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第七章
犬神の怪 前編 3
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「そりゃあ、そうだろうなー。神具の力を百パーセント引き出せば、犬神なんてイチコロだろ。なんせ規格外の代物なんだから」
与一の口調には、少しばかりの嫉妬が滲んでいた。しかし、恭は晴れない表情で額に手を当てる。
「でも、問題は、どうすれば俺が刀の所有者として認められるのか、全然分かんねえってことなんだよなー。そもそも、何で俺が妖刀を授かることになってるのかも謎だし……」
「んー。恭が実は稲荷神に仕える一族の末裔だったとか?」
「俺の親は陰陽師の家系じゃないんだぜ? そんな話聞いたこともねーよ」
「じゃあ、アレだ。恭の式神が妖狐だってことが関係してるんじゃないのか?」
「まあ、それくらいしか考えつかないか……」
恭は頭を振り、少し考えを整理しようとした。
――俺の側には、物心ついた時から三尾の妖狐がいた……。これまでは、そのことを珍しい事例の一つくらいにしか考えていなかったが、自分がどうやって親から譲り受けたわけでもない式神と縁を結ぶことができたのかは、ずっと疑問だった。もしかすると、そのことが妖刀の件に関わっているのかもしれない。
それに、あの蘆屋家の老人が俺に興味を持っているのは、俺が抱える特殊事情を把握しているからだという可能性も出てくる。だとしたら、事態は余計に複雑になってくるぞ……。
「……とにかく、今回の事件において、恭が重要人物だってことは確かみたいだな」
「ああ。そうのようだな」
与一の言葉に同意し、恭はうんざりした表情で嘆息した。
全く。俺の人生はどうしてこうも多事多難なんだ。俺は普通に人並みの生活が送れたらそれで満足なのに……。
「心配せんといて。事情を説明したら、陰陽師組合に保護してもらえると思うよ」
美鵺子は気遣わしげに恭に声をかけ、それから携帯端末に目を落として続けた。
「ちょうど明日の昼頃に、本部で緊急会議が開かれるみたいやから、朝一番で恭も一緒に行こ!」
「えっ……。俺もその会議に出んの……?」
恭の顔には嫌だという意思がはっきり表れていた。
「それしかねえだろ。俺たちもついて行ってやるから我慢しろよ。蘆屋のじいさんに絡まれるより、組合の他の陰陽師と話す方がずっとましだと思うぜ?」
与一からの指摘に、恭は渋面を作って唸る。
「うう……。背に腹は代えられないってか。畜生……」
「決定だな。じゃあ、明日に備えて、今夜はもう寝ようぜ。もう深夜一時を過ぎてるよ」
与一が欠伸まじりに言ったので、恭と美鵺子は置き時計を見て目を丸くした。二人とも鴨川デルタの戦闘から緊張が解けておらず、全く眠気を感じていなかったのだ。
「えーっと、そっか……。それじゃあ、今夜は三人でお泊り会するしかない……ってことになるな」
恭は躊躇いがちに言って美鵺子と顔を見合わせた。美鵺子もどうやらそのことは全く頭になかったらしく、落ち着かない様子で「えーっと、そう、やね……」と言いながら、さりげなく恭から目を逸らす。
「おや? お二人さん、ひょっとして照れてます?」
与一がからかうような調子で口を挟んだ。
「照れてない!」
「照れてへん!」
二人の声が重なった。
「――だってさー。どう思う?」
与一はにやにやと笑いながら、わざとらしく隣の小鬼に耳打ちする。次の瞬間、ボフッと恭の枕が与一の顔面に直撃した。
「うるせえ。さっさと寝ろ! 美鵺子、押し入れに冬用の毛布とかあるから、床に敷くなり自由に使ってくれ。おやすみっ!」
恭はつっけんどんに言い放つと、布団の上に大の字にひっくり返って目を閉じてしまった。
「おーい。恭ー。俺の寝る場所はー?」
そのあとは与一に何を言われても、恭は頑なに無視を決め込んだのであった。
*
次の日。三人は朝早くから目覚め、七時には身支度を整えて出かける準備をしていた。
「何はともあれ、朝を迎えることができて良かったな。とりあえず太陽が出ているうちは、犬神といえど簡単に怪異は起こせないだろうからな」
玄関で靴を履きながら、与一が誰にともなく言う。
「そうやね。恭の部屋の強力な結界がこんなところで役に立つとは正直思わへんかった」
美鵺子の言葉に恭は不服そうに舌を鳴らした。一晩寝たお陰で、彼の顔には少し血の気が戻っている。
「ちぇっ。俺はちゃんとこういう場合も考えて対策してたんだよ。危機管理能力の高さには自信があるんだからな」
「とか言って、単にビビリなだけだろ?」
「お前にだけは言われたくねえよ」
最後に恭が靴を履き終わると、三人はドアの内側に固まってお互いの顔を見つめた。
このドアを開けると結界の外だ。昼間とはいえ、蘆屋の老人が何かを仕掛けてこないとも限らない。自然と彼らの間に緊張が走る。
「陰陽師組合本部まではとにかく固まって移動しよう。恭はまだ本調子ちゃうし、私と与一で護送していくから」
「了解」
三人は硬い表情で頷き合い、部屋を後にした。
バスに乗り、一行は南下する。京都駅前のバス停で下車し、そこからは徒歩で駅前の雑居ビルに向かった。
「なるほど。木を隠すなら森の中ってね。これだけビルがあると、普通の人は気が付かないだろうな」
恭ははじめて入る建物の外観をしげしげと眺めた。十階建てくらいだろうか。年季は入っているようだが、そこまでみすぼらしい印象は受けない。
与一の口調には、少しばかりの嫉妬が滲んでいた。しかし、恭は晴れない表情で額に手を当てる。
「でも、問題は、どうすれば俺が刀の所有者として認められるのか、全然分かんねえってことなんだよなー。そもそも、何で俺が妖刀を授かることになってるのかも謎だし……」
「んー。恭が実は稲荷神に仕える一族の末裔だったとか?」
「俺の親は陰陽師の家系じゃないんだぜ? そんな話聞いたこともねーよ」
「じゃあ、アレだ。恭の式神が妖狐だってことが関係してるんじゃないのか?」
「まあ、それくらいしか考えつかないか……」
恭は頭を振り、少し考えを整理しようとした。
――俺の側には、物心ついた時から三尾の妖狐がいた……。これまでは、そのことを珍しい事例の一つくらいにしか考えていなかったが、自分がどうやって親から譲り受けたわけでもない式神と縁を結ぶことができたのかは、ずっと疑問だった。もしかすると、そのことが妖刀の件に関わっているのかもしれない。
それに、あの蘆屋家の老人が俺に興味を持っているのは、俺が抱える特殊事情を把握しているからだという可能性も出てくる。だとしたら、事態は余計に複雑になってくるぞ……。
「……とにかく、今回の事件において、恭が重要人物だってことは確かみたいだな」
「ああ。そうのようだな」
与一の言葉に同意し、恭はうんざりした表情で嘆息した。
全く。俺の人生はどうしてこうも多事多難なんだ。俺は普通に人並みの生活が送れたらそれで満足なのに……。
「心配せんといて。事情を説明したら、陰陽師組合に保護してもらえると思うよ」
美鵺子は気遣わしげに恭に声をかけ、それから携帯端末に目を落として続けた。
「ちょうど明日の昼頃に、本部で緊急会議が開かれるみたいやから、朝一番で恭も一緒に行こ!」
「えっ……。俺もその会議に出んの……?」
恭の顔には嫌だという意思がはっきり表れていた。
「それしかねえだろ。俺たちもついて行ってやるから我慢しろよ。蘆屋のじいさんに絡まれるより、組合の他の陰陽師と話す方がずっとましだと思うぜ?」
与一からの指摘に、恭は渋面を作って唸る。
「うう……。背に腹は代えられないってか。畜生……」
「決定だな。じゃあ、明日に備えて、今夜はもう寝ようぜ。もう深夜一時を過ぎてるよ」
与一が欠伸まじりに言ったので、恭と美鵺子は置き時計を見て目を丸くした。二人とも鴨川デルタの戦闘から緊張が解けておらず、全く眠気を感じていなかったのだ。
「えーっと、そっか……。それじゃあ、今夜は三人でお泊り会するしかない……ってことになるな」
恭は躊躇いがちに言って美鵺子と顔を見合わせた。美鵺子もどうやらそのことは全く頭になかったらしく、落ち着かない様子で「えーっと、そう、やね……」と言いながら、さりげなく恭から目を逸らす。
「おや? お二人さん、ひょっとして照れてます?」
与一がからかうような調子で口を挟んだ。
「照れてない!」
「照れてへん!」
二人の声が重なった。
「――だってさー。どう思う?」
与一はにやにやと笑いながら、わざとらしく隣の小鬼に耳打ちする。次の瞬間、ボフッと恭の枕が与一の顔面に直撃した。
「うるせえ。さっさと寝ろ! 美鵺子、押し入れに冬用の毛布とかあるから、床に敷くなり自由に使ってくれ。おやすみっ!」
恭はつっけんどんに言い放つと、布団の上に大の字にひっくり返って目を閉じてしまった。
「おーい。恭ー。俺の寝る場所はー?」
そのあとは与一に何を言われても、恭は頑なに無視を決め込んだのであった。
*
次の日。三人は朝早くから目覚め、七時には身支度を整えて出かける準備をしていた。
「何はともあれ、朝を迎えることができて良かったな。とりあえず太陽が出ているうちは、犬神といえど簡単に怪異は起こせないだろうからな」
玄関で靴を履きながら、与一が誰にともなく言う。
「そうやね。恭の部屋の強力な結界がこんなところで役に立つとは正直思わへんかった」
美鵺子の言葉に恭は不服そうに舌を鳴らした。一晩寝たお陰で、彼の顔には少し血の気が戻っている。
「ちぇっ。俺はちゃんとこういう場合も考えて対策してたんだよ。危機管理能力の高さには自信があるんだからな」
「とか言って、単にビビリなだけだろ?」
「お前にだけは言われたくねえよ」
最後に恭が靴を履き終わると、三人はドアの内側に固まってお互いの顔を見つめた。
このドアを開けると結界の外だ。昼間とはいえ、蘆屋の老人が何かを仕掛けてこないとも限らない。自然と彼らの間に緊張が走る。
「陰陽師組合本部まではとにかく固まって移動しよう。恭はまだ本調子ちゃうし、私と与一で護送していくから」
「了解」
三人は硬い表情で頷き合い、部屋を後にした。
バスに乗り、一行は南下する。京都駅前のバス停で下車し、そこからは徒歩で駅前の雑居ビルに向かった。
「なるほど。木を隠すなら森の中ってね。これだけビルがあると、普通の人は気が付かないだろうな」
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