京都もふもふ、けもののけ 〜ひきこもり陰陽師は動物妖怪専門です〜

ススキ荻経

文字の大きさ
30 / 39
第七章

犬神の怪 前編 4

しおりを挟む
「本部はここの地下一階だ。外から見ただけじゃ分かんないだろ?」

 入り口の自動ドアを抜け、エレベーターの前に立った与一は、ボタン横のフロア案内を指さした。恭がよく見ると、B1の欄には「陰陽エージェンシー」と記載されている。

「ははあ。こう書くと会社の名前みたいに見えるな。これなら部外者が興味本位で入り込んでくることはなさそうだ」

 恭は感心して呟く。

「セキュリティーはこれだけじゃないんだぜ」

 与一が下りボタンを押し、三人はエレベーターに乗り込んだ。あっという間に地下一階に到着し、エレベーターから降りる。しかし、そこは狭いエレベーターホールで、向こう側が見えない無機質なドアが行く手を阻んでいた。

「ここを通るには、電子組合員証に書かれた個人IDとパスワードの入力が必要なんだ」

 与一は携帯端末で番号を確認しながら、慣れた手つきでドアの横についたテンキーを叩いた。

 入力が終わると、カチャッと解錠の音が鳴る。

「いいか? 入るぜ」

 与一はドアノブに手をかけて振り返り、恭が頷くのを確認してからドアを押し開けた。

「失礼しまーす」

 与一が愛想よく挨拶しながら一番に入っていく。部屋の中から溢れ出してきた明るい光に、恭は驚いて思わず目を細めた。

 地下だから薄暗いものとばかり思っていたのだが、どうやら天窓から陽光を取り込んでいるらしい。中庭にはしめ縄が巻かれたさかきが植わっているのが見える。何とも奇妙なつくりの建物だ。

 美鵺子の後に続いて中に入り、ドアを後ろ手に閉めた時、はじめて恭は前の二人が床に目を向けて立ち尽くしていることに気が付いた。

「ど、どうしたんですか!? これ!?」

 美鵺子が声を上げる。恭が視線を落とすと、そこには畳の上にずらりと布団が並んでいて、病人と思しき人達が青い顔で横になっていた。

「おお! 安倍あべの家の娘。無事だったか! ここの者たちはみんな犬神に返り討ちにされちまった組合員だよ!」

 患者たちの看病にあたっていた男性の一人がこちらを振り返って叫んだ。

「そんな! 一晩でこんなに!?」

「ああ! 人的被害が余りに大きすぎる! こんなことは京都陰陽師組合の歴史上初めてだ!」

「お、お父さんは!?」

「奥の間にいるよ。今は賀茂かもの家の当主と面会中だ」

「げっ。オカンもいるのかよ。めんどくせえ」

 与一が露骨に嫌そうな表情を浮かべた。賀茂家は現当主が女性の珍しい一族なのである。

「何で? 与一は毎日実家で親と会ってるやろ?」

 美鵺子は布団の間を縫うように足早に歩き始めた。与一は慌ててその後を追いながら答える。

「いやー。なんかさー、親と話してるところを友達に見られるのって恥ずかしくねえ?」

「思春期か」

 恭が思わず後ろで呆れ声を漏らす。三人は中庭を通過し、畳の広間の突き当りの襖を開けた。

「失礼します」

 一礼して中に入ると、そこは小さな茶室のような部屋だった。安倍昌鸞と派手な紫色に髪を染めた白ブラウスの女性――恭が会うのは初めてだったが、こちらが与一の母親ということだろう――が難しい顔をして向かい合っているのが目に飛び込んでくる。

「美鵺子、来たのか」

 昌鸞が落ちくぼんだ目を三人に向けて言った。

「与一! 無事やったんやね! お母さん心配したんよ!!」

 ほぼ同時に与一の母が弾けるように立ち上がり、こちらに走り寄ろうとする。――が、正座で足がしびれていたのか、すぐに膝を折ってその場にへたり込んでしまった。与一はたちまち苦虫を嚙み潰したような表情になる。

「勘弁してくれよ。友達の前で……。大丈夫だって何回もメールしただろ?」

「うん。でも、あんたの顔を見るまでは安心できへんかったんよ」

 そう言うが否や、与一の母は両手に顔を埋めていきなり泣き崩れた。その様子を横目で見る昌鸞の視線が冷たい。どうやら両当主は決して仲が良いわけではなさそうだ。

「それで美鵺子。私に一体何の用だ?」

 昌鸞は与一の母を無視し、若干よそよそしい口調で尋ねてきた。その時、美鵺子の口元がわずかに強張るのを、恭は見逃さなかった。こちらはこちらで親子関係がぎくしゃくしているのだろう。美鵺子が半ば強引に実家を出てしまった経緯を思うと、無理もないことである。

「えっと。あ、あのね、お父さん。昨晩の犬神のことやねんけど、どうやら敵は、恭を利用しようと狙ってるみたいやねん。だから、組合で恭を保護してもらえへんかと思って――」

 美鵺子は遠慮がちに切り出し、事情を説明した。昌鸞は腕組みをして聞いていたが、やがて「分かった」と言うと、片手を上げて美鵺子の話を遮る。

「その件だが、我々は今日の日没までには決着をつけるつもりだ。昨日のうちに八卦と占星術を駆使して、犬神を放った者とその居場所は突き止めた。これから会議で組合員に情報を共有し、総力を挙げて奇襲を仕掛ける」

「そうなん!?」

 美鵺子は驚いて思わず声を上げた。

「ああ。こういった非常時には迅速な対応が求められる。攻撃は最大の防御と言う。悪いが、今は守りに戦力を割く余裕はない」

 昌鸞は険しい表情で扇子をパチンと鳴らす。

「あの……敵は誰で、どこにいるのか教えてもらってもいいですか?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

迦国あやかし後宮譚

シアノ
キャラ文芸
旧題 「茉莉花の蕾は後宮で花開く 〜妃に選ばれた理由なんて私が一番知りたい〜 」 第13回恋愛大賞編集部賞受賞作 タイトルを変更し、「迦国あやかし後宮譚」として5巻まで刊行。大団円で完結となりました。 コミカライズもアルファノルンコミックスより全3巻発売中です! 妾腹の生まれのため義母から疎まれ、厳しい生活を強いられている莉珠。なんとかこの状況から抜け出したいと考えた彼女は、後宮の宮女になろうと決意をし、家を出る。だが宮女試験の場で、謎の美丈夫から「見つけた」と詰め寄られたかと思ったら、そのまま宮女を飛び越して、皇帝の妃に選ばれてしまった! わけもわからぬままに煌びやかな後宮で暮らすことになった莉珠。しかも後宮には妖たちが驚くほどたくさんいて……!?

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

処理中です...