いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経

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第三章

兎神社のみなしご狐 9

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 岡崎神社に通いはじめて三十日目。梅雨も終わりに差しかかった頃。紬が蝉の合唱に包まれた境内に足を踏み入れるや否や、

「あっ! 来たーっ! 今日こそ、あの怪しいやつの中身をのぞいてやる!」

と、岡丸は興奮気味に尻尾をブンブン振りながら走り寄ってきた。
 言うまでもなく、これは紬が毎日欠かさず鳴釜を持参し、岡丸の好奇心を刺激し続けてきた努力の結果である。ところが、この日、紬は一つも付喪神を身に着けていなかった。岡丸は彼女の姿を見るなり、露骨にがっかりした表情を浮かべる。

「なあんだ。今日は手ぶらかあ。つまんないのーっ」

 そう言って、すぐに引き返そうとする岡丸を、紬は「待って!」と慌てて引き留めた。
 灼熱の太陽が照り付ける境内に他の人影はない。ちょうど今は祇園祭の山鉾巡行の真っ最中なので、観光客はそちらの方に集中しているのだろう。紬はこの機を利用して、ある試みに挑戦するつもりだった。
 紬は心の中の緊張を表に出さないように努めて笑顔で続ける。

「ねえ、岡丸! 提案なんだけど、今日は私と一緒に遊ばない?」
「え?」

 キョトンと目を瞬く岡丸。紬は彼が足を止めてくれたことに安堵しつつ、おもむろに懐から一枚の形代を取り出した。だが、それはいつも彼女が使っている人形代ではない。狐型に切り抜かれた紙で、「狐形代」とでも言うべきものだった。
  
「なにそれ? 変なの」

 岡丸は少し警戒した様子でじりじりと後ずさる。

「これは私の分身を作り出してくれる呪具だよ。ただ、この形代はちょっと特殊でね。身代わりが自分の姿じゃなくて狐の姿で出てくるようにしてみたんだ」

 紬はそう答えるや、両手の中に包み込んだ形代に息を吹きかけた。途端、彼女の手の中から靄のようなものが流れ出してたなびき、空中にわだかまってみるみる狐の輪郭を形作っていく。そして数秒後には、わずかにぼやけた狐の幻影がそこに浮かんでいた。

「どう? 結構リアルでしょ? ここまで鮮明に出すのは苦労したんだよ?」

 紬は目を丸くしている岡丸の反応を伺う。
 そう。これこそ、紬が吉田山で思いついた秘策であった。人の身でできないことは「式神」という使いのあやかしに任せてこその陰陽師である。この狐の姿をした身代わりは、紬が自らの霊力を込めて作り出した式神の一種だった。
 もっとも、狐の姿をした式神の操作は、人のそれよりはるかに難しい。体のつくりが異なるので、直観的に動かすことができないし、ちょっとでもミスすると、現実の狐にはありえない不自然な動きになってしまう。
 そのため、紬はここ数日、時間を見つけては吉田山の妖狐たちを相手に、狐の式神を使って一緒に遊ぶ練習を重ねていたのであった。

「いくよ!」

 紬がそう言って手を打ち鳴らすと、いきなり空中に光のボールがポンと現れ、落ちてきたそれを狐の式神が本物さながらに口でキャッチする。岡丸はさっと身を伏せて式神に狙いを定めた。
 紬はニヤリとする。親からもらった餌をきょうだいの間で取り合わなければならない子狐のさがなのだろう。みなしごの妖狐でも、他の狐が持っているものはやはり気になってしまうようだ。

「ほらほら~。いいでしょ~。このボール~。取れるもんなら取ってごらん~」

 紬は挑発的に式神を岡丸に近づけては、素早く飛び退く動きを繰り返す。岡丸の目はすっかり式神に釘付けだ。

(よし! いいぞ!)

 紬はさらに意識を集中し、式神の操作の精度を限界まで高める。そして、岡丸が攻撃をしかけてくるタイミングを見計らい、式神を岡丸から逃げる方向に全力で走らせた。

「あっ! この! 待てーっ!」

 狙い通り、岡丸はダッシュで式神を追いかける。紬は式神の速度をほどよく調整し、すぐに岡丸が追いつけるようにした。

「捕まえたーっ!」

 興奮した声を上げて式神の首筋に噛みつく岡丸。

「うわーっ! 捕まったー!」

 紬は大袈裟にリアクションしながら式神を操り、岡丸に反撃しようと口を開いた拍子にボールを取り落とさせる。

「やったーっ! 取ったーっ!」

 岡丸は大歓喜で尻尾を振りながらボールを拾って再び駆け出した。攻守交代。今度は紬が岡丸を追う番である。

「よくも取ったな~っ! 待てーっ!」

 紬は笑いながら、式神を岡丸の方へと走らせたのだった。
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