわれていて、なんとも言えない愛嬌がある。

 恭は「蟷螂」というのがカマキリの漢字だったことを思い出した。とすると、これはカマキリがモチーフの山鉾ということか。道理で異彩を放っているわけだ。



 
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