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定め
しおりを挟むこの嵐が収まるまでに無駄に日にちが経ってしまった。
その間オリビアは外に出ることもできず、二日ほど缶詰め状態で宿屋で暇を持て余していた。
ジャンに叩かれた頬の腫れも引き、ようやく湿布も取れた。
そして城を出てから五日目で嵐も収まり、午後から船が出航すると言われ、久しぶりに外の空気を吸った。
荷物を持って宿から出ると、気分転換もかねて浜辺で定期船が来るのを待っていた。
外は暴風雨で危険だったため外出を控えていたせいか、外の世界が輝いて見えるほどだった。
前日の嵐のせいか人出は少なく、砂浜にも人の姿はなかった。
砂浜に置かれていた流木に腰掛け、この国で見るであろう最後の海の景色を目に焼き付けていた。
(連日の寝不足で体が重いや。船に乗ったら少しは寝れるかな……)
重いため息を吐いて海を眺めていると、何やら砂を踏む足音が近づいてくる。
誰かが散歩でもしているのだろうと、フードを被り直し、とくに気にすることもなかった。
「オリビアっ……!」
不意に背後から名前を呼ばれ、振り向いた先には、離れた場所に馬を繋いだイクシオンが、息を切らして走って近づいてきていた。
「でっ……、でん、か……??」
一瞬、自分の願望が創り出したものかと思ったが、目を擦ってもイクシオンが消えることはなかった。
「こんな所にいたのかッ……! 捜したんだぞッ!!」
「――っ!?」
立ち止まったとたん、険しい顔をしたイクシオンが大きな声を上げたことに驚いた。
「出て行くなら手紙一つじゃなく、ちゃんと面と向かって挨拶くらいしていけ! それが最低限世話になった礼儀というものだろうがッ!!」
捲し立てるように怒鳴るイクシオンの剣幕に、オリビアは目を瞑って肩を竦めた。
「は、はいっ! たいへん申し訳ございませんでしたっ! それに関しましては、返す言葉も、ございませんっ……」
たしかに何も言わずに出ていった自分に非がある。
本気で怒っているイクシオンに、オリビアは即座に頭を深く下げて真摯に謝った。
だが、なぜイクシオンがここにいるのか理由がどうしてもわからなかった。
「ですが、どうして、殿下がここに……?」
そろそろと顔を上げて、目の前で不機嫌そうに腰に手を当てているイクシオンを見上げた。
「忘れ物だ!」
そう言ってイクシオンが懐から取り出したのは、互いの名前が書かれた離縁状と最後に手紙と共に残した死亡届だった。
オリビアの前に二通の書類を出し、一言言ったきり不機嫌そうな顔で黙って立っている。
しばらく二枚の紙を見て考え、ようやく一つの考えに至った。
「――あぁ、なるほど。私に出して来いとおっしゃりたいんですね。……申し訳ございませんが私は死んだことになるので、神殿に届け出ることは不可能です。殿下が面倒でしたら、こちらで他の者に頼んでおきます」
改めて自分の愚かさにため息をつきながら、書類を受け取ろうと手を伸ばした。
だがイクシオンは突然、オリビアの目の前で書類をビリビリに破いてしまった。
「――なっ!! 何をしているんですかっ?! 神殿に出す書類は手続きがものすごく面倒で、一年に一度しか発行してもらえないんですよ!?」
破れた離縁状と死亡届はイクシオンの手をすり抜け、風に乗って遠くに飛んでいってしまった。
「じゃあ俺たちはまだ夫婦で、お前はここを離れられないということだな」
腕を組んだイクシオンは、なんでもないことのように話している。
「なぜ、そうなるのですか……! もう、契約は終わりました。これ以上私がここに留まる理由はありませんっ」
「……オリビア」
名前を呼ばれるが、心境は複雑だった。
やっと今日定期船がやって来るのに、このタイミングでイクシオンが離縁状と死亡届を破くとは思ってもいなかった。
「どうして、急にこんなことを……? むしろ、困るのは殿下のほうでしょう? 私がいつまでも殿下の周りをウロウロしていたら、貴方がいつも探してる運命の相手を逃してしまうかもしれないんですよっ……?!」
すぐ近くまでイクシオンが近づいてきて、オリビアはとっさに顔を背けた。
「そうかもしれないな」
「――でしたらっ!」
肯定されたことにカッとなり、顔を上げて声を荒らげた。
「お前は、俺がいなくても平気なのか?」
「はい?」
「このまま遠い異国の地へ渡り、これまでのことなど何もなかったように暮らしていけるのか?」
見上げたイクシオンの美しい顔はどこか疲れていて、オリビアを見下ろす表情は憂いを帯びていた。
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