京都もふもふ、けもののけ 〜ひきこもり陰陽師は動物妖怪専門です〜

ススキ荻経

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第六章

恭の脱ひきこもり作戦 鴨川デルタ編 1

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 枕もとに無造作に捨て置かれた携帯端末の画面に光が灯り、新着メッセージの受信を告げる。

 しかし、恭はそのことに気づかないまま、布団の上に胡坐を組んで座り、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 その手元には安い缶チューハイが一本。視線の先には、赤々と燃える大文字の送り火。

「今年の盆も終わりか……」

 しみじみと独り言ちて、プシュッと缶のプルタブを引いた。

 恭は普段から酒を飲む方ではないので、今夜は特別である。

 今日は一日軽作業の日雇いバイトに励んできたのだから、酒くらい飲んでも罰は当たらないだろう……。

 つまり、これは彼の自分へのご褒美なのであった。結局雷獣の一件ではお金が稼げなかったため、金欠は依然として継続中なのである。当面の生活費はバイトで稼がないといけない。

「今日のバイト先は静かで良かったな……。ほとんど人と喋らなくて済んだし」

 缶を傾けて酒を喉に流し込む。レモンの酸味が口の中に広がった。

「うん。良い夜だ」

 満足げに呟き、ため息交じりに夜空を見上げる。

 星々に混ざって、火花のような光がいくつも舞い上がっている。――送り火と共にあの世に帰って行く魂の輝きである。

 そういえば、今年はまだ花火をしてないな……。

 魂の光を眺めていると、そんなことをふと思い出した。

 毎年この時期になると、恭は美鵺子と一緒に手持ち花火をするのが子どもの頃からの習慣だったのである。

 もっとも、恭が進んで花火をやりたがっていたのはせいぜい小学生の間だけで、中学生以降は美鵺子にせがまれて付き合うパターンばかりだったが……。

「今年は忘れてんのかなあ……、あいつ。――まあ、こちらとしては余計な仕事が一つ減ってありがたいんだけど」

 ははっ、と笑ってぐいっと酒をあおる。少しずつ大事に飲むつもりだったのに、一気に缶の中身が減ってしまったのが分かった。

 乾いた音を立てて缶を床に置き、静かに目を伏せる。

 ……もし、美鵺子に彼氏ができたら、あいつは俺に構わなくなってしまうんだろうか?

 不意に、ずっと心の底にとどめていた懸念が頭をもたげた。酒のせいだろうか。それとも、夜空に広がる切ない別れの情景のせいだろうか?

 男女の友情は脆い。幼馴染と言えど、いつかは適切な距離感というものをわきまえなくてはならなくなるだろう。

 何ともいたたまれない気持ちになった恭は、無意識にその手を携帯端末に伸ばした。何を期待しているのかも分からないまま、焦燥にかられたように端末を起動する。
 
 明るくなる画面――。それを見た恭は一瞬目を丸くしてから、その口元に薄い笑みを浮かべた。

「ちぇっ。あいつ……。こんな日に連絡してきやがって……」

 そこに表示されていたのは美鵺子からの新着メッセージだった。

『今日、送り火の見物客がはけた頃にデルタで花火しよ!』

 いつも通りの遠慮のない短文である。このデルタとは、「鴨川デルタ」のことだ。京阪出町柳駅を降りてすぐの場所にある三角州で、賀茂川と高野川がここで合流して鴨川になるのである。

「ちゃんと覚えてやがったんだな……。仕方ねえ。行ってやるとするか」

 恭はわざと面倒くさそうに呟くと、立ち上がって大きく伸びをした。



 十一時。加茂大橋のたもとから高野川側の河川敷に下りた恭は、亀の形をした飛び石を渡って鴨川デルタに向かっていた。

 三時間ほど前までは交通整理が必要なほどごった返していたはずだが、今は三角州を見渡しても人はまばらである。

「よっと」

 暗いので飛び石から足を踏み外さないように慎重に足を運んで岸に降り立った。

「あっ、来た来たー。おつかれー」

 声の方に目を向けると、美鵺子が手に持った花火の袋を振ってこちらに駆けてくるのが見える。

 その無邪気な姿が昔の頃と重なり、恭は苦笑した。
 
「もう子供じゃないんだから、花火ではしゃぐなよ」

 近寄ってきた美鵺子に向かって言う。

「いいやん、一年に一回くらい童心に返ってもー」

 美鵺子は恭の袖を引いて歩き始めた。階段を上り、三角形状の頂点から辺に沿って移動する。

 先客は大学生や観光客らしきグループが数組で、めいめい並んで座って語り合ったり、酒盛りをしたりしていた。

「今年はここでやろ」

 美鵺子は他の人から程よく距離のある場所に来ると、石の上に花火の袋を置いてその場にしゃがみこむ。

「はいはい」

 恭もその正面に腰を下ろした。美鵺子はいそいそと蝋燭を取り出し、花火の準備を始める。

「いやー、今年の大文字も綺麗やったねー」

 ライターで蝋燭に火を灯しながらそんなことを言う。

「最近は研究が忙しかったんやけど、夏が終わるまでに花火に誘えてよかった」

「そっか。美鵺子は今年論文を書かないといけないんだったな」

「そうやでー。まあ、私は大学院に進学するから、就活組よりは余裕あると思うけどねー」

 就活……。

 嫌な言葉の響きに、恭は思わず顔をしかめる。幸い美鵺子は花火の袋を開封するのに集中していて、恭の表情の変化には気づかなかったようだ。

「はい! 準備完了! それじゃあ、早速はじめますか!」 
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