いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経

文字の大きさ
9 / 46
第一章

狐と鼠の陣取り合戦 6

しおりを挟む
 十分も経たずに二人がたどり着いたのは、哲学の道付近の工事現場だった。住宅地の中で全面をシートに覆われた建物の外観をうかがうことはできないが、その大きさから推察するに一軒の京町屋のようだ。

「改築中の古民家……ですか?」

 紬の問いに、喬は小さく首を縦に振る。

「あたり。小春は生前、この空き家の床下で子育てをしていたんだ」
「えっ!? 床下で!?」

 紬は目を丸くした。喬は淡々と続ける。

「いわゆる『都市ギツネ』ってやつさ。最近は野生の狐が市街地に進出することはそう珍しいことじゃない。そして、新しい環境に適応した彼らは、自分たちで巣穴を掘る代わりに、人工物を巣として利用することもあるんだ」
「えっ。それじゃあ……」

 ガンガンと何かを打ち鳴らす音が聞こえてくる工事現場を見やり、紬は息を呑んだ。喬は沈んだ表情で嘆息する。

「不幸な事故としか言いようがない……。狐の母親は出産後、しばらく父親が運んでくる餌に頼って、巣の中で子狐たちと一緒に過ごす。工事が始まったのはちょうどそのタイミングだったんだ」
「ああ……。そっか。それで小春ちゃんはあの神社に……」

 紬はしんみりした声音で呟いた。つまり、あの子は命のみならず、生前の住処すらも奪われ、仕方なく近所の神域に身を寄せていたのだ。

「――事情を知れば、簡単に結論を下すことができなくなる、とあなたがおっしゃっていた意味がよく分かりました」

 紬は肩を落とす。と、今度は千綾がふわりと浮かび上がり、喬に食ってかかった。

「おい! こんなの、てめーの作戦通りに妖狐を追い出せても、めちゃくちゃ後味が悪いじゃねえか! あいつらをまた同じ憂き目に遭わせちまうってことだろ!?」

 しかし、喬は冷静な態度を崩さずに答える。

「そういうことになるね。だけど、僕は狐番の務めとして、自分が知っている背景事情と、考えうる解決策を提示しただけだ。それを実行に移すかどうかはあんたたちが決めることだよ」
「くそっ! 結局こっちに責任を丸投げしやがって!」
「千綾、それで彼を責めるのは筋違いだよ。もとより、怪異絡みのトラブル解決は私たちの仕事なんだから」

 紬は口の悪い猫又を毅然とした口調で黙らせ、喬に挑戦的な眼差しを向けた。

「このことを見越しての猶予だったんですね。私に足掻くチャンスをくださってありがとうございます。きっと、狐も鼠も不幸にならない解決策を見つけてみせますから!」

 どちらか一方に犠牲を強いる選択肢しかないなんておかしい! 紬は最後まで別の道を諦めるつもりはなかった。喬はふっと口元をほころばせる。

「そっか。十五日間で間に合うよう祈ってるよ」
「ええ。私は負けませんよ!」

 紬の心にはメラメラと激しい炎が燃え上がっていた。

 ***

 それからというもの、紬は毎日大豊神社に通っては、現地の状況を調べつつ、課された難題に頭を悩ませるようになった。

「神域……。棲み分け……。結界……」

 訳の分からない言葉をブツブツと呟きながら、昼夜問わず境内を隅々まで歩き回る彼女の姿は、観光客の目にはある種の怪異のように映ったことだろう。それどころか、その鬼気迫る奮闘は、当の妖怪たちから見ても異様だったようだ。

「ねえ、あんた、ちゃんと寝てんの? そんな無茶してたら、十五日経つ前に倒れてしまうで?」

 小春は心配そうに声をかけてくれたが、紬は目の下にクマを作った顔に笑みを浮かべ、「大丈夫です。ありがとうございます」と答えるだけだった。
 絶対に後悔はしたくない! その思いで、紬はあらゆる手立てを考案し、幾度となく棄却した。しかし結局、正解が見つからないまま、日にちばかりが無情に過ぎていく。

 そうこうしているうちに、猶予期間の十日目がやってきてしまった。喬の作戦通りに鳶の妖怪を神社に放つなら、そろそろ計画を実行に移さないといけないタイミングである。
 その日、紬は別の依頼に時間を割かれ、ようやく大豊神社を訪れたのは夕暮れ時だった。茜色に染まった境内には烏の鳴き声がわびしく響いている。鳥居をくぐる紬の足取りは重い。

(ううう……。今夜中に解決策が思いつかなかったら、明日の朝には鳶番に協力をお願いしないとダメだろうな……)

 疲労した頭を無理やり働かせて紬は考えた。まだわずかに時間は残っている。だが、彼女はすでに心のどこかで敗北を悟っていた。

(結局、両者が納得できる方法は見つからなかったな……。これ以上粘っても、きっと新しいアイデアは浮かんでこないだろうし……。ごめん……。小春ちゃん……)

 静かな境内を紬はトボトボと進んでいく。と、その時であった。

「ばんざーい! ばんざーい!」

 突如、正面から歓声を上げて妖鼠たちが駆け寄ってきたので、紬はびっくりしてその場に立ち止まる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について

いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。 実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。 ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。 誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。 「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」 彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。 現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。 それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

処理中です...