京都もふもふ、けもののけ 〜ひきこもり陰陽師は動物妖怪専門です〜

ススキ荻経

文字の大きさ
26 / 39
第六章

恭の脱ひきこもり作戦 鴨川デルタ編 2

しおりを挟む
 美鵺子は元気よく立ち上がると、袋から花火を一本引き抜いて恭に差し出す。

「ああ……。ありがとう」

 恭はそれを受け取りながら、のろのろと腰を上げた。 

 二人は並んで蝋燭の火に花火の先をかざす。火が燃え移ると、すぐに花火の先から鮮やかな火花が噴き出した。

 花火を眺め、二人は沈黙する。

 子どもの頃と同じことをしているはずなのに……いや、だからこそだろうか、何かが決定的に変わってしまっていることを実感させられる。

 このかけがえのない時間は永遠ではない。

 命が尽きるように、花火の炎が消えた。

 美鵺子に手渡された二本目の花火に火をつける。

 ――いつまでこの関係を続けられるのだろうか。

 顔を上げると、美鵺子の瞳も愁いの色を帯びているように見えた。その表情は、いつになく大人びて映る。

 もう美鵺子は魅力的な女性だよ……。

 恭は心の中で呟いた。

 なのに、どうしてお前は俺なんかに構い続けているんだ?

「あのさ……」

 恭が口を開きかけると、同時に美鵺子が言った。

「来年も花火できたらいいね」

「ああ……。うん」

 恭は言葉を飲み込んだ。美鵺子がどうしてそんなことを口にするのか、真意を測りかねて黙り込む。

 恭と美鵺子の花火が続けざまに消えた。

「なあ」

 美鵺子が次の花火を袋から取り出す前に、恭は切り出した。

「お前……俺のこと、どう思ってる?」

「えっ!?」

 美鵺子は目を丸くして弾けるように顔を上げた。――見つめ合う二人。

 その時であった。刹那、凍るような風が吹き抜け、蝋燭の火が消えた。

 妖気!?

 尋常じゃない気配を背中に感じて、恭は振り返った。

 洲の反対側から悲鳴が上がる。

 川の水面を駆け抜け、無数の黒い影が四方から迫ってくるのが目に飛び込んできた。

「三尾!」

 恭は素早く印を結ぶと、式神を呼び出した。

 影は疾風のように接近してきて、恭の二メートル先で足を止める。それは犬の形をしていた。鋭い双眸が真っ赤に光っている。

 うっ。凄まじい怨念……。

 その目に射すくめられた瞬間、恭は焼けつくような痛みを感じて胸を押さえた。

 こいつは祇園祭に遭遇したのと同じ種類の妖怪だ! でも、あの時より妖力が格段に強い! しかも、尋常じゃないほどに数が増えている!

「恭! 大丈夫!?」

「み、美鵺子……。背中は任せた……」

 恭は絞り出すように答え、正面の影の犬を見つめた。――妖力は俺の三尾の狐の方が強いはずだが、撃退できるか……?

「み、三尾……。やれるか……?」

 そう言って恭は自分の式神を見下ろし、たちまち臍を噛んだ。妖狐は三本の尻尾を後足で挟み込むようにぴったりと伏せて、頭を下げ、耳を寝かせて後ずさっている。怯えている証拠だ。

 しまった。忘れていた。妖狐は犬に弱い妖怪だった!

 影の犬は目の前の妖狐が恐れるに足らずと判断したのか、ナイフのような歯をむき出し、大胆ににじり寄ってくる。

 三尾の狐は悲鳴のような鳴き声を上げ、恭の足の間に逃げ隠れてしまった。

 もはや影の犬と恭の間の距離は一メートルもない。

 やられるっ!

 恭がそう身構えた瞬間――

「妖扇っ!」

 美鵺子が懐から取り出した陽炎の如き扇を一振りし、二人の周囲の敵を一気に吹き飛ばした。

「助かった!」

 恭が首を回して振り返ると、美鵺子は依然険しい顔をして辺りに目を走らせている。

「油断せんといて! まだ近くにいる!」

 美鵺子が手を払うように動かすと、扇が煙のように消え、代わりに切っ先の欠けた妖刀が姿を現した。

「これで祓えればいいけど……。数が多すぎる!」

 その声には切迫した響きがあった。影の犬の包囲網が狭まってくるのが妖気の高まりで分かる。頭痛と吐き気が恭を襲った。すでに彼の体は変調をきたしている。

 このまま波状攻撃を続けられたら、二人が力尽きるのは時間の問題だ。

 赤い目が輪になってじりじりと迫ってくる。

 やばい……。目が、霞む……。

 その時、薄れゆく意識の中で、恭の記憶が一点で結び付いた。

 そうか……。この怨念の正体は……。



「恭! 恭! 大丈夫!?」

 美鵺子に激しく肩を叩かれ、恭は目を覚ました。

「あ……あの、犬たちは……?」

 恭は頭を手で押さえながら上体を起こす。美鵺子が心配そうにその背中を支えた。

「犬たちは恭が倒れたのを見て、すぐに引き返して行ったよ。理由は分からへんけど……」

「……そうか」

 恭は束の間沈黙してから、再び口を開いた。

「……つまり、あれは俺に力の差を見せつけるためのデモンストレーションだったということか……」

「えっ?」

 美鵺子が聞き返すと、恭は険しい表情で橋の上を見上げた。

「あの犬から感じた怨念の正体にやっと気が付いたんだよ……。あれは、前に寺町で接触した老人の怨念そのものだ」

「えっ? 老人……って、あの時の!? でも、どうして……」

「それは、影の犬があの老人の手によって作り出された式神だからだろう。聞いたことあるだろう? 犬の霊に人間の怨念を混ぜて生み出される最悪の人工妖怪……」

「まさか」

 目を見張る美鵺子。恭は硬い表情で首を縦に振った。

「そう……。間違いない。あの影の犬たちは『犬神』だ――」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

迦国あやかし後宮譚

シアノ
キャラ文芸
旧題 「茉莉花の蕾は後宮で花開く 〜妃に選ばれた理由なんて私が一番知りたい〜 」 第13回恋愛大賞編集部賞受賞作 タイトルを変更し、「迦国あやかし後宮譚」として5巻まで刊行。大団円で完結となりました。 コミカライズもアルファノルンコミックスより全3巻発売中です! 妾腹の生まれのため義母から疎まれ、厳しい生活を強いられている莉珠。なんとかこの状況から抜け出したいと考えた彼女は、後宮の宮女になろうと決意をし、家を出る。だが宮女試験の場で、謎の美丈夫から「見つけた」と詰め寄られたかと思ったら、そのまま宮女を飛び越して、皇帝の妃に選ばれてしまった! わけもわからぬままに煌びやかな後宮で暮らすことになった莉珠。しかも後宮には妖たちが驚くほどたくさんいて……!?

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

処理中です...